卒業式の呼びかけはこういう形式に統一してほしい
「あ、あの、その」
「ふふ。大丈夫だから」
穏やかな微笑を湛えて、庄川さんの頭を撫でる砺波さん。
ほんの少し高い位置にある彼の目を見上げ、庄川さんは「えへへ」と相好を崩した。
「さすがだ。この会場でただ一組、阿智さん達のペースに引きずり込まれていない」
「あ、私達だって引き込まれていないでしょう! でも、そうね。朝日さん達がここまで空気を乱した中で、落ち着いた普段通りの馴染みを魅せられたのなら、それは本物に違いない……評価も高まるでしょうね」
僕の言葉にナジミスト魂を煽られる明。あ、これちょっとめんどくさそう……。
「あたし達は実の兄妹のような、言うなれば『兄妹幼馴染み』です。あたしはお兄ちゃんを実の兄のように慕い、お兄ちゃんもあたしを妹のように可愛がってくれました。しかしそんな兄妹のような、つまり学年も異なるあたし達にとって大きなピンチがあります。お兄ちゃんの進学によって学校が別々になってしまうことです。特に辛かったのは、お兄ちゃんが小学校の卒業を控えていた時期で……中学生になって疎遠になってしまう幼馴染みが多いことを知っていましたから。ましてお兄ちゃんは女の子から人気がありました。周りが恋愛の話をするようになってきた時期だったこともあって、あたしは、お兄ちゃんが中学校で別の子と仲良くなって、あたしを見てくれなくなってしまうのではないかと不安で仕方がありませんでした。でもそんなことをお兄ちゃんに言って、心配をかけるわけにはいかなくて……不安だけを抱えてお兄ちゃんの卒業式を迎えてしまいました」
優しげな微笑みにほんのり朱を差しながら、砺波さんが話を継ぐ。
「卒業式には『呼びかけ』が行われますよね? 僕達の小学校は小規模だったこともあって、少し特殊だったんです。卒業生一人一人が自分の将来の夢を発表したり、卒業生一人一人へのメッセージを在校生の誰かがそれぞれ担当して呼びかけたり……。こなみの気持ちに気付きながら何をすればいいか分からなかったぼくは、そこが最後の機会のように感じてしまって、予定していた台詞を無視して、本当の気持ちを話してしまいました」
「『ぼくの夢は、お母さんとお父さん、それに妹にとってずっと頼れるお兄ちゃんであることです』って。お兄ちゃんに妹はいないのに。妹はあたしだけなのに。あたしにだけ伝わるメッセージを送ってくれたんです。だからあたしも練習していた台詞を変更して、『卒業しても妹みたいなあたし達在校生をずっと見ていてください』と、お兄ちゃんにだけ伝わるメッセージを送りました。学年が違うというハンデを乗り越えて、より幼馴染みの絆を深めていくきっかけにできたと自負しています! 以上です!」
誇らしげなのに顔を赤らめる庄川さん。かわいい。頬をポリポリ掻きながら照れ笑いの砺波さん。かわいい。
かわいい二人が盛大な拍手に称えられている。かわいい。
「巧い! 本来学年が異なれば、修学旅行など様々な学校行事が被らないという短所が生まれてしまうはず……! そこで卒業式の呼びかけね……! これこそ学年差という弱点を武器に変えた馴染みエピソード! 悔しいけど……いいわ!」
そして明の熱い解説が止まらない。
「これはマズいね。大晴君達の知識量じゃ突っ込み所がまるで見つからないんじゃないかな?」
「妹タイプの幼馴染みへの対策は、自分の幼馴染みに別の年下幼馴染みが懐いてきたのをイメージして叩くことよね。あ、何か腹立ってきた……何が『妹みたいなあたしをずっと見ていてください』よ! 卒業式を私物化? 最低ね! 学年も違う癖に出しゃばってんじゃないわよ!」
『それでは砺波・庄川ペアに対しまして、清内路・阿智ペア質疑をお願い致します。制限時間は三分です。質問のある方挙手をどうぞ』
ああ、ちょっと! 何二人同時に挙げちゃってるんですか! それは逆に息が合っていないように判断されかねないって教えたじゃないですか! 息ぴったりじゃん、もう! ……ん? ていうか大晴君もしかして……。
『清内路君』
「はい……あの……っ、スゲェ、いい話っした……ぐっ……辛いっすよね、卒業式……! 俺も妹がいてっ、普段はこいつと組んでめちゃくちゃウゼーんすけど……っ、そっか砺波さんの場合は……うっ……卒業したら妹に会えなくなっちまうんですね……!」
泣いてる!? 大晴君感動して泣いてんの!?
『庄川さん』
「いや疎遠になりさえしなければ、学校以外では会えますよ……家ではバリバリお兄ちゃんにくっついてましたよ……呼びかけで絆を再確認して、卒業後も馴染み続けられたって話したんですけど……聞いてましたか……? 『妹みたいな幼馴染み』を『妹』と重ね合わせないでくださいよ……幼馴染みの阿智さんと重ね合わせましょうよ……」
全くもって庄川さんの言う通りである。
『阿智さん』
「うーん。質問ってほどのことじゃないんですけど。『兄妹みたい』ってゆう感覚がよくわかんないんですよねぇ。おさにゃ、幼馴染みを『兄妹みたい』って言うのは、庄川さん達特有の表現なんですか?」
『砺波君』
「いえ、ポピュラーな表現、ポピュラーな感覚ですよ。阿智さんは、清内路さんの妹さんを実の妹のように感じることはないですか?」
『阿智さん』
「うーん? うーーん……ないですね。陽夏は陽夏だもん。妹じゃないです。ね、あんたは? 夕のこと弟みたいに思ったことある?」
「へ……? 弟……? 夕は夕だろ……?」
「あ、そう……そろそろ泣き止んで話入ろうね? あ、以上です」
『砺波君』
「では、そうですね……言い換えて『家族みたい』だと言うのはどうでしょうか。お二人を見ていると、どこか母親と子供のような……そんな雰囲気を感じます。そういえば先程の話でも……阿智さんは、清内路さんの亡くなったお母様の代わりを務めようとしてはいないでしょうか?」
何か攻守逆転してきたな……。
「ちょっと、お兄ちゃん!」
「すみません。話が脱線し過ぎていますよね。阿智さん達がぼく達に質問する時間でしたね。でも、勝負とは関係なくどうしても気になってしまって。すみません。阿智さん達の質疑に戻ってください」
「おっかぁ……? わたしが……?」
阿智さんは一点を見つめて何かを考え込んでしまう。
こうなることを砺波さんが狙ったわけではないのだろう。本気で阿智さんの考えを聞きたいように見受けられる。
『清内路君』
あ、大晴君復活してたんだね。
「いやいやそれはないですよ。こいつがおっかぁって。クク。すみません。ちょっと面白いです。確かに、母が死んでからはこいつが飯作ってくれたりとか結構ありますけど、それは別にこいつだけじゃなくて、こいつの母さんも父さんも婆ちゃんも爺ちゃんも弟もペスもクロも、うちの家族を支えてくれていますから。みんな大切な存在です。それでも俺の家族ではないですね。こいつはこいつで、こいつの家族はこいつの家族です。てか、あれですからね。ここはマジで勘違いして欲しくないんですが、俺がこいつの世話してる場合の方が多いですからね。今は逆に、布団から意地でも出ようとしないこいつを俺が引きずり出して学校連れてってますからね」
「……うん。うん。そだね。わたしがおっかぁってのは絶対ないね。やっぱ『家族みたい』ってのはよくわかんないや。でもおっかぁみたいって言われたのは正直凄く嬉し――」
『そこまでです』
……凄い試合になった。波乱の連続。審査も全く読めない。
『それでは一本目の判定に移ります。清内路・阿智ペアが赤、砺波・庄川ペアが白です。それでは……判定!』
白白赤白赤白白赤赤赤赤。これは……。
『赤6、白5! 一本目は清内路・阿智ペアに入ります!』
会場が沸き立つ。
「やったわ……!」という明の呟き。
やった……やりやがった……!
『審査員の先生方から講評を頂戴したいと思います。砺波・庄川ペアに入れました、高部先生、一言お願いします』
「良いですねぇ。通常、思春期を迎えた辺りから、幼馴染みはニヤニヤ度を増していく反面、ほっこり度を弱めていきます。しかし砺波君達はニヤニヤさせてくれながら、ほっこり度も保っている。ほっこりとした馴染み感を醸し出しながらほっこりエピソードを披露するほっこり兄妹幼馴染み……高校生のナジミストを見ているはずなのに、公園で将来のナジミストである子供達を眺めている時のような幸福感を覚えてしまいました。清内路君達は初戦の緊張からかミスもありましたが、そんな緊急事態に二人で協力して対処する姿から、お互いを知り尽くしているということが伝わってきました。ただやはり質疑応答の内容がこの場にそぐわなかったのがマイナスになってしまいましたね」
ポカーンとしている阿智さん。良かった、ぬいぐるみがあったら寝られていたかもしれない。一方で大晴君は熱心に耳を傾けているようだ。
『ありがとうございます。清内路・阿智ペアに入れました潮山先生、一言お願いします』
「……いや、何て言えばいいのか……とにかく圧倒されました。全体的に『以心伝心し過ぎて周りの人間は蚊帳の外』タイプのやり取りをされていたので賛否両論はあると思いますが、お二人の馴染み感が強烈だったことは確かです。ただ、『家族みたいと評されることにピンと来ない』というのはよく分かりませんでしたね。私には清内路君と阿智さんが姉と弟のようにも見えましたが……そうでなければ同性の親友・悪友なんていうのはどうでしょうか?」
同性の悪友みたいな幼馴染み。いつか自分達の気持ちに気付き、恋愛関係に変化していく二人。幼馴染みだからこそ三倍増しの気恥かしさ。めちゃくちゃ壁殴りたくなってくる。加賀さん達に通じるものがある。そしてそれは確かに大晴君達を評し得るフレーズだ。
だが大晴君と阿智さんは顔を見合わせ、同時に首を傾げてしまう。
「腑に落ちませんか……。こういうハッキリしない所がお二人にあるのは確かですよね。対して砺波・庄川ペアはプレゼン内容にも振る舞いにも、兄妹型幼馴染みというスタイルが一貫されていて素晴らしかったです。本当に二組の得点に差はないのですが、ただ……清内路君と阿智さんがナチュラルに回し飲みしていたのが非常に悔しくて……間接キスとか全然気にならないのかよ、普段から間接しまくってるのかよ……壁なぐりてぇ……そこが決め手になりました」
他の先生方も頷いている。
うん、ホント何の抵抗もなく自然に回し飲みしてましたよね。しかも阿智さん吐いた直後ですし。
『ありがとうございました。それでは引き続き二本目に参ります。今度は攻守の順番が入れ替わります。テーマは「二人の思い出の味」です。まず砺波・庄川ペア、ご起立の上プレゼンを開始してください。制限時間は三分です』
「これはいいお題ね。思い出の味、匂い、音……五感を刺激して、過去の記憶を蘇らせるスイッチ……こういうものは一見、些細なもののように思えるかもしれないけれど、実は心に深く刻みつけられているもの。そんなスイッチを共有出来るのは幼馴染みだからこそ。幼馴染みとしての本質を見定めるために最適なテーマだわ。これは見ものね!」
「明、よだれ、よだれ。あとちょっと声でかい」
だが確かにこれは興味深いお題だ。まずは庄川さん達兄妹型幼馴染みがどのような思い出スイッチを持っているのか、じっくり拝見させてもらおう。
「ぼくたちの思い出の味と言えば、こなみが作るお弁当の味です」
「うぅ、恥ずかしいなこの話……あの、あたしお兄ちゃんが中学生になったころから毎日お兄ちゃんのお弁当を作っているんです。でも最初はぜんぜん上手くできなくて、しかも張り切ってお兄ちゃんの入学式の日から作ってしまって、入学式はお弁当必要なかったんですけど、知らなくて……でも皆の前であたしの下手なお弁当を食べてくれたみたいなんです……新しく友達作ったりとかしなきゃなのに、恥ずかしかったと思います……」
「ふふ。恥ずかしくなんてなかったですし、あの頃は確かに綺麗には作れてなかったかもしれないですけど、でもぼくの好きなハンバーグだけは凄く上手に出来ていて、朝から手間を掛けてくれたんだって、嬉しくなりましたね」
「だってあの頃は栄養のバランスとお兄ちゃんの好きなもの両立するだけの知識も技術もなくて、バランス優先しちゃったら、ハンバーグしかお兄ちゃんの好物を入れられなかったんです。だから特に頑張って……喜んでくれて嬉しかったな……」
「それからこなみの料理の腕はどんどん上達していきましたけど、ハンバーグだけはあの頃と変わらない味で、今でも食べるとあの時のことを思い出します」
「あたしもお兄ちゃんと同じハンバーグを食べながら、卒業のピンチを乗り越えて再確認した絆をどんどん強めているのを実感していて……自分の料理の味が、あの日々を思い出す二人だけのスイッチになっていること、とても誇らしく思っています! 以上です!」
拍手が暖かい。この二人を暖かく見守りたいという想いが会場に充満しているのだ。
「なるほど……! 卒業式からの入学式……! 一本目との繋がりを垣間見せることでこちらの想像力を掻き立ててきたというわけね……! なかなかの試合巧者ぶりだわ!」
明は相変わらず熱い。
『それでは砺波・庄川ペアのプレゼンに対しまして、清内路・阿智ペア質疑をお願い致します。制限時間は三分です。質問のある方挙手をどうぞ。阿智さん』
水で喉を潤してから、阿智さんが立ち上がる。
「毎日はすごいな……でもなんか違和感がね……庄川さんが入学するまで一年間は砺波さんのためだけに作ってたってことですよね? いやぁわたしだってたまにお弁当作ることはあるけど、たいてー弟のとこいつのと陽夏のと、とか何人分か必要なときかな。それだって結局自分のやつのついでにだし。わざわざ別の家の子に毎日ってねぇ……だからすごいんですけど」
「そんだけ庄川さんが砺波さんを想ってて、苦労をものともしないってことだろ」
軽く水を啜った後、大晴君が座ったまま言葉を挟む。いや何で敵のフォローしてんですかあなたは。
阿智さんは大晴君から受け取ったペットボトルを一度咥えてから、
「えーでもさぁ。あんただってわたしの分だけ作ったりなんてしたことないでしょ?」
言い終わると、それを大晴君へ手渡す。ペットボトルに口を付けた大晴君は、
「だから俺達とはちげぇんだよ。ああ、やべぇ、殊勝だ……俺もそんな妹欲しい……」
感動で声を震わせながら阿智さんにペットボトルを渡し……
あ、この子たち味を占めてあえて回し飲みしまくってる! もう中身ほとんど残ってないでしょ、何チビチビやってんの! わざとらしすぎる! さり気ないのが良かったんだってば!
『庄川さん』
「いえ……あたし達にも他に、お弁当が必要な家族がいましたから、同時にいくつか作っていましたよ。それにそうでなくとも、例えお兄ちゃんの分だけだったとしても毎日喜んで作りますよ」
『阿智さん』
「そっか……じゃあアレですね。運動会とかでも、お互いの家族一緒に庄川さん特製のお弁当を食べたりしてたんですね。わたし達は毎年そうだなぁ。おさなじ、幼馴染みなら当たり前ですよね」
「あ、朝日さんが馴染みあるあるを……!」
明が口を押さえて瞠目する。
うん、それは確かに良いんだけど、いい加減「幼馴染み」噛むのやめようか……どんだけ言い慣れてないんですか……。
『庄川さん』
「はい! それは当然です! 何だかんだ言ってもやっぱり、お兄ちゃんの同級生達に家族ぐるみの付き合いを見せ付けてやりたい気持ちもありましたからね! 運動会も文化祭も両家族勢揃いであたしのお弁当を囲んでいましたよ!」
胸を張って自信満々の様子だ。
「か、可愛い……! この健気さ……応援したいわ……! これではせっかくの馴染みあるあるも失敗ね……! 朝日さんは挑発のつもりだったのでしょうけれど、逆効果になってしまったわ!」
鼻血を垂らし始めた明の言う通り、こういう可愛げのある嫉妬はポイントが高い。卒業式エピソード然り、その辺を庄川さんは妹系幼馴染みというのも活かして有効に使えている。これは阿智さん達ピンチだぞ。
『阿智さん』
「あれ、おかしいな。庄川さんが小学生なのに、中学校の運動会や文化祭に家族総出で行ったんですか? 庄川さんだけならともかく、庄川さんのご両親まで? てかそもそも砺波さん達の中学校では、運動会や文化祭に生徒の家族以外が入場していいんですか?」
「い、いや、それはその……」
あれ? 何だ庄川さんのこの反応は?
砺波さんのニコニコ顔にも一瞬陰りが差したような気がした。
『砺波君』
「ああ、言っていませんでしたね。こなみには姉がいるので、小学生の時から家族皆で中学校の運動会などに来ていたんです」
『阿智さん』
「お姉さんって、いくつ上なんですか?」
『砺波君』
「一つですね……だから僕と同い年です」
『阿智さん』
「やっぱりなにか隠してる気がしたんだよなぁ……じゃあお姉さんと砺波さんは幼な馴染みじゃないんですか?」
『砺波君』
「……もちろん幼馴染みですよ」
『阿智さん』
「じゃあお姉さんと大会に出た方が良くないですか? お姉さんとなら学校別々にならないじゃないですか」
「違う! あたしとお兄ちゃんは――」
『そこまでです』
手も挙げずに発せられた庄川さんの叫びは制限時間に阻まれてしまった。
ていうか何故かは分からないけど、終盤押してた……?
あれ? もしかして阿智さん、誘導尋問的なことしてたの?
この子……やっぱり意外と頭がキレるというか……そういえば授業全く聞いていない割には、特進クラスでも赤点とか採っている感じではないもんな……。




