第1話 ダイレクトコール
2048年日本。
2020年代以降日本のGDPは伸び悩み、かつて世界第2位のGDPを誇った日本だが2025年時点で8位まで落ち込む。1人あたりのGDPに至っては50位まで落ち込み2020年以降景気後退が継続。
政府は極端な金融緩和を断行。長期に渡るマイナス金利を実施した結果、マネタリーベースのキャッシュは増える一方で消費者までキャッシュが回ることはなく、その後もGDPは伸び悩む。
2029年都市部を中心とした短期的な不動産のインフレをトリガーにして経済全体のハイパーインフレが発生。
2030年以降も景気後退は止まらず、失業率が過去最低の10%を突破。円安が深刻化し1ドル350円を超える。
複合的な理由により日本の多くの上場企業の経営が悪化。
多くの企業が上場廃止を初め、倒産及び民事再生を申請する中で、安い買い物と言わんばかりにアメリカのファンドや投資信託が買収やM&Aを繰り返す。
その結果、多くの民間企業にアメリカの資本が入り、一部の産業を除いて実質純日本企業はほとんどなくなってしまった。
2048年現在、日本は実質的にアメリカの属国となる。
【ダイレクトコール】
『♪♪♪♪♪♪♪♪〜』
パーティクルデバイスのダイレクトコールが鳴る。
久しぶりに聞く着信音だ。
※パーティクルデバイス(以下PD)とは2030年台後半にアメリカで開発された電源・充電を必要としないパーソナルデバイスである。コンタクトレンズの様な形状をしており眼に直接装着する。
電話、メール、ウェブへの高速アクセスを可能とし、各種情報はバーチャルウィンドウで展開される。
展開されるウィンドウは本人以外には見えない。音声は骨伝導を採用しており、同様に本人以外にはデバイス音声は聞こえない。
また、セキュリティに関しては2025年に開発されたクリプトコントラクトという技術が搭載されており高いセキュリティレベルを誇る。
PD、クリプトコントラクト共にフェルド社が開発し特許を申請している。
まだ春とは言えない肌寒さの残る3月の昼下がりだった。忘れもしないあの日。
あの日のことを思い出すと今でも心臓が締め付けられた様に悲鳴を上げる。
そう、あの日兄は”死んだ”のだ。
『はい、もしもし。』
普段はダイレクトコールåなどかかってこないのだが、PDに表示されたポップアップとコール音で眠気が一気に冷めたのを覚えている。
『もしもし、杉本さんでお間違いないでしょうか?』
『はい、そうですが?』
『私、外務省・邦人保護課の職員の丸茂と申します。孝治さんでいらっしゃいますか?』
『..........。』
『あぁ...あに......ですか?』
声が震えていた。
『はい、突然のお電話で恐縮ですが、今お時間よろしいでしょうか......。』
俺はそこまで聞いて、一度だけ深呼吸をした。
この日がくるかもしれないとは思ってはいたが、やはり心の準備はできていなかった様だ。
勝手に足まで震え出した。
今度は俺は音には出さず昔空手をやっていた時に習った息吹をする様にもう一度深呼吸を試した。
そうすると自然と落ち着いた。
『すみません。俺は兄の、亮介の弟の孝治です。構いません。続けてください。』
そこからの会話は正直、兄がどうなった以外のことはほとんど覚えていない。
あまりにも覚えていなかったので、後からPDの音声ログで以下の情報を確認し直した。
兄がアメリカで死亡確認されたこと、死因が心臓発作らしいこと、病死であり変死ではないものの空輸するためにエンバーミング(防腐処置)をすることや各種書類作成することが理由で、遺体到着まで3〜4日かかるということだった。
兄はアメリカ滞在時、理由は分からないが緊急連絡先を父親ではなく俺を指定していた様だ。
いち早く兄のことを親父とお袋に伝える必要がある。
お袋は大丈夫だろうか。勿論絶対無事だとも思ってはいないだろうが死んだとなれば発狂してしまうかもしれない。
通常、海外で死亡してしまった場合、現地の警察や病院から遺族に対して連絡が入ることはない。
現地の在外公館等を通して外務省に連絡が入るのだ。
そのことを事前に調べていた俺たち家族は”その事態”が起きてしまった場合、外務省から連絡があるということを知っていたのだ。
一つだけ質問したのは死因についてだった。
兄は心臓が悪くなかったし、うちの家系で心臓の病を患ったというのは今まで聞いたことがない。
しかし、死因は心臓発作で間違いないという回答。
兄の失踪から半年。
彼が24年間の人生の中で唯一起こした不可解な行動、謎の失踪は死亡確認という形でその幕が閉じられた。
凄まじい脱力感と倦怠感に苛まされた俺はその日講義を休んだ。




