アールは呼んだ。「サンパチ」と
後ろに飛び退くような形でナイフを突き出していた。
(動いた! 間違いなく生きてる!?)
そう考えたが、あまりにも唐突な展開に身を守ることに必死になっていた。
目が覚めた時、眠る時よりも部屋の灯りが暗くなっているなと思った。
(ここは何処だ……???)
重い身体を何とか引き起こしてみる。何だかすごく埃っぽい。咽てしまいそうだ。
そして気が付いた。女性が少し距離をおいた場所でこちらにナイフを向けたまま硬直していることに。
「あ、あー。うん。声は出るみたいだな。あのー……」
自分の声がしっかり出るのを確認する。
(あれ? なんで声が出ないって思ったんだ……???)
頭の片隅でそんなことを考えながら女性の方向を見ていた。
「アンタ……人間?」
ナイフを向けた女は男に向かって尋ねる。
「んー、多分そうだと思う。あれ? 俺って誰だ?」
(確かにコールドスリープに入った記憶はある。でもなんで? 俺の名前は? そもそも俺は本当に人間で合っているのか?)
自分の中で自分の記憶が見当たらない。両の目で見た自分の身体は間違いなく人であると認識しているが、自分が人であるという確証はなかった。
「俺は誰だって知らないわよ。ただの人でしょう?」
呆れた顔で女性がそう言った。そういうからにはそうなのだろうとなんとなく自分の中でその事実を落とし込んでいった。
「うん。じゃあ人間だ。で、あんた誰?」
「名乗るなら自分から名乗りなさいよ」
「いやー、それがサッパリ。自分の名前も自分がなんでこんなところにいるのかすら覚えてないんだよね。コールドスリープされたってことは覚えているんだけど」
コールドスリープという単語を聞いて女性はハッと思い出した。昔に、生きる知識を自分に与えてくれた人間から聞いたことがあったからである。
「もしかしてアンタ、エグザイルなの?」
「えぐざいる? 何それ? アニメのタイトルかグループのユニット名か?」
「大昔に何かしらの理由でコールドスリープに入った人間の事をエグザイルって呼んでるのよ。そんなことも知らないなんて。マジで過去の人間なのね……」
手に持っていたナイフを腰にしまうと、スタスタと男に近寄っていく。
(少なくとも敵意はないみたいね。記憶が曖昧なのも嘘じゃないみたいだし。これが本当にエグザイルなの? どんな人間か分からないだろうけど価値はあるのかも……)
男の目の前に来た女がこちらを見降ろした。
「あー、えっと、アンタ名前分からないんだっけ。面倒だし名前つけましょ。えーっと……」
特徴から着けようかと思ったがこれといって普通。コミュニティーでも普通にいそうなタイプの人間。同じ国の人間だったのだろうと解釈する。言葉も通じるみたいだし。
ふと、彼の来ている上下鼠色の服を見る。胸元に『38』とだけ書かれていた。
「サンジューハチ、なんか語呂が悪いわね、サン……ハチ。そうよ! 『サンパチ』って名前はどうかしら?」
「サンパチ……。よく分からんけどいいんじゃないか。名前分からないし。それであんたは?」
「私? 私の名前は『アール』よ。まぁRって印刷されている服を着ていたからそう呼ばれていただけなんだけどね。面倒だからそう呼んでもらうようにしてもらっているわ」
確かに彼女のパンクのようなファッションも独特だが、Tシャツにでかでかと『R』の文字が入っていた。