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第七話「御厨優斗の嫌悪すべき朝の目覚め」

8:15

 

 昨日ほどではないが、八時十五分という時間はやはり目覚めるには少し早いと思う。

 何時から俺はこんな早起きさんになったのだろうかと、自問の一つもしてみたくなるものだ。いつもの休日なら早くても十時に目が覚めるのが通例だというのに、昨日に引き続き俺はこうして早くに目が覚めてしまっている。

 美紅はとっくに起床しているだろう。その証拠に隣のあいつの部屋からは何か物音が聞こえる。

 俺もさっさと起きようかと思うものの、残念ながら俺の瞼の方はあまりノリ気ではないらしい。睡魔から絨毯爆撃をくらっている俺の瞼は、その攻撃の激しさの余りにさっさと降伏を決めちまいかねない。 これは油断すれば、一瞬先には闇が待ち構えているだろう。「一寸先は闇」とは昔の人はよくいったものだ。

 しかし、その諺の意味が俺の今の状況とは少しだけ違うというのに気付いたのは一分ぐらいが経過したときだった。国語が得意なこの俺様が、こんな凡ミスを犯すとは…。まあ、要するに今の俺の脳みそは少しばかり阿呆になっているという事だ。

 俺の瞼は睡魔に対して必死の抵抗を行うが、そんな抵抗も空しく俺の瞼は睡魔の手により敗北した。

 どんどん瞼が下りてくる。もうここまで来たなら二度寝を決め込むしか無かろう。

 なに、二度寝から覚めても健太郎の家にお邪魔できないような時間にはなっていないだろう。目が覚めたらさっさと健太郎に会いに行けばいいだけのことだ。

 そう決め込んだ直後には俺の意識は完全にふっ飛んでいた。






 また夢を見た気がする。さっき寝てた時に見たのは青空に光が舞う夢だった。

 今回の夢は真っ暗だった。周りを見渡しても世界が真っ暗なのだ。真っ暗で何も無いけれど、自分が夢を見ているという意識が存在しているのは分かった。

 直後。



 ゴト…



 後ろから重い音が微かに聞こえた。振り返れば離れた所に人がいた。そいつは一人で、俺に背を向けて立ち尽くしている。真っ暗な中にそんな姿が鮮明に俺の眼に映った。体格からして間違いなく男だろう。

 暫くすると男は両腕を円を描くように、胸から頭へ、頭から胸へと大きく回し始めた。よく見ると、男は手に何か持っている。男はそれを振り回しているように見えた。

 ここからでは何を振り回しているのか、ちょっと窺う事が出来ない。

 男は一頻り何かを振り回すと、今度は左足を軸に体全体で回り始めた。

 回転してくれたおかげで男の顔を見ることができた。そいつは俺の見間違いでなければ、俺の知っている顔だった。

 



 あいつは…そう、馬鹿で鬱陶しいあいつだ…。









9:20


 昨日の夜に、俺の家に来いとメールを送ったので、優斗は今日も来るはずだ。あいつが来たら、とりあえずカラオケの件を説明してやることにしよう。

 といっても主催者ではない俺がどうやって詳しい事情を説明してやればいいんだ? 今のところ参加人数も曖昧だし、そもそもカラオケに行くのに詳しい事情って何だよ? 面倒臭いな。

 …まあいいか。優斗にはてきとーに説明してやって、後は昨日みたいに遊んでればいいだろう。

 それにしてもあのバカ女め…、俺に人数集めの手伝いをさせやがって。大体、卒業記念の打ち上げにしてはタイミングがズレすぎなんだよ。卒業式から十日以上は経ってんぞ。

 まったく・・。どうせやるなら卒業式が終わった後に、皆が清々しい気持ちでいる時にやっちまえばよかったものを・・。

 俺は心の中でバカ女に愚痴をこぼしながら、自分の部屋のベッドでうつ伏せになりながら卒業文集をパラパラと読み耽っていた。

 特にやることがながないので数日前からこんな調子で文集だの卒業アルバムを見まくっている。

 暇つぶしに見ていたものだが、これが案外退屈にならない。俺のクラスの集合写真とか、クラスメート個人個人の卒業文を見ているうちに、いつの間にかこんな時間になってたなんて事があるのだ。

 まあ、こんなクソ退屈な春休みにいい暇潰しができたことは思いがけない幸いだ。たしかこういうのをギョウコウとかいうんだっけか?

いつだったか優斗の奴がそう言ってた気がするが。

 俺はその後もしばらく文集を読みふけっていた。優斗やバカ女や岩吉とか後藤とかの作文を読んでみると、あいつらも学校生活に思うところがあったのだなと実感する。

 まあ俺は思い出をちまちまと文字にするのが面倒だったので、楽しかったの一言で終わらせた。面倒だったのは事実だが楽しかったの一言には嘘は無いつもりだ。よく担任もこんな適当な作文で許してくれたもんだな。というかこれは作文と言えるのか?

 さらに文集を捲っていく。他のクラスメートの作文も見てみたが結構真面目に書いていたと思われるのは優斗、岩吉、後藤とそして…認めたくないがバカ女だった。

 他の奴らの作文と比べてもやはりこの四人が文字の量が少し多いし、内容も厚く、何より感傷的なものに見える。

 岩吉と後藤なんて二人して「けっこうさびしい」なんて一文が入ってやがる。なんか可笑しくて笑っちまったじゃないか。

 とにかくこの四人は真面目に、素直に自分の気持ちを書いていたことが窺える。

 まったく、センチメンタルな野郎どもだぜ…。自分の作文の出来が恥ずかしくなるぐらいだ。馬鹿コンビの岩吉&後藤までもがこんな一面を持っているのだから。

 俺は少しだけ、自分の作文の適当さに後悔したのだった。こいつらの文の出来に比べれば俺のは手抜きすぎる。というか、こいつらって意外に文系?

「文系?」とか考えていたところで、机の上に放置していた携帯電話が着信音を響かせた。

 体を起して机の上の携帯電話を取り、開いてみる。メールが届いていた。



 そのメールの差出人は…








9:27


「兄ちゃーん! 電話ー!」

 二度寝を決め込んで布団に潜っていても、結局は叩き起こされる結果となった。よりにもよってこんなデカイ声に起こされるとは・・美紅もなかなか五月蝿くなったものだ。

一階からの美紅の大声はさらに続く。

「兄ちゃーん早くしてよ!健太郎からだよー!」

 うるせぇ…何で健太郎からなんだよ。

「早く起きろぉぉぉ!馬鹿兄貴ぃぃぃ!」



「んがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」






「……もしもし」 

『…美紅の奴、いつの間にあんな大声出すような女になったんだ?』

 受話器の向こうからは最もな意見が飛んできた。

「…そんなことより何の用だよ? このド阿呆…」

『なんかお前、不機嫌じゃない?』

 当たり前だ。あのクソうるさい妹のおかげでな。

『まぁ、いいや…。あのさ優斗。お前、やっぱり俺んち来るの?』

「お前から昨日そう誘ってきたんだろ」

『そうなんだけどさぁ〜。…ちょっと面倒な客が一人増えちまってな』

「?…誰だよ」

『…バカ女』

 バカ女。健太郎の口からその単語を聞くのは久しいな。

 バカ女というのは、中学三年の時俺や健太郎と同じクラスだった女子生徒の事である。

「なんだ。別に面倒でもないじゃん」

 実際にこの女子について俺は面倒な要素を一つも感じていなかった。

 健太郎にバカ女呼ばわりされているこの女子だが、名を滝本まおなという。健太郎には常々このあだ名で呼ばれている彼女だが、滝本を言葉で表すなら文武両道とか、誠実とか、そういう言葉が実に当てはまる女性だ。つまり滝本まおなは馬鹿ではない。

『優斗の場合は確かに面倒じゃないだろうけどさぁ、俺にとっちゃあかなり面倒な女な訳なのよぉ〜。そこのところちゃんと分かってるでしょチミぃ〜』

 要するに受話器の向こうで憎たらしい口調で話す健太郎のほうが馬鹿なのである。先程の起こされ方で少しばかりイライラしている俺にこの口調はかなり癇に障るな。受話器の向こうの馬鹿がくたばってほしいと半ば本気で念じる俺だった。

『俺が言いたいことはだな、優斗よ。今日はそいつが家に来て面倒事を起こされる可能性が高いから、お前んちに避難させてくれってゆう交渉をしにきたわけなんだよ』

 俺にとっては健太郎が家に来るという事実の方がかなり面倒臭いんだがな。

『俺がお前の家に行く手間を引き受けてやるから、そのかわりに俺に対するおもてなしを忘れずにな』

「きるぞ」

『わースイマセン! 俺が悪うございました!』

 やれやれ…。こいつのめでたい頭には本当に辟易するぜ。

「はぁ……。まぁ取りあえず俺んちに来るってわけだな?」

『その通りでございます! そして先程の私の出過ぎた発言をお許しくださいませ! 気に入らなければ後で私のこの汚ねぇケツを引っ叩いてもらっても構いません!』

「……………」

 こいつの馬鹿は死んでも治らない気がする。本気でそう思う。

 それにしてもこんな見苦しい態度をとってまで懇願するとは…。こいつはそんなに滝本の事が苦手なのだろうか。ここまで健太郎に苦手の意思表示を見せつけられると、いよいよ滝本が哀れになってくる。

 俺は呆れ口調のまま続ける。

「もうその醜い態度はやめろ。今の俺にはお前の発言全てが癇に障る」

『ハイッ! すみませんでした』

「一応お前の要求を呑んでやることにしてやる…。で、滝本は何時にお前の家に来るんだ?」

『一時には俺んちに来るってメールで』

 あと三時間と半ぐらいか。

「それじゃあ昼飯さっさと食ったらとっとと俺んちに来い。いいな?」

『さすがは優斗様だ! 今回の件を俺は生涯忘れないぜ!』

 さっきまでの見苦しい態度から一変した健太郎は元気な声でそう言うと、向こうから電話を切った。

「はぁ…」

 溜息一つついて俺も受話器を置いた。

 なんかこの数分でさらに不機嫌になった気がするぞ…。

 すっかり目が覚めてしまった俺は、まだ寝間着のままの服を着替えようと一度自室に戻ることにした。

 戻る途中に健太郎との会話を嫌でも反芻してしまっている俺の脳内が、俺の不機嫌値をさらに上昇させていく。これは健太郎の奴を少しいじめてやらないと気が済まんな。





 部屋に戻ると美紅がいた。俺の部屋の机に置きっぱなしだったノートパソコンを何やら弄っている。

「健太郎なんて言ってた?」

 俺の方を見て言った。

「どうしても家に来たいとかほざいてた」

「ふ〜ん…。で、来るの?」

 来るって、と答えてやると美紅は再びパソコンの画面に視線を戻した。相変わらず何もかもがつまらなそうな顔だ。

「それにしても久し振りだよね。健太郎が家に来るの」

 そういえばそうだな。俺の方からあいつの家に行くことは多いが、あいつから俺の家に来るのは少ないことだ。

「久々に退屈しないかも……」

 少し小さい声で美紅は言った。そういった美紅の表情はどこか楽しげだった気がする。

「あっ」

「どうした?」

「メールが来てる」

 メールだと? まさかまた健太郎からではあるまいな。

 俺は私服に着替えながら、美紅が無言のままメールボックスを開いているのだろうマウスのクリック音を背後に聞いていた。

「あれ?」

「今度は何だ?」

 少し不機嫌な口調になってしまった。

「知らない人から来てるよ」

 どうやら健太郎からではないらしい。

「誰だ?」

 言いながら俺はパソコンの画面を覗き込む。アドレスブックにも登録されていない全く覚えのない相手からだった…が。

「へぇ…」 

「何? 知ってる人から?」

 今の俺の顔はそれなりに悪人面に見えていたと思う。何せちょうどいい人物からメールを送ってきてくれたのだからな。

「ああ、知ってるやつだ。ちょうどいい。健太郎をすこしいじめてやるとするか」

「は?」

 俺は大きく大きく口を歪ませた。

 

 

 今日も昨日に引き続き退屈しそうにないようだ。   

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