元気系幼馴染みの日焼け跡
十七時半。
残りの一回戦三試合を観戦した僕達は宿に戻り、大晴君達の部屋に集まっていた。大晴君達の後、焼け野原状態の会場で試合をした二組が可哀想だった。
「清内路君、清内路君。手を出して」
明が何かを包むように両手で球を作り、大晴君へ差し出す。
「……何で」
怪訝な顔で後退りする大晴くんを眺め、阿智さんはぬいぐるみで口を押さえながらも、堪えきれず「にっひっひ」と笑いをこぼす。
「テメェ……! 美麻に何吹き込んだ……!?」
「清内路君、手」
「嫌だ! やめろ!」
「めーちゃん、いけ! 投げちゃえ!」
「えい」
「おい、やめ、うわああぁああ!」
明の両手から緑色の何かが放たれると、大晴くんは絶叫しながら尻餅をついてしまう。
「アッハッハッハッハ! イナゴじゃないっての、葉っぱだよ葉っぱ! ヤバイよ、久々に見たけどやっぱ超笑えるよ。うわああぁああって! にっひっひっひ」
「フフフ。少し大袈裟すぎるわね」
四つん這いになり床にぬいぐるみをバンバンと叩きつけながら爆笑する阿智さんと共に、明も微笑む。
「クッ、にっひっひ。あーやっぱ何万回見ても笑える。面白いでしょ、めーちゃん」
阿智さんの問いかけに「そうね、」と明が応じ始めたのと同時、「よし一緒にお風呂入ろう!」と阿智さんがとんでもなく早口で畳み掛けた。
「でもほどほどにしてあげないと少し、え? 今何て言ったのかしら? お風呂?」
「一緒にお風呂だよ? 今めーちゃん『そうね』ってオーケーしたでしょ?」
阿智さんマジか……明は僕以外とは女子とだって一緒に入浴したことないのに……明にこれほどグイグイ行ける人って初めてなんだよな。
「ほらほら行くよ?」
拒む明を阿智さんが無理矢理引きずっていく。
「ちょ、嫌……! 馴染みじゃないシャンプーの匂いが付いてしまうでしょう!」
「はいはい、光君、めーちゃんのお風呂セットと着替え持ってきてあげてー。あんたもわたしの着替え持ってきてね。このままめーちゃんことお風呂まで運んで一緒に入っちゃうから」
馴染みの匂いを保つため、いつも使っているシャンプーや洗濯用洗剤などを外泊先でも用意するのは基本中の基本だ。
僕は指示に従い、入浴用具一式と着替えと化粧水セットを取りに立った。明は僕と家族以外の前で部屋着を着ることはないので、今必要な着替えは下着と靴下だけである。
それにしても、阿智さんといる時の明の表情は明るくて柔らかい。
ていうか僕も大晴君と阿智さんと過ごす時間が正直かなり楽しい。
そしてこの二日間で、僕と明の関係もほんの少しずつ良くなってきているような気がする。
確かに二人きりでは気まずい沈黙が流れる。でも冷たい空気に包まれることはなくなった。
「友達を作ることで僕達の関係が悪くなる」なんていう考えは間違っていた。
大晴君達との関わりは、僕と明の「今」を確かに改善させている。
このままなら「今」も伴った本当の完全無欠幼馴染みに戻れるかもしれない。
まぁただ明と阿智さんはともかく、僕と大晴君を友達と呼べるかどうかは微妙なところだ。
なにしろ判断基準が分からない。これまで友達なんていたことがないのだから当然だ。
いっそのこと直接本人に聞いてみようかな……。
目当てのものを袋に入れて部屋に戻ると、大晴君は先程尻餅をついた場所にへたり込んだままだった。項垂れ、右手で力なく床を殴っている。
うん、そんなこと聞くようなタイミングじゃないよね……。
それに「僕達って友達なの?」なんて質問してる時点で友達っぽくない。もっと友達らしい確認方法があるはずだ。考えておこう。
友達確認はひとまず置いておくとして、僕はとりあえず友達っぽく大晴君を励ましてあげることにした。
「大晴君、バッタは……バッタなら平気ですもんね。バッタが大丈夫なら落ち込むことないですよ」
「いやバッタも無理だ……似てるし……ついでにコオロギも……つーか随分遅かったな。早く持ってこーぜ」
実はわざとゆっくり戻って来たんですけどね。あまり早く行くと、明の服剥ぎ取るのに手間取ってる阿智さんと鉢合わせる可能性とかあるし。
まぁもう二人がお風呂に立ってから五分は経つし、大丈夫だろう。
と思いながらも、浴室を隔てる脱衣所兼洗面所の扉前で一応中の音を確認する。
「何やってんだ光? おーい、服ここ置いとくぞ」
大晴君が躊躇なく扉を引く。
君ね……。まぁシャワー音がするし問題ないか――肌色。
反射的に目を瞑り首を回す。肌色。肌色が目に入った。明のものではない、褐色と白のツートンカラーが。
「え、ちょっと! 光、あなたそこにいないでしょうね!?」
くぐもった明の声が遠くに聞こえる。浴室から叫んでいるのだろう。
つまり、僕が見てしまった肌色は――。
「気色悪ぃもん見せんな!」
「いやあんたの責任でしょあんたの」
大晴君と阿智さんの声から動揺の色は全く感じられなかった。
一方、浴室から届いてくる言葉にならない叫びは確実に怒気を孕んでいる。
ああ、これは面倒なことになる……。ただ明がもうお風呂に入っていてくれたのは良かった。大晴君の記憶を飛ばさなければいけなくなるところだった。
「脱いでましたよね……? い、いや僕は見てませんよ! 他人の幼馴染みの裸を見るなんて極刑ものですからね!」
目を背けたまま着替えなどを脱衣所へ放り込んだ後、僕と大晴君はベッドを背もたれにして床に並び座っていた。
「全裸だったな。全裸で美麻のスカートを持ってた。指輪をどこにしまってんのか気になってたみてーだから、調べてたんだろーよ」
いや「全裸だったな」て……そんな冷静沈着な面持ちで吐く台詞じゃねーですよ……。
そういえば……。
「あんなこと言ってしまっていいんですか……気色悪いって……」
幼馴染みの裸を気色悪いと評するなんて許されざる行いだ。阿智さんは傷付いていないのだろうか。
「ああ、そういうのは大丈夫なやつだから。実際見たくねーしな、あんなもん。気分悪いわ」
「……本当に気兼ねがないんですね」
声からのみでの判断だが、確かに阿智さんはさして意に介した様子でもなかった。
大晴君が阿智さんにトラウマを抉られてもあっけらかんとしているのに似ている。
――別に彼らがマゾヒストなわけでも、辛抱強いわけでもないのだろう。人を傷付けて平気でいるような無神経な人間でもない。
単純にこの二人にとって、こんなことは大したことではないのだ。
僕達とは違う。
大晴君と阿智さんの馴染み方は、ある意味ドライだ。僕達のように束縛し合ったりすることはない。例外として大晴君が引きこもっていた時は、阿智さんが過剰に付きっきりだったみたいだが、考えてみるとそれは、彼を立ち直らせるための彼女なりの方法だったのかもしれない。
そういうどこか割り切った馴染み方をしているから、僕達のように「今」を壊したりはしないのだろう。淡白な付き合いをしていれば、互いにストレスを募らせていくようなことはあまりないはずだ。
だが。
本当にそんな馴染み方で、清内路大晴と阿智朝日のような、本物の「幼馴染み」が生まれるのだろうか。
「……いや……はぁ……うわぁ……」呻きながら何故かだんだん顔を染めてゆき、「なんかそう言われて嬉しい自分が恥ずかしい……でもどうなんかな、気兼ねなくなんてねぇのかもしれねぇ」
意外な反応を見せる大晴君は頭を掻いて、
「あれといるのは楽だけど、考えてみりゃあ、それは気を使わなくていいからじゃなくて、気を使うべきところがわかっているからなのかもしれねぇ。それをなぜか俺は自分の中で認めたくないっつーか……」
苦悶するような表情を見せて続ける。
「あいつとの関係は、何があっても適当になんとなく許されてっつーか、なんつーのかな……ぬるま湯に浸かっているみたいに心地いい。それが当り前にあり過ぎて忘れかけてたけど、昨日今日でいろいろ自分達のこと考える機会があって改めて感じた。その飾らない生ぬるさが俺はずっと好きで、ずっと誇らしかったんだって初めて気づいた。だってなんか他にねーんだろ? この感じ。だからそういうお互い神経使って気ぃ使い合ってる部分があるなんてあんま認めたくねーんだな、うん」
自分で自分を納得させるように言うが、僕には何か違和感があるように思える。
「いや僕にはお二人は本当に気の置けな過ぎる幼馴染みに見えますけど……配慮すべきところが無意識に分かっているということがそれを否定するとも思えないですし。……それとも二人の間に、何かあるのですか?」
僕達のように。それを期待してしまう。大晴君達にもそういう面があるということを知って、僕が安心するために。
「いや……ねーけど……まぁ強いて言うなら例えばあいつに謝ったり礼言ったりするのがすげー恥ずかしかったりってのはある。あいつの方も同じで、『ごめん』とか『ありがとう』とか言われることほとんどねーんだ」
「なるほど。でもそれで上手くやれているのなら別に……」
確かにそういう不器用さがあるのなら、それは意外な一面ではある。
でもそれは、大晴君が誇る「生ぬるい」という関係を否定し得る程のものではない。
「いやまぁなんつーか、光と美麻のなぁなぁでごまかさない関係というか、正面からぶつかり合ってる関係見て、いろいろ考えちまったんだよ。真剣に自分達の関係を見つめてるお前らってやっぱ、かっこいいよ」
ごまかさない関係、か。そういう風に見えているのか。
良かった。至近距離からでもバレない程、僕達は完全無欠を演じ切れているようだ。
ぶつけ合うと言えば、あれから少し考えてみた結果、枕を投げる時に一言「うぇーい」とか添えるのがマナーだったんじゃないかということに気付いた。どうしよう、今夜試してみようかな……。




