4-5 情報収集
道中で馬車の中…と言う名のモンスターBOX(白雪談)から脱出を果たしたウチの妖精だったが、中の子供達が「ゴメンなさい」して泣きだしたので、渋々中に戻って行った。そしてまた悲鳴のような思念を俺に飛ばしまくって来て、若干うるさかった。
ラーナエイト上層で馬車だけ進んで離れそうになった時、白雪が慌てて出てこようとしたが、あの場ではあえて我慢させてそのまま荷馬車の中に隠れさせた。
上層には浮遊無効が常時張られているらしいが、これについては問題ない。
アネルの姉ちゃんにトラップについて聞いた時に、無効化系の魔法の話も聞いている。大きな罠を張る時は、この手の魔法で逃げ道を塞いであるか否かで成功率が大幅に変わるって…。
で、無効化系の魔法で封じる事が出来るのは、自然的に発生した力以外。つまり、浮遊無効であれば、飛行魔法は無効に出来るが、飛ぶ鳥を落とすような事は出来ないと言う訳だ。この場合スキルの扱いがどうなるのかと疑問だったが、姉ちゃん曰く有効らしい。スキルは現実を書き換えて、発生する力なので、その力は自然の力として認識されるようだ。
白雪が飛ぶのは種族的に持って生まれた能力なので、どう考えても自然的な力だ。
まあ、万が一飛べなくなったら一気に白雪が危険な事になるので、助けに行く覚悟だけはしておいた。とは言っても、すぐに「無事。飛べる」と思念が飛んで来たので、スパイ任務続行。
一方俺達は、門番達に言われた通りに御者が依頼料持って来るのをギルドに行って待つ事にする。
その間も白雪から「キラキラ」「高い」「大きい」「いっぱい」等々、色んな情報が送られて来るが、言葉が断片的過ぎて理解しづらい。多分、建物や上層の住民について言ってるんだと思うが……どうだろう…。
「マスター、白雪は?」
「うん。今ん所は順調っぽい」
ギルドで待つ間に魔石の換金を済ませ―――と思ったら魔石は全部白雪のポケットの中だった。ついでに、ババルのオッサン達と依頼達成(ただしまだ料金未払い)の報告をギルドに出しておく。
「坊主、お前等はどうするんだ?」
「どうするって、金が来るのを待つ」
行く先々で魔晶石を手に入れているお陰で正直金には困ってないのだが、だからと言って金を貰わずに仕事したなんて安く見られても面白くない。ですので。貰える物はちゃんと貰います。ええ、ガッツリ頂きますとも。
「そうかい。それなら俺達はちょっと街に出てくる」
「え…なに? 俺に押し付け?」
オッサンと姉ちゃんが、凄い良い笑顔で「その通りだ」と言ってギルドから出て行った。
チキショウ、やられた……。
「マスター、私も少々街に出て宜しいでしょうか?」
「え!? パンドラまで!?」
お前は俺を見捨てないと思っていたのに!!
「はい。今のうちに宿の手配と、上層についての情報収集をしておこうかと」
ああ、そう言う事ね。
「分かった。そう言う事なら頼んだ」
「はい」
ペコっと1度お辞儀をすると、体重に似合わない音を立てない静かな歩行で外に出て行く。
白雪と違って、パンドラなら1人で出歩かせても安心だ。
さて、その心配な事この上ない白雪の方はどうなった? 「家。白。子供。出る」ええっと…家、城…? 城のような家? そういや、石のアーチの向こう側には城みたいな無駄に大きい屋敷がいっぱい在ったなあ…。じゃねえ、白か? 家、白…白い家? そう言えば、子供を白い家に運ぶって言ってたけど、何かの隠語じゃなくて本当に白い家だったのか。つまり「白い家に着いて子供が馬車から出て行った」って事か。
ああ、もう! 一々推理ゲームしてるみてえで、面倒臭ぇなあ!!
馬車の外に出ようとしている気配を察知して、慌ててそれを止める思念を飛ばす。
外に出て様子を探って貰いたい気持ちはあるが、もうすぐ夕方だ。小さいと言っても、暗い場所で飛ぶと白雪は目立つ。何と言っても体が光ってるからな……。
警戒している側も、まさか幼体の妖精がうろうろして居る事は想定していないだろうけど、下手に見咎められると白雪も危ないし、助けに行く俺等も街に居られなくなる。だから、この場は下層に戻って来る馬車に乗ってて貰うのが正解。
とりあえず、馬車の中から外の様子だけ確認しておくように言って、あとは大人しくしているように念押しする。
にしても、全然情報が手に入らなかったな……。
スパイとしての能力を期待していたわけじゃないけど、やっぱり白雪にエージェント的な行動を期待するのは無理か。
パンドラの情報に期待かなあ…。
いや、もう1つ情報源があるじゃん!?
御者が居る! 今から金持ってやって来るあの人懐っこい兄ちゃんなら、上層の情報もそれなりに持ってるんじゃないか? 門番との会話を聞く限り、何度も出入りしてるっぽいし。飯にでも誘って、情報取れないかな?
* * *
1時間後、俺達は大量の料理の並べられたテーブルを囲んでいた。
御者が戻るなり、断る間もなく店に引っ張り込み、気付かれないように白雪を馬車から回収して街の人間に見られないようにフードに隠しました。
「いやースイマセンねアークさん。まさか、冒険者の方にご馳走になれるなんて!」
「いやいや、無事依頼の終わったお祝いって事で」
「おう、それなら勿論俺達の分も支払いは坊主だよな!」
「やったー、坊や見所あるじゃん! 今度胸触らせてあげようか?」
「フザケンナ、テメエ等は自腹だよ!? むしろ俺を使いっぱにしやがった分金払えよ!!」
あと是非、胸は触らせて下さい! …………良いじゃん別に……俺だって健全な高校生だっつーの…。ロイド君の体だから、過度にそう言うのを外に出さないようにしてるけど、そりゃ色々あるわ俺だって。
「それじゃ、いただきまーす」
食欲で気持ちを切り替えて、いつも通りに手を合わせてから飯を食い始める。
「いただきます」
俺に続くようにパンドラも礼儀正しく、丁寧に手を合わせる。
「何度見ても坊や達の食前のお祈りは変わってるよねー」
完全に日本人的な文化だから、そりゃあコッチの世界の人間には変に映るか。パンドラだって、俺に合わせてやるようになっただけだし。あー、そういやユグリ村でやった時にもイリスに物凄い変な物を見る目で見られたっけ……。
「飯ウメー!」
簡単な塩で味付けされただけの料理だが、「素材の味を活かしてます!」が基本のコッチの世界の料理とは雲泥の差と言って良い。
「美味しいー! やっぱりラーナエイトは料理が美味しいわー」
「だよなー、コレだけでもクソ鬱陶しい審査受けて国渡って来る価値あるよなー!」
2人がこの反応って事は、母国の料理も相当味気ないんだろうなあ…。
でも、だからこそこの美味さは……やっぱり塩使ってるよな? 今までも塩を使った料理と出会った事があるにはあるが、稀にしか見ない上に料金が無茶苦茶高かった。けど、ここは普通に出してるよな…。
「なあ、この料理って塩使ってるよな?」
誰にともなくテーブルを囲んでいる皆に話を振ってみると、答えたのは御者だった。
「アークさん良く知ってますね? ここからちょっと離れた所に海に面した町が在るんですけど、その町で生産してるんですって」
「生産って事は流通してんの!?」
「ええ、勿論。とは言っても、ほとんどはこの街で消費されてしまってますから、他の町にはそれ程の量は出回っていませんが」
なるほど。
「パンドラ、買い込むぞ!」
「かしこまりました」
塩が自由に使えるようになれば、料理の味のバリエーションがグンッと増える。今まではパンドラが俺の舌を飽きさせないように思考錯誤してくれていたが、その負担も大分減る事だろう。
いやー、もう他になんの収穫が無くてもこの街に来た甲斐があったわー……、って訳には行かねえよ。やっぱり来たからには色々情報が欲しい。
そして、情報を得る為には何とかして不老の人間が居る上層に行かなければならない。この御者の情報はその一歩目になるかどうか……?
まずは、当たり障りない会話で。
「ラーナエイトには頻繁に来てるんですか?」
「そうですね。船が着く度に孤児が運ばれて来て、それを運ぶのが私の仕事なので」
「この街に雇われてるんですか?」
「ラーナエイトって言うより、ここの領主のヴァグダイン様にですよ。ミューゼル…ああ、私の故郷で皆さんが依頼を受けた港町ですけど、ミューゼルに孤児が運ばれて来たら速やかに、かつ安全にラーナエイトに連れて来るようにって」
領主ヴァグダインね。子供達が運ばれた先を考えれば、コイツも上層の人間か。
一旦思考を冷静にさせる為に水を一杯飲んで、塩気の濃い鹿っぽい肉を口に運ぶ。
さて、ちょっと核心に近付いて行こうか。
「へぇー。……それで、俺達ラーナエイトには不老不死の人が居るって聞いて来たんですけど」
「不老不死? 不老の人はたくさん居るけど、不死の人は居ないと思いますよ?」
………情報違いか。まあ、出所が月岡さんだしなあ。
それに、不死かどうかは正直どうでも良い。問題なのは、不老の方。長い時間を生きている間に得た知識を当てにして来たんだから。
「その人達に会う方法ってないですか?」
「会う事は簡単じゃないですか? と言うか、1度会ってますよね?」
え? 全然そんな覚えがないんだが…。
パンドラの方に視線を滑らせてみたが、首を横に振っていた。
俺達のそんなやり取りを否定として受け取ったようで、御者が続ける。
「上層の門番の人達、あの人達全員不老ですよ?」
「えっ!? マジで!?」
あのオッサン達が!? 全然それっぽくなかったんだけど? 不老の人間って、もっとこう、時間から解き放たれて、世界を達観してるような…そんな感じをイメージしていたんだが…。
あんな脳筋ゴリラ的なのが不老で良いんだろうか……? 物凄いスピードで俺の中の賢者的なイメージが崩壊していく。
「気付きませんでした? 首のこの辺りに―――」
と自分の首の裏側を指でトントンっと示す。
「黒い印があったんですけど?」
「いや、全然」
そもそも、兜被ってたからそんな位置、予め意識してないと気にしねえよ。…と思ったら、横でパンドラが「ありました」と呟く。………流石出来るメイド、キッチリそんな所を確認してあったよ!?
「その印が“神の祝福”だそうで、不老になった証だそうです」
神の祝福ねえ……。言っちゃ悪いが、これまた胡散臭い。
「上層に住んでる人は、連れて来たばかりの子供を除けば、全員その印を持ってるって聞きましたけど」
上層の人間は子供以外は例外なく不老って事か。
いや、でも……じゃあ、何で子供を上層に連れて行ってるんだ? ………何だろう、自分でも上手く言葉に出来ないけど、すげえ嫌な感じ……。
「坊主、どうかしたのか?」
っと、今は話に集中しようか。
「いや、なんでもない。それで、不老の人に話聞く事とかって出来ないですか?」
「おいおい、お前その為に上層に行こうとしてたのか!?」
「そうだよ」
「無理無理。不老の人間の話はこの街に来る度に聞くけど、アイツ等は絶対に下層には降りてこないらしいからな。上層には入れないし、降りて来てもくれないんじゃ、どうしようもねえだろ?」
「そうですよ。僕だってそれなりの回数出入りしてますけど、門番以外とは口をきく事だって禁止されてるんですから」
なるほど、こりゃ確かに手詰まりっぽいな。
――― 正攻法なら、ね。
上層の警備は一見完璧だけど、少なくても白雪が入り込める程度の隙はある。だったら、警備の穴を突けば俺1人だけなら侵入出来るかも……。
何にしても、中に入るならもっと情報が欲しいな。
 




