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第十話「合縁奇縁 その一」

 ―――もしかして来るのは俺らだけだったりして―――




 どこのどいつがそんな台詞を吐いたかを考えれば、答えは簡単。

 岩吉だ。

 現在の時間は午前十時前。天気は快晴。やや強めの涼しく気持ちのいい風が吹いている。

 そんな見事に清々しい天気の中、俺はショルダーバッグを右肩に提げ、先日卒業した中学校の校門前にいる。



 ―――もしかして来るのは俺らだけだったりして―――




 また頭の中でその言葉が繰り返された。

 どこのどいつがそんな台詞を吐いたかを考えれば、答えは簡単。

 岩吉だ。

 そんな岩吉は俺の数歩隣りで気まずそうに立ち尽くしている。その岩吉のすぐ隣りには、同じく気まずそうに立ち尽くす後藤の姿が。

 岩吉&後藤の後ろには、校門に背を預けながら立っている健太郎がいる。健太郎の視線はさっきから自分の腕時計と『もう片方』との間を何往復かしている。

 その健太郎の視線の先にある『もう片方』を目で追えば、不自然なくらいに無表情のまま立っている俺たちと同級生の少女がいた。

 




 現在の時間は午前十時十分。天気は快晴。やや強めの涼しく気持ちのいい風が、俺たちの頬を撫でる。

 そんな見事に清々しい天気の中、俺たち五人は各々の立ち位置でじっとしている。

 俺はいよいよ、この綺麗な青空が俺たちを嘲笑っているのではないかと思い始めてきた。

 




 現在の時間は午前十時十分。

 


 


 この場所にいるのは『五人』だ。









 


「いい加減、もう行かないか?」

 呆れと若干の怒気を含んだ健太郎の言葉。

 その言葉は俺に向けられた言葉ではなく、岩吉に向けられた言葉でもなく、後藤に向けられた言葉でもなかった。

「集合時間はもう四十分は過ぎてんだぞ! もう来ねえよ、他の奴らは」

 またも健太郎の怒気を含んだ声が、俺たちを射抜く。

 健太郎のその声が作りだす雰囲気に射抜かれた岩吉と後藤は、気まずくなったのか表情があまり芳しくない。だが、健太郎の放った言葉を脆にくらっている筈の滝本は、不自然なくらい無表情のままでいる。健太郎の集中砲火を一身にくらっている筈なのにだ。

「もう待ってらんねぇ……。俺は先に行くぞ」

 いよいよ気分を害した健太郎はずんずんと早足で歩いて行ってしまう。

「おい! 健太郎」

 去っていく健太郎を呼び止めようとする岩吉の声は空振りに終わった。健太郎は構わず行ってしまう。

「ちっ……」

 舌打ちをかましたのは後藤だ。そりゃ舌打ちもしたくなる。健太郎の放った流れ弾に中ったようなもので、中てた本人は今俺たちの前から逃げるように行っちまうのだからな。

 しばらくの間、俺たちは去っていく健太郎の後姿を見ていた。

 それにしても……ちょっと面倒なことになったなぁ……。

「おい岩吉&後藤。俺はちょっと健太郎のところ行ってくるから、ちゃんと滝本つれて追いかけて来いよ。失敗したら罰としてヤバイ人ゲームを受けてもらうからな」

 そう言って俺は、まだ遠くはない所を歩いている健太郎を追うために走った。

 今度は俺を呼び止める声が後ろから聞こえたが、取り敢えずスルーしておくとしよう。






「健太郎」

「……」

「おい健太郎」

「………」

「やい! 健太郎!」

「…………」

「健太ッ……」

 無視を決め込む健太郎にイラッときた俺は、健太郎の背後に回り、奴のけつにしっかり照準を合わせてから……、

「郎ッッ!」

 ささやかな怒りのこもった力一杯の蹴りを奴のけつにクリーンヒットさせてやった。

「おうッ!」

 尻を蹴った鈍い音と同時に、健太郎があほな声をあげた。

「痛ぇな! 何しやがる!」

 何って、無視されたからけつを蹴っただけのことですが。

「てめぇのせいでケツが二つに割れるとこだったじゃねえか!」

「そんな馬鹿が言える余裕があるなら最初から無視すんな」

「ぐ……」

「それと、さり気にそんな感じでボケを言って、あいつらの険悪化したムードを緩和しようとしても滑るだけだと思うぞ、健太郎」

「…………ちぃっ」 

 図星だったのだろう。健太郎は恥ずかしくなったのか、それとも俺との会話が鬱陶しくなったのか(おそらく後者だろうが)、憎らしそうに俺を見る目線を右に九十度ほど逸らした。

 方法が方法だが、仲直りの精神を持っていた点に関しては良い方向に評価しておいておくか。

 それにしても、相変わらずこいつの仲直りの仕方は健太郎らしいものだと実感する。

 喧嘩したことをすぐ後悔して仲直りの方法を考えるのはいいが、こんな馬鹿みたいなやり方だからな……。しかも、今回の場合もどうやら例外を採用しているようには見えない。

 素直に正面から謝ればいいのに、こんな回りくどいやり方で関係修復を図ろうとするのだから可笑しいものだ。

 ま、こんな方法で仲直りしてやったことのある俺が言うのも何だがな。

「ったく……」

 健太郎は俺に背を向け、再び歩いて行ってしまう。

 けれどさっきの早足と違って、歩幅が随分と小さくなった気がするのは俺の目の錯覚ではないだろう。

 





「で? どうするんだよ健太郎」

 目的地へと歩を進めていく健太郎に、俺は聞いた。

「何がだよ?」

「さっきも言ったろ。滝本たちの事だよ」

 このままのこいつらの雰囲気で、今日一日を過ごすのだけはかなり勘弁してほしい。そんなことになったら正直俺は全力疾走で家に帰りたいぞ。

「わざわざ場の雰囲気を乱すようなことを言うからこんな事になるんだよ」

「……うるせぇ」

「まあ取り敢えず、さっきのお前の、ケツが割れる発言で俺との気まずさを解消したのは良いとしてだ……」

 あと三人のわだかまりを解消してやらねば、双方の悶々とした空気は絶対なわけで。つまりそれは、俺が全力疾走で家に帰りたくなるような状況になってしまうというわけで……。

 俺はそんな面倒な事態を避けたいために、健太郎に一つの問題を提起する。まあこの問題を健太郎が上手く解いてくれるかは知らんがな。

「お前はあと三人、自分の手で何とかしてやらんといかんわけだ」

 意訳:自分がまいた種は自分で何とかしやがれ。

「分かってるっつうの……」

 少し不安だが、ここのところは、後は健太郎に任せておこう。

「精々頑張れよ」

 ここで俺は後ろの方を振り向く。

 ……予想はしていたが、三人の姿はまだなかった。

 俺と健太郎が校門を去ってから十分近くは経っただろうか。それなりに距離は開いたが、走ればまだ間に合う距離のはずだ。

「それにしても……」

 と、俺は新たに話題を振る。

「お前けっこう我慢してたよな。俺はてっきり二十分経った頃には、お前が怒鳴り出すと思ってたのに」

 待つことに関しては忍耐力のこれっぽっちもない健太郎が、四十分も耐えるとは一体どういうことだ? 健太郎の奴、忍耐の種でも胃袋に流し込んだのではなかろうか。

「……」

 俺の言葉に無視を返す健太郎。少し待っても健太郎は俺に対して一向に口を開く様子を見せなかった。

 しつこく聞けば怒鳴られそうな気がしたので、取り敢えずここは黙っておこう。

 黙々と歩く俺と健太郎。

 そろそろ会話の一つでも振っておきたくなるような沈黙の時間が過ぎたころ、健太郎は通りかかった歩道橋の下で立ち止まった。俺も立ち止まる。

「どうした?」

 俺が声をかけると、健太郎は近くにあった歩道橋の階段に腰かけた。

「まあ、お前も座れよ」

 そう言って健太郎は自分の隣を指さす。

 いや俺までそこに座ったら、この階段を通りかかった人たちの邪魔になるだろ。人一人座っただけでも十分邪魔になるだろうに。それ以前の問題として、歩道橋の階段に座るな。

「いや、俺は立ったままでいいよ」

「ふ~ん……」

 俺が隣に座らなかったことに関しては、特に気にしなかったらしい。

「実はさ……来たんだよ」

 健太郎がいきなり口を開いた。

「え?」

 来たんだよ、って何がだ?

「……他の奴ら、来てたんだよ。お前、集合時間にちょっと遅れたから知らねえだろうけど」

「……他の奴らって、俺たち以外の奴か?」

「そう」

 俺が学校前に着いたのは、集合時間の五分後である。少しばかり遅刻したのは、俺が寝坊してしまったからに他ならないが、俺が校門のところに着いた時には、健太郎と滝本、岩吉と後藤の面子しか揃っていなかった。

「他の奴らってのは、つまり俺たち五人以外のクラスの奴ってことだよな?」

「そうだ。この件に参加するはずだった奴らのことだよ」

「……一応聞くけど、俺が着いた時にそいつらがいなかったのは何でだ?」

「みんな勝手な理由でばっくれちまったからに決まってんだろ……」

 俺が着く前にそんな事があったわけか。

 成程。俺が校門に到着したとき、四人の雰囲気が暗い感じだったのはこれの所為か。

「それが、お前が不機嫌な理由?」

 俺が問うと、健太郎は黙ったまま肯いた。

「何が、杉田が来ないから俺やっぱいくのやめるわ、だ。あ〜腹立つ。おかげでこっちはキョーザメだっつうの……」

 健太郎め、相当気分を害したようだな。キレ方がどこか冷たい空気を放ってる。

「風間と林田と火野と山口なんて、勝手に四人でどっか行っちまうしよ……」

 健太郎の事だから、ばっくれた連中を引きとめはしたのだろうが、

無駄骨に終わったのだろう。そんなの現時点の参加人数と、健太郎の愚痴をこぼす姿を見れば一目瞭然である。

「成程ね……」

 一応、健太郎が不機嫌な理由がわかった。だが俺はてっきり、長時間待たされたことに対して健太郎は怒っているのだと思っていた。まあ、それも怒りの理由の一つなのだろうが。

 しかし、何か腑に落ちない。さっき俺が健太郎に言ったように、二十分も待たされれば健太郎は怒ると、俺はすっかり思い込んでいたのに……。

 だが、どうだ? 結果的に健太郎は四十分も待った。

 風間や林田たちクラスメートが勝手にばっくれた事に対して、既に怒っていたはずの健太郎が、来もしなかった他の参加者のために四十分も待つなんて……。こいつの性格を考えれば、そんな状況下で健太郎が二十分どころか、十分も我慢できないことを見通すことなど、赤子の手を捻るよりも簡単だ。

 一体何だ? こいつをあれほどまでに我慢強くさせた要素は。

「よくそんな怒った状態で、四十分も待ったな」

「……」

 何か……何かあるはずだ。こいつを我慢の王様にさせた何かがあるはず。







 ―――御厨優斗ノ回想―――

 

 奴の今日の我慢ぶりについて、よく考えてみよう。

 いくら健太郎でも、徳川家康の足元程度に及ぶくらいの忍耐力をすぐに得られるはずがない。だが結果的に健太郎は、ぷち徳川家康として、その名を俺の心の中ぐらいには轟かせた。

 この急激な変化はある意味、あの木下藤吉郎が墨俣一夜城を築いた際の出世っぷりに相当するものではなかろうか? 

 まあ、この例えはさすがに大袈裟な上に戯言に過ぎるが、この健太郎がああも忍耐強くなるというのは殊勝な変化だと思う。

 しかし……健太郎がだぞ? 我慢弱い筈のこいつが、一体どうすればここまでできるのだ。

 あまりにも疑問なので、ここ最近の健太郎について回想してみることにする。

 昨日と一昨日に見た健太郎の姿は、最後にこいつと会った卒業式の日と何ら変わりはなかった。……ちょっとばかし太った事を除けば、だけれども。

 性格的には何の変哲もなかった健太郎であるが、今こうして俺の頭を労働させるに至る張本人は、やはり、さっきの健太郎であることに違いはない。

 先程見せた我慢強さを、一体こいつは、いつ、手に入れたのか?

 ……春休みの間にか? いやいや、それは無いだろう。健太郎のこの太り具合を見れば、こいつが休み中に暴飲暴食の限りを尽くしたであろうことは明らかだ。つまり、こいつが怠惰な食っちゃ寝生活を過ごしていたということである。我慢強くなった経緯がそこにあるはずがない。

 しかし、休み中にあの変化を手にしていないとなると、健太郎は本当に一朝一夕で、この偉業を成し得たということになりそうだ。

 一体いつなのだろうな。こいつがあんな我慢スキルを手にした瞬間は。

 誰かの力を借りたのか? ……いや、それもないだろう。自身の我慢スキルを高めるために他人の力を借りる意味など無さそうだ。けれど、さっき例えに出した家康公も藤吉郎も、決して一人でその名を轟かせた訳ではない。

 家康公は家臣に恵まれていたそうだし、藤吉郎には賢妻の寧々だっていたのだ。いわゆる内助の功的な役割を果たした人間が側にいたわけである。健太郎も……たぶん……例外では……ないと思う。戦国時代の有名人、前田利家の妻であるまつも内助の功とやらで、たまにテレビなどで採り上げられているではないか。

 健太郎にもそんな奥方のような人間の存在があったからこそ、ああなれたのでは……。




9:49 校門前


「もう少し待って……あと十分」


「……」




 ふと、校門前でのとある会話が頭をよぎった。

 健太郎の進化の理由、そしてその原因。


 

 それはもしかして……。







10:27 歩道橋下


「そうか滝本か!」

「!……ッ」

 なるほどな、分かったぞ! こいつが我慢人間ケンタロウになれた所以が。

 その答えは気付いてしまえば実に単純なものだった。こんな簡単な問題に俺はここまで頭を悩ませていたのか……まったく、こんな自分が恥ずかしくなるぜ。

 こんな簡単な問題バカでも、いや健太郎レベルの脳ミソでも解くことができたはずだ。 

「そうかそうか、いくら健太郎でも滝本直々のお願いを無下にはできなかったか」

「ッの野郎……」

 さっきの校門前での出来事だ。居心地の悪い雰囲気をかもしだしていたあの場で、健太郎と滝本が短い会話をしていたのを思い出した。

 俺が少し遅れて校門に到着したとき、四人の雰囲気が悪かったのは、他のクラスメートにばっくれられたからだろう。それはきっと間違いない。そして、そんなじっとりとした雰囲気の中で、俺たちはまだ到着していない他の面子を待った。

 集合時間に完全に遅刻しているクラスの参加者連中を待つこと五分、十分、十五分。そして、いよいよ待ち時間が二十分になる際の二人の会話がこれだ。

『なあ滝本、もう行こうぜ。来ない奴らなんてほっとけよ』

 これは健太郎のセリフ。この時点でこいつは既にトサカに来ていたのではと思われる。

『もう少し待って……あと十分』

『…………はぁ~。あと十分だけだぞ』

 滝本の真摯な物言いに負けた健太郎が言った言葉がこれだ。

 滝本の『お願い』に健太郎は忠実な下僕のように従い、結果、滝本のお望みどおりに十分待った。

 しかし、それでも参加者連中は現れない。その際の二人の会話がこれだ。

『なあ……十分経ったぞ。もう行くぞ』

『駄目……あともう少し待って』

『待てって……もう充分待っただろ。俺もうトサカに来てるんだけど』

『あとちょっとだけでいいから……お願い』

『っ~……』                

 そして、その十分後には健太郎が噴火する、というわけだ。

 これだけの会話を思い出せれば、健太郎の我慢の理由が充分過ぎるほどに分かる。

 つまり……。

「滝本にお願いされちゃったから、お前は素直に待ち続けてたわけか」

「……ッ!」

 そういうことだ。

 俺の発言そのままの意味で、理由で、健太郎は我慢し続けていたのだろう。こいつが我慢していた理由に、特に深い意味などは無かったのだ。

 今回の健太郎の偉業に、無意識のうちに裏で尽力していたのは、ある意味、滝本自身だったということ。健太郎への内助の功的な役割を、滝本は果たしてくれていたのだ。

「よかったな健太郎。お前ら良い夫婦になるだろうよ」

「……どういう意味だぁ?」

 俺のいきなりの発言に意味が分からなかったのか、それとも俺の推理に対して完全にとぼけ切るつもりなのか、健太郎はそう言った。

 おそらく前者の気持ちの上で発したセリフなのだと思うが、ここは敢えて、後者の気持ちの上での発言を想定した話の流れにしようと思う。

「おいおい、とぼけんなよ健太郎。お前が滝本のおねがいに負けて、仕方なく我慢してたことはもう分かって……」

「だああああぁぁぁッ! そっちじゃねえ! どうして俺とアイツがお前の頭の中で夫婦っつう設定にされてるんだよ!」

 予想通り、健太郎は前者の意味で発言していたようです。

「そりゃお前、内助の功という言葉があってだなぁ……」

「んがあああぁぁぁッ! ナイジョのコーって何だよ! いちいち俺の知らない言葉を使うな! っつうか夫婦って発言を取り消しやがれおいッ!」

 よっぽど健太郎は滝本と夫婦扱いされたことが嫌だったらしい。今にでも俺に掴みかかりそうな勢いだ。

 それにしても、ここ最近の俺は健太郎にしてやった事が続いているな。学校とかで顔を合わせると、振り回されているのはいつも俺たち周りの人間だったが、今回ばかりは立場が逆転したようだ。いっつも調子こいてる健太郎に天罰が下ったのだろう。これを機に少しは反省しろ健太郎。

「いやぁ……いっつも滝本のことをバカ女と罵って忌み嫌っている健太郎くんが、彼女にちょっとお願いされただけで、素直に言う事を聞いちゃうなんてねぇ」

「だあああぁッ! 話をそらすな! 優斗てめぇブッ飛ばしてやる!」

 ついに怒りが最高潮に達した健太郎が、俺を潰しにかかってきた。

 俺に掴みかかってくる手を、俺に殴りかかってくる健太郎の拳を、俺は華麗な足捌きで避け、階段を上り歩道橋の上に向って逃げた。

「待ちやがれ優斗おおぉ!」

 健太郎も急いで俺を追いに階段を上って来る。健太郎はあまりの怒りに歯軋りをしながら俺に襲い掛かってくる。

 歩道橋の上で対峙する俺と健太郎。

 健太郎がボクシングの基本姿勢に構えた。そして、その構えのまま俺に向かってダッシュしてくる健太郎。奴は助走をつけた右ストレートを弾丸の如き勢いで放ってきた。相変わらず、素早い上に勢いのある良い拳だ。遠慮もない。俺はその危険な弾丸を避けた。するとまた次の攻撃が来た。また避ける。また来た。避ける。来た。避ける。

 健太郎が相手ではちと分が悪いので、俺は終始こいつの攻撃を避けることに集中するとしよう。

 ……一応言っておくと、ここは横断歩道橋の上だ。車道を跨ぐように架けられた歩行者・自転車専用の橋なわけである。ということはそれなりに人通りもあるわけで……。こんな事をしていると他の人の目に留まるわけで……。すでに数人の人たちから奇異の目で見られてるわけで……。その視線が痛いわけで……。

 そんな状況にも構わず、健太郎は俺に襲い掛かってくる。

 ほら見ろよ健太郎。そこのツインテールの女の子、携帯電話で俺らの写真パシャパシャ撮ってるぞ。恥ずかしいとは思わないのか?

 でも、健太郎は襲ってくる。



 もうどうにでもなれだ……。



 俺はさらに奴の攻撃を避け続ける。

 ほら見ろよ健太郎。そこのツインテールの女の子、何か顔が活き活きしてると思わない? これ絶対俺らのこと面白がって見てるよね。恥ずかしいとは思わないのか?



「何してるのよ? あなたたち」



 ……不意に、聞いたことのある声が俺たちにかけられた気がした。

健太郎もそれに気づいたのだろう、周りを見渡し始めた。俺も周りをよく見てみる。

 そこには……。

「バカやってないでさっさと行くわよ」

 滝本がいた。

「皆さん、お騒がせして申し訳ございませんでした。私たちの連れの頭が悪いばかりにお見苦しい所をお見せしてしまって」

 滝本が野次馬たちに申し訳なさそうに頭を下げた。

 よく見れば岩吉も後藤もいた。何か……すっごく呆れた顔でこっちを見ている。

「……なあ、優斗」

 向かいに立ち尽くしていた健太郎がいきなり話しかけてきた。

「何だよ……健太郎?」



「……これって俺ら……恥ずかしがるところ?」




 今回は俺も馬鹿だったけど、こいつもやっぱ馬鹿だった。

   

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