10.新天地を目指して
数日前。
ロザリアの手元に、一通の手紙が届いた。
「シークから手紙? 珍しいな」
何気なく手に取り広げると、そこにはシークからのお願いが長々と書かれていた。
内容を要約すると、サクラの容疑を晴らしてほしい。
彼女に無実の罪を押し付けた犯人に目星はついている。
だが証拠を集めるには時間がかかりすぎて間に合わないから、自分が国を出た後で、代わりに真実を突き止め公表してほしい。
文章にはサクラを案じる強い想いが込められていた。
「……やれやれ、うちの弟は無茶を言う」
ロザリアは小さくため息をこぼす。
シークは家を出てから、ほとんど家に帰ってこない。
彼のことを不出来な弟だと蔑む兄たちの影響で、彼にとって居心地の悪い場所になってしまったから。
ただ、姉であるロザリアだけは、彼の努力を認めていた。
家族の中で唯一、シークが頼りにしている存在である。
手紙にはもう一つ、シークからの要望が記されていた。
逃亡の際に、注意をひくための騒ぎを起こしてほしいという内容で。
これも無茶な要望だが、ロザリアなら難なくこなすとシークは信じていた。
なぜなら彼女は、この国で最も優れた魔術師だから。
他者を欺き、偽ることに関して、彼女の右に出る者はいない。
予定通り逃亡の手助けをした後、ロザリアはシークが指定した貴族の周辺を調べ上げた。
巧妙に隠し、証拠をもみ消していたが、彼女はそれらすべてを掬い上げ晒す。
そして――
「失礼します、陛下」
「ロザリアか。何用だ?」
「実は陛下に、見て頂きたいものがございます」
「私に?」
「はい。こちらを」
「こ、これは……」
ロザリアから提示された資料を見て、国王は青ざめる。
そこに記されていたのは、とある貴族の裏事情。
一人の発明家を陥れ、自身の立場を守ろうとした愚か者の失態。
「いかがですか? 陛下」
「……この者を呼べ」
「はい」
厳しい顔をする陛下とは対照的に、ニヤっと笑みを浮かべるロザリアが頷く。
その後、一人の発明家が王座の間に呼び出された。
国王の隣にはロザリアが控え、重い空気が漂う。
不穏な空気を感じ取った発明家の男は、恐る恐る国王に尋ねる。
「陛下、私に何か御用でしょうか?」
「……お前は私に虚偽の報告をしたな?」
「は? きょ、虚偽とは一体何のことでしょう?」
「惚けるか? 彼女が同席しているこの場で」
男はロザリアに視線を向ける。
彼女の存在を強く感じ、焦りを見せ額からは汗が流れる。
「私の前で嘘はつけませんよ?」
「……」
彼女は嘘を見抜くことが出来る。
どれだけ巧妙に隠し、表情を作っても意味はない。
発する言葉に偽りがあれば、彼女は気づく。
「先に行った実験、あれは間違った情報を元に行われていた。それだけではない。お前はこれまでにも、他の発明家に金を渡し、研究成果を受け取っているな?」
「そ、それは……」
「他にもあるぞ? お前が……いや、お前の家が関わっている悪事の全て」
国王はロザリアから貰った資料を乱雑にばらまく。
ヒラヒラと宙を舞い、数枚が男の前に落ちる。
記されている内容を見た男は、さらに焦りを感じ青ざめる。
「発明家の地位を利用し、他者を踏みつけた。私を欺いたことも当然だが、お前の行いは国民への裏切りでもある。その罪は重いぞ」
「くっ……」
「反論はないようだな? ではこれ以上はなすことはない。この者を連れて行け」
男は警備の騎士に連れられ、王座の間を出ていく。
「はぁ……」
「陛下、私もこれで失礼します」
「うむ。いや待て、ロザリア……君なら彼女たちがどこに行ったのかわかるか?」
「……残念ながらわかりかねます」
「そう……か」
彼女は嘘を見抜ける。
しかし、彼女の言葉の真偽は誰にもわからない。
ただ一つ確かなことは、嘘を嘘と見抜けなかったのは国王も同じだということ。
この件を通して得たものはない。
優秀な発明家を一人、失ってしまっただけである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
出航した船の中で、シークから事情を聞いた。
「じゃあお姉さんが?」
「ああ、今頃動いてくれてると思うよ」
「そっか……」
シークのお姉さんなら、真実を突き止められるかもしれない。
私の研究内容まではわからないと思うけど。
じゃあつまり、私の嫌疑はいずれ晴れる……のかな?
「だとしたら……」
「戻りたい?」
「……わからない。私にとってはあそこは、研究するには最適だったかもしれないけど……居心地が良いわけじゃなかったから」
戻れるかもしれないとわかって、少し考えてしまう自分がいる。
発明家として合理的に考えるなら、優れた環境に戻れるなら、それに越したことはないと思う。
だけど、私は道具じゃなくて人間だから、やっぱり好き嫌いもあるわけで。
「じゃあ、とりあえずどこか行ってみるか?」
「どこか?」
「ああ。新しい場所を探して、そこが気に入れば良いし。駄目なら戻れば良い。それを決めるのは、別に今じゃなくてもいいだろ?」
「……確かに、そうかもしれないね」
せっかくの機会だと考えれば、多少気は楽になっていく。
何より一人じゃない。
「じゃあ連れて行ってくれる? どこか適当に」
「了解」
そんな風に、いつものように落ち着いて。
私とシークは新天地を目指す。




