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がめついパイロット

がめついパイロット クリスタルドラゴンの剣

作者: 電子紙魚

 デニスはたくましい肉体で畑を耕していた。

 開拓民らしく腰には剣がぶら下がっていた。

 それも数打ちの安物ではなく、名のありそうな立派なものだった。

 畑に隣接して2棟の建物があった。1つはデニスの家で、妻のローザが

生後1年の息子をあやしていた。

 結婚して5年目ようやく授かった子供だ。

 隣の建物は納屋だ。去年の収穫物や農具が占めているのは3分の1しかない。

 だが秋には1頭の牛が増えることになっている。

 耕作地を増やすのに牛に手伝ってもらう。

 ローザが育児で畑仕事ができない代わりをしてもらう。

 子供が大きくなるまたは2人となっても食べていけるだろう。

 家の反対側には森が広がっていた。そもそも森を切り開いたのがデニスの畑だ。

 森には魔物がいる。時には野盗がやってくることもある。

 腰の剣はいざという時の武器であり飾りではない。

 そしてデニスは引退するまで短期間で高ランクに上り詰めた冒険者だった。

 8年間の冒険者生活に終止符をうったのは幼馴染との結婚だった。

 ローザとデニスと同い年で独身を貫いていた。

 多くの女性は20歳前には子供の1人がいるのが当たり前の世界では周囲から

白い目で見られた。

 それなりの資金を貯めたデニスは待っていたローザに求婚し結ばれた。

 ところがデニスとローザにはもう1人の幼馴染がいた。

 1つ年下で魔法使いのアドルフという名だった。

 アドルフはデニスとパーティを組み、デニスと同様に高ランク冒険者となった。

 デニスが前衛の剣士、アドルフが後衛の魔法使い。幸運の後ろ髪というパーティ名だった。

 デニスとアドルフ以外のメンバーは入れ替わった。

 2人は驚異的なスピードでレベルが高くなるのに他が追いつかなくなる。

 結局足手まといになり出ていく。この繰り返しだった。

 だが脱退したメンバーの証言ではアドルフに追い出されたらしい。

 面倒見の良いデニスに対してアドルフは身勝手でちょっとでもミスをすると責めたという。

 デニスが求婚する前にアドルフはローザに振られた。

 デニスとローザの結婚式の夜にアドルフは姿を消した。

 鋤を足で踏み刃先を土に差し入れて掘り起こした。

 一歩下がって同じことを繰り返す。牛がいれば犂で楽になる。

 デニスが最初から牛を導入しなかったのは餌がなかったからだ。

 夏だけならば牛を飼うことはできたが冬が越せない。

 地道に増やしていけば少しずつだが開墾が広がる。

 開拓者を呼ぶこともできるようになる。

 息子に友達もできるだろう。1掘り1掘りで夢が膨らんでいく。

 鋤をよじって土を返した。気配を感じて剣を抜いた。

 灰色のフードを深くかぶったローブ姿が掘り返した畝に立っていた。

「何用だ。冒険者なら引退した」剣を収めた。

 5年にもなるのに偶に誘いがやってくることがある。

「返してもらうぞ」ローブから右腕が伸びた。

 袖からのぞいた腕は骨だけだった。改めて剣を構えた。

 高位のアンデッドだと昔の知識が警鐘を鳴らした。

 アンデッドに知り合いなんていない。しかし、ローブの襟もとのほつれが記憶と合致した。

「アドルフか。どうしてアンデッドになった」

 アドルフは黙って5発の炎弾を次々に飛ばした。デニスがすべての炎を斬りおとした。

「ふっ、腕が落ちたな。昔なら俺に迫っていたはずだ」

正眼に構えながら、「何をしに来た。ここには俺の家族しかいないぞ」

「ローザを返してもらう」風でフードがめくれた。

 下にあったのは頭蓋骨だった。眼窩には瞳ではなく赤く怪しい光があった。

 胸を突かれた。「お前、人を辞めたのか」

「強さを求めたらこうなった。悔いなどない。俺からローザを奪ったお前が憎い」

 唇をかみしめた。ローザに惹かれていたのは察していた。

 ローザにとってアドルフは弟のようなものだった。

 想いを断ち切らせるために振ったとも聞いた。

 旅立ったのは傷心を癒やすためと思っていたが違っていたようだ。

 幼馴染であってもアンデッドと化したからには討伐しなければならない。

 ローザのためにも倒す。ただ先ほどの攻撃より強力な魔法を相手に1人では心許なかった。

 水が7匹の蛇の頭となって伸びてきた。7回斬ったつもりだったが、1つだけ漏らした。

 右横腹に喰いつかれた。柄で叩いて消滅させた。

 血が滲む。歯を食いしばって痛みをこらえる。

 9つの氷の槍がやってきた。右半身となって正面の氷だけ砕いた。

 振り下ろした腕が切り裂かれた。骨には達していないが右腕に力が入らない。

 氷の後ろに空気の刃が隠れていたようだ。

 左手一本で剣を握りしめた。足を入れ替え左半身になった。

 5つの炎弾が降ってきた。避けつつ弾こうとしたが、左が前では勝手が違い足がもつれた。

 剣を盾代わりにして直撃を免れたが、左腕に火傷を負った。

 もう剣を振るう力がない。アドルフに向かって走った。

 アドルフが鼻で笑った。三又の矛を出現させ、柄を右手でつかんだ。

 突っ込んできたデニスの腹めがけて突いた。

 デニスは前傾姿勢を強め三又の下を潜り抜けようとした。

 掻い潜ろうとした瞬間三又の先から液体が零れ落ちた。

 液体が頭から顔に流れた。デニスは剣から手を放し両手で顔を覆って転げまわった。

「あんたの行動などお見通しだ。二度とローザの顔を見ることはできまい」

 アドルフが浮かんだ。すぅーと家に滑っていく。

 デニスはポケットにあったポーションを顔に振りかけた。

 激痛が走った。毒と薬が顔面でせめぎあう。

 念のために持っていたポーションが毒を緩和していく。

 毒に侵された髪の毛は犠牲になり、視力も弱くなった。

 よろよろと立ち上がった。ぼんやりする目をこすったが明瞭にならない。

 アドルフを追って家へと足を向けた。畝に足を取られて転ぶ。

 左目はかろうじて見えているが、右目は完全に視力を失い、遠近がはっきりしなくなっていた。

 ローザは赤子を抱いてアドルフから隠した。

 アドルフが手を伸ばした。「ローザ一緒に行こう。ここはあなたにふさわしくない」

 首をゆっくりと横に振った。「あなたこそいるべきではないわ。ここは私たちの家よ」

 ローザがアドルフをキッとにらんだ。赤子が泣いた。

 アドルフの目の奥が怪しく光った。「それが原因か」

 右手を振ると赤子がローザの手から離れた。

 手を伸ばして赤子を包んでいた産着をつかんだ。

 産着から赤子がこぼれた。落ちる赤子を拾わんとローズが身を投げた。

 受け止める前に赤子の首がねじれた。ローズが夜叉の顔になった。

 立ち上がると台所に駆け込んだ。アドルフが宙を滑って追った。

 包丁を両手でつかんで咆哮を上げて突進した。

 アドルフは両腕を広げて向かい入れた。包丁は左胸に刺さったが心臓はなかった。

 ローズを抱き留め笑う。「ようやくあなたを抱きしめられた。今日は良き日だ」

 鋭くにらみ包丁で自分の喉を突いた。手の内にあると油断していたアドルフには止められなかった。

「ユ……」頸動脈からの出血でローザは息を引き取った。

 アドルフは自分の愚かさを呪ったが後の祭りだった。

 デニスがようやくたどり着いた。「よくもユリアンとローザを」

 自分のミスを呪いながらローザの遺体とともに消えた。

 右目を眼帯で覆ったデニスはドラゴンの炎を自分で打った剣で左右に割って口に飛び込んだ。

 口蓋を突き破って脳に届いた。ぴくぴくと尾を痙攣させて倒れた。

 デニスが冒険者に復帰して20年が過ぎていた。

 傷を治しさび付いていた剣技を磨き直して高ランクの冒険者に返り咲いていた。

 冒険者としてだけでなく、鍛冶師としても修行を重ね一流といわれるようになった。

 ただし打つのは自分が扱う中剣だけだった。

 とはいうものの良い剣が打てると前の剣を手放す。

 それが丈夫でありかつ切れ味もよいことから中古であっても人気を博していた。

 復帰してからパーティは結成していないが、若手と組んで狩りをすることが多くなった。

 幸運の後ろ髪時代にはなかったことだった。

 あの頃はアドルフが選んでいたため若手が参加する余地がなかったのだが。

 厳しく鍛えるのだが高くなりかけた鼻をへし折るのにちょうどよかった。

 人材を育成するという点でもギルドの評価は高くなった。

 ただ人好きのする面がなくなったと昔を知るベテランからは評された。

 後輩に背中を見せる形式でありあまりしゃべらない。

 昔と違って酒も飲まずにひたすら剣を打ち、打った剣を振る。

 気に入らなければ打ち直す。珍しい素材が手に入れば1月も鍛冶場にこもる。

 何かに憑かれたようにひたすら強力な剣と剣技を求めていた。

 ジャンは隻眼の初老の男と向き合っていた。

 男は一礼して、「初めましてジャン殿、わたしはデニスと申します。あなたに2か所の案内をお願いしたく参りました」

「御高名なデニスさんに会えてうれしいです。それでどことどこでしょうか?」

 ジャンはデニスに自分の部屋のように商人ギルドの会議室の席を勧めた。

 ためらって座った。「クリスタルドラゴンの巣とアンモータル・アドルフの住処です」

「どのくらいの金貨が用意できますか?」

「2か所で300枚です。しかもドラゴンとアドルフの近くまでご同行願いたいのです」

 唸りながら左中指でテーブルを叩いた。「ところでクリスタルドラゴンをどうするのですか?」

「鱗を1枚いただくつもりです。ドラゴンは嫌がり戦いとなるでしょう。それでわたしが死んでも金貨300枚はあなたのものです」

 テーブルの音がやんだ。「助っ人は不要だと?」

 デニスが大きく頷いた。「必要ありません。クリスタルドラゴンの鱗で造った剣がなければアドルフは倒せませんから」

 ジャンはにこやかに承諾した。

 ジャンはデニスの手を引いて氷河を歩いていた。

 クレバスがあっても氷を伸ばして道を作る。

 オーバーハングしていれば削って階段にしてしまう。

 道案内というよりも道を開いていた。ほとんど視力を失っているデニスに優しい道となっていた。

 高山の頂上近くにクリスタルドラゴンはいた。

 携えた剣を抜くことなくデニスは1人で歩いていた。

 50m後方でジャンがロッキングチェアに身を任せていた。

 わずかな光で太陽光を反射しているドラゴンを認識していた。

 手の届くところで立ち止まりドラゴンに一礼した。「鱗を1枚譲っていただきたい。

もしもダメならばこの場で殺してほしい」

 ドラゴンが身を震わせた。1枚の鱗が喉元から落ちた。

 さらに右前足で鱗をデニスの近くに押しやった。

 デニスが頭を下げた。「ご厚情御礼申し上げます」

 鱗を拾って回れ右した。

 ロッキングチェアでもう一度回れ右して頭を下げた。

 帰り道に、「どうしてクリスタルドラゴンは鱗をくれたのでしょうか?」

「アンモータルが嫌われているだけです」心の中でドラゴンにもう一度感謝した。

 1月後にクリスタルドラゴンの鱗を叩いた剣を杖代わりにジャンの後ろを歩いていた。

 鍛冶をしている間に微かにあった光もなくしていた。

 その代わりに他の感覚が鋭くなっていた。

 壇上のアドルフの傍らにローザがいた。その瞳はうつろで何も映してはいない。

 人ではない何かが2つあることまでだった。

 新しい剣を構えた。アドルフが笑った。「盲目で俺に立ち向かうとは愚か者よ。返り討ちにしてくれるわ」

 構えたまま進む。邪魔になる石が勝手に転がる。

 階段はスロープになった。アドルフが慌てて杖から炎を放った。

 正眼の剣に炎が吸収された。水も風もすべてが剣の中に入っていく。

 追い詰められたアドルフはローザを盾にした。

 ローザの口から、「滅ぼして」ジャンは剣を振り下ろした。

 ローザが灰になった。一歩進むとアドルフは下がった。

 壁を背にした。ニヤリとして空を飛ぼうとした。ところが魔法が発動しない。

 袈裟懸けに斬られるとたちまち灰になり、どこからか吹いてきた風に散った。

 デニスが片膝をついた。「やっと終わった」つぶやきとともに剣を床に突き刺して絶えていた。


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