7.大脱獄
「ほら、早く立て」
「うん」
彼が差し伸べてくれた手をとる。
数日ぶりに感じる人肌の温もりは、どこか懐かしさすら覚える。
そのまま手を引かれ、私は牢獄を出た。
階段を駆け上り、地上へと抜けた先に太陽の光の洗礼を受ける。
「っ、眩しっ」
「だろうな。三日ぶりの朝日だ。だけど悠長に日光浴なんてしてる暇ないぞ」
「わかってるよ」
「まだ走れるか?」
「うん」
身体は限界に近かったはずなのに、シークが来てくれてから不思議と力が戻ってきた。
気の持ちようで体調が変わるみたいな話を聞くけど、こういうことなんだと実感する。
私たちは人気のない道を選んで王城の外を目指す。
ただ、城内の警備は厳重で、基本的にどこを行っても人はいる。
見つかるのは時間の問題だった。
「おい! お前たち何をしている!」
「ちっ、もう見つかったか」
すぐさまシークが騎士に接近して黙らせる。
倒れ込む直前、痛みとめまいに耐えながら騎士が叫ぶ。
「だ、脱獄者がいるぞおおおおおおおおおおおおおおおお」
ドサッと倒れ込む騎士。
今の大声で、周囲がざわつき出す。
「くそっ、今ので完全にバレたな」
シークが私の手を掴む。
ちょっぴり強引に引っ張りながらその場を離れ、最短距離で出入り口の門を目指して駆け抜ける。
「もうこうなったら一直線に出口へ行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってシーク! できれば私の研究室に行きたいの。データは全部頭に入ってるけど、あそこにはまだ研究途中の試作品がたくさん残ってて」
我がままなのはわかっている。
そんなことをしている場合じゃないことも。
だからダメもとで、断られるだろうと思いながら彼に提案した。
すると、シークは呆れたように小さく笑って言う。
「サクラならそう言うと思ったよ」
「え?」
「大丈夫心配するな。そっちにはもう手を回してある」
「そ、それってどういう」
「いいから! それより今は走ることに専念――って遅かったか」
私たちは門手前で立ち止まる。
ここから先は通行止めと言わんばかりに、門を騎士たちが守っている。
剣を構えた騎士に加え、後衛には魔術師も数名。
その中には――
「団長……」
「シーク、お前は自分が何をしているのかわかっているか?」
「もちろんです」
「そうか……残念だ。お前には期待していたんだが……」
騎士団長セルゲイ・スコーロン。
この国最強の騎士で、シークに剣を教えた……彼の師匠。
「騎士の本分を見失ったか」
「お言葉ですが団長、俺は今でも騎士でいるつもりです」
「国の意向に背いてか?」
「はい。騎士とは守るために剣を振るう者だと、教えてくれたのは貴方です」
「騎士が守るべきは秩序と民だ。お前は今、そのどちらも汚している。この国を守る騎士として、お前の行いは裏切りでしかない」
強くハッキリと、シークの言葉を否定する。
静かに怒っているのがわかる。
彼がシークに期待していたのは事実なのだろう。
聞いた話では、騎士団長が剣を直接教えたのはシークが初めてだったらしい。
だからこそ、彼はシークに問いただす。
「もう一度聞く。お前は何をしているのかわかっているか?」
「もちろんです」
シークは迷いなく答える。
「何度聞かれても変わりません。俺は最初から、この国を守りたいとか、民のために剣を振るっていたわけじゃない」
「……何だと?」
「団長、俺が騎士として守りたいものは、いつだってここにある」
シークが剣を抜く。
私を守るように、正面に立ち塞がる。
「それを守るために剣を振るう。守るためなら国だろうと敵に回す。これが俺の……正義です」
「……そうか」
騎士団長は悲しそうに目を伏せる。
もはや何を言っても無駄だと理解したように、徐に剣を抜く。
「ならば私は、私の正義の元にお前を斬るぞ」
「……はい」
互いに剣を構える。
剣を教わった恩師に向けての敬意と親愛。
それらを全て振り切るように、殺気と敵意をむき出しにする。
シークの後ろで守られている私にも、騎士団長が放つ重い圧が感じ取れる。
シーク……まさか戦うつもりなの?
この人数差で。
シークの強さは知っている。
彼なら騎士数名を相手にする程度なら造作もない。
ただ今回は相手が悪すぎる。
騎士団長に加え騎士団の精鋭、それに魔術師までいて、さらに加えて私を守らなくてはいけない。
いくらなんでも無茶だ。
「シーク」
「心配いらない。そろそろ来る」
「え?」
彼がそう言った直後、王城に爆発音が響く。
「な、何だ!?」
「団長! 城の南西で煙が!」
「何?」
私はチラッと南西の方角に視線を向ける。
爆発があった場所から黒い煙が立ち上っている。
さらにもう一か所で爆発が起こり、城内はパニックに陥る。
「今だ」
「え、ちょっ――」
「しっかり掴まってろ」
シークが唐突に私を抱きかかえ、全力で地面を蹴る。
そのまま守られた門へ突撃をかます。
爆発の影響で騎士たちは動揺していた。
騎士団長にもわずかに隙が生まれ、そこを見逃さず突き抜けようとする。
「シーク!」
それでも騎士団長は反応して剣を振るう。
シークは斬撃を剣で受け流し、衝撃を利用して高く跳びあがる。
「すみません、先生」
すれ違いざまに小さな声で謝罪を口して、私と彼は門を高々と飛び越えた。