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女の子が部屋で一人、ぬいぐるみにやつあたりとかするシーン好き

「話半分に聞いていた方がいいだろうけど、もし本当に先生の言うお題が出たら、さっき打ち合わせたエピソードでいこう」

 壇上、声をひそめて言うと、隣に座る明はコクンと小さく首肯する。その目はまだ虚ろで、とても戦えるような精神状態ではない。それでも僕がリードして、プレゼンも質疑応答も僕中心にやっていけば、この勝負は問題なく取れるだろう。

『お互いの呼び方』。このお題に対しても、僕達は完全無欠幼馴染みらしい回答が出来る。唯馴染み主義の先生がほぼ確実に支持してくれることを考えれば、僕達の勝利は堅いはずだ。

 それに、そうでなくとも。今のあの二人に負けるわけがない。

 試合開始直前。

 立派な会場。満員の観衆。権威ある審査員の先生方。決勝戦。

 最高の舞台で相対しているのは、最悪のコンディションの二人だった。

 清内路大晴も阿智朝日もだらんと席に腰掛け、深く俯き、お互いに顔を合わせようともしない。明らかに試合へ気持ちが向けられていない。

 一方の僕にはもう覚悟ができている。もう今度こそ迷いはない。迷ってなんていけない。明の決心を無駄にしてはいけない。

 明が僕のためにしてくれたように、僕も明のために戦わなければいけない。

 明のためだ。

『それでは決勝戦、長野代表清内路・阿智ペア対、長野代表大町・美麻ペアの対戦を始めさせて頂きます。三本勝負、二本先取したペアの勝利となります。一本目のテーマは「お互いの呼び方」です』

 マジで出やがった――直後、ガタッという音を立てて対戦相手の机が揺れる。

 阿智さんが驚愕に目を瞠り口を開く。隣のパートナーに思わず視線を投げかけ、彼が俯き続けるだけなのを見て取り、瞬時に顔を背ける。挙動不審。言葉を失ったように口を開閉し、来るはずもない助けを必死で求めるように辺りを見渡す。

 先生の宣言通りに出題されて、確かに僕も驚いた。が、彼女の狼狽え方は明らかに異常だ。

 一方、大澤先生は肩を小刻みに震えさせている。俯き加減のその目の、口の、隠しきれない愉快そうな笑みを僕は見逃さなかった。

『まず清内路・阿智ペアからご起立の上、プレゼンを始めてください。制限時間は三分です』

 二人はふらふらと立ち上がり、

「わ、わたし達の名前は親がたまたま別々で同じ朝日を見てたらしくて、たまたま……」

 彼女がしどろもどろになりながらも、何とか紡いでいく言葉を遮り、

「俺達はもう九年間――お互いの名前を呼び合っていない」

 そして彼は語り始めた。


        *


 ――ね、せーくん

 ――朝日……その呼び方やめてって言ってるだろ……

 小学校に上がったばかりの頃だったろうか。

 隣に住むそいつは俺をそう呼び始めた。

 それまでは普通にお互い名前を呼び捨てにしていたっけ。何を意識することもなく、ただただ親が呼んでいたように、自分達も自然にそうなっていたんだろう。

『せーくん』の『せー』が、『清』からきているのか『晴』からきているのかはわからないが、『ei』をいやにはっきり『えー』と発音する癖は遅くとも曾祖父から伝わる癖で、まぁとにかく『せーくん』は呼びやすかったらしい。誕生日にあげたDMSを使ってまで、そいつは俺にその呼び方を認めさせた。

 ――弱そうだから嫌なんだよ……

 ――いーじゃん。わたしはせー君の強さ知ってるんだから

 そんな言葉が当時の俺の胸を打ったかというと別にそんなわけではなく、適当に流しただけだったのに、なぜか今でも頭の中にふわふわと、それでいて鮮明に残っている。


 小学生になったばかりのころだったかな。てか七歳の四月二十六日だったね。

 初めてあんたを『せーくん』なんて呼んだのは。

 はじめて呼んだときはけっこう緊張したな。緊張なんてしたのはあのときが初めてだったかも。ましてやあんたに対してだなんて。

 長くつきあってくことが確定してるやつの呼び名を変えるってそれだけ重大なことなんだ。七歳の女の子にもそれはきっと本能的にわかっていて、なんとなく変えるなんてことはできなかった。

 それでもなんでそんな風に呼びはじめたかって、それは特別になりたかったからだね。この数日でいろいろ昔のこと思い返してみたんだけど、きっとそうだったんだね。当時はわかんなかったけどさ。みんなもわたしと同じように『大晴』って呼んでんだもん、私はみんなよりずっと前からあんたと一緒にいるのに、なんか変な感じするじゃん。なんかモヤモヤして、なんとなくだけど『せーくん』って呼びたくなるじゃん。やっぱりなんとなく変えてたね、うん。

 でもあんた嫌がりやがったんだよね。弱そうだからとか言って。

 泣き虫で泣き虫で、なんかあるとすぐ泣いちゃって、必死に涙を堪えても結局号泣しちゃって、隠れて泣いたってわたしにはわかっちゃうし、誰にも言わなかったけど、自分はチビで弱い男だってすっごい気にしてたよね。

 でもあんたは泣き虫だったけど弱虫じゃなかったよ。

 足は速いくせに逆上がりは一人だけできなくて、自転車にも乗れなくて、みんなに笑われても泣きながら怪我しながら一人で練習して、最後には誰よりも上手くなって。てか隠れて自転車の練習したって、となりなんだから丸見えだかんね。てかわたしには見てもらいたかったのかな? 案外そうかもね。結局あんたって昔からわたしに見られるのが好きなんだ。にひひ。


 ――陽夏によばせるなら、わたしはよばない

『せーくん』という呼び方を妹が真似し出したことを、そいつがあんなに怒るとは思わなかった。そりゃ多少は悪いと思ったけど、つってもお前に許して陽夏には呼ばせないなんてできねーだろ。

 いつも通りの喧嘩だった。あいつが俺の名前を呼ばないなら、俺もあいつを呼ばない。時間が経てば自然と仲直りしているだろう。そんな風に考えていた。

 それ以来、俺達がお互いの名前を呼ぶことはなくなった。

 意地の張り合いというか、やめるタイミングがわからなくなった。

 明日には、何事もなかったかのようにあいつの方から呼んでくるだろう。そしたら俺も呼べばいい。それだけで全て元に戻る。いつも通り全てなかったことになる。

 来る日も来る日もそう思っていた。日が経つほどにお互い切り出すのが難しくなっていった。

 俺の方から呼ぶべきだったのかもしれない。あいつの方は『せーくん』と呼べばいいのか『大晴』と呼べばいいのか、そんな難しさもあるだろう。

 そう気づいたときにはもう、なかったことにできなくなっていた。


 初めてのDMSで『せーくん』呼びを認めてもらったってことは、ある意味『せーくん』はあんたからの初めての誕生日プレゼントなんだよね。

 そりゃうれしいよ。いっぱい呼んじゃうよ。

 てか見せびらかしたいよ。

「『せーくん』って何? 大晴のこと?」って聞かれて、「うん! わたしはせーくんのことせーくんって言うんだ!」って。なんかさ、いろいろ満たされたんだよね。ホントはもう別に嫌がってないくせに、一応ちょっと嫌がる素振り見せて結局受けいれるあんたと、そんなのお構いなしに『せーくん』連呼するわたしをみんなに見せつける感じとか、だって幸せだったんだもん。

 なのにさ、陽夏にまで簡単に許しちゃうってなんなの? 昔からシスコンなんだよねあんたは。

 まぁ別にそんなに怒ることなかったかもしんないけどさ。陽夏にも悪いことしちゃったよね。あの子、今だってずっとわたしらんこと気にかけてくれてるもんね。でも陽夏に呼ばせるにしたって、わたしに許可取るなり、取らなくたってもっと申し訳なさそうにしたりさ、あるじゃん、なんかそういうの。そんときのわたしにとって、あんたのプレゼントがどれだけ大事だったか、理解しようとしてくれなかったんだ。

 とにかくあんたがそういう態度ならあたしだって一日くらいはむくれて見せたいよ。どーせいつも喧嘩したって次の朝にはなかったことになってるんだから。

 なのにあんなに意地を張りあっちゃうとはね……。

 てかだって、わたしが呼ばなくなったからって、あんたまで呼ばなくなることないでしょ。なにそれ。


 名前が呼び合えなくなっても、それ以外の関係は全く変わらなかった。

 それ以外はすぐになんとなく元通りになっていた。

 生ぬるいな、と思った。

 どんなことがあっても変わらない。なんとなく適当に付き合っていくことができる。生ぬるくて、心地よい。

 そんな心地よささえあるなら、名前が呼び合えないことなんて、どうでもいい。大したことじゃない。

 この関係の誇らしさに改めて気づけて、ますます思う。

 俺はこの生ぬるさからずっと離れることができなくて、だから、俺とこいつにとって呼び名なんて、本当にどうでもいい。

 

 そういや、あのぬいぐるみってさ、『せーくん』の代わりのプレゼントのつもりだったのかな。ちがうね、うん。ホントにいらなかったからくれただけだよね。くれたことすら忘れかけてたよね。まぁ、当たり前にいつもそばにありすぎて、わたしだってあんたにもらったの意識しなくなってるくらいだし、別にあんたがどんなつもりでくれたかなんてどうでもいいことだけどね。

 でも、わたしにとってはそうだよ。『せーくん』が返品されちゃったんだから、ぬいぐるみが初めてのプレゼント。

 だからあれは『せーくん』なんだよ。

 あんたには呼んでるとこ見せたことないけどね。あんたと違ってわたしはそゆとこ見せて快感を求めるせーへきとかないからね。でもなんとなくバレちゃってるか。

 まぁだからさ、それで、我慢できるよ。

 めーちゃん達ってすごいじゃん? めーちゃん達みたいにあんたと恋愛とか考えたことない。でもなんか最近、わたし達の感じも、なんかよかったよね。

 今までの「なんとなく」がとても大切で愛おしいものに思えるようになって、だから――あんたが無理なら今はまだ、我慢できるよ。

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