今でも駄菓子屋に指輪とか売ってんのかな
「どうでした? 大体の雰囲気は掴めましたよね?」
僕は壁に背をもたせかけて、涼しい顔で余裕を醸し出しながら言った。
傍らの明も緩く足を組んでソファに腰掛け、ドヤ顔で紅茶を啜っている。ていうか明は僕に背を向けて座っているので表情は確認出来ないのだが、間違いなくドヤ顔を浮かべている。紅茶を飲んでいる時の明はたいていドヤ顔だ。足を組んでいたら百パーだ。
十八時。
本日残りの一回戦三試合を観戦した後、僕達四人は宿泊先のウィークリーマンションに戻って来ていた。
金沢中心地の街並みが大窓から一望出来る、十五階の1K。壁や床に目立った傷や汚れなどはまるで無い。セパレートのお風呂とトイレには、初めて目にするような機能まで付いていて、真新しさが伝わってくる。大窓の前には二人掛けソファ、テーブルを挟んで向かいに椅子が一脚置かれている。その脇にはベッドが二つ並ぶ。素人目にも作りの良さが明らかな家具ばかりだ。決して広くはないが、学生が自腹では絶対に泊まれない部屋であることは想像に難くない。
「とりあえず、なんだこれって思ったよね……携帯用の壁ってなに……? 大丈夫? 摘発とかされない?」
いつものぬいぐるみを枕にしてベッドに横たわっている阿智さんが言う。大晴君は同じベッド上、阿智さんのそばに座り、
「おい言うなよ……まぁでも俺達にはやっぱり無理だわ。勝てるわけないわ。つーか試合にならないわ。何を競い合ってるのかすらよくわからなかったし……」
「まぁまぁそんなに気落ちしないでください。初めて見た試合が僕達のものでは誰だってレベルの差を痛感しますよ。大晴君達は大晴君達の馴染み方を見せられればそれでいいじゃないですか。とにかく今やるべきは、どんなお題が出されても自分達の馴染みを発揮出来るよう、これまでのお二人の馴染み歴を振り返りまとめておくことですよ」
ナジミストなら誰もが行う重要な作業である。僕達のように明確なキャッチフレーズの下、即興で筋の通った馴染み方を魅せていくためには、幼馴染み間で自分達の馴染み認識を共通させておかなければならない。
例えば僕達の試合で出た「周囲の反応」というお題でも、幼馴染みであれば当てはまるエピソードなんかはいくらでもあるわけで、その中のどれが一番自分達の馴染みを示せるものなのか、事前に共有しておく必要があるのだ。
まぁそれ以前にこの幼馴染みには謎が多すぎる。どういったタイプの馴染み方をしてきたのかが分からないと、僕達も的確なアドバイスが出来ない。
「そう言われてもな……お前らが発表してたような話、俺達にあるわけねーし」
「あんた光君の言ってること結構理解できるようになってきてるよね」
「ふむ、どうやら何か大袈裟に考えているようですね。重要なのは自分達の馴染み論に沿った馴染み感をいかに発揮出来るかであって、エピソード自体は幼馴染みなら誰にだってあるようなものでも構わないんですよ。例えばそうですね……大晴君達、幼い頃の約束とかいくつくらいあります?」
「は?」
「大体でいいのよ、大体で。子供の頃に結んで、今でも大切な思い出になっている二人だけの約束、いくつかあるでしょう?」
明も二人への協力に積極的だ。ナジミストの後輩ができたことが嬉しいのだろう。
それに加えて――品定め、という気持ちも僕達にはあった。「幼い頃の約束」という問題集の一番初めの例題に載っていそうな定番中の定番かつ、最も人々を興奮させるお題に対して、二人はどのようなエピソードを披露してくれるだろうか。
彼らが幼馴染み甲子園を目指すに値するナジミストなのかどうか、今ここで見極めよう。
「約束ね、約束。うーん……ないね」
「ねーな……」
うん。……ん?
「いやいやいやいやおかしいじゃないですか? え? おかしいじゃないですか。人間が二人長年馴染んできたんだから大切な約束くらいしまくるじゃないですか」
「まさか結婚の約束もしていないの?」
そうそう結婚の約束。結婚の約束すらしていないと言うのか。数ある幼い頃の約束の中でも最も重要で、幼馴染み甲子園を目指すための絶対必要条件じゃないか。
「あー結婚の約束? してたねーそういえばそんなの。にっひっひ」
「約束ってそういうのかよ。でもそんなの誰でもしてるだろ。何か他にウケそうなの探さねーと……」
「してるんじゃないですか何なんですかその反応は。結婚の約束ですよ? 幼馴染みの真骨頂ですよ?」
「いや五歳とか六歳頃の話だぞ? たぶんお前らが思ってるのとは違う」
「違わないですよ、まさにそれを言っているんですよ」
ていうか逆に五、六歳前後以外で結婚の約束なんてする人いるわけないじゃないですか。
阿智さんが「四歳じゃない? ねぇ四歳だよ」と口を挟んでくる。
ああ、すみません。確かにそこは重要ですよね。四歳の時にする結婚の約束と五歳の時にする結婚の約束と六歳の時にする結婚の約束と七歳の時にする結婚の約束では意味合いが全く変わってきますもんね。
「幼い頃の結婚の約束というのはとても美しいものなのよ」
胸に手を当てうっとりとした表情で遠くを見つめながら、明が続ける。
「子供に結婚の本当の意味なんて分からない。大人が言う結婚とは別物なの。そこには見栄も世間体も何もない。あるのは『この人と大人になってもずっと一緒にいたい』という純粋な馴染み願望だけ。言うなれば幼馴染みになるための契約。結婚の約束をした瞬間、二人は真の幼馴染みになると言ってもいいわね。ああ、何て美しい瞬間なの」
「えー、でもわたしらの周りみんなしてたよー? てかてか周りがしてたからわたしらも真似してた感じかな。見栄しかなかったね」
「だろうな」
「それでもお互いを選んで約束していたわけでしょう?」
熱くなる明。結婚の約束をそんな風にどうでもいいもの扱いされては明も僕も黙っていられない。
「つーかたぶん俺達二人余ってたんじゃねぇかな」
「いや違うよ。わたしが選んでプロポーズしたんだよ」
「「ほら来た!」」
僕と明はついつい声を弾ませ完璧なシンクロを見せ付けてしまう。
まったく大晴君達は惚けちゃってもう。
「あんたチビで泣き虫だったけど、足速くて勉強できたからね。あんたと結婚の約束してるって結構なステータスだったんだもん」
「まぁそんなもんだろうな。子供も大人と変わんねぇな」
「せめてもう少し気恥かしさくらい持って欲しいんですが……」
「気恥かしさもなにもね。こんなネタ十歳の頃には飽きちゃったよ」
出た。『そんなの僕らは○歳の頃には~~』は馴染みアピールの常套句である。
「でも、ひひ。久しぶりに思い返したら面白いかも。『大人になったら結婚しようよ』とか言っちゃてたんだねぇあんた、にひひ」
「いや俺は言ってねーわ、お前だお前」
二人共言おうよ。誓い合うってそういうことじゃないですか。
「わたしらの話よりさぁ、光君達はどうなの? 小さい頃からラブラブだったの?」
「まぁ僕らは結婚の約束をするよう親に指導されましたからね」
「すげー親だなおい」
「でも凄くない? だって、その頃からずっと付き合ってるわけでしょ? 純愛だねぇ」
感心する阿智さんにどう反応するべきか、悩んでしまう。
…………これ、スルーしようかな……。
「…………付き合ってないわ」
抑え気味の声。明が微かに目を伏せているのが、後ろからでも僕には分かる。
「付き合ってないですね。馴染んでいるだけです」
僕は敢えてはっきりと言い切った。
「ん? ねぇ。めーちゃん達がなに言ってるかわかんないんだけど?」
「光達の理想の幼馴染みを追い求めた結果こういう風になっただけであって、付き合ってるわけじゃないってことじゃねぇかな」
大晴君なりの解釈で解説を入れてくれる。
「まぁ……そんな感じです」
そう。僕と明が付き合っているわけがないのだ。
「昨日からいろんな未知に遭遇してきたけど、これが一番衝撃だよ。ええー。みんなめーちゃん達のことバカップルだと思ってるよね?」
「口に出すなっての。……うん、正直ごめん。俺も思ってたわ」
が、大晴君達が勘違いしていたのも仕方がない。僕と明は家でも学校でも常に一緒に行動しているのだから。
「付き合ってるわけでもないのになんでこんなに束縛し合ってるの?」
「幼馴染みなんだから当然じゃない」
「そんな当然知らないよ……」
引き気味の阿智さん。
「つーかよ、もしかして幼馴染み甲子園って恋人同士だと出られないのか? 付き合ってたら幼馴染みって感じとは少し違うよな」
良かった。これで話題が僕達から遠ざかる。
「出られますよ、恋人同士でも。付き合っていようがいまいが幼馴染みは幼馴染みです。実際恋愛関係にあるナジミストの方々が多いですね。ナジミストにも様々な型があって、恋愛については大きく三つの型に分かれています。『まだ男女交際に至っていない型』、『付き合ってはいるけどウブ型』、『熟練カップル型』です。例えば山中さん達は熟練カップル型の中の『「いや付き合ってるわけないじゃん」と言いつつ、二人きりの時はイチャラブ型』ですね。審査員にも人それぞれ好みの型があります。先生ごとの審査傾向を研究しておくことも、勝ち進むためには重要になってきますね。勿論、特定の派閥に偏らないように審査員も選出されていますが。大晴君達はどうなのですか?」
「は? 何がだ?」
「いや恋愛についてですよ。流れで分かるじゃないですか。お二人が恋愛についてどのようなタイプなのか全く判断が付かないのですよ」
大晴君は阿智さんと顔を見合わせ、
「れんあい……? こいつと恋愛……? 考えたことねぇな……いや普通考えねぇだろ……考えたくねぇ……」
「だねぇ。そういう選択肢が存在しい得たことに驚きだよ」
「ちょっと待ってください。それは嘘ですよ。どんな理由にしろ結婚の約束はしていたわけじゃないですか」
「いや結婚の約束してた記憶はあっけど好きだった記憶も好かれてた記憶もねぇぞ別に」
「それね。いやホントそのときは『するもん』だと思ってたからしてただけだよ?」
「でも仮にお二人にその気がなかったとしても、それこそ山中さん達みたいに、他の幼馴染みから茶々を入れられながら恋愛関係を育んでいったりするはずじゃないですか?」
「あ、それ類題が出たときのために対策を教えてもらおうと思ってたんだ。山中さん達が発表してたような話、俺には全く思い当たらなかったからよ。ああいうのって幼馴染みチームに所属してたら誰にでもあるもんなのか?」
「わたしとこいつがどうこうなるなんて誰も思わないだろうからねぇ。光君達だって思わないでしょ? 光君がわたし達の幼稚園や小学校にいたら、わたし達のこと夫婦だなんだって冷かしてたかな?」
「そんな大事な時期に他の幼馴染みにかまけている暇なんてありませんよ! 僕は明と馴染むことだけに全身全霊を傾けていたんだ!」
「あ、そう……」
だが、そうでなくとも確かにこの二人を囃し立てようとは思わなかっただろう。不思議なことに、やはり大晴君達から恋愛の匂いを嗅ぎ取ることは全く出来ないのだ。
「まぁ、でもそうだな、確かに俺達みたいなタイプは幼馴染み甲子園では珍しいんだろうな。大会の特質上、出場者はカップルに近いナジミストばかりになるはずだ。自分達の馴染み感・関係に自信があるからこそ出場してるわけだし」
「なんかこの人大会に染まってきてる……まぁでも、勝ち上がって早應行けなくなるって話なわけじゃないんだよね。ならどーでもいーじゃん。めーちゃん達だって付き合ってないんだもん。……あれ? でもさ、なんかおかしくない? 今日の試合でのめーちゃん達『熟練カップル』って感じじゃなかったかな? あれは違うの? 付き合ってないってことは『まだ男女交際に』、えーと」
言葉に詰まった阿智さんに、大晴君が「至って」と助け舟を出す。
「二人は『まだ男女交際に至ってない型』になるんだよね? これから至るの?」
話題を大晴君達関連へ戻せて安堵していたところに、強烈なパンチが飛んでくる。
「いや、えーと、まぁそれは」
「てかてか、もしかしてめーちゃん達って仲悪い? 深く関わってみて気づいたけど何か雰囲気重いよね。たまたま痴話喧嘩中なのかなとも思ってたけど、そういえば学校とかでもいつでもくっついてはいるけど会話とかはほとんどしてないし、普通にデフォルトで険悪っぽいね」
言いながら阿智さんは僕達に近づいてくる。
ていうかむしろ生まれた時からずっと一緒にいるのに、今更何をそんなに話すことがあるっていうんだ。
「わりぃ。こいつが口走っちまうことマジで気にしないでいいからな。ホント動物の鳴き声か何かだと思ってくれていいから」
「はー? あんただって気になってたくせに」
――僕は明との「今」と「これから」について誰かに問い質されることをずっと恐れていた。
出来るだけその問いには答えたくなかった。
いや、答えるべき台詞は決まっているし、試合でならはっきりと言い切るだろう。「今はお互いを異性として意識し始めたばかりで気恥ずかしいことが多々あり、気まずい雰囲気になることもある。でもこれから男女交際に至る」と。僕達は完全無欠幼馴染みという設定なのだから当然である。
明との「今」が気まずい理由は完全に嘘だし、「これから」についてもこの宣言を実行出来る自信があると言えば、偽りになる。これから一生馴染んでいくことに耐えられるのかも分からないのに、恋愛関係になんてなっていいわけがない。
そんな僕達は真の完全無欠幼馴染みではない。「今」と「これから」が完全に欠落している。友達が欲しいと思ってしまった時から、僕達が掲げる看板は誇大広告になっている。
それでもそれは大きな問題ではないのだ。幼馴染み甲子園は基本的に幼馴染みの「これまで」を競い合うもので、「今」や「これから」についての重要性は低い。僕達がこれまで誰よりも馴染んできたのは紛れもない事実で、「今」や「これから」を多少装ったところで馴染み感が薄れることはないはずだ。事実一回戦でそうだった。僕達が「これまで」鍛えてきた馴染み感は、傷付いた「今」を補って余りあるものだった。
逆に言えば、幼馴染み甲子園で負けたなら僕達の「これまで」をも否定されたということになる。
それだけは、耐えられない。
そうだ。間違えてはいけない。「完全無欠幼馴染み」であることは手段でしかなく、絶対に果たさなければいけない目的は幼馴染み甲子園で優勝することなのだ。
「ね? そうだよね? めーちゃん達ホントは仲悪いの隠して大会に出てるんでしょ? ご両親の期待とかいろいろあるんだよね?」
両手を腰に身を屈め、明の顔を覗き込むように。呆れ顔の大晴君はため息を吐き、頭を掻きながら彼女に歩み寄って、その後頭部をペチンとはたく。
親の期待か……。
能天気なようでいて、意外と鋭いのかもしれない。
完全に俯いてしまった明は、両手を強く握り締め、微かに震えている。
そういえば、仲が悪いことを僕以外に指摘されたのなんて初めてだもんな。
よし、まずは後輩ナジミストの前ではっきり宣言するかな。躊躇っていても仕方ないし、それに……そんな姿を僕以外の前で晒すなよ。
――「今」も「これから」も関係ない。
五歳の五月二十一日。結婚を誓い合った時、僕達は本気で生涯を共にするつもりだった。
それだけで、充分だ。
僕と明の「これまで」は絶対に間違っていなかった。幼馴染み甲子園を制覇し証明してやろうじゃないか。
息を吸い込み、決めていた偽りの台詞を吐き出そうとしたその瞬間、
「違うわ」
顔を上げた明が真っ直ぐと阿智さんを見つめ、言い放つ。
「私と光は完全無欠幼馴染みだもの。仲が悪いなんてこと、絶対にないわ。まだ付き合っていないけれど、そうね、これからそういう関係に至るわ。ずっと一緒に馴染んでいくのだから当然ね」
――――良かった。
明も本心で言っているわけじゃない。嘘をついてくれている。僕と同じ気持ちで。
大晴君と阿智さんは明の宣言に圧倒されたように言葉を失っていた。
「というより、朝日さん達だって結婚の約束をしたのだから、いつかはそういう関係になるべきでしょう。幼馴染みとの約束を破るなんてこと私が絶対許さないわ」
「許そうよ……大人がする婚約とは違うってめーちゃんも言ってたじゃん……」
冷静になって少し照れくささを感じたのだろう、一つ咳払いを入れ、明は話を逸しにかかる。
「清内路君、朝日さん。目を瞑って後ろを向いて」
疑問符を浮かべながらも、言われた通りに身体を反転させる二人。それを確認した明はスカートのファスナーを少し下ろし、中から見慣れた藍色の小箱を取り出す。制服のスカートにポケットが一つしかないので、明は内側にそれ専用の小さな手作りポケットを取り付けていた。生真面目な彼女が人生で唯一制服に施した改造である。
明はファスナーを閉め直し、
「振り向いていいわ。結婚の約束をした時、光に貰った指輪よ」
フロッキング素材の箱の中で、プラスチック製の指輪が光を放つ。
「マジか」
「おおー。すごい、すごい奴だ。これはすごい奴でしょ」
大晴君と阿智さんから素直な感嘆の声が上がる。
僕と明の五歳の誕生日、僕は近所の駄菓子屋で買った指輪をプレゼントした。三九八円は僕の全財産だった。ていうか駄菓子屋で目を輝かせていたら親が嬉々としてちょうど三九八円くれた。その後三ヶ月間、家のお手伝いを通常の五倍以上頑張ったことは言うまでもない。
お返しに貰ったプラスチックの指輪には九歳で薬指を通せなくなった。僕も明と同じように普段は家で厳重に保管し、長く家から離れなければいけない今のような場合にも、明と同じように大切に持ち歩いている。
「清内路君達も持って来たわよね。思い出の詰まった宝物」
「あ、あー、いや確かに持って来いって言われてたけどよ、思い出の品っつってもよくわかんなかったんだよな?」
「ねー。あ、写真はいっぱい持ってきたよー」
「何かあるでしょう。清内路君に貰った大切なものとか」
「えー、そう言われてもなー。あ、こいつが残した給食の牛乳はよく飲んであげてたなぁ。そう考えるとわたしのこの胸もこいつに貰ったようなもんかな」
「ホントそこしか成長しなかったな」
「あんたはどこもかしこも大きくなっちゃったよねぇ。にっひっひっひ……え、なに? どしたの?」
俯いて黙りこくっていた僕と明に阿智さんが問い掛ける。
「いや、僕らは『性的な話恥ずかしい型』だから」
「あ、そういうのもあんだね……」
子供の頃から一緒にいるから性的な話も同性のように出来るようになれる大晴君達のような幼馴染みもいる一方、子供の頃から一緒にいるからこそお互いの性の芽生えが恥ずかしい僕らのような幼馴染みもいるのだ。
耳まで真っ赤にした明がコホンと咳払いをして話を戻す。
「何か残ってるもの、本当になかったの? 誕生日プレゼントは?」
「わたしらの誕プレは七歳ときからDMSって決まってるからなぁ。すぐ使っちゃうよ」
「DMS?」
「どんな命令にも従います券だよ?」
阿智さんの口から馴染みスラングが出る。
昨日から阿智さん達と共に行動してきて気付いたが、こういうさり気ない馴染みアピールをこの二人は意図することなく、自然にやってのけている。
「今年から半券は残しておきなさい。じゃあバレンタインやホワイトデーは?」
「そんなの食べ物だもん。残ってるわけないじゃん」
「箱とかラッピングとか残しておくものでしょう普通」
「えー箱とかないよ。その場で作って食べさせちゃうもんね?」
「ああ、こっちの家には器具とかないからな。ホワイトデーもそっちの家で夕、こいつの弟達とクッキーとか作ってるんだ。バレンタインなら妹達とそっちに行って、女性陣がケーキとか作るの待ってる感じだな」
こっちの家。そっちの家。大晴君はどちらも自分の家のように表現する。
「……まぁ一応バレンタインなどはちゃんとやっているのね」
「昔からやってることだからなぁ。正直面倒だけど、今更やめる方が恥ずかしくない?」
「まぁな」
僕と明にとってバレンタインとホワイトデーは物心付く前からずっと重大イベントだ。そんな軽い気持ちでその日を迎えたことなどなかった。
明は額に手を当て、
「関連するお題が出たらお手上げだし、そうでなくても唯でさえこうやって馴染んできた場所から離れて過ごさなければいけないのに、二人の馴染みのものさえ手元になかったら心細いでしょう? 私は大会中ずっとこの指輪を身につけておくわ。こういう所から馴染み感というのは滲み出てくるものなのよ?」
「そう言われてもないものはないからなぁ。あーあ、わたしも指輪とかもらってたら残してたのに」
阿智さんは「はー疲れたな今日」と続け、ベッドに倒れ込み、ぬいぐるみに突っ伏す。
「いや絶対捨ててただろ……ん? そういやそれ。一応俺があげた奴じゃなかったか?」
大晴君が阿智さんの顔、というか顔面が埋まっているぬいぐるみに目をやる。
顔の角度を上げ、それでも顎と桃色の薄い下唇は熊のお腹に埋めたまま、
「え? あ……。そういやそうじゃん。射的で取った奴もらったんだっけ」
「いや、ゲーセンじゃなかったか? うん、そうだわ。あれは……七歳のときだな、おっとぉが金髪だったから。動物園にあったクレーンゲームで取れそうだから取ったものの、キモかったからお前にあげたんだ」
「あーそーじゃんそーだよ。いやぁ、ホントキモいよねこいつ」
言いながらぬいぐるみの頭をぽんぽんと叩く。
改めてぬいぐるみを見てみると、修繕の跡がいくつもある。
僕は、衝撃を受けている。
生活に溶け込みすぎていて、幼馴染みからプレゼントされたことも、幼馴染みにプレゼントしたことも忘れていたというのか。そんなことがあり得るのだろうか。いやあり得るかどうかではなく、あり得てはいけない話だろう。
二人のこのエピソードがナジミストとして良いものなのか、許されざるものなのか、僕には判断がつかない。
いや、というよりも。清内路大晴と阿智朝日という幼馴染み自体をどう評すればいいのか、そしてどう表すればいいのか――僕には全く分からない。
「朝日さんがいつも身につけている変な熊が、清内路くんからのプレゼントだったなんて……」
「クマじゃないよ犬でしょこれ。足が四本あるし」
「名前は? 名前は何ていうの?」
初めての後輩との馴染バナに興奮気味の明は、阿智さんに突っ込むのも忘れて問い質す。
「名前……」
言葉に詰まったように黙る阿智さん。大晴君は阿智さん達から目を逸らし、窓の外を眺め始める。「星が綺麗だな……」という呟きがギリギリ聞き取れた。
いや熊の足も四本だって、君が指摘してあげるところじゃないの……。あとまだ日は沈んでないし、なんなら星は君達の村の方が絶対綺麗だ。
「あるでしょう? 名前。口には出していなくても朝日さんの頭の中だけでの呼び名とか絶対あるはずよ!」
ベッドの前に跪き、阿智さんの両肩を前後に揺さぶる明。鼻息が荒い。
「……呼び名は『これ』とか『あれ』だよ。うん。こいつは『こいつ』。もう。めーちゃん達がどんなものに刺激されるのか未だによくわからないよ。こわい」
正直僕も、明がここまで興奮するとは思っていなかった。自分が本気で打ち込んでいることについて、同年代の女の子と話し合えることがよっぽど楽しいのだろう。
「あ、ほ、ほら。そんときの写真あったぞ!」
持って来ていた何十枚もの写真を、いつの間にかベッドの上で乱雑に散らかしていた大晴君が、その中から一枚を差し出す。
いや、そんなに慌てて探さなくてもいいと思うけど……。
僕も三人の輪に加わり、写真を見せてもらう。
小学校低学年くらいの男の子と女の子が写っている。ライオンの檻の前、頬を染めるように照れ笑いを浮かべて、控えめなピースサインを作る小柄な少年。その肩を抱き寄せ、一本足りない前歯から奥歯まで、その白さをお披露目するかのように笑顔を弾けさせる少女。男の子より高い位置にある頭に、まだ汚れのない犬(?)のぬいぐるみを器用に載せている。思いっきり突き出された腕の先には変なピースサイン。人差し指と中指を限界まで立てようとしたせいで、親指まで開いてしまったという感じだ。
――ああ、良い写真だな。僕は素直にそう思う。
――子供大晴君かわええ。とも思う。
「あー同じのわたしもあったな…………てかてかなんかほとんど被ってるぽいね」
阿智さんも持参した写真をベッドに広げ、大晴君のものと比べ始める。確かに二人の写真には同じものが散見されるようだ。
「あ、動物園のあったよー。ん、いやこれは違うね、別のときのか……ああ、七歳のときのはこっちだね。これこれ、ほら。まったく同じ写真……のはずなのになんかあんたの写真のが黄ばんでない? え? まさか……?」
「ぶっかけるか!」
「変なせーへきに走らないように私がしっかりきょうせーしてかないとなぁ。にひひ」
だからそういうの僕たちは駄目なんだって……。
大晴君は「きめーきめーマジきめー」と不貞腐れたように呟きながら、阿智さんの熊もとい犬を奪い取り、
「柔らか過ぎんだよなこれ。何がいいんだか」
それを枕にベッドの上へ、写真は踏まぬよう、寝そべってしまう。「返せ、返せ」と阿智さんが大晴君の身体に両手を載せ、手首だけを動かしてぺしぺし叩く。
本当に馴染み感があるのかないのか、よく分からない幼馴染みだ。
そんな二人に触れ、余計なことまで色々と考えたこともあって、さすがに疲労を感じ初めてきた。
「お二人の馴染み歴については全然まとまりませんでしたが……皆疲れているようですし、そろそろ部屋に分かれて休みましょうか。明日の朝も時間はありますから」
二人の初戦は第一試合十時からなので、何とかならなくもないだろう。それに今すぐには僕の中で、この幼馴染みをどう表現するべきか答えが出そうにもない。
「そうだな。とりあえず荷物は全員この部屋に持ってきちまったけど、どうする? 俺と光が動くか」
「いや大晴君と阿智さんがこの部屋で、僕と明が隣の部屋ですね」
こうなると思ってたんですよね……。
幼馴染み同士で泊まるのは当然のことなのだが、大晴君達がそれを知らないだろうということは予想していた。そして間違いなく拒否感を示してくるだろう。
二人きりで一夜を共にするのなんて僕達だって初めてだ。大晦日に両家族揃って年を越したりするのとはわけが違う。
気まずい。どうすればいいのか見当が付かない。
だって幼馴染みとの夜間時最適距離は「互いの部屋の向かい合う窓およびベランダを隔てた距離」じゃないか。なのに二人が一晩中同じ部屋で過ごしたら間違いが、いやむしろ全然間違っていない全くもって正しいことなのだが学生の身である僕達にとってはまだ早すぎるアレコレを致してしまうような雰囲気が生まれてしまう可能性が生まれてしまうかもしれないじゃないか! ――と、去年までの僕と明なら間違いなく考えていただろう。大晴君と阿智さんも同じように頭を悩ませるだろう。
しかし、今の僕と明の場合は違う。まず間違いなく気まず過ぎる雰囲気で一夜を明かす羽目になるだろう原因は、僕達の険悪な仲にある。なんとか上手くやり過ごせればいいのだが……まぁ無理だろう。
それでも、別々の部屋という選択肢はない。そもそも一組一部屋しか用意されていないわけで、他のナジミスト達は当然同じ部屋で過ごす。これまで幼馴染みと共に日々を送ってきた家から、五日間も離れなくてはならないのだ。馴染みのルーティーンを出来る限り崩さないためには一緒に過ごす必要がある。まして僕と大晴君が同じ部屋だったら、修学旅行的な楽しさが発生して、非日常の極みの中で夜を越すことになってしまうに違いない。修学旅行なんて明と鎌倉や京都の寺社を巡って馴染み祈願しまくった思い出しかないが、大晴君と同室なら今日が初枕投げ記念日になってしまうことに疑いの余地がない。
といったことを説明したところで大晴君達が簡単に首を縦に振るとは考えづらく、
「そうなのか。まぁ俺とこいつで散らかしちまったし、その方がいいか」
「お風呂詰まらせないでよね。ちゃんとれー水で流すんだよ?」
自然と受け入れる二人を目にして、ふと僕はこの幼馴染みを表現する言葉を思い付いた。




