序章
小さくて優しく輝いて、何だか温かそうな丸い形をした光が見えた。
そいつは俺の目の前をゆらゆらと飛んでいったのだ。何だか息を吹きかけてやったシャボン玉みたいな飛び方をする。
俺の前から逃げていくそいつを、俺は小走りで追いかける。その光は動きがノロいので易々とつかまってくれた。だんだん遠ざかっていたのに、俺から逃げていたように見えなかったけど。
ちょうど季節が夏でもあったので、まだ幼稚な頭だった頃の俺は、そいつが昼間に現れた蛍か何かだとすっかり勘違いしていた。
けれど、違った。
易々と捕まえた光は蛍ではなかった。そもそも生き物ですらなかった。この光は、質量が全くなかったのだから。
握りしめて捕まえていた筈の光は、俺の手を透き通って逃げ出し、再び何処かへと飛んで行ってしまう。
俺はもう一度、光を捕まえようとした。
離れてしまった距離を縮め、手を伸ばし、捕まえる。けれどやっぱり手には何の感触もなく、握りしめた手を透き通って、光はまたゆらゆらと飛んでいく。
二度が駄目なら三度、三度駄目なら四度と繰り返していったが、結局光は捕まることはなく俺の努力は徒労に終わった。
光はゆらゆらと去っていく。俺から逃げるわけでもなく、ただ何かに引き寄せられるように。
光の球を捕えることを諦めた俺は、そいつが去っていく姿をただじっと見つめていた。
光は、本当に何かに引き寄せられている。俺は唐突にそう感じた。何故だろう? 勘ではなく本気でそう感じたのだ。
「ねぇ、何処に行くの?」
俺は呟いていた。
光はゆらゆらと去っていく。
もう手の届かない場所を飛んでいる光に、俺は腕を伸ばしてみた。勿論、光は捕まえられない。
光はゆらゆらと去っていく・・・。