金沢弁は適当
翌日九時五十分。
「想像してたのと違う……雰囲気が堅いよ……規模がふた回り以上でかいよ……」
右後ろから呟きが届く。阿智さん、昨日あんなにノリノリでしたよね。
彼女の前に立つ大晴君の横顔にも苦笑いが浮かんでいる。
金沢に着いた僕達四人は宿に荷物を置いた後、会場である大講堂にて開会式が始まるのを待っていた。
毎年観戦に訪れている場所であるが、改めて見渡すとやっぱり広い。三階まである客席は全部で千五百席。今はそのほとんどが埋まっている。
高校の講堂というより、コンサートホールといった印象を受ける。実際、吹奏楽の演奏会などによく使われているようだ。
ステージ下の収納部前面を飾るのは、日本を代表する名だたる企業の名前やロゴマーク。協賛各社のものである。
客席の前には審査員席。さらに前、舞台との間に、制服姿の僕達ナジミストがペアごとに二人だけで作った縦列が、十六列ズラッと並んでいる。
「ここにいる二人組はみんな幼馴染みってことなんだよな……?」
「そうですよ。全員僕達のライバルです」
「右隣の方々が清内路君達の一回戦の対戦相手、砺波さんと庄川さんね」
後ろから明が補足を入れてくる。
噂されていることに気付いたであろうその二人組に僕達四人が会釈すると、朗らかな笑顔が返ってきた。
富山第一代表の砺波天志さんと庄川こなみさん。既に発表されているトーナメント表によると、長野第二代表、清内路・阿智ペアの初戦の相手である。初対面なのだが、常連校である富山中央高校の制服を着ているので、彼らがその二人であることに間違いはなかった。
「あれ……? なんかさ……」
何かが腑に落ちない様子の阿智さんにワイシャツをちょこんと摘まれた大晴君は、
「光と美麻の相手は? この後の開幕戦だよな?」
「ああ、僕達の対戦相手は――」
「うちらがいね」
左隣から話を遮ってきたその人が爽やかな笑顔で続ける。
「初めまして。石川第一代表、早應金沢高等部三年の山中涼子です。大町君と美麻ちゃんは一年ぶりぞいね」
「ええ。昨年の決勝戦後、サインをして頂いた時以来です」
「何がね、覚えとるなら挨拶くらいしまっし! ハッハッハ」
バン、と背中を叩かれる。
「い、いや、これから真剣勝負をするのにあまり親しくするわけには……」
ていうかそうじゃなくても、あなたは会うの二回目でフレンドリー過ぎないですか。
山中涼子さん。はつらつとした声の金沢弁。ボーイッシュなベリーショート。スラッとした長身。小さい頃からナジミストと剣道を両立してきたというだけあって、余分な脂肪のない、アスリートの体つきをしていることが分かる。
だがそれらの要素が彼女の女性らしさを消すようなことはまるでない。長い睫毛やパッチリとした目、笑顔を弾けさせた時に出来るえくぼが、少女らしい可憐さを主張している。
老若男女から愛されそうな爽やかさっぱりスポーツ女子といった印象だ。
「おいおい、やめまっし。美麻さんメッチャ睨んどるがや。二人共ごめんな。うちのだらが迷惑掛けちまって」
山中さんの後ろで、端正な顔立ちをした短髪の青年が手を合わせて軽く頭を下げる。
早應金沢高等部三年、加賀銀一さん。山中さんの幼馴染み。彼女の家の道場で共に剣道を続けているという彼もまた、細身ではあるが筋肉質。対話して受ける印象も、彼女に負けず劣らず気さくで明朗だ。
「早應金沢ってことは……ここがホームなんですね。俺達はほとんどこの大会のこと知らないんすけど、やっぱり強いんですか?」
大晴君が疑問を口にする。
強いんですかって、そりゃ……。
「去年の全国ベスト4ですよ」
「え……それヤバい人達だよね……」
呟く阿智さんの頭を大晴君が焦り顔で叩く。
しかし、阿智さんの表現は間違っていない。この人達はヤバい。凄い。
全国に八つある早應の附属、別名・幼馴染みアカデミー(または幼馴染ミー)の内の一つ早應金沢で、小学生の頃から教育を受けてきた二人は一昨年、一年生にして北信越大会を制覇。本選でも一勝を挙げ、一躍列島にその名を轟かせた。そして昨年は前評判通りの馴染み感を見せ付け、全国ベスト4。押すに押されぬ今年度の優勝候補である。
「ハッハッハ。ギン、うちらヤバいがねて」
「はは。まー実際ヤバいがやオレ達。よぉわからんまま出場させられて、全国ベスト4とか言われても困るげん」
「もしかして、そうやって積極的に話しかけて私達の情報を探ろうとしていませんか? まぁ私達は雑誌のインタビュー記事などでもお二人のことは目にしていますし、こちらの情報も隠す気はありませんが」
山中さん達に突っかかろうとする明だったが最後にポロっと、「……今月の月刊幼馴染みの表紙、良かったです」と漏らしてしまう。
そう。あの表紙を飾った二人のグラビアは素晴らしかった。背中を合わせて座る二人。写真からでも伝わってくる空気感。顔を合わせなくとも、互いの温度だけで通じ合えると主張しているようだった。
山中さん達のことを知らない人でもあれを一目すれば、二人が幼馴染みであることだけは分かってしまうだろう。ナジミストなら悔しながらも賞賛せざるを得ない作品だ。
「あーあれ見ちゃったんけ。ああいうのやめてほしいがいね。親とか他の幼馴染みにメッチャ茶化されるげん」
「まー仕方ねぇがや。からかわれるのなんて今に始まったことでもねぇげん」
周りからの冷やかし。馴染みを形成する重要な要素だ。ずっとエスカレーター式の附属校にいる二人は、周りの皆も幼馴染み。仲間達に茶化されながらその馴染みを育んできたのだろう。
そういえばこの二人もずっと周りに幼馴染みしかいなかったはずなのに、ちゃんと「幼馴染み」という言葉を使っている。やはり「幼馴染み」をよく知らないなんて、大晴君と阿智さんが異常なのだろう。
「月刊幼馴染みって……なに……? こわい」
異常な阿智さんが異常なことを言う。
「アハハ。こっちの二人はあんま幼馴染み甲子園のこと知らんぞいね。変な大会やろ? まーでも何事も挑戦ってか、損することやなければ、取り敢えず流れに身を任せてやってみんのもアリなんじゃねーけってうちは思うげん。アハハ。初対面でいきなり先輩ぶっちゃってわりーがいね」
「要するに気楽にやれってことがや。つってもやっぱ変な大会やけどな。はは」
「じょ、常識人だ……。全国ベスト4なのに二人とも常識人だ……てか、やっぱここに並んでる人達基本的にみんな普通だ……みんな光君とめーちゃんみたいなテンションなのかと思ってた……」
「阿智さん、その言い方じゃ僕と明が変人みたいになってしまいますよ?」
「うん、言ってるよ……?」
「アハハ。まー大町君達は幼馴染みバカさけね。わざわざうちらにサインあたりに来るくらいぞいね」
「いやあれはあなた達が勘違いして勝手にサインしてくださっただけで、僕達がお二人に会いに行ったのは――」
『あ、あー』
「あ、もう始まるがね」
今年も司会を務める林田慎司さんのマイクチェックが僕の言葉を遮る。開会式が始まるようだ。
滞りなく進行してきた開会式も、あと二つのプログラムを残すのみ。
『大会委員長式辞。大澤先生、お願い致します』
ブラウンのスーツを自然に着こなしたダンディーな老紳士。多忙さを感じさせない、落ち着いていて優雅な物腰。白が混じった髪が良く似合っている。若々しいお姿と、洗練された「大人の中の大人」らしい立ち振る舞い。
大澤先生が登壇する。両手に包帯が巻かれている。
「この度は北信越大会への出場誠におめでとうございます。大変残念なことに、私は日程の都合で全ての地区大会は拝見出来ません。しかしそんな中今年度は、近年成長著しいここ北信越で、なんと全試合の審査まで務めさせて頂くことになりました。大変光栄なことであります。北信越に初めて優勝旗を持ち帰るナジミストが、皆さんの中から現れることを期待しています。安心してください。お盆は幼馴染みと馴染みの家で過ごせます。全国決勝は今年も、幼馴染みの日である七月四十三日、つまり八月十二日に行われます。最後になりますが、皆さんは今大会を通じて是非、自分達のものとは異なる馴染み方に触れ、自分達の馴染み方を省みてください。それこそが、私が幼馴染み甲子園を創った目的です。皆さんのご健闘を祈念して、私からの激励の挨拶とさせて頂きます」
千五百人の拍手喝采。
さすがだ。簡潔な挨拶の中に、幼馴染みに対する先生の慈愛が惜しみ無く込められている。「え……どこに……? どこに……?」とか言っている阿智さんは一体何を探しているのだろう。
『ありがとうございました。続いて、選手宣誓』
「あ、うちらがね。はー恥ずかしいげん」
「まーちゃっちゃと済ましちまおーがや」
白々しいやり取りを交えてステージへ向かう際、山中さんが小さく手を振ってきた。
「ホント、普通の良い人だ……」
良い人ね……阿智さんにはそう見えるのか……いや僕からしたって山中さん・加賀さん個々人に対しては好印象しかない。
だが二人揃えば話は別だ。そして僕は二人揃っている姿しか目にしたことがない。つまり好印象はない。
僕と明にとって、この二人程気に食わないナジミストはいない。
壇上、山中さんと加賀さんが僕らに背を向けて並び立つ。
そしてまったく同じタイミング、まったく同じ角度で右腕を掲げ、
「「宣誓! 我々ナジミスト一同は! 私達を時に暖かく、時にニヤニヤと、時に壁を殴りながら見守ってくださった家族や仲間への感謝を忘れず! 共に汗を、涙を、その他様々な体液を流した! 隣り合う幼馴染みを信じて! この大会を、二人の長い馴染み歴の中で、最高に輝く一場面にすることを誓います! 平成二十七年七月二十五日! 選手代表!」」「加賀銀一!」「山中涼子!」
張り上げた声を寸分違わず合わせ切った。
熱い拍手が巻き起こる会場。涼しい顔の二人。
そうだ、これがこの人達の真の姿だ。
やっぱそうでなくちゃ。倒しがいがある。
昨年この二人に会いに行ったのはサインを貰うためなんかじゃない。宣戦布告をするためだ。
――山中さん達みたいな、幼馴染みグループ所属のナジミストには一番負けたくない。
幼馴染みに囲まれ、茶化され、時にはライバルになり、時には励まし合いながら馴染みを培ってもらってきた二人。
友達も作らず、幼馴染み甲子園だけを夢見て、ひたすら二人だけで馴染んできた僕達がグループ幼馴染みなどに負けるわけにはいかない。
しかも剣道と両立だって? 僕と明は幼馴染みに人生全てを捧げてきたんだ。
この二人には絶対負けられない。
伝説の幕開けを飾るのに相応しい相手だ。早應附属が何だ。僕達だって世界一の英才馴染み教育を受けてきた。
振り返ると、明も目をギラギラさせている。
うん、その意気だ。やるぞ!
顔を前に戻す際チラッと視界に入った阿智さんの双眸は、死んだように光を失っていた。




