It's time to eat. 【2】
先生が教室に入ってきて授業が始まる。……あ、七瀬が堕ちた。藤堂さんはまったくもぅ、といった感じで、神楽坂さんは逆に肝心している。そこは肝心しちゃあいけないと思うよ。
女子は殆どが授業に集中しており、男子の殆どは七瀬のことを睨み付けてる。煩いから舌打ちはしないで貰いたい。
「……東雲くん、教科書、見せて貰っても良いかな…?」
「…ん?」
「……今日、教科書忘れちゃって…」
「あぁ、良いよ」
珍しくも、桐生さんが忘れ物をしたらしい。教科書を見せてくれと頼まれた。
別にそれくらいのことなら構いはしないのだが、朝のことと言い、不思議なこともあるもんだ。槍でも降ってくるのかね?
「……ありがとう…!」
「どーいたしまして」
……誰かにお礼を言われるのは、馴れないなぁ。
◇
昼休み。七瀬が起きた。そして寝た。
……早い。 というかなんで俺は七瀬の観察をしているのだろう。
藤堂さんが七瀬に突撃していく。
「七瀬くん、お昼まだなの?良かったら一緒に食べようよ!」
七瀬なら、ついさっきバランス栄養食を食べ終わったばかりだよ。
彼女はどうしてそこまで七瀬を構うのか。七瀬のことが好きなのか?
……人の恋愛にとやかく言うつもりは無いが、七瀬のことを想っているのなら、彼に関わらない方が、返って七瀬の為になると思う。彼女が七瀬の近くにいると…
あ…… ほら、面倒なのがきた。
「由香利、七瀬なんかに構っていないでこっちに来て一緒にご飯を食べよう。その方が楽しいよ、きっと。ほら、おいで?」
……こいつは馬鹿なんだろうか。
「え? 私は、七瀬くんと一緒にご飯が食べたいんだけどどうして龍輝くんがそんなこと言うの?」
あ、馬鹿が凍った。序でに七瀬が頭を抱えた。可哀想に。
教室の中は俄に殺気立つ。……不憫でならない。
「七瀬くん、本当にごめんなさい…」
現状を正確に認識できているのは、どうやら神楽坂さんだけのようだ。あの人も苦労人だなぁ…。
教室で起きている出来事を眺めながらも、一人焼そばパンを頬張る。焼そばパンって食べると凄い喉が渇くけど、なんかたま~に無性に食べたくなるよね、コレ。
そんなことを考えていたら、横から声を掛けられた。
「……東雲くんっていっぱいたべるんだね…」
桐生さんが視線を向けるその先には、俺の机。そして置かれた昼食の、山、山、山。
「…桐生さんも欲しい? このパンとか美味しいよ。こっちのスイーツも甘くて美味しいし。桐生さんって甘いの平気?」
「……ぇ えっと、あの、 ……そういうつもりで言ったわけじゃ……」
……今日は元気だなぁ、桐生さん。桐生さんにこんなに話し掛けられたの、そういえば始めてだなー。一ヶ月近く隣の席で過ごしてきた訳だけど、あんまり記憶にないや。
「別にいっぱいあるから気にすることないよ? 桐生さんは隣の席だし。俺も嫌いな訳じゃないし」
「………! ぇ、えっと、あの、その…… じゃあ、焼そばパンが、食べたいかなっ……て…」
今日一日で、桐生さんと大分仲良くなった気がするなぁー。
「焼そばパン? はい、じゃあこれどうぞ」
俺が口つけたやつは勿論嫌だろうから、机の山の中から新しい焼そばパンを手にとって渡してあげる。
「……あ、 ……そ、そっちじゃ、…なくて…」
……ん? これじゃない?
「ごめん、別のが良かった?」
「……あ、 …だ、大丈夫……! ……これで良いよ……!」
「そっか。良かった。じゃあ、どうぞ召し上がれ」
「……はい…。 …い、いただきます……!」
それにしても、桐生さん焼そばパン好きだったのか。意外だなぁ~。
「どう? 美味しい?」
「……! …うん、美味しい、よ……!」
喜んでもらえると嬉しいねぇ。別に俺が作った訳じゃないんだけど。
桐生さんの顔が少し赤い気がするけど、気のせいかな?
序でにジュースも渡してあげるともっと喜んでくれた。そんなに美味しかったのか、顔の赤みが増し、心無し頬も緩んでいる気がする。
ジュースを渡す時に手が触れてしまったのは、これに免じて許して欲しいな。
七瀬たちの方はどうなったかな~っていうと、何がどうなったのか七瀬の周りを天納達が取り囲んでいた。
取り囲んでいると言っても、座っている七瀬を囲んだ天納たちが見下ろしている訳ではなく、五人で仲良く(?)机を囲んで昼食を摂っている。……何があったのだろう。
(これなら、今日の昼休みはゆっくりとご飯が食べられるかなぁ~…)
そう思って桐生さんとの会話に戻ろうとすると、視界の端に強い光が映り込んだ。
なんだと、思って咄嗟に光の輝く方へと振り向く。
光を完全に視界に捕らえるのと、龍輝たち五人を中心に白く輝く幾何学模様──魔方陣──が展開されていくのは同時だった。
光が収まったあとに生徒たちの姿は無く、食べ掛けの弁当や散乱した教科書だけがその場に残っていた。
──例外を除いて。
たった一人、東雲明という名の生徒、その机の上にあった食べ物の山だけは、机の主と共に姿を消していた。