こういう経験するとマジでこうなるってさ
『攻守入れ替わります。清内路・阿智ペア、ご起立の上プレゼンを始めてください。制限時間は三分です』
「やべぇ、考えてなかった……思い出の味か……どうすんだ、俺とかお前の料理云々じゃ被っちまうぞ」
「イナゴは?」
「う……まぁ確かにあれは今でも口に残ってけどよ……」
「いいね、それで。時間ないし。わたし達、うちの祖母が作るイナゴの佃煮が好きで子供の頃よく食べてたんです」
お、これは良さそうなのを選んできた。全く知識がなかったのにこの短時間で審査の傾向を掴んだのか。やっぱり阿智さんは頭が良いんだ。
「定石を踏んで来たわね。おばあちゃん話はノスタルジーがあって、幼馴染みエピソードとの相性が抜群だわ。これでいいのよ、朝日さん。敵のプレゼンを質疑で押すことが出来たのだから、裏の攻撃でリスキーな奇策を仕掛ける必要はない。マニュアル通り安全に進められれば充分だわ」
本当に明は幼馴染み話になると口が止まらないね。
「七歳の時にこいつが、『ばぁちゃんの真似して作った』とか言ってイナゴを持って来たんです」
目配せも無しに大晴君が話のバトンを受ける。こういう所で馴染み感出すのは本当に上手いんだよなぁ、この二人。
「でもまぁそのイナゴってのがホントにイナゴだったってか……佃煮でも何でもなく、タッパーん中の醤油を泳ぐ大量のイナゴで……俺は躊躇したんです。でも、『黒くなってれば大丈夫だよ、たぶん。なんかね、生きてたほうが新鮮なんだって。野菜も果物も新鮮なほうがおいしいもんね』とか言ってくるから……一番弱ってそうな奴を恐る恐る口に入れ、ひと噛みし……吐き出しました……って、おい! よく考えたらこれ共有してねーじゃねーか! 俺だけの思い出の味じゃねーか!」
「あんたが吐き出したやつ食べたじゃん。苦しんでてよく見てなかったんでしょ。てかむしろ八割方飲み込んだのはわたしだかんね。あんたほとんど出しちゃって、頭んとこと足一本くらいしか飲んでなかったよ? なのにあんたは被害者で、わたしだけが叱られたんだからね?」
うん、だよね……阿智さんマジで何も考えてないよね……。
明も頭を抱えている。
「そりゃお前が加害者だからな……うっ……ダメだ、やっぱこの話すっとあの味と食感が……あれ……なぜだ……なぜもう水がないんだ……」
いや君達が無駄に飲んだからでしょ……。
「にひひひ……ん? まだ一分もあるね。どうしよ、もう話すことないけど。あ、そだ。ほい」
「ひぃっ!」
阿智さんが、水をすくうような形に両手を合わせ差し出すと、大晴君は声を裏返し、身体を仰け反らせてしまう。
「にっひっひ。ほい」
「ひぃ、やめ」
「ほい」
「う、やめろって!」
阿智さんが両手を突き出し、大晴君が避ける。数回同じことを繰り返す二人。
え、何やってんのマジで……。
「にっひっひ。あーやっぱ何万回見ても笑える。わたしがこうやって手を合わせて突き付けると、なにも入ってないってわかってても反射的にビクッとしちゃうんだよねぇ。くっ、ひっひ、どんだけイナゴ苦手なんだよ、にっひっひ」
『そ、そこまでです……』
まばらな拍手。と言っても、場内の数箇所からはスタンディングオベーションが起こっている。一部から熱烈な支持を得ているようだ。
まぁ二人のさり気ない連携とか間接キス(?)の要素があったのは確かに良かったけど……。
『それでは清内路・阿智ペアのプレゼンに対しまして、砺波・庄川ペアは質疑を始めてください。制限時間は三分です。質問のある方挙手をどうぞ庄川さん』
「最後の謎のやり取りはいったいなんですか!? イナゴを食べさせられたことで、清内路さんの心身に異変が発生してしまったのではないですか!?」
『清内路君』
「いや食ったこと自体は別に大した傷にならなかったんですけど……あの日以来しばらくは、毎日毎日こいつにイナゴを持って追い回されて……。それがきっかけでこいつ相手限定の変な反射が付いちまいました……」
阿智さんは右手を大晴君の肩に置き、下を向いてピクピク震えている。いや何がそんなに面白いんだよ……。
「今でもイナゴを持ったこいつがニヤニヤしながら追いかけて来る夢を週に一度は見ます……。で、そんな目覚め最悪な一日の始まり、顔を合わせるとこいつは開口一番、『毎日会ってるのに寝てるときまでわたしに追い回されたいなんてホント好きだねぇ、わたしのこと。ね、むせーしちゃったかな? にっひっひ』とか決まって言ってくるわけです……その度に、あぁ俺はこいつの呪縛から一生逃れられないんだと思い知らされますね……」
もはやホラーだ。
「ひ、にっひ……っ、だってあんた、顔色でわかるから……っ、ひっひっひ」
「つーかこいつも俺を追走して、二人で肥溜め落ちて大惨事になったことありますからね……普通の女子ならもっとダメージになっててもいいと思うんですけどね……」
ああ、それが肥溜めピンチの一つなんですね……結局発表しちゃいましたね……。
『庄川さん』
「酷いですね……。それだけのトラウマを植え付けられて、よく阿智さんと馴染んできましたね」
「え? いやいや別にそんな、あ、すみません。はい」
『清内路君』
「いやそんなトラウマとか深刻な話じゃないですよ」
マジかよ……僕も明と喧嘩をする夢をよく見るがかなり気分が落ちる。
『庄川さん』
「清内路さんはマゾヒストなんですか?」
「にっひっひ」
『阿智さん』
「ひひ……違いますよ。たまにわたしから主導権奪ったとき浮かべる恍惚の表情といったらもうね……実はドSなんです。だから面白いんです。ほれ」
「ひっ! やめろ! つーか何お前が答えてんだ!」
そうですよね。僕に枕ぶつけられた時めっちゃ冷たいサド目向けてきますもんね。
「意味が分からない……何なのこの人達……」
眉間を押さえて俯く庄川さんの呟きがマイクを通る。しかし庄川さんはそんなことを気にするそぶりも見せない。試合中だとか大観衆の前だとか関係なく、頭を悩ませているのだろう。理解不能な馴染み方を目の当たりにして。
それは僕も同じだ。一体何なんだこの二人は。この二人は、何なんだ。
『砺波君』
「ごめんなさい、やっぱりどうしても最後に知りたいんです。結局清内路さんにとって、阿智さんとはどんな存在なのですか」
『清内路君』
「どんな……どんな……? こいつはこいつですけど…………あ、そうか。こういうときに使うのか。こいつはただの――幼馴染みです」
『そこまでです』
――ああ、そうか。そうなのか。
『それでは二本目の判定に参ります。清内路・阿智ペアが赤、砺波・庄川ペアが白です。それでは……判定!』
白白赤白赤白白赤赤赤赤。一本目と全く同じ並び。つまり、
『赤6、白5! 二本目を獲ったのは清内路・阿智ペアです! 一回戦、清内路・阿智ペア対砺波・庄川ペアの試合は、二‐0で清内路・阿智ペアの勝利となります!』
今大会一番の大歓声。
大晴君と阿智さんは顔を見合わせポカーンとしている。項垂れる庄川さんの頭を撫でる砺波さんは微笑みを崩すことはなかった。二本目なのに「最後」と言っていたし、負けを確信していたのだろう。
『砺波・庄川ペアに入れました、奥村先生、一言お願いします』
「負けてはしまいましたが、砺波君達は兄妹型幼馴染みの完成形を見せてくれましたね。元気いっぱいな妹が世話焼きっぷりを発揮し、しかし実は兄の方こそが、妹の内に秘められた弱さを理解し、さり気なく彼女を支えているという。結局そういう微笑ましい馴染みっぷりが一番安心して見ていられますからね。清内路君達も決して悪くはなかったのですが、微笑ましさという観点では砺波君達と差がありました。先程潮山先生がおっしゃっていた様に、同性の悪友同士みたいな羨ましさはお見事です。そんな長所が隠れないように、あまり危険な馴染み方はしない方がよろしいかと思います」
『ありがとうございました。清内路・阿智ペアに入れました永原先生、お願い致します』
「私の意見はむしろ逆ですね。清内路君達はその破天荒さを伸ばしていくことに力を注ぐべきです。安定を求めることは特色を消してしまうことにも繋がりかねない。それにお二人にはお二人の安心感がある。節々で垣間見せる信頼関係のようなものにそれを感じました。好き嫌いは分かれるでしょうが、とにかくこの二人のようなナジミストは珍しい。私は型に嵌らない幼馴染みを求めていたんですよ。庄川さん達の馴染みっぷりにも癒されましたが、もう一度拝見したいという意味で、清内路・阿智ペアに入れさせて頂きました。いや、誠に素晴らしい試合でした」
永原先生の講評に納得がいったのか、会場から大きな拍手が起こる。
しかし、大晴君達へのその評価は果たして適切だったのだろうか。
「家族みたい」「恋人みたい」「夫婦みたい」「同性の大親友・悪友」みたい――周りが大晴君達をそう評することはあるのだろう。でも、彼ら自身にそのような感覚はまるでない。これだけ馴染んでおいて。いや、違う。これだけ馴染んできたからこそだ。
大晴君にとって阿智さんは、家族でも恋人でも悪友でもなく「幼馴染み」で、阿智さんにとっても大晴君は、ただの「幼馴染み」であって「幼馴染み」でしかなく、どうしようもなく紛れもない「幼馴染み」で、そして二人はどんな言葉で修飾されることもない、「幼馴染み」なのだ。
それでも彼らはこれまで、自分達が「幼馴染み」であることを意識したことすらなかった。
自分達はどう見たってどう考えたってどうしたって何が起きたって生まれた時からこれからも永遠に間違いなく当たり前に「幼馴染み」なのだから、わざわざ「幼馴染み」という言葉でそれを確認する必要がなかったのだ。
この二人は、いや、この二人が、清内路大晴と阿智朝日こそが――「幼馴染み」なのではないか。
――僕達はどうだろうか。
例えば、「兄妹みたい」な関係かどうかと問われたら。同じような環境で同じように育てられたのだから当然似たところが多く、イエスと答えることも可能だ。ただ勿論本当の兄妹とは異なり、血は繋がっていない。自分と似た存在に抱いてしまう嫌悪感が限界まで募った時、引き裂かれる関係を止めるものは共通の目標――幼馴染み甲子園だけだ。だから大会が終わってしまった時、高校ナジミストを引退した時、僕達は――
やめよう。
こんなことは今考えるべきことではない。
僕達は幼馴染み甲子園のためだけに馴染んできたのだ。それ以降のことなんかに頭を悩ませている暇はない。
後輩の勝利に喜ぶ美麻明。その美しい横顔を眺めて、幸せそうに口元を綻ばせる大町光。周りの目には微笑ましい光景として映っているだろう。僕達は今、完璧な幼馴染みを演じ切れている。
なんてことはない。これまでの貯金をあと二年と少しの間、切らさなければいいだけだ。その先のことはその時考えよう。
大晴君と阿智さんがどうだろうが関係ない。僕と明は、「これまで」誰よりも馴染んできたのだから。




