冷えた体
* * *
12月24日、早朝。
雪のように白く柔らかい髪を持つ少女は、花いっぱいに積んだバスケットを抱えながら森の中を散策していた。
「ふふ、いい香り」
少女の名前はイヴ・ホワイト。イヴは今日で十六歳の誕生日を迎える魔女である。魔女のイヴにとって、王子と同じ誕生日である事は決して自慢には出来ない話であった。
「きっと今頃、お城はパーティの準備で忙しいはずだわ」
王子の花嫁の座を狙っている魔女とは違って、イヴは年齢の割には落ち着きがあり、欲深くない魔女であった。
イヴはジャック王子には全くと言っていいほど興味の欠片もなく、反って苦手意識だけを抱いていた。
少数だがイヴのような平和的な魔女も存在している世の中にも関わらず、クランバース王国ではジャックの強い権力、圧力によって魔女対策運動が続いている。
牢に閉じ込められる理由を持たないイヴだが、正体がバレてしまえば問答無用に捕獲されてしまう。
イヴはそんな世の中と、自分勝手な王子が大嫌いだった。
気を緩めてはならない日々を送る中イヴは、クランバース王国の首都コンコルディアの街角の小さな家で、一人静かに身を潜めながら過ごしていた。
「お花も摘み終わったし、そろそろ帰ろうかしら」
木漏れ日の差す森の中、イヴは家に帰ろうと体の向きを変えて歩き出す。
森全体に響く鳥のさえずりや、落ち葉や小枝を踏むたびに鳴る心地いい音がイヴはお気に入りだった。
歩き慣れた森の中はイヴにとって庭のような場所であり、そして唯一、平和な時間が訪れる場所でもあった。
タウンゼント城が建つコンコルディアには至る所に武器を装備した兵士が立っており、イヴは常に緊張感を持ったまま行動しなければならなかったからだ。
そんな毎日を繰り返すイヴにとって、人気のない森の中は安全かつ自由な空間に思えた。
しかし森へ行くにもタイミングを見計らって外に出なければならない為、イヴは見回りの兵士の数が少ない早朝または深夜の時間帯に、森へ足を運んでいた。
「え、ちょっと!」
出口を目の前にして慌てて立ち止まったイヴは、目を見開いて声を発した。
「嘘よね?ねぇ、あなた大丈夫?」
瞳を不安の色に染めたイヴの視界に映ったのは、巨大な樹木の前に倒れ込む一人の少年だった。歳は六歳前後くらいだろうか。外傷は見当たらないが、少年はどこか苦しそうな表情で眠っていた。
イヴは持っていたバスケットをその場に置くと、急いで少年の元へ駆け寄りその小さな体を抱き上げた。
「かわいそうに、とても冷えてるわ」
イヴは少年の背中を優しくさすりながら何度も言葉を投げ掛ける。しかし少年はただ小さくうねり声を上げるだけで、目を覚ます気配はなかった。
「起きない、わね。見た感じ家柄のいい子だと思うけど、そんな子に何があったのかしら」
眠っている少年の服装は高級感あふれた質の良いものだった。
イヴは何故、貴族とも見て取れる少年がこんな時間帯に森の中で倒れているのか疑問に思ったが、すぐに考えるのをやめ顔を上げた。
そしてイヴは少年を抱き抱えたまま立ち上がると、森の出口へ向かって走り出す。
「きっと遊んでたら迷ってしまったんだわ。大丈夫よ、私が助けてあげるから」
少年が迷子であると思い込んだイヴは、家に連れて帰り面倒を見る事を決意した。