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クトーは、文武両道で、品行方正で、皆から慕われているクラスの人気者であった。しかも家がお金持ちだというのだから、カミサマは一体何を考えているのか分からない、一人に二物以上のものを与えすぎだろう。そんなクトーをニールは羨ましいと思ったことはあったものの、妬ましく感じたことはなかった。これはクトーの性格さゆえに彼のファンの一人になっていたからにほかならず、それに加えて言わせてもらえば、ニールはクトーと親友だったからに違いない。そうニールとクトーは幼馴染で昔から大の仲良しだった。クトーは背が高くニールよりも高かったので、近所からは兄弟のように思われていた。もちろん兄がクトーだ。そう言われると二人とも決まって心の奥底がぽわっと温かくなり、まるで視界が広がったかのように世界が広く美しく見えるようになるのだから不思議だった。

 ニールとクトーは同じ小学校に通う五年生である。今日は学校側が何をどう考ええてそんな狂気じみたイベントを開催したのか分からないが、血液検査の日だった。ニールはそのことが重く肩にのしかかり、前日からため息が止まらないでいた。昨晩は眠れず、ベッドの上で何度ももんどりうっては血液検査の注射針の先端について思いを馳せた。とうとう昇ってしまったお日様を、クマのできた目で睨んで、ベッドから起き上がる。朝食のスクランブルエッグをもぐもぐやりながら、コーンポタージュをズズっとすすり、ニールは決意を固めた。台所にいる母親の後姿に向かって言う。

「今日学校行きたくない」

「駄目よ」

「な、なんかお腹痛い」

「嘘言いなさい、今朝はちゃんと食べれてるじゃない」

 それを聞いてニールはしまったと思った。墓穴を掘った、というよりコーンポタージュと卵料理が好物過ぎたのだ。

 ニールは仕方なく家を出、とぼとぼと学校までの道のりに足を向けた。

「フフフ」

 そのことをクトーに離してみると、彼はそうやって愉快そうに目を細め上品に口から息を漏らすのだった。肩口まで伸びた髪でそういう風に上品に笑われると、まるで女の子みたいだった。

「そもそも何のための血液検査なのかな」ニールは疑問を口にした。

その疑問にクトーが答える

「何でも自分の能力値を図るためのテストみたいなものだって、六年生が言っていたよ」

「テスト?」

「テストの点数みたいに数値で表されるらしい」

「何が?」

「筋力とか、俊敏性とか、魔法耐性とか」

「それって、テレビとかでよく見る、ダンジョンとかに潜る冒険者たちに必要な情報でしょ、別に僕、冒険者になるわけじゃないし、そんなの必要ないよ」

「先生たちは僕たちの進路の幅を広げたいんじゃないかなぁ」

ありがた迷惑な話だな、とニールは唇を尖らせて不満の表情を作った。

「僕は結構興味あるけどね冒険者」

 突然クトーがそんなことを言い出した。そのことにニールは大変驚いた。

「モンスターとか相手にするんだよ。クトー、昔野犬に追いかけられて半べそ掻いていたのはどこの誰だよ」

「それニールでしょ」

「……あれ、そうだっけ」

ニールは首をひねった。昔の記憶を掘り返してみるがどれもかすみがかったようにぼやけていて、上手く思い出せなかった。

ほどなくして、休み時間が終わることを告げるチャイムが鳴り、教室の児童たちは、次の準備に取り掛かる。次、というのは血液検査の事だった。ニールはため息をつき半ばあきらめた様に教室の外に出る。血液検査は体育館で行われることになっていた、児童は一列に並んで体育館へと向かう。


「あれ誰だろう」隣に座るクトーに向けてニールは話しかけた。ニールが指さした先は体育館の出入り口がある後ろの方で、その出入り口付近に一人の男性が壁に背をもたれかけさせて立っている。学校の先生ではなかった。見覚えのない顔にクトーも「誰だろう」と、興味深げに見ている。真っ黒い髪に無精ひげ、服装はよく見れば何やらボロボロで、清潔感とは程遠い格好をしていた。

「新しい先生というわけでもなさそうだね、もしかしたら……」と、クトーが言いかけたところで、「はーい、皆ざわざわしない、今から血液検査を始めるから名前を呼ばれた子は順番に前に来てね」と先生が児童たちに向かって言った。児童たちは言え荒れたとおりしんと静まり返り自分の名前が呼ばれるのを待った。


 白衣を着た男性の言う「少し」は嘘だ、とニールは思った。何が少しちくっとするだ、大分ちくっとした、そもそもちくっという表現がいけない、実際はちくっ、じーん、だ。このじーんにも発言権を持たせるべきだ。ニールは涙目になりながら腕に張り付けられた血のにじむガーゼをさすり自分の元いた列に戻った。

「大変良く頑張りました」列に戻ると、先に平気な顔で血液採取を済ませていたクトーが笑顔で先生みたいなことを言って見せる。そんな子ども扱いに少し腹を立てたニールは、まつ毛に着いた涙をぬぐって、講義の表情を作ろうとした、しかしどんな表情を作ればいいのか分からず、まるで百面相をしているようになってしまい。クトーを爆笑の渦へと叩き落とした。

 周りの児童たちから不審な目で見られ、先生からは「そこ、ふざけない」と叱られた。

「もう、ニールのせいだよ」

笑いすぎて注射をさされた後のニールみたいにまつ毛に涙のしずくを付けたクトーは、それを人差し指で拭う。

 児童全員の血液採取が終わったのを教師が確認すると、彼女はみんなの前でこういった。

「今日は、これで終わりではありません」

 それを聞いたニールは顔を青ざめさせた。まだ、まだ何かあるのか、今度は駐車よりもっと痛いことが待っているのか?

「皆さんは今日の血液検査が何のために行われているのか知っていますか」

 知らなーい、と声を揃えて先生に言う児童たち。ニールとクトーは知っていたので何も言わなかった。まるで二人だけが特別な秘密を共有しているみたいで、それだけで優越感と仲間意識を感じることが出来た。

「皆さんは冒険者という職業を知っていますね」

教師はそう前置いた。知ってるー、と児童たち。

「危険を顧みず、未知なるダンジョンに挑み、解明を試みようとする人々の事を、冒険者と呼びます。今日はその冒険者の方に冒険者という職業がいかなるものかお話を聞けることになりました」

 そう言って教師は児童たちよりさらに後方、体育館の出入り口付近に目を向けた。

 あ、とニールは心の中で声を発した。さっきのあの小汚いおじさんの事だ。

 そう思って振り向くとその男がおもむろにこちらに近づいてくるのが見えた。

 その男に向かって教師が声をかける。

「キルエさん、よろしくお願いします」

「ああ」

 キルエと声のかけられた男性が児童たちの前に立つ。

 座っている児童たちは一様に興味深げにキルエの事を見上げていた。そんな子供たちをキルエはしばらく無言で見渡す。

「なんだか、怖そうな人だね」

 ニールがクトーに向かってそっと耳打ちした。

「そうだね」とクトー。

「先生もおっしゃった通り、俺は冒険者だ、名をキルエという」

 そうキルエは喋りはじめた、体育館に良く響く芯のある声だった。

「今日はみんなに、冒険者がいかなる職業なのかについて話そうと思う。ただまあ、あれだ、俺はあまりしゃべるのは得意な方ではなくてな」

 ぼりぼりと己の後頭部をかきむしるキルエ。

「できるだけわかりやすく話そうとは思うが、何か齟齬があるかもしれない、そこら辺はよろしく頼む」

 さて、といい、冒険者は手を打った。革手袋をしている手で打たれたその音は体育館に間抜けに響いた。

「まずはそうだな、最初に言っておくことがあるとすれば」

初めて見るであろう冒険者を目の前に、あるいは羨望を心に秘めながら、目を輝かせている児童を前にして

何でもない事のようにさらりと冒険者はその言葉を口にした。

「冒険者という職業はあまりお勧めできない」




ここまで読んでいただき有難うございました。

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