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りんごの万能感

 気まずい。この明特製りんご入り豚汁は今日もおいしいが、空気は激まずい。

 長針が動くのってこんなに遅いんだっけ……。

 十九時四十八分。

 髪をほどき、V字型トップラインが胸元を強調する純白のキャミソールワンピースから太腿を七割露出させた明と向き合って、同じく部屋着の僕は窓際の椅子に座っていた。明との間には、料理が並んだテーブルを挟んでいる。僕達が泊まるこの部屋も間取りや家具の位置などは、九十分程前までいた大晴君達の部屋と変わらない。


 一時間半前、荷物をこちらに移した後、明は阿智さんを誘い連れて食材の買い出しに出た。馴染みの味から極力離れないこともコンディションを維持するために重要なので、自炊をする必要がある。大晴君と阿智さんも僕達同様普段から料理をしているらしく、互いの家の味付けなども熟知しているようなので特に問題はないようだ。

 残された僕はその間だけでも後輩との非日常を味わおうと思い再び大晴君の部屋を訪れ、ドアを開けてくれた彼に家から持参した馴染み枕を投げつけると「突然何だよ……」と言われたのでそっと枕を拾って抱きかかえ自分の部屋に戻った。

 椅子に腰掛け、五分毎に明から送られて来るメールに三十秒以内に返信することを繰り返しつつ枕投げのルールを検索していたが、何故か試合開始の方法がどのサイトにも載っていなかったので知恵袋で質問しようと思い立った辺りで、両手に買い物袋をぶら下げた明が戻って来た。その間メールは六往復していた。スーパーは徒歩三分で行けるのだが、敢えて時間を潰してきたのだろう。

 備え付け調理器具の種類が豊富なキッチンは、二人で作業するのに不便がない程度の広さがある。僕達は同時進行で片付けをしながら遅めの夕食を作った。こんな仲でも作業の息はぴったり合うし、調理中は窮屈な雰囲気も感じずに済むのだが、食卓を囲むとそうはいかない。

 五分前の「いただきます」以降、僕達は言葉を発していなかった。

 二人きりでご飯を食べるのなんて久しぶりだ。不仲になってからはそうなることをずっと避けてきたからだ。

 母さん達がいるいつもの夕食は楽しいし、関わり合いはゼロにしろ周りにクラスメイトがいる教室での昼食なら会話がなくても気にならない。だが、完全に二人きりでの食事は結構辛いものがあるだろうと予想がついていた――のだが、予想を超えてきつい。重い。黙々と箸と口だけを動かし、こちらに目を向けてくれない明。ひどい。どうにか空気を変えようとか絶対考えてないもん、この子。

 それにしても、明との沈黙がつらいだなんて一年前じゃ考えられなかったな……。

 元々僕達はそんなに会話が弾むような関係ではなかった。そりゃ生まれる前からずっと一緒にいて同じものを見、聞き、体験し、互いのことを知り尽くしているのだから話すことなんてあまりない。それでも明の隣は居心地が良かった。沈黙が心地良かった。会話もすることなく二人、部屋で一日中まどろんでいるのが一番の幸せだった。

 それが今やこれだもんな……。あ、その揚げ出し豆腐、明が好きなサクふわ食感に仕上がったんだけど…………うん、感想とか何も言ってくれないよね!

 仕方ない。僕が切り込むしかないか。

「お、このトマト、フルーツみたいに甘くておいしいね」

「野菜のおいしさを果物で例えるのってどうなのかしら? 果物みたいな野菜は果物に勝てないでしょう」

「いやそれはそうだけどさ……。果物みたいな野菜を食べるなら初めから果物を食べるし、肉みたいな魚は肉には勝てない、逆もまた然りだって僕も思うよ?」

「つまり私の買い物にケチを付けているのね。甘いトマトを買ってくるぐらいなら果物を買ってこい。豚汁にいれるくらいならそのままリンゴを出せと」

「何でそうなるかな……幼馴染みなら言葉の意図を正確に汲み取って欲しいね」

「沈黙を破るためだけの会話なんて幼馴染みに似つかわしくないわ。破るべき沈黙なんて幼馴染みの間に存在しないでしょう?」

 またこれか……。明は僕達の間に流れる気まずい沈黙を「気まずい」とは絶対に認めないのだ。

 いや、でもね。僕はキツいんだよ。耐えられないんだよ。君にだってそんな僕の気持ちは伝わっているはずなのに。

 まぁ仕方ない。沈黙は嫌。でも沈黙を壊すためだけの無意味な話は駄目。なら今本当に話したいこと、は別にないから、今話すべきことを話せばいいだけだ。

 何かないかな。不自然ではなく、有益で広がりそうな話題。何か自然な……あ、そういえば。

「大晴君達のキャッチフレーズ、『ナチュラル幼馴染み』なんてどうだろう?」

 やっと思いついた彼らを表す言葉についてまだ相談していなかった。明の意見も聞きたいし、後輩ナジミストの話なら弾んでくれるに違いない。

 明はきんぴらごぼうに伸ばしかけていた箸を置き、それまで伏せ気味だった双眸で僕の両目を真っ直ぐ捉え、

「私達が人工的な幼馴染みだということ?」

 心臓が、跳ねる。

 そんなつもりで言ったわけじゃない。

 でも確かに、今の自分達の関係が作り物だと、不自然だと、深層で自覚していたからこそ大晴君達を「ナチュラル」だと思ってしまったのかもしれない。

 いや、だから何だ。それでいいじゃないか。人工的だろうが何だろうが、幼馴染みは幼馴染みだ。今は表面だけで馴染んでいたとしても、これまでは骨の髄まで馴染んできたんだ。幼馴染み甲子園を戦っていく上で不都合はない。

 と言い返すと絶対喧嘩になるので、

「そんなこと言ってないだろ」

 本心を隠して、しっかり明の目を見据えたまま応える。

 絶対に逸らしちゃダメだぞ僕! メンドくさくなるぞ! あ、やべ、目に集中してたら貧乏ゆすり止まんねーわ。

「何で嘘をつくの? 幼馴染みに隠し事をするなんてありえないわ。秘密っていうのは幼馴染みと共有するためのものでしょ!」

 ぐっ……これは否定しようがない。「幼馴染みとの共有」は「秘密」の定理だ。子供の頃は大人への隠し事をよく二人の秘密にしたものだ。いや今だってこの関係を二人だけの秘密にしているか。

 でも、このまま引くわけにはいかない。ガツンといってやらないと!

「隠し事しているのは明の方だろう? 君が長々と買い物していたせいで、馴染みの時間から大分夕食が遅れてしまったわけだけど、本当は阿智さんと二人で買い物するのが楽しくてわざとダラダラしてきたんじゃないのか?」

「普段と違うお店で買い物するのだから普段より時間は掛かるでしょう! あなたのために時間を掛けたのよ? つまり光のせいで夕食の時間がズレたと言っていいわ!」

「それもそうか……あ、い、いやでも! ぼ、僕はなぁ、君からのメールに返信するのが忙しくて枕投げ出来なかったんだぞ!」

 返す言葉が見つからず、多少脚色した怒りをぶつけてしまう。

「『枕投げは男同士でするものだから……』とか言っていないで、いい加減私とやりなさいよ! というか話を逸らさないで! ナチュラル幼馴染みって何? ナチュラルでない幼馴染みがあるの? あると思っているから、自分達が不自然だと思っているからそういう発想が浮かぶのよね? あなたやっぱり私達の仲が悪いと思っているのでしょう? 不和を隠しながら馴染んでいると思っているのでしょう? そんなわけがない! 私達は完全無欠幼馴染みなのよ!」

 何だよ。まだ本気でそんなことを……何だかんだ言っても僕と同じ気持ちでいてくれていると思ったのに。もう「今」のことなんてどうでもいいじゃないか。

「はぁ……そうだよ、不自然だと思ってるよ。表面が傷付いているから、メッキを塗り付けて無理矢理ごまかしているじゃないか。僕達にそういう後ろめたさがあるのは事実なんだよ。前から思っていたんだが、そこを否定するスタンスは違うだろう。そこを認めた上でどうカバーしていくかが大事なことじゃないのか? 中身は本物なんだから表面くらい取り繕っていたって誰にも文句は言われない、いやそもそも欠陥を発見されもしないさ」

 言いながら、途中でやってしまったことに気付く。余計な前置きを付けてしまった。「前から思っていたなら思った時に言いなさいよ!」と返されるに決まっている。これは面倒だ。

「ないわよ、そんなの。後ろめたさがある関係なんて――――幼馴染みとは言えないわ」

 ぶつけられたのは予想だにしない言葉だった。

 後ろめたさがあったら――幼馴染みじゃない?

 どういうことだ。むしろこの後ろめたさは幼馴染み甲子園を制覇するためのものじゃないか。

 僕達は世界中のどこの誰よりも幼馴染みじゃないか。

 僕には明が何を言っているのか分からない。でも聞き返すことは出来ない。

 幼馴染みなのだから言葉がなくても通じ合えるべきなんだ。明の言葉すら理解出来ないなんて認めるわけにはいかない。

  

 それ以降朝まで、「ごちそうさま」と「おやすみ」以外の言葉を僕は一切口に出さなかった。

 明は「おやすみなさい」の後、「揚げ出し豆腐、おいしかったわ」と呟いた。


        *


「ほら一年! 声出てないわよ!」

 翌朝、八時半。快晴。ジャージ姿の僕達は宿近くの公園でトレーニングを行っていた。

「はい! 先輩!」

 明の掛け声に、馴染み腹筋中の大晴君が威勢良く応える。

「朝日さん! 脚の押さえ方が甘すぎるわ! それのどこが馴染みホールドなの!? 馴染み腹筋なの!?」

「ああ、うん……そだね……」

「光!」

「おう! 分かっているよ、明! もう準備万端さ!」

 名前を呼ばれた瞬間、馴染み腹筋の体制に入る。それを確認するやいなや明も僕の両脚を馴染みホールド。

「見なさい、これがお手本よ! どう!? 全然馴染み感が違うでしょう!?」

「う、うん……」

「す、すげぇ……馴染み腹筋の密着度もそうだが、名前を呼んだだけでの意思疎通、連携……これぞツーカー、阿吽の呼吸、究極の馴染み感……!」

「幼馴染みならこのくらい当たり前よ! あなた達も普段の訓練時から二段階飛ばし会話をするよう心掛けなさい! 皆まで言わずとも通じ合う、それが幼馴染みよ!」

「わかりました! 二段階飛ばしての会話ですね! おい、交代だ! 今度は俺が馴染みホールドして、お前が馴染み腹筋する番だ!」

 大晴君が馴染み腹筋をやめ、阿智さんの脚を馴染みホールドする。

「え、嫌だけど?」

「二段階! 飛ばして!」

「……二段階ってことは一往復だね……えーと……あんたのその影響されやすいとこ昔から変わんないよね……」

「九歳の時のあれはお前だってハマってただろ! あれを持って二人で踊り狂ってたじゃねぇか!」

「あれってなに……? え……候補がありすぎてわかんない……あんたが飛ばした会話の中でわたしはなにを口走ったの……?」

「全然出来ていないじゃない! でも朝日さんの『あんたのそういうとこ昔から変わらないね』っていうのはなかなかだわ!」

「なにが……?」

「はい! ありがとうございます!」

「あなたのことは褒めていないわ! 清内路君、あなたは勢いだけなのよ! 朝日さんが馴染みやすいようにだとか、全然考慮していないでしょう!?」

「は、はい! すみません!」

「意思疎通も下手だし、馴染みホールドも全然なっていないわ! あなた達のそれ、何か卑猥なのよ! 朝日さんが脚広げ過ぎなのも悪いけれど!」

「あ、ホントだ。これせー常位みたいになってるね。にひひ」

「やめなさい! 変なこと言うのをやめなさい! 清内路君の身体に脚を絡み付けるのをやめなさい! 今ホールドをするのはあなたじゃなくて清内路君よ!」

「く、くそ……駄目だ……俺達は馴染み腹筋すらまともにできないのか……こんな状態で今日いきなり本番なんて……無理だ、勝てるわけない、俺達みたいなド素人が立っていい場所じゃない……やっぱり向いてないんだ……俺は、俺達は、ナジミストにはなれないんだ……!」

「何弱音を吐いているんだ!」

「こ、光……先輩……!」

「素人だろうと関係ない! 君達が馴染んできたこれまでは紛れもなく本物だろう! 大晴達には可能性がある! 明も君達に期待しているからこそ厳しく指導しているんだ! だから君達も妥協するな! 力の限り馴染んでいけ!」

「はい! ありがとうございます! 俺、自信出てきました! やれる……行けます! 俺達絶対勝ちます!」

「……」

「その意気よ! 相手は強豪……でもあなた達なら大丈夫。私達という最強のコーチが付いているのだから! 奇跡、あ、馴染ミラクルを起こすのよ!」

「はい!」

「……」

 爽やかな汗。先輩と後輩の絆。一瞬一瞬が輝いている。やっぱり青春って最高だね!

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