5.死刑宣告
暗くて、狭くて、息苦しい地下室。
王城の地下深くには、罪人を収容する牢獄がある。
腕には魔力を制限する腕輪をつけられ、満足に魔術は使えない。
元々魔術が使えない者でも、魔力を制限されれば身体能力に影響が出る。
鉄格子で閉ざされ、壁や天井は鉄で補強されているから、破壊して脱出も難しい。
そんな場所に……
「おら、入れ」
「っ、乱暴だな」
私は放り込まれてしまった。
腕を掴んでいた騎士が、私を乱雑に牢へ押し込める。
バランスを崩した私を見て、騎士は「どん臭い」なと失笑する。
「執行は三日後だ。それまで精々大人しくしていろ」
「何度も言うけど、私は何もしていないよ。これはあまりに横暴じゃないかな?」
「証拠は十分に提示されている。それに陛下の指示だ」
「証拠って、他の発明家たちが持ってきた資料でしょ? 私の研究を理解していない彼らが提示した証言なんて、正しいと思うの?」
「彼らは優秀な発明家たちだ。陛下からの信頼も厚い」
騎士の言い方は、まるで私は違うという風に聞こえた。
たぶん、そういう意味で言っているのだろうけど。
「陛下ともう一度話をさせてもらえないかな?」
「それは出来ない。陛下は今回の件で、とてもショックを受けておられる。これ以上の負担をかけさせるつもりか?」
「私が実際に検証する必要があるんだ」
「それも必要ない。すでに発明家たちの協力の元、検証は終わっている」
「発案者の私がいない検証なんて何の意味が――」
「いい加減うるさいぞ! 我々も貴様の戯言に付き合えるほど暇ではない」
怖い顔で軽く怒鳴り、騎士は私に背を向ける。
「あ、ちょっと!」
呼び止める私の声には耳も貸さず、暗い闇の奥へと消えていく。
コトンコトンという足音が遠ざかり、上へ昇っていくのがわかった。
私は大きくため息をこぼす。
「はぁ……駄目だ。誰も全然話を聞いてくれない」
陛下なら聞いてくれると思っていた。
王宮でもシークと陛下だけは、私の意見に耳を傾け、公平に判断してくださったから。
お父様とも比較的友好な関係を築いておられたという。
でも……
「あんなに怒っている陛下は……初めて見たなぁ」
王座の間に連行されて、陛下の顔を見てぞわっと背筋が凍るようだった。
酷く憤慨して、今にも怒鳴り散らしそうなほど。
普段は温厚で丁寧な口調で話す陛下、その第一声は力強く。
これはどういうことなのだ?
という一言から始まった。
私がいない間に、発明者数名からとある報告書が提出されたらしい。
そこには私が研究しているαエネルギーの危険性について記されていた。
内容を大まかに言うと、αエネルギーが人体に悪影響を与えるということと、魔道具の原動力として代用した場合、魔道具が暴走して大爆発が起こるという。
どちらも事実にない嘘だ。
だけど、私がいない間に実証して、魔道具が暴走する様子を陛下が見てしまったらしい。
さらに、私を除く発明家全員が賛同したことで、陛下はすっかり嘘を信じ込んでしまわれた。
君には期待していた。
期待を裏切られて、私がどれほど落胆したかわかるか?
陛下は私に死刑を宣告する直前、そう言って顔をしかめた。
少しだけ悲しそうにも見えたけど、やはりひどく怒っておられた。
反論しようにも聞き入れららず、こうして牢に閉じ込めらえている。
「……どうしようかな」
自分でも意外なくらい、私の頭は冷静だった。
死刑宣告なんてされたら普通、もっと慌てふためくものだと思っていたけど。
唐突だったことと、まだ三日の猶予があるということが、良い具合に作用しているのかもしれない。
そう、まだ三日もある。
死刑が執行されるまでの間に、何とかして無実を証明しよう。
私はまず、状況の整理から始めた。
深く考えるまでもなく、これを仕掛けたのは彼らだろう。
よく私に難癖をつけて来た発明家たち。
その内の一人は確か、王国でも有数の名家の生まれで、発明家としてではなく貴族としての権力も持っていたはずだ。
家の力を借りて、発明家たちと協力すれば、それらしい資料をでっちあげることは出来る。
おそらく証明に使った物も、αエネルギーとは無関係な偽物。
「私が証明すれば一発でわかるんだけど……」
問題は、どうやってその機会を得るか。
地下牢に閉じ込められ、死刑の三日後まで出ることが出来ない。
牢屋番が食事を持ってくる以外で、他人の出入りもない。
「そうだ。シークなら」
彼ならもしかすると、私の無実を証明するために動いてくれているかもしれない。
いや、でも難しいか。
彼にも立場があるし、彼はあくまで護衛だから、研究内容に関して意見しても聞いてもらえない。
やはり自力でどうにかする他ない。
「よし。牢屋番が巡回してくる時に話してみるしかないな」
あと三日。
三日もあれば、何か状況が変わるかの所為もある。
不確定な情報にかけるなんて発明家としては失格だけど、今はそう願うしかないんだ。
そして一日。
二日と経過して――
三日目の早朝。
光りなんて届かなくても、体感で朝だとわかる。
そう、朝が来てしまった。
結局何も変化せず、ただ時間だけが過ぎて。
死刑執行は今日の昼。
もう時間はない。
死神の足音が聞こえるように、鎌の刃が首にかけられたように。
すぐ近くまで『死』が迫っている。
怖い。
生まれて初めて、身体が震えるほどの恐怖を感じた。
怖い、怖い。
死ぬ。
殺されてしまう。
もうすぐ、死刑が執行される。
怖い、怖い怖い……死にたくない。
もはやまともな思考は叶わない。
不安を超えた恐怖と絶望が全身を支配して、立つこともできないほど震える。
瞳からは涙がこぼれ落ちて、乾いた床を濡らしていた。
私は振り絞るように、声を漏らす。
「誰か……誰か助けて……」
「――そこは誰かじゃなくて、俺を頼ってほしかったな」
「へ?」
「よぉ、助けに来たぞ、サクラ」
そう言ってシークは優しく微笑む。