こういう授業必修にしてほしい
『ありがとうございました。それでは引き続き二本目に参ります。今度は攻守の順番が入れ替わります。テーマは「周囲の反応」です。まず大町・美麻ペア、ご起立の上プレゼンを始めてください。制限時間は三分です』
来た――これはグループ幼馴染みである山中さん達のキラーエピソードだ。
やってやろうじゃないか。相手の得意分野で打ち崩してこそ、真の勝者だ。
「まず、幼馴染みというのは唯一無二の存在であるべきだと僕達は考えます。周りから手を加えられるような関係は完全無欠とは言えません。が、周りに茶化される経験も積んでおいた方が良いのもまた事実です。これまでずっと同級生達は、圧倒的な馴染み感を前にして僕達に手を触れることすら出来ませんでした。そんな中で僕と明は九歳の時、自分達を冷やかしてくるよう同級生達を誘導することに決めました。『自分史年表』を作るという授業が九歳の時にあったんです。模造紙にまとめたものを授業参観で発表もしました」
「私は光の歴史を、光は私の歴史をまとめ、同級生と保護者の前で発表しました。光の歴史は私の歴史であり、私の歴史は光の歴史そのものですから」
歓声。
「結果として、感涙していた僕達の親を除いて全員困惑し切りでしたね。十歳にも満たないナジミストがそれほどの馴染みを見せたのだから当然です。一人の同級生から『あ、あれかな? 大町君は美麻さんのことが好きなのかな?』と尋ねられたので、『僕達はただの完全無欠幼馴染みですよ!』と宣言してやりました」
「唯一無二の高潔さを保ちながら、周囲の反応に留意する必要もある。そんな幼馴染みのジレンマを私達は協力して解決してきました。これこそ私達が完全無欠幼馴染みである要因の一つなのです!」
「「以上です」」
滑らかな連携で攻撃を展開出来た。
ギャラリーの反応も上々。審査員の興味も惹けたようだ。
『それでは大町・美麻ペアのプレゼンに対しまして、加賀・山中ペアより質疑を始めてください。制限時間は三分です。質問のある方挙手をどうぞ加賀君』
「小学生時のエピソードとしては子供らしさが足りないと思います。ニヤニヤできません。完全無欠を求めてきたというのはわかりますが、小学生のときから型を固め過ぎではないでしょうか? その時期にはもっと自由気ままに馴染むことで、型にとらわれない様々な馴染み方を身につけるべきです。完成度を高めていくのはもっと後からでも良かったのではないでしょうか?」
『美麻さん』
「甘いですね。それのどこが完全無欠ですか。幼少期には自由気ままにとおっしゃいますが、幼馴染みにとってはその幼少期こそが最重要なのですよ? 絶対に妥協してはいけない期間です。目指すべき形を明確に定めて馴染んでいくべきです」
『山中さん』
「そういう馴染み方はお二人の世界を小さくしてきたのではないでしょうか? 馴染んでいることが自分達にとってマイナスになっては元も子もないと思います。幼馴染みというのは、うちらのようにお互い高め合っていくべき関係ではないでしょうか」
『大町君』
「馴染んでいることで起きる損益なんかは無視してきたのです。僕達は馴染むためだけに馴染んできました! 唯、幼馴染みであるためだけに馴染む! それが幼馴染みのあるべき姿です! その点において、僕達の馴染み方はまさに完全無欠なのです!」
『そこまでです』
そう。唯馴染み主義者にとって、「完全無欠幼馴染み」こそが至高の馴染み方であるに違いないのだ。
今大会の審査員十一人中、明確に唯馴染み主義者である先生は四人。
この先もブレずにこのやり方を貫けば、四票の固定票があることになる。これは大きい。
『攻守入れ替わります。加賀・山中ペア、ご起立の上プレゼンを始めてください。制限時間は三分です』
「うちらはずっと周囲から関係を茶化されてきましたね」
「オレ達は小学校からずっと早應の附属に通っているので、周りもみんな幼馴染みなんです。そのときから『夫婦』だなんだってからかわれてきました」
「ホント付き合ってもないし、ただの腐れ縁だって言ってるんですけどね。まーもうとっくに慣れちゃいましたけど。小学生の頃とかは必死に否定したりしてましたけど、そうするとあいつら調子に乗るんですよ。結局中一くらいのときにはもう適当に流せるようになったぞいね?」
「『はいはいそーがや、夫婦、フーフ』って感じやな」
「でも懲りずに未だに『夫婦』とか言ってくるんですよ? ていうかうちらもう十八だし、それ冗談にならないっていうか……あ、いや、べ、別に変な意味じゃないですけど! ほーいえば! 一緒にお風呂入らんくなったのも、茶化されたのが原因だったぞいね?」
「オレがおちょくられるの嫌がって入らんくなったさけ、お前怒って喧嘩になったげんな。そのときもですけど、喧嘩したときとか結構オレ達意地になっちまうんですよ。まーやっぱりお互い『こいつにだけは負けたくない』っていうのが一番根本にあって。そんなときにさり気なく仲直りのサポートしてくれるのも周りの幼馴染みなんですよね」
「そうなんです。障害になったりもしましたけど、結局は皆のおかげで馴染んでこられたというか。普段は言えませんけど、今日も見に来てますし、ここでの姿を見せて感謝の気持ちを伝えたいですね。『皆の冷やかしのせいでこんなに腐っちゃったげん』って」
「「以上です」」
加賀さん達らしいエピソード。ついに本領発揮といったところか。これを待ちわびていたのであろう観客達の歓声にも熱が帯びる。
くそ……くそ……スゲェ腹立つ……!
『それでは加賀・山中ペアのプレゼンに対しまして、大町・美麻ペアより質疑を始めてください。制限時間は三分です。質問のある方挙手をどうぞ大町君』
この二人は今すぐ沈めなければいけない! 三本目まで行かせない! ここで決める!
「幼馴染みがたくさんいるわけですから、お二人には唯一無二さがないと思います。加賀さんにとって山中さんが、山中さんにとって加賀さんが、大勢の中の一人になってしまわないでしょうか?」
『山中さん』
「そんなことないですよ。やっぱりこいつは特別な存在ですね。腐れ縁なのはギンだけですから」
『大町君』
「具体的に他の幼馴染みの皆さんとはどう異なるのでしょうか?」
『山中さん』
「皆とは友達になりたくて友達になった点ですかね。こいつとはいつの間にか一緒にいて、離れられないから仕方なく馴染んできてる感じですから」
かかったな!
『大町君』
「それはお二人の主張と矛盾するのではないでしょうか? 自律的に馴染んでこその幼馴染みだとおっしゃっていましたよね? だとすると他の幼馴染みとの方がより馴染んでいるということになりますよ?」
「あ……」
フフフ、焦ってる焦ってる……馴染み方のブレは大きな減点対象だ。
『加賀君』
「いえ、そんなことないですよ。いつの間にか馴染んでいたからといって、それが受動的に馴染み始めたということにはなりませんよ。オレ達は確かに自分達の意思で馴染み始めました。ですから他の幼馴染みとスズとの違いは……何て言えばいいんですかね……皆とは一緒にいたかったから一緒にいたけど、こいつとは一緒にいないのが考えられなかったから仕方なく一緒にいた……って感じですかね。まー腐れ縁ですから」
『美麻さん』
「その説明では良く分かりません。一緒にいたいのと、一緒にいないことを考えられないというのは同じことではないですか?」
『山中さん』
「まーまだ二人にはわからんかもしれんぞいねぇ。うちらは何ていうかね、馴染み切っちゃったがいね」
『大町君』
「それは馴染みの進化を放棄しているということですか!? 僕達の辞書には『馴染み切る』なんて言葉は載っていません!」
『山中さん』
「いえ、そういうわけではないですけど……。というかそれはどんな辞書にも載ってないと思うげん……」
いけない。少し熱くなりすぎた。
『美麻さん』
「しかし他の幼馴染みの存在が馴染みの発展を阻害してきたことは否定出来ないと思いますよ。実際、お風呂の話がそうじゃないですか。幼馴染みにとっての最重要イベント。終わらせ方も重要なはずです。周囲の介入が原因で終了なんてあってはいけません。にもかかわらずお二人は、皆さんに囃し立てられたせいで、一緒に入浴するのをやめてしまったわけですよね?」
『山中さん』
「まーそうですね。だからこの前のが十一年ぶりか、あ、いや! これはホント違うがね!」
「スズが夏風邪ひいたさけ、ほれでちょっと看病とかしとって!」
『そこまでです』
す、すげぇもん放り込んできやがった!
会場から「おー!?」っと歓喜の声が上がる。それまでずっとニヤニヤしていた附属の応援団達は、口を押さえて驚く人、恥ずかしそうに俯く人、額に手を当て「あちゃー」顔の人、肩をすくめて「やれやれ」顔の人、よりニヤニヤを強めた人と、様々な反応を見せる。あちゃーが一番ムカつく。
くっそ! ホント何が腐れ縁だ! これが勝負じゃなかったら間違いなく悶えているところですよ!
『それでは二本目の判定に参ります。大町・美麻ペアが赤、加賀・山中ペアが白です。それでは……判定!』
白赤赤白白赤赤白赤赤白。つまり――
『赤6、白5! 二本目を獲ったのは大町・美麻ペアです! 一回戦、大町・美麻ペア対加賀・山中ペアの試合は、二‐〇で大町・美麻ペアの勝利となります!』
爆発するような大歓声。
「や、やりやがった……! 去年の全国ベスト4を長野代表が、それも一年ペアが喰ったぞ!」「しかもストレートとか……大波乱過ぎるだろ!」「ネット中継の実況がすげぇ盛り上がってる……!」
伝説の幕開けを目撃した人々の興奮が伝わってくる。
やった……やったぞ!
思わず明と両手でハイタッチしてしまう。やべぇ息ピッタリ過ぎる。
会長が向こうに入れたのは残念だが、狙い通り唯馴染み主義の先生方から支持を得られた!
『それでは審査員の先生方から講評を頂戴したいと思います。加賀・山中ペアに入れました福中先生、一言お願いします』
「私も茶化したい……! あ、でもからかうのを止めさせる、二人の一番の理解者ポジションも捨てがたい……! 『まぁまぁその辺にしておこうぜ』って呆れ顔を浮かべた大人な対応で割って入って、二人に『わりぃな』って目だけでお礼言われたい……! 大町君達の芯が通った馴染み方にも感銘を受けました。一年生にしてこの完成度は史上最高と言ってもいいかもしれません。しかし、加賀君と山中さんのエピソードに完全に感情移入させられてしまって……グループの中で恋愛関係には絡まないけど頼れるリーダー的な存在になりたい……! 自分のことより幼馴染みを助ける苦労人になりたい……! 幼馴染み界の川相になりたい……!」
『ありがとうございました。大町・美麻ペアに入れました泉濱先生、一言お願いします』
「見守りたい……! 山中さん達の担任になって影から誰にも気付かれないようなサポートをして一人で『フッ……青春だな……』とか呟きたい……! ただ、最近お風呂に一緒に入ったというエピソード。これも猛烈にけしからんのですが、現在の具体的なエピソードに対して私は評価を付けるということはしません。これまでどのように馴染んだのか、それによって現在どのように馴染み感を発揮しているのか、という二点を評価対象としています。その点で大町・美麻ペアは素晴らしい。周りの反応を馴染みのために誘導していたとは。まさに『馴染むために馴染む』ということをこれまで極めてきたのですね。そしてそんなこれまでによって築き上げられた完璧な連携。私はお二人のような幼馴染みを求めてきました。何かのために馴染むのではない。幼馴染みであるためだけに幼馴染みである。利益度外視でとにかく馴染むことだけを目的とした馴染み方。完全無欠を名乗るに相応しい幼馴染みです。本当に素晴らしい試合を見せて頂きました。まだ一試合目なのに携帯用の壁を切らしてしまった……早く補給しないと……」
『ありがとうございます。以上を持ちまして、大会一日目第一試合を終了致します。引き続き第二試合が始まるまでしばらくお待ちくださいませ。壁欠乏症にご注意ください』
ダークホースとして名乗りを上げた僕達に、再度大きな拍手が浴びせられる。
開幕戦での大番狂わせ。大会が荒れていくことを皆が予感し、そして興奮している。
「負けたんけ……? うちらが……? これが最後やったのに……」
山中さんが膝から崩れ落ちてしまう。その震える肩を抱き寄せる加賀さんも悲痛の表情を浮かべるばかり。
そうか……この二人の最後の夏が、終わったんだな……。
これまで北信越の高校幼馴染み界を引っ張ってきた二人。優勝候補として大きなプレッシャーを背負いながら、弱小地区に日本中の注目を集め続けてくれた。
僕と明は自然と二人の前に歩を進めていた。
「私達はあなた達のことが嫌いでした……でも加賀・山中ペアという倒すべき敵の存在が無ければ、ここまで成長出来なかったかもしれません」
加賀さんと山中さんが顔を上げる。
「僕達が山中さん達の想いを背負って優勝旗を持ち帰ります!」
「うう……情けない試合をしたら許さんがいね……」
「ありがとう……任せたがや……!」
僕達が熱い握手を交わすと、講堂が感動の拍手に包まれる。
どうですか大晴君、阿智さん。これが幼馴染み甲子園の素晴らしさですよ!
晴れやかな笑顔で大晴君達の方を振り返る。
阿智さんが死んだ目で虚空を見つめていた。




