やっぱ幼馴染みには剣道だよね……
壇上の僕達に三千の瞳が集中している。
試合開始まであと数分。
既にスタンバイは完了していた。
ステージの両端に選手席が設置されている。観客席から見て右側が僕と明、向かい合うように左側が加賀さんと山中さん。隣り合って座るそれぞれのペア。二人用の長机には、マイクと五百ミリペットボトルのミネラルウォーターが用意されている。
客席側へ目を向けると、審査員席には幼馴染み界の重鎮が十一人集結していた。この前の日本幼馴染み協会定例会議では、北陸新幹線開通が幼馴染み育成にとってプラスになるのかマイナスになるのかについて丸一日議論し続けたらしい。
客席は基本自由席なのだが、開会式で席が取れない選手達のため、大会初日に限り最前列が選手用になっている。大晴君と阿智さんは舞台に向かって右側、つまり僕達側に座っている。表情も難なく確認し合える位置だ。
そして四、五列目中央辺りに、早應金沢の制服を着た少年少女が十人ほど集まっている。『銀一・涼子マジ夫婦(笑)』と書かれたうちわを掲げたりしている。山中さん達の幼馴染みグループなのだろう。マジ腹立つ。
林田さんがマイクの角度を調整し始めた。
もうすぐ始まる。
僕達の公式ナジミストデビューがついに……十六年間この日のために生きてきたんだ。
血が滾ってくる。掌がむず痒くなって、思わず両手を握り締めた。
……少し冷静になろう。違う。この日のために精進を重ねてきたわけではない。これはまだ地区予選の一回戦。通過点にすぎない。
僕が周りに悟られないよう静かに深呼吸するのと同時、明も細く長く息を吐き出す。落ち着いた表情。
大丈夫そうだ、明も僕も。丁度いい緊張感と平常心を同居させられている。
デビュー戦だから何だ。何千回もシミュレーションしてきたのだ。今更取り乱すわけがない。
再度目だけを明に向けると、視線が絡み合う。
そして僕達は、同時に微笑む。
久しぶりの感覚。身体が、頭が、心が、一心同体であることの心地良さを思い出す。
仲が悪いなんてこと忘れてしまいそうだ。僕達は今、完璧に完全無欠になりきれている。
いける。やれる。僕達は世界一馴染んでいる。
さぁ、来い! 僕達の伝説の始まりだ!
『それでは大会一日目第一試合、一回戦、長野代表大町・美麻ペア対、石川代表加賀・山中ペアの対戦を始めさせて頂きます。三本勝負、二本先取したペアの勝利となります。一本目のテーマは「出会い」です』
――!
林田さんから発表されたテーマの意外さに、会場中が虚をつかれたようにざわつく。
「出会い」について――これには僕も驚いた。まさかこんな基礎中の基礎となるお題が本番で出るなど誰も予想だにしない。
だが、これは僕達にとって悪い勝負ではない。
『まず加賀・山中ペアからご起立の上、プレゼンを始めて下さい。制限時間は三分です』
審査員席の前に設置された大きなデジタル時計が動き出す。選手が攻撃・守備の残り時間を確認するためのものだ。
事前の抽選で決まった通り、一本目の先攻は加賀さん達。僕達は質疑応答に備えて、彼らのプレゼンに集中する。
「はい。うちらの関係は『腐れ縁』なんですけど、それは出会ったときから始まっています」
――出た。
待ってましたとばかりに沸く大観衆。
明が僕にしか聞こえないくらいの音で舌打ちをする。
一本目の攻撃の冒頭に、自分達の馴染み方を表すキャッチフレーズのようなものを示すのが幼馴染み甲子園のセオリーだ。それ以降の発表内容や壇上での振る舞いは、そのフレーズに則ったものであることが望まれる。
そしてこの二人が自称する馴染み方というのが「腐れ縁」である。そう、それこそ幼馴染み甲子園に新風を吹き込んだ、加賀銀一と山中涼子の馴染み方程式なのである。
「幼馴染み」という関係をわざわざ「腐れ縁」というマイナスの言葉に置き換える。こんなこと普通のナジミストはしない。が、この二人は「腐れ縁」に新たな使用法を見出したのだ。
「五歳のときギンがうちの剣道の道場に入ったんです。そのときはまだ早應の幼稚園はなかったのでうちらの幼稚園は別々、会ったのはそれが初めてでした。そして初めての会話が……ギン、覚えてっけ?」
「ああ。オレがスズと出会って初めて言った言葉は『おまえ女のくせにうるさくて生意気がや。女は大人しくしまっし』でした。ああ、今思い返すと本当に恥ずかしいです……」
「アッハッハ。今はうちの尻に敷かれてますけど、こいつ、うちと出会うまでガキ大将だったみたいなんです。もちろんそんな風に言われた五分後には剣で叩きのめしてやりました。それ以来ギンは毎日朝夕道場に来て、うちに勝負を挑んできました。その度に返り討ちにしていましたけどね。でも負けても負けても一日に何度も挑んでくるこいつはどんどん強くなっていって、うちもギンにだけは絶対負けたくないって気持ちがあったんで、いつの間にかライバル……とは違うんですが、何て言うんやろ……とにかくギンに負けないってことだけが、うちの生活の全てになっていました」
口では腐れ縁とか言っておいて、夫婦っぷりを見せ付けてくるのである。「腐れ縁」という単語によって夫婦っぷりが映える。何故か腐っていることがとてつもなく羨ましく感じてくる。壁を殴りたくなってくる。
だいたい「尻に敷かれる」なんて夫婦の間でしか使われない言葉である。「腐れ縁」と組み合わせることで馴染みケミストリーを起こすなんて彼らにしか出来ない芸当だ。「尻敷かれ」×「腐れ縁」=「銀一・涼子マジ夫婦(笑)」である。
そんな二人の作戦を知っていても、僕達、特に明は、自身の馴染み方を負の言葉で表現するというやり方が心底気に食わないのだ。
幼馴染みグループに所属していて、他競技とナジミストを両立していて、「腐れ縁」を自称する。本当に僕達が嫌いな要素のオンパレードなのである。
「十ヶ月後、初めてスズから一本を取ったときのことは忘れられませんね。所詮、0勝・一二四八敗が一勝・一二四八敗になっただけのことだったんですけど」
自然に加賀さんが話を継いだ。目配せや雰囲気だけで上手く連携を取っている。ここら辺はさすがに上手い。
「いやアレはギンの一本じゃねーってずっと言っとるがね。うちの剣の方が速かったげん、うちの勝ちやよ」
「いつまで言うとるがや……いい加減認めまっし」
「嫌がね。アレをあんたの勝ちにしたら、今うち負け越してしまうがいね。あ、うちらは出会ったときからずっと勝負は続けているんです。さすがにもう剣道ではギンに敵いませんけど、勝負はどんなことででもできますからね。今は一万九二四勝・一万九二四敗・六十六分けです」
「これがテストの点数とかならいいんですけどね……あらゆることで勝負しているので勝敗が付けにくいものも多いんですよね。審判もいないので。まぁオレとスズ、両者が認めることで決するっていうルールで上手くやれているんですが……あの試合だけはどうしてもこいつが負けを認めなくて」
「そりゃ認められないですよ。うちにとってギンとの勝負は何よりも大事なんですよ? こいつどんどん強くなって男らしくなって……一つの勝ち星がうちにとってはかなり重要なんです。まぁ、うちとギン以外から見たら相当くだらないですよね。アハハ。ホントどうしようもない腐れ縁っていうか……いろんなことで勝負して競い合ってたらいつの間にか同じ小学校に入ってしまって、勝ちだ負けだ言って何だかんだで離れられなくて……出会いがあんなんじゃなかったらこんなに腐ってなかったでしょうけど、こんなにずっと一緒にもいなかったかもしれませんね。まーこんな腐れ縁でも悪くはなかったなって思えるように、どっちかが老衰するときに一つでも勝ち越していられれば、それでうちは満足ですかね。以上です」
残り二秒残して、二人が同時に腰を下ろす。
盛大な拍手。
だが、去年まで山中さん達が巻き起こしていた熱狂には劣っている。開幕戦で会場が暖まっていないからというわけではない。優勝候補の二人の馴染みエピソードとしては物足りなかったのだ。
「出会い」について。これは山中さん達の苦手分野だったのだ。
この二人にこんな弱点があったなんてね……。
いける。攻め所がある。これは、崩せる。
「神聖不可侵な『幼馴染み』を『腐る』なんていう表現で汚すなんて……!」
小さな怨声が右隣から届いてくる。
山中さん達の腐れっぷりにあてられて、さすがに少し熱くなってきてしまったか……。ここは僕が先陣を切るべきだろう。
机の下で明の腰をコツンと叩くと、明が僕の腰を叩き返してくる。
『それでは加賀・山中ペアのプレゼンに対しまして、大町・美麻ペアより質疑を始めてください。制限時間は三分です。質問のある方挙手をどうぞ大町君』
僕だけが食い気味に手を挙げた。合図通り、明は挙げていない。ここで二人同時に挙手してしまうのは良くない。逆に連携が取れていないように判断されかねないからだ。プレゼンや質疑応答の内容と並んで、試合中に二人が醸し出す馴染み感というのが評価対象になっているのだ。
僕はマイクを片手に立ち上がる。
さぁ、いきますよ……一発目から強烈なパンチをお見舞いしてやる!
「五歳……お二人が出会ったのは、五歳の時ですか……――遅い――ですよね?」
「「ぐっ……!」」
クリティカルヒット。表情を歪める二人。どうやら自覚はあるようだ。
まだまだ攻撃の手は緩めない。
「幼馴染みというのは出会いが早い方が良いに決まっています。加賀さんと山中さんは0歳から四歳までの間、馴染んでいなかったということですよね? お互いの0歳から四歳までを知らないということですよね? 例えばガキ大将時代だって加賀さんの人生の大事な一部です。むしろ加賀さんの基礎です。それを二人で共有出来ないなんて……基礎が欠落したまま腐っていったら、そんな関係いつか簡単に崩れ落ちますよ」
決まった……! これは効いているだろう!
僕が座ることで発言の終了を示すやいなや、加賀さんが挙手をする。
『加賀君』
林田さんに指名され、立ち上がる。
山中さんも反論したがっているに違いないが、ここでコンビネーションを乱すような相手ではない。
「出会いというのは早ければ良いというものではないとオレ達は思います。それにスズと出会うまでのオレの五年間なんて、スズの剣であっという間にひっくり返されました。一瞬で更地にされました。オレ達の基礎はそこから固められたんです。そうじゃなきゃこんなに腐ってられません。大町さんが思う以上に既にオレ達って腐ってますよ。ただ、それでもビクともしないほど、基礎も頑丈なんです」
苦しい言い訳だ。
いける。ここでガンガン押していくぞ!
『美麻さん』
次は君のターンだ、明。色々と言いたいことがあるようだし、ここは任せたぞ!
「五歳ということは……一緒にお風呂に入った経験は?」
明らしさが出た、いやらしい攻撃。
一緒にお風呂……甘美な響きである。これを体験しているか否かで馴染み具合というのは大きく変わってくる。だが、五歳からの付き合いでは経験していない可能性が高いだろう。ちなみに僕と明は七歳まで一緒に入っていた。
金沢に来る電車の中で、後輩達に軽く一発かましておこうとこの話をすると、『……? まぁ子供なんだから一緒に入るよなそりゃ』『夕とか陽夏までわたしらに任せてまとめて入れちゃえば、おっかぁ達楽だったろうしねぇ』と返された。
『山中さん』
「小一までは稽古終わりによく入っていましたよ。まー確かにうちらの場合は五歳からだったので、始めて一緒に入ったときはかなり恥ずかしかったですけどね。親が勧めてくるので一緒に入り続けてましたけど、ずっと照れくささはありました」
しまった! カウンター……! 出会いが遅かったことを上手く使われた! 子供の癖に一緒にお風呂に入る気恥かしさだと……! これは物心が付いてからの出会いだからこそのエピソード……畜生! 思わずニヤニヤしそうになってしまったじゃないか!
『美麻さん』
僕が気圧されてチャージを緩めてしまいそうになったと見るや、明が果敢に手を挙げる。
残り三十秒。
「小一……稽古後のお風呂という完全に学校から切り離された出来事であるにもかかわらず、『小学校一年生まで』と、学年単位で覚えているんですね?」
加賀さんと山中さんの両目が見開かれる。
「出会いが遅いからでしょうか……お二人は結局『同級生』の域を出ていないように感じます。私と光は違います。二人の思い出を語る時に『何年生の時』などという表現は使いません。私達は常に家族単位で思い出を刻んでいるのです!」
『そこまでです』
タイムアップが告げられる。
さすが明だ。反論時間を与えず、且つ自らの主張も言い切った。しかも敵を斬り込みつつ、自分達の馴染みっぷりもアピール。
攻撃的な守備を展開出来た。一回表の出来は上々と言えるだろう。
だが本当に大事なのはここからだ。




