萌え
主人公はヲタですが、なりきれてはいません。作者も同じです。表現等間違っていたらご指摘ください。
「今日は本当にありがとうございました。」
軽装に着替えた新郎新婦がスタッフルームに来て言った。ここには、賢司と樹、ほのかの3人だけが残って残務処理をしていた。
「ソンプリ(乙女ゲームの名前)の主人公になったみたいでキュン死しそうでした。」
新婦は、微笑みを浮かべるほのかの前でうっとりしながら言った。
「俺もソード(格闘ゲームの名前)の剣士イベント回収できてよかったです。」
新郎も興奮ぎみに鼻をならして、賢司の手をとりブンブン振った。
この結婚式のシナリオには、二種類のゲームのRPG要素が盛り込まれていたらしい。新婦は乙女ゲーム、新郎は格闘ゲームのガチ勢で、お互いの譲れない部分を融合させてシナリオを完成させたという。
「満足してもらえたならよかったです。」
低く響く声でほのかかが呟くように言うと
「一生忘れられない結婚式になりました、ほのか様。それに、最後まで無茶ぶりにお付き合い頂いた林田さんもありがとうございました。」
と新郎新婦は目に涙を浮かべながら言った。
コンコン。
スタッフルームの入り口のドアが開き、新郎の母親が顔をだすと、二人は再度賢司たちにお礼を述べ、大きくお辞儀をして部屋を後にした。
「さて俺達も撤退しますかね。」
賢司が最後の荷物をバッグにしまうと
「樹、これから打ち上げ&反省会な。ほのかも行くぞ。」
と二人を促した。
打ち上げ会場には、すでに十数名の社員が到着していた。空いている座席は上座に4つだけ。樹は必然的に、賢司とほのかの隣に座る形となった。
ヤバい。緊張する。
結婚式が始まってから今まで、樹はほのかと一言も口をきいていない。打ち上げに向かう車内では、運転手が賢司、助手席に樹、後部座席にほのかという配置になった。ほのかは車に乗り込むとすぐにパソコンを取りだし、今日のイベントの報告書を打ち込み始めた。いつもの流れなのか、賢司はその様子を気にとめることもなく樹に話しかけてきた。会社のこと、イベントのこと、
「なんか聞きたいことはないか?」
そうして賢司が樹の質問に答えているうちに、車は目的地に到着したのだった。
「今日は皆さん、お疲れ様でした。」
この会の幹事らしき人が賢司を促すと挨拶が始まった。
「事故やトラブルもなく、お客様にも満足していただきました。みんなのおかげです…。それでは乾杯。」
口々に『乾杯』の声を上げると、スタッフは手に持ったグラスを合わせて『お疲れ様でーす。』と挨拶をしている。(まだ?)部外者である樹は、賢司と正面に座る数名のスタッフとグラスを合わせると、隣に座るほのかにも向き合う覚悟を決めた。
「お疲れ様…でした」
樹はほのかの方に軽く体を向けると、目を合わせきれずに手に持ったグラスをほのかのグラスに近づけた。
「お疲れ様です」
ほのかもグラスを近づけてくる。カチンと無機質な音が鳴った。
相変わらずの超絶イケボ(男声)。結婚式のMCの時ほど低くはないが男声(のように聞こえる)には変わりはない。ほのかのその一言だけなのに、耳の奥がムズムズとして、胸がざわついてくる。
「破壊力、半端ないですね」
「えっ?」
ほのかはゆっくりと樹の顔を見た。
「顔は可愛いですけど」って何言ってんだ、俺。
「いや、イケボだなー、と思って。」
ほのかは、一瞬悲しそうな顔をしたように見えたが、すぐに微笑みにすり替えて言った。
「昔からこんな声なんです。今は商売道具になってますけど…。やっぱりプライベートでは違和感ありますよね。」
「そんなことは…!」
樹は、思わず立ち上がりそうになり中腰の状態となっていた。賢司と周りのスタッフが驚いて顔を向けた。
「…ないです。絶対に。」
ばつ悪そうに呟くと、樹はゆっくり腰を下ろした。
そんな様子を見て、賢司はニヤニヤと笑っている。他のスタッフはあまり気にも止めなかったのか、また雑談を始めた。
「ほのか、こいつは男性声優ヲタなんだよ。お前の声はツボなんだって。」
「あー、そうだったんですね。」
ほのかはふふっと笑った。
「樹さん、でしたか?」
超絶イケボ(男声)が俺の名前を口にした…。胸が苦しい。
「イベント前にご挨拶頂いたのに、ろくに返事もせずに申し訳ありませんでした。桜木ほのかと申します。どうぞ宜しくお願いいたします。」
微笑みをたたえ、丁寧なイケボが耳をくすぐる。
「詰んだな。」
隣で賢司が笑いながら呟いたが、樹にもほのかにも聞こえてはいなかった。
続く。
新しいキャラ今後は出てくる予定です。