第十一話「なんとかなるさ」
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つい数分前にバカ騒ぎを起こしていた俺と健太郎は、俺たちを追ってきた滝本、岩吉、後藤の三人に連れられ、現在はLCにいる。
LCとは、俺たちもひいきにしている二階建てのショッピングモールのことで、一階にはスポーツ用品店、ブティック、スーパーマーケットなどがあり、二階には映画館、書店、ゲーム売場、ゲームセンター、電化製品店などがある。
それら多数の店が、この一つのショッピングモールに点在しているだけあって、ここ―――LCは半端なくデカく、それ故に平日だろうと客の数は多い。
スーパーマーケットは、買い出しに来る奥様方のるつぼと化し、ブティックにはお洒落に気を使う若者どもが居を構え、書店にはお目当ての漫画の単行本を買いに来る少年少女たちや、小説好きのオッサンやおばさんたちが集う。一階、二階にはどちらもファストフード店や飯屋があるので、腹が減った時はそこを利用することもできる。
消費者にとってこれほど好都合な場所はないだろう。その辺は、さすがショッピングモールと言うべきか。
この近辺には、住宅地や様々な店が点々としているので、立地条件も悪くない。それらの店の一つには、後で向かう事になったカラオケ店もあるので、今の俺らにとっても都合がいい。
そんなショッピングモールのエントランスホールに集まって立ち尽くしている俺たち五人なのだが……。
多くの人々で賑わう晴れ晴れとした様子の店内とは百八十度違って、俺たち五人のかもしだす雰囲気は見事にどんよりな曇り空だった。
さっきの歩道橋の一件からずぅっと誰も口を開くことがなく、やかましい健太郎ですら、その口をチャックで閉じてしまっている。
正直……歩道橋での醜態を公衆の面前で晒してしまった手前、俺も上手く口を開けない。あんな赤っ恥をかくような展開になると知っていたら、いくら俺でも健太郎を怒らせるようなマネはしなかっただろう……たぶん。
いい加減この重い空気にもうんざりしてきたので、俺はこのダークな雰囲気を一刀両断するために口を開いた。
「なあ、とりあえず動いて……みたり……しない?」
まずは正攻法でいってみる俺。動かざること山の如しを貫いているこいつらを少しでも動かさねば埒が明かん。
だが、山を動かすには少しばかり口調が弱々しかったな……。そのせいなのか、こいつらも俺の声など聞こえなかったかの如く黙りこくっている。
……こりゃ骨が折れそうだ。
「おい。みんな黙ってないでさァ、何とか言えよ。せっかくここに来たんだから色々見て回ろうぜ」
沈黙。
「ほら、健太郎。お前欲しい本とかあるだろ? 書店の方にでも行こうよ」
沈黙。
「滝本も岩吉も後藤も何か欲しい物あるだろ? 服とかアクセサリーとか色々さァ」
沈黙。
……なんだかお家に帰りたくなってきた。
ほんの少し前の一刀両断という勇敢な心意気を持った俺はどこへやら……。俺の勇者な心はたったの四人の人間相手にくたばってしまうほど貧弱なのか?
この瞬間、俺の心の中の剣がポキリと音をたてて、真っ二つに折れた気がした。
しまいには俺まで再び黙り込んでしまうという体たらく。こんな無様な姿を見せてしまった俺の心境は、自己嫌悪の色に染まってモンモンとしている。
一体どうすればいいんだよ?
「おい優斗。行くぞ」
呆然としていた俺の腕を引っ張って行くのは……健太郎かと思いきや後藤だった。
何だこいつ? どうして俺を連れていくんだよ。
訳も分からず、ただただ引っ張られていく俺。
遠ざかっていく健太郎達の姿を見ようと後ろを振り返ってみれば、岩吉までついてきている。しかも岩吉の奴、何故かニヤニヤしながらついてきているぞ。さっきまで皆と一緒に沈黙してたお前はどこに行ったんだ?
本当に訳が分からない……。自己嫌悪に陥っていた最中に、いきなり後藤に引っ張られていくという状況のせいで、俺の頭は少しばかり混乱してしまったようだ。
後藤は俺を引っ張り歩きながら、LCの二階へ向かうエスカレーターに乗った。後藤に引っ張られている俺も、もちろん乗る羽目に。俺の後ろには岩吉も続く。
視線を変えて、エントランスホールの方を見てみれば、健太郎と滝本が雑踏の中でポツンと立ち尽くしている。
……一体これは何という茶番なんだ? 後藤よ。あの二人を放っておいても良いのか?
俺の不安をよそに、後ろの人間は意味不明なニヤニヤ顔のまま、エスカレーターによって二階に運ばれている。
なるべく疲れないような一日になることを祈りたい……。
「良いんだよあれで」
二階の映画館前に拉致された俺は、さっそく後藤に健太郎と滝本の安否を問うたのだが即答された。
「いや、どう考えても良くはないだろ。校門前の事があったばっかりだぞ」
「大丈夫だよ。あの二人ならすぐに何とかなるさ」
随分と投げ遣りな言い方をする後藤のせいで、つい溜め息を吐いてしまう俺。後藤の台詞とは裏腹に、階下にいる二人の雰囲気が今この瞬間もモヤモヤしているのではと思うと、何だか気分がよろしくない。頼むからさっさと仲直りして、いつも通りのあいつらに戻ってほしい。
「優斗ってけっこう優しいよねぇ」
突然、側にいる岩吉の奴が訳の分からん事を口にした。
「はぁ? 何か言ったか岩吉」
岩吉は「別にぃ~」とはぐらかすと、再びニヤニヤし始めた。
岩芳の野郎は普段も笑顔で人と接することが多いが、今日のこいつの笑みには何か納得できない含みが混じってる気がする。一体何を考えてるんだ? こいつは。
「あの二人の事は心配すんなよ優斗。なんだかんだで気の合う二人の事だ。今はあんなでも、どうせすぐにいつも通りの夫婦漫才を始めるだろうよ。だから落ち着け」
「落ち着けって言われてもな後藤。今まであの二人があそこまで陰気臭くなったことがあったか?」
「なかったわな」
「そうだろう? あのままじゃ、夫婦漫才なんて現実は夢のまた夢だぞ」
「大丈夫だって。あの二人なら夢叶わず挫折しそうになってもうまくやってくさ」
俺は後藤がこの状況を楽観的に見すぎているような気がしてきた。
それに、さっきから聞いてみれば、後藤の言い分にはまるで説得力がない。
何故だかよく分からないが、俺は憤りを覚えた。
「何で大丈夫なんだよ!」
俺は語気を荒げて言った。
「さっきから聞いてみりゃ、お前の言葉には説得力がないんだよ! どうして大丈夫なんだ? どうして二人を放っておくんだよ!」
いきなり荒い口調に切り替わった俺に驚いたのだろう。後藤はきょとんとした顔になった。
俺も内心では後藤と同じような反応だった。正直、自分の発言に驚いている。どうして俺は怒鳴ったのだろう? 何で俺は二人の事ばかり気にしているのだろう? よく考えてみれば、いくら俺が怒鳴ろうと二人を心配しようと、あの二人がすぐにいつも通りに戻ることはないというのに。
怒鳴ってからそれに気づいた俺は、後藤に言葉をかけるのに少し時間がかかった。
「……ごめん」
今日の俺はみっともないところが多いな……。
「気にすんな」
本当に気にしてないような平然とした顔で言ったよ、後藤は。
「ほら優斗、そんなシケた顔してんなよ。せっかくここまで来たんだし、ゲーセンにでも行くぞ」
「……うん」
前を歩いて行く後藤について行くが、俺の足取りはよろしくない。
とぼとぼと歩きながら後藤の背を追っていると、後ろから誰かが俺を押してきた。
「ほんっと優斗は優しいよな~」
後ろから押してきたのはやっぱり岩吉だった。両の手で俺の背中を押し、俺の足取りを軽くする手助けをしている。
「謙悟の言うとおり、そんなに心配はいらないよ」
そう言うと岩吉は、幼さの残る顔に笑みを張り付けた。
「だって健太郎と滝本ちゃんなんだぞ? あの二人は水と魚のように相性がいいんだから、ケンカしてもすぐへっちゃらさ。何とかなるって」
岩吉は俺の背をさらに強く押した。
少しは何とかなるような気がしてきた……。