8.八千万ゴールド
高々と跳びあがり、門の外へと消えていく。
それを見上げながら、騎士団長は悲し気な表情を浮かべてため息をこぼす。
「逃げられます団長! 魔術なら届きますが」
「止めておけ。門の外で不用意に魔術を使えば、他に被害が出る可能性がある。それに彼には魔術は通じない」
「では追いますか?」
「……いいや、今は城内の安全確保が先決だ。被害状況の確認を急げ」
「はっ!」
部下たちは騎士団長の指示に従い行動を開始する。
門の守りを崩し、爆発があった場所へと向かっていった。
そんな中、騎士団長は一人門から場外を見つめる。
「ふっ、大きな口を叩くようになったな……」
彼の頭の中では、幼いシークの姿が浮かんでいた。
剣術を教えてほしいと懇願して、断ってもしつこく頼み込んで諦めなかった子供の姿が。
「守りたいもの……己の正義か。なら最後まで守り抜いて見せろ。お前がまだ、騎士だというのなら」
騎士団長は剣を鞘に納める。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
シークに抱きかかえられ、王都の建物の屋根から屋根へ飛び移る。
カタカタと踏みしめる音を聞きながら、後ろに追手がいないことを確認して彼に伝える。
「誰も追ってきてないみたいだね」
「そうだろうな。あれだけの爆発があったんだ。騎士団としてそっちのほうが見過ごせない。それに最後の……」
「シーク?」
「いや、何でもない。だからって気は抜けないぞ」
何かを言いかけたシークは、出てきそうになった言葉を飲み込んで、屋根から大通りへ降りる。
「一旦下ろすぞ」
「うん、ありがと」
大通りは朝からたくさんの人で賑わっていた。
行きかう人の壁に阻まれて、道の先が見通せない程だ。
「ここからは人混みに紛れて進むぞ。普通にしてれば怪しまれない」
「うん。でもこれからどうするつもり? 大陸のどこへ逃げても、指名手配されたらいつか見つかるよ」
仮に速い乗り物を借りて王都を離れても、大陸の全てが王国の領地だ。
陸路を行けば、いずれどこかで王国の兵と鉢合わせする。
かといって森や山に隠れ住もうにも、王国の管理が出来ないない場所は魔物も多く危険すぎる。
どこへ逃げるか、どう逃げるかを考えたとして、いつまで耐えられるか。
「逃げるより、私の無実を証明する方が良いんじゃ……そうすれば君も騎士団に戻れる」
「今さらそれは無理だ。最初は俺も考えたさ。お前を嵌めた奴らを調べあげて、不正を明るみにさせればってな。だけど根が深すぎて探りきれない。探れたとしても三日じゃ無理だ」
「それなら私が実験の間違いを証明すれば」
「話を聞いてくれると思うか? 見つかったら即刻殺されるぞ。お前は一応、死刑囚なんだから」
「うっ……」
わかっている。
言われなくても、そんなことは無理だと。
出来るならこんなことにはなっていないだろうと。
我ながら冷静さを欠いた発言だったと反省した。
「で、でも本当にどうするつもり? このままどこかで隠れ続けるの?」
「それは後から考える」
「後から?」
「ああ、まずは逃げることが最優先。そのために色々と準備したって言っただろ?」
準備って……一体何を準備したんだろう。
表情とか声色を聞く限り、それなりに自信があるみたいだけど。
まさかこの期に及んで馬車とかありきたいなものじゃないよね?
大丈夫だよね?
「もうすぐ着くぞ」
「うん。って、え、ここって……」
開けた場所にたどり着いた。
心地よい風の中に、潮の香りが混じっている。
そう、ここは港だ。
数席の大きな船と、それより小さな船が並んでいて、大の男たちがせっせと作業している。
「ま、まさか船で?」
「ああ、その通り。陸路を行けば確実にどこかから足がつく。でも海を渡って大きく迂回すれば、足取りは掴めなくなる。一時的にでも逃げきって時間を稼ぐ」
「時間を稼ぐって、いつかは見つかるんじゃ……って、シーク!」
私の声に耳を貸さず、シークは船着き場へと歩いていく。
「いいからこっち」
「もう……」
とりあえず私は、シークについていくことにした。
シークは船着き場で働く恰幅のいい男性に声をかける。
「おじさん」
「ん、おーシークか、待ってたぜ」
「出港の準備は?」
「もう出来てる。あとは出発するだけだ」
「ありがと。わかってると思うけど、足はつかないように頼むよ」
「おう任せとけ。お前さんには世話になったし、あんな大金渡されちゃ、こっちも張り切るしかねーだろ」
「大金?」
思わず声に漏れてしまった。
おじさんが私に気付いてニヤっと笑う。
「この嬢ちゃんがお前さんが言ってた子か?」
「ああ」
「なるほどなぁ~ まぁ頑張れよ、つーか幸せにな」
「からかわないでくれ。じゃあまたどこかで」
「おう」
二人が固い握手を交わしている。
私だけ置いてきぼりを食らっているようで歯がゆい。
一体どんなやり取りをしたのか気になる。
それ以上に気になったのは……
「あ、あのおじさん」
「ん? 何だ?」
シークが船を確認しに行った隙に、私はおじさんにこっそり尋ねる。
「シークはいくら払ったんですか?」
「あ、気になるか?」
「はい……」
「えっとなぁ~ なんと、八千万ゴールドだ」
「八千!?」
それって二十年は遊んで暮らせる金額じゃ……
「ちょ、声がでけぇ!」
「す、すみません……でもそんな大金……」
「俺も驚いたがな。何でもずっと溜めてた金ぜーんぶ突っ込んだみたいだぜ。お前さんを助けるためにな」
私の……ために。
「俺だって本当は犯罪に関わりたくねぇ。でもあいつのことは昔からよく知ってる。事情も聞いた。あいつが本気で信じてるなら、俺も信じられる。いいかい嬢ちゃん? あいつの手を離すんじゃねーぞ」
「……はい」
「ふっ、じゃあ幸せにな」
そう言い残し、おじさんは大きな背中を見せつけて去っていく。
私が知らないシークを、あの人は知っているのだろうか。
だとしたら、少し羨ましいと思った。
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