3.負の感情は暴走する
基本的に、研究室は一人一部屋。
自由に出入りが許されているのは、発明家本人と護衛のみ。
ただし、同じ研究テーマをもつ発明家が集まって、一緒に研究を進めている場合もある。
「おい、例の話本当なのか?」
「そうらしい。陛下が興味を示されたとか」
「ありえない。なぜあんな奴の研究が……」
「俺も信じられない。だがどうやら、魔石の代用品になるという点を陛下は注目されているようだ。魔道具という形さえ崩さず、動力だけ変えてしまば今の体制は続けられる」
「くそっ、そんな都合の良いエネルギーがあるなんて」
暗い部屋で苦い顔をする男たち。
彼らは共同で研究しているわけではない。
共通しているのは、サクラや彼女の父親の研究テーマが気に入らないということ。
その本質は、彼女に対する劣等感である。
自分たちが気付けなかった可能性に着目し、今にも届きそうになっている。
才能の差、発想力の差を見せつけられ、焦りと妬みが込み上げる。
「このままだと……我々の研究も無駄に」
「そ、そんなことあるはずがない! 我々の研究こそ、この国の未来を担う重要なものだ! あんな奴の戯言に負けるなど……くそっ」
そう言いながら、心のどこかで感じてる。
彼らはとても優秀で、未来における不安要素にも気づいている。
サクラが彼らに言い放ったことは図星だった。
気付いていながら変えようとしない。
自分たちが老いて死んだ後の問題で、そんな先のことなんて関係ないのだと。
王宮付きの発明家という立場と威厳を守れれば良い。
「邪魔だ……あいつは……平民上がりの癖に偉そうな口をききやがって。私は貴族だぞ? 私が劣っているなどありえない。あってはならない」
もちろん、それだけではない。
人間の感情というものは複雑で、負の感情程強く残る。
時に考えられないような愚行をするのも、人間だからである。
「あいつをどうにかして……そうだ。確かあいつ、護衛と一緒によく城を出ていたよな」
「あ、ええ。確か素材を集めにいくとか。あんなの依頼すれば良いのに」
やれやれとジェスチャーをする。
質問の答えが返ってきた彼は、ニヤリと下衆な笑みを浮かべて言う。
「そうだな……つまりその間なら、私たちが何をしていてもバレない」
「お、おいまさか……」
「お前たちも同じ気持ちだろう? この国の未来のために協力しよう」
「うっ、そうだね」
「あ、ああ! あんな奴いなくなった方が良い!」
一人の男の意見に、他の発明家たちが同意していく。
脅しているように見えるのは気のせいではなく、もし断れば今度は自分が標的になるという意味でもあった。
この提案した男は上級貴族の生まれで、発明家としてだけではなく、貴族としての権力・地位を併せ持っていたのだ。
故に彼の提案がいかに常軌を逸していても、反故にするわけにはいかなかった。
重ねて言うが、彼らは優秀な発明家だった。
それでも人間であることに変わりはない。
感情というものは時に愚かしく、視野を狭めてしまう。
今の彼らが、まさにそれだ。
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王都から北へ馬車で半日。
さらに歩いて一日。
高く聳え立つ山々の麓に、私とシークは足を運ぶ。
「ようやく着いたな」
「うん。でもこれから山登りだよ?」
「わかってるよ。というか、お前の方こそ大丈夫か?」
「大丈夫。歩けなくなったら負ぶってもらうから」
「全然大丈夫じゃないだろ……俺が」
発明家の中でも、私はよく外に出るし体力はある方だと思う。
ただ基本は研究室に閉じこもっているから、険しい山道なんて登れる体力はない。
運動不足の自覚している。
「毎度思うけど、わざわざ自分で取りにこなくても良いんじゃないか?」
「駄目だよ。素材は質も重要だから、自分の目で確かめないと」
以前は業者に頼んでいたこともあった。
でも明らかに仕事がテキトーで、頼んだ素材じゃない物まで入っていたり。
私が依頼する素材が特殊だからということを差し引いても、今までの対応はとにかく酷い。
他の発明家だけじゃなくて、王宮で働くいろんな人から腫れ物を見る目をされるし、仕方がないのだけど……
たぶん、私を平等に見てくれるのは、隣にいるシークと陛下くらいだ。
「さて、それじゃ昇るよ」
「ああ」
登山中はほとんど会話もなく、淡々と歩く。
険しい山道を登っている途中に、楽しい会話をする余裕はなかった。
目的の洞窟へたどり着く頃にはヘトヘトで、入り口で座り込む。