君の声
フィクションなので、出てくる会社とかイベント等も願望が入っていますのでご了承ください
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前髪を揃えたショートボブにスレンダーな体型。絶世の美女というよりはどちらかというと儚げな美人。結婚式というのにフォーマルドレスではなく黒いスーツの上下を着用している。
その彼女、桜木ほのか(23)はイベント会社のMC(司会業)をつとめており、転職(候補)先の内容見学のために訪れていた真田樹(24)とは本日が初対面となる。
樹は、イベントスタッフのために用意された一室で
「真田樹です。よろしくお願いします。」
とほのかに挨拶をした。
パイプ椅子に腰かけて原稿を読んでいたほのかは、真田に目を向けると軽く会釈をして、ゆっくりと原稿に目を戻した。
なんだ、こいつ。挨拶もちゃんとできねーのかよ。樹は表情には出さずに、心の中で悪態をついた。
「あ、樹、挨拶は後にしてくれる?今ほら、原稿に集中してるから。結構入り込むタイプなんだよ、ほのかは。」
本日の結婚式のイベントチーフ:林田賢司(32)は笑いながら樹の肩を抱きよせて言った。
「前も言ったけど、こいつ、うちの売れっ子MCなんだぜ。」
「無愛想だし、少し綺麗なだけのような気がするけど」樹はそう言うと、ほのかから顔を背けた。
「まあ、見てなって。式が終わった後に、前言撤回するとか言うなよ。」
言うもんか、と樹は呟いた。
樹は、大学を卒業後、都内の中小企業でサラリーマンをしている。週末は趣味にいそしみ、それ以外は淡々と課せられたノルマをこなす。
「あー、つまんねー。」
正月に実家に帰省していた際、こたつに突っ伏して樹は愚痴った。たまたま元旦の挨拶に来ていた従兄弟も一緒に寝転んでいる。それが前述の林田賢司だ。
「お前、仕事うまくいってないのか?」
「別にそういうわけじゃない。ただ、起きて、会社行って、寝ての繰り返し。なんかね。違うんだよね。」
「彼女とかいないのか?モテそうなのに。アフター5を楽しんだらいいだろ。」
賢司は起き上がり、こたつの上に置かれたミカンを取ると、皮剥きに格闘しながら言った。
努力しなくても樹はモテる。長身にブラウンがかった瞳と髪。モデルのバイトをした経験もあり、黙っていても女子を引き付ける。
「今はいいかな、そーゆーの。」
面倒くさい。それが本音だ。アプローチされて、ちょっと可愛いなと思って試しにデートしてみるが、甘えてこられるとうんざりする。
「賢司はいいよな。楽しそうで。仕事うまくいってるんだろ?」
「まあな、休みは不定期だけど、客商売だし喜んでもらえるとやりがいにも繋がってるな。」
賢司は数年前に友人とイベント会社を立ちあげ収益も伸ばしている。社員数はまだ少ないが『丁寧に仕事をしてくれる』と口コミで評判が広がっている、と母が話していた。
「それがさ、うちには秘密兵器がいて…。」
賢司は一瞬黙り込んだと思うと
「そう言えばお前って、、、。」
と呟き、続けてニヤリと笑って言った。
「今週末、ひま?」
「予定はないけど。」
「結婚式のイベント企画が入ってるんだ。なんなら職場見学も兼
ねて見に来ないか?その上でうちの会社に入りたきゃ、考えてやってもいいよ。」
職場見学って、中学生かよ。と、樹は思ったが声には出さなかっ
た。退屈だし、少し興味も出てきたからいくか。
「たぶん、お前失禁するぜ。」
するかよ。口の端を僅かに上げて笑うと、樹はこたつの上のミカンを賢司に投げつけた。
ーそして現在に至る。
どんな会社か、賢司の会社のホームページを検索しようと思ったが、賢司から
「あ、色々調べたりせずに、まっさらなままこいよ。刺激が欲しいんだろ」
と釘を刺されたのでやめた。マジックとかすんのかな?
その日の結婚式は、おしゃれなレストランを貸しきって行われることになっていた。ガーデンテラスウェディングというらしい。心配された天気もくずれることなく、青空が広がっている。
平凡な結婚式に見えるけど。
あちこちに飾られた花とバルーンアート。おしゃれな前菜とドリンクコーナー、ありがちな展開だ。しかし、ところどころに違和感を感じる。
「樹、こっちへ。」
音響資器材とカメラを設定し終えた賢司から声がかかった。
『始まるぞ!漏らすなよ!」
*** 全身に衝撃が走った。
「本日は」
ほのかのMCが始まる。低い低い声だった。
「この麗しき我が下僕のために集まってくれて感謝する。惰民ども!」
「キャー」
新郎新婦を含め、客席からも歓声が上がる。よく見ると、親族席以外に一般人参列者席も設けられており、『ほのか様』と書いたうちわをふるパーティーウェアを着た男女の集団がいた。うちわの裏には『結婚おめでとう‼』とも書かれている。健志によると、彼らはパーティーモブというらしい。ほのかのファンであることはもちろんであるが、披露宴を盛り上げる役割も果たす。披露宴に出席するために3000円を支払い、そのうち1000円は新郎新婦のお祝儀として、残りの2000円はワンドリンクとケーキ&イベントグッズ(ほのかのサインと握手つき)代にあてられる。しかしこれは単なるイベントではないので、細かいルールが設けられている。あくまでも結婚式なのでお祝いすることが目的。ルールを無視した行動と判断された場合、イベントスタッフにより『強制退場』『今後一切立ち入り禁止』の厳しい制裁となる。
新郎新婦の親族にも十分な説明の上で企画がなされており、イベント形式に進む結婚式であることは承知の上で参列してもらっている。高齢者の中には、このようなイベント形式に苦言を呈する者もいるので十分な説明が重要となってくる。
ーそんなことはどうでもいい。樹は、隣で淡々と説明を続ける賢司の話を半分くらいしか聞いていなかった。
「この声…。」
ボソッと呟いた樹の言葉を賢司は聞き漏らさなかった。
「あ、やっぱりか。お前のツボだって思ったんだよね。超絶イケボだろー。」
下腹部にズンと響く声。低く、かといって繊細な、どこか少年のような…。
そう、樹は声フェチなのである。しかも男声専門の。
子供の頃から映画やアニメが好きで夜通し見ていた。登場人物を演じる男性声優の声に痺れると、推しの声優が演じるキャラクターの作品を名前から孫引きして観まくった。声優イベントにも興味はあるが、男一人では入りにくいしさすがに参加できていない。専ら、自宅で宅飲みしながらイベントライブビデオを観賞するのが常となっている。
女性と付き合えないのはその子達の声にも原因があった。高くて甘ったるい声。甘えられるとそれだけで背筋がゾッとする。かといってリアル男子が好きなわけではない。AV(もちろん声はオフ)だって嗜む。そう、声以外の嗜好はいたってノーマルだから困るのだ。
それなのに、そうだったはずなのに。完璧な理想がそこに立っていた。イケボ(男声)の美女。神か!と樹は思った。さっき挨拶もできないろくでもない奴認定しかかったのに、だ。
「お前、ほのかのことちょっと綺麗なだけの子って言ってなかったっけ?」
賢司は、樹の肩をポンポンと叩いて、ゆっくりとその顔を覗きこみながら囁いた。ゾクッとした。賢司も相当のイケボである。
「あれ(声)は反則な」
続けざまに、綺麗な顔と対照的なイケボ(男声)で罵られて、新郎新婦も参列者も、モブも悶絶しかかっていた。もちろん、樹も。いい知られぬ感情に胸がざわついている。
新郎新婦の紹介、二人のエピソードと続くなかで、ところどころ歓声が上がる。
「なあ、賢司、あれって何キャラなの?」
「ああ、某ゲームのSキャラだよ。ほのかは女の子だし完全コピーはできないから、大きく『Sキャラ選択』って枠にしてるけど、新郎新婦の要望に合わせてほのかも細かく設定してきてる。台詞なんかも二人の要望を忠実に再現してるんだ。」
低音ボイスに耳を癒された至福の時は終盤に差しかかかろうとしていた。
「樹、ちょっと来い」
唐突に現実に引き戻され、サプライズの準備を始めていたらしい賢司に舞台裏に連れていかれた。
「〆のショーの始まりだ。」
「…。二人の熱い想いは伝わった。だが、その想いの深さを行動で証明するのだ!さあ、目の前のケーキにナイフをたて、魂の炎を立ち上げろ」
ほのかかが手に持ったペンライトのようなものでウェディングケーキを指差すと
「Yes,my sir!意のままに!」
新郎新婦は、RPGゲームの勇者が持つような剣を二人で握りしめると、それをうやうやしくケーキに突き立てた。
「舞い上がれ、炎よ!」
ほのかかがペンライト(のようなもの)を天に振りかざすと、賢司が舞台裏でいくつかのスイッチを押した。パーン、とクラッカーのなる音と同時に、どこかで聞いたことのあるゲームのサウンドトラックが流れ始めた。ウェディングケーキと参列者の席のキャンドルに次々と炎が上がると、ワーッという歓声に包まれた。
「お前達の想いは天に届いた。さあ誓いのキスを」
「御意」
二人はまるで物語の主人公のように熱い口づけと抱擁を交わした。否応なしに盛り上がる新郎新婦と参列者達。思い出深い結婚式は、新郎からの熱いメッセージに続いて、彼らの親愛なるSirの言葉で幕を閉じた。
「至福の時間であった。共に幸せになれ。」
ほのかが優しい瞳で新郎新婦を見つめると、二人はうっすら涙を浮かべながら力強く頷いた。
「時は満ちた。さあ、新郎新婦の新しい旅立ちにエールを送ろう。」
そう言うと、ほのかはゆっくりと設定上の出口とされる薔薇のアーチまで歩いて移動した。美しい微笑みと所作でゆっくりと片腕を広げると、超絶イケボ(男声)で
「さあ」
と皆を促した。映画のワンシーンのようだった。
溜め息とともに、新郎新婦および参列者が立ち上がり移動を完了すると、ショーはお開きを告げた。
続く。
続けて書いていく予定です。