第四話「馬鹿で鬱陶しいけど、親友」
「まあ、適当にゆっくりしてくれ」
健太郎の家に上がった俺は、現在、健太郎の部屋にいる。
健太郎の部屋は家の二階にあり、落ち着いた雰囲気の畳部屋で、特に散かってもないので、すっきりした部屋であるといえる。
部屋の真ん中には黄土色の小さなテーブルが置いてあり、部屋の端にはベッドと、勉強用の本やゲームソフト、小説が何冊か入った本棚がある。因みに、小説は全てライトノベルだ。
部屋の角には、台の上に乗った小さめなテレビがある。そのテレビの乗った台の下には、テレビゲーム機がコントローラーと共に置いてあった。
「飲み物でも持ってくるから、待っててくれ」
健太郎はそう言って、一階への階段をドタドタと、足音うるさく駆け下りていった。あんながさつな男の部屋が、こんなにすっきりしているなんて、何か矛盾を感じる気がする。
適当にゆっくりしてくれと言われたので、俺はその通りにすることにした。健太郎のベッドにでも座って待っていようと思い、ベッドに近寄ると、枕元に何かが置いてあった。
何気なく手を伸ばして取ってみる。手に取ったそれは、アルバムだった。というか、それは卒業アルバムだった。俺と健太郎が先日卒業した中学校の。あいつ、これをさっきまで見てたのか?
適当にページをめくってみると、今年の卒業生の全員が書いた卒業文集が挟んであった。
確か、健太郎は文集の紙に、楽しかった、と紙からはみ出すくらいにデカデカと書いて終わりにしていたな。先日、文集を見た時に、健太郎は確かそう書いていたはずだ。そんなことを思い出しながら、文集を開いてみる。俺のクラスの三年四組は文集の後ろのほうだ。パラパラとめくっていくと、やがて四組の文集にたどり着く。そして見つけた健太郎の欄には俺の記憶通りに、楽しかった、とデッカク書かれていた。!マークを三つも付けて。
俺はつい顔が笑ってしまった。実にあいつらしいと思ったのだ。面倒な言葉を使わず、単純な言葉で気持ちを表現するのが。
全く。一体何が楽しかったのだろう? 修学旅行か? 夏休みか?
体育祭か? 文化祭か? もしかして中学生活のすべてか?
こんなけったいにデカデカと楽しかったと書きやがって。本当に健太郎らしい一文だ。楽しかった理由が何か聞いてみようかな?
そんなことを考えながらニヤニヤしていると。
「なにニヤニヤしてんだよ」
ニヤニヤしていると言われた。
声のしたほうを見れば健太郎が部屋の前で立っている。手には飲み物が注がれているであろうコップが二つ乗ったお盆を持っている。
「何が楽しかったんだよ?」
俺は早速、健太郎に理由を聞いてみた。
「お前、文集見てたのか?」
「見ての通りな。で、何が楽しかったんだよ?」
聞いてる途中に思った。俺、すげぇ顔がニヤニヤしてるよ。健太郎から見た今の俺は絶対気持ち悪いな、こりゃ。
「えぇ〜、別にぃ〜」
上手くはぐらかそうとしているようだが、顔がニヤついているぞ、健太郎よ。
「ってか健太郎。お前、さっきまでこれ見てたのか?」
俺は文集と卒業アルバムを見せながら言う。
「まあ、庭で体操する前に、部屋でちょっとな」
やっぱりか。
「何ていうか・・、卒業した途端に、急に見たくなっちまうんだよな、そういうの」
その気持ちは分からなくもない。俺だって春休み中にこのアルバムを見て、過去の中学生活の色々を思い出して懐かしんだりしたものだ。特別好きでも楽しかったわけでもない中学生活だったけど、卒業した途端にこれだからな・・、本当は学校が好きだったのだろうか、俺は?
「なんかさぁ、そのアルバム見てると、またクラスの皆と会いたくならねぇ?」
お盆をテーブルの上に乗せながら、健太郎は言った。
どうだろうか? 俺もそれなりにクラスの皆と溶け込んでいたようには思うが、健太郎のようにまた会いたいとは思わない気がする。別にクラスの皆が嫌いなわけでもない。でも俺は、また会う意味なんて無いだろう、って冷たいことを考えてしまうのだ。そんな俺がクラスの一員ってのは、ちょっとどうかと思う。
「やっぱり楽しかったよなぁ、三の四は。皆よく騒ぐ奴らでさ」
なんとなく思う。
「俺、あいつらといると、ほんと楽しかったよ」
健太郎と俺はやっぱり違う。皆に対する気持が、俺とは正反対だ。
健太郎は鬱陶しいトラブルメーカーではあるが、俺と違って他人に対する思いやりがある。どこかが冷めてしまっている俺とは、やはり違うのだ。
「健太郎は良いよな〜」
「あ? 何が」
けれど、俺もいつか健太郎のようになりたいと思う。
「気にするな。ただの戯言だ」
「?」
小学生の頃に、周りから疎ましく思われていた俺を助けてくれた健太郎のような、思いやりのある人間になってみたい。それがいつになるかは分からないけど。
「よし、健太郎。ゲームをするぞ」
こいつとは高校も同じなのだ。もう少しこいつと付き合って、こいつから思いやりの何たるかを学びとってみるのもいいかもしれない。
「おう、やるか! じゃあこの格ゲーでもやるぞ」
そう言って健太郎は棚からゲームソフトを引っ張り出し、ゲーム機にセットした。
俺はコントローラーを手に取り、畳の床にあぐらをかいて座った。
「俺の強さに泣くなよ、優斗ちゃぁん」
もう少しの間、この馬鹿と一緒にいるのもいいだろう。うざったい時もある健太郎だが、少なくとも退屈はしないだろうし、高校生活もこいつがいれば少しはマシになるはずだ。
この時、俺は不覚ながらもこう思ってしまった。
この馬鹿な親友と付き合っていられるとは光栄だ、ってね。