4-2 子供と魔獣と
日が沈む頃には大分足が進み、辺りの景色は大きく変わっていた。
ひとまず、“積み荷”の事もあるので、無理をせずにさっさと夜営の準備を始めて、陽が落ち切った頃に皆で焚き火を囲んで食事をしていた。
俺、隣にパンドラ、向かいに御者、その隣に髭と露出狂。そして、その間を埋めるように子供が8人。
「あー! ヨウ君のお魚の方がおっきい!」「うるさいな、早いもの勝ちだよ!」「やー、このお野菜苦い!」「好き嫌いしちゃいけないんだよぉ」「あの小さい兄ちゃん魔獣使いなんだぜ! すっげえなあ!」「メイドさん…綺麗…」
さて、何でこんな状況になってんだと言うと、遡る事昨日の夜。カスラナを出発して5日目で、ラーナエイトの中継地点となる小さな港町に到着。一泊過ごして食料と道具を補充して、冒険者ギルドで魔石を換金したところでラーナエイトまでの護衛依頼を発見。
まあ、どうせ行くならついでに…くらいの軽い気持ちで受けたのだが、その護衛対象となる馬車の積み荷がこのガキンチョ共だった。
なにやら話を聞くと、コイツ等は別の国の孤児達らしい。孤児の理由は様々で、親を病気や魔物に襲われたりで無くしたとか、親に捨てられたとか、色々だ。
で、そんな色んな国の孤児を、ラーナエイトが引き取って居るんだと。街ぐるみで孤児院でもやってんのかな?
「おいチビ共、静かに飯食え!」
「わーん、髭のオジさんが怒ったーっ!!」
「怒ってねえ! そもそも俺はオジさんなんて呼ばれる歳でもねえって、何度言えば分かるんだ!」
完全に子供に遊ばれている髭の冒険者ことババルのオッサンと、その横で見た目に反した面倒見の良さで子供達の世話をしている露出狂の冒険者ことアネルの姉ちゃん。2人は、アステリア王国の冒険者ではなく、西方の大陸から子供達にくっ付いて来た護衛の冒険者らしい。
会って1日も経って居ない俺達よりも、ずっと子供達が気を許しているのはそう言う事だ。
ふと、パンドラが喋る様子もなく黙々と食事をしている事に気付く。
そういや、この人数での食事って初めてか。いつも賑やかな食堂とかで食べてるから、あんまり気にしないかと思ったんだが、やっぱり居心地が良くないんだろうか?
「パンドラ、大丈夫か?」
「何がでしょうか?」
「いや、喋ってねえから……って、お前は元々自分からあんまり話さねえか」
「はい」
「調子が悪い訳じゃねえよな?」
「はい。異常はありません」
カスラナでの大規模戦闘のダメージが尾を引いてるってわけじゃないのか。パンドラは無茶をする事はあるけど、俺の質問に嘘を言う事は絶対にない。だから、パンドラが異常無しと言うなら、体に変化はないって事だろう。
「人多いのは苦手か?」
「いえ、そう言う訳ではないのですが……」
食事の手が止まる。
んー、苦手じゃないけど、対応に困るって感じかな? 慣れてくれるなら、その方が俺も何かと安心なんだけど……。パンドラは、何を置いても俺最優先の姿勢がデフォルトだからなあ…輪に入っても絶対俺の事気にするよ。
と、そこで子供達の方から、青く光る球が逃げる様に俺の所に飛んで来た。
「白雪? どうし」
た? と訊き終わる前に、フードの中に飛び込まれた。
何? どうしたのお前? と一応思念で聞いてみるが、答えが返って来ない。
「あー、妖精さん逃げちゃったー!」
「ペトラが羽引っ張るから!」
「違うもん! 羽触らせてって言ってから触ったもん!」
あー、うん。なんか、大変だったな白雪…お疲れさん。
子供相手だと白雪も楽しそうだから、あえて隠さずに姿見せっ放しにしてたけど、もう人気があるのなんの……。もの珍しい上に、光って飛んで可愛らしいと、子供が好きそうな要素をガン盛りした存在なだけあるわぁ。
まあ、人気あり過ぎて、道中の馬車の中でも揉みくちゃにされたって文句言ってたけど。
「妖精を連れてる人間なんて初めてみたぜ?」
「本当よ。それも幼体の妖精は臆病で滅多な事じゃ、妖精の里から出ないって聞いてたのに」
ババルのオッサンと、アネルの姉ちゃんが今気になる事言ったな?
「妖精の里?」
「なんだ、妖精連れてるのに知らねえのか? 妖精ってのは、絶対に1つの場所で生まれるもんらしいぜ。で、その妖精の生まれる場所が妖精の里だって話だ」
「噂でしょ、噂」
って事は、白雪はその里から迷い出て来たって事だよな? 白雪を仲間の元へ送り届けるってのは、俺の目的の1つでもあるし、ラーナエイトに着いたらこの話も調べてみるか。
「にしても小さい兄ちゃん凄ぇなあ! あんな強そうな魔獣と妖精を手下にしてるんだろ!? それもルーク級の冒険者!!」
と、キラキラした純粋な目で、子供達の中で1番背の低い男の子が俺の隣まで歩いて来る。
背の低いって事で、子供達の中じゃ子分のような扱いをされているらしく、体の大きな冒険者達よりも上のランクの俺を尊敬する…と、夜営の準備をしている時に言っていた。
「魔獣達も白雪も手下じゃねえよ。俺の仲間」
溜息交じりに返すと、向かいに居たババルのオッサンが少し笑ってから口を開く。
「チッ、悔しいが認めてやるよ。アレだけの魔獣や、珍しい妖精まで手懐けるお前のその使役能力は確かに凄い、ルーク級として恥ずかしくない力を持ってるよ」
俺は別に使役能力を売りにしてないんだが…。
まあ、認めてくれたってんなら良いか。
「どうも」
飯を食い終わって、アネルの姉ちゃんや御者の兄ちゃんと遊んで居た子供達が、そろそろ欠伸をし始めているのに気付き、そろそろ寝る時の警戒について話を切り出す。
「子供等眠そうだから、そろそろ火の番残して俺等も順番で寝る?」
「そうだな。明日も早いし、で、順番はどうするか?」
火の番には辺りの警戒も含まれるので、一般人の御者と護衛対象の子供達は当然除外。俺、パンドラ、ババルのオッサン、アネルの姉ちゃんの4人で番を回す事になるんだけど、この中で1番無理が利くのは俺か。じゃあ、最初は俺が……と口にしようとしたところで、魔獣達の事が頭に浮かぶ。
辺りの警戒は、アイツ等任せれば良いんじゃないか?
「ちょっと待って。魔獣達に番を出来ないか訊いてみる」
「お、おう…また呼ぶのか…?」
少し離れた所に手の平を向けて、3匹を呼ぶ言葉を頭の中で選ぶ。まあ、何て言ってもアイツ等は来てくれるんだが、そこは気分的な話だ。
「出でよ」
噴き上がった炎の中から3匹が姿を現し、急いで俺の元に駆けて来る。
「主様、お呼びにより参上いたしました」
「おう、何度もスマンな」
「我等にとって主様に呼び出される事こそ至上の喜び。どうか、お気になさらず何時如何なる時でもお呼び下さい」
仮面の言葉に賛同するようにワンコとトカゲが高い声で鳴く。
「わぁ! また格好いい魔獣呼んでる!」「おっきい!」「強そう!」「ワンちゃん、撫でたら怒らないかなあ…」
さっきまで眠そうにしてた子供が飛び起きて来た。
……大人しく寝といてくれ、大事な話するから。
「で、お前等に俺等が寝てる間の警戒と火の番任せたいんだけど、大丈夫か?」
「なんと!?」
3匹が動揺したのが、声だけでなく体の震えでも分かった。
そんなに嫌だったか……。
「スマン、そんなに嫌だったか…?」
「いえ、逆でございます」
「え……?」
「睡眠時の無防備な姿の警護を任されるとは、主様がそこまで我等を信用して下さっているという証に他ありません。それ程の信頼を頂いて、行動を拒む愚か者は我等の中には居りません!」
……何だろう。なんでコイツ等は俺の事を、どっかの王様か…神様でも扱うようにしてくるのだろうか……? 疑問過ぎる…。コッチは一般人だから、そういう扱い慣れてない…っつか、落ち付かねえ。
「そうか、じゃあ頼めるか?」
「お任せ下さい。御身の睡眠の邪魔をする者は、速やかに冥府の底へと送ります」
「魔物相手ならそれで良いが、人間や亜人相手の時には出来るだけ友好的に頼むぜ?」
「はっ、畏まりました」
よーし、これで夜営でもユックリ眠れるー。
野宿の時は、誰かが起きてなきゃいかんから、あんまり熟睡出来なかったんだよなあ。
「ねえねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
クイクイッとパーカーを引っ張る、小さな人形を抱いた女の子。
フードの中で白雪が微かに震えた。ああ、さっき羽引っ張った子か…。
「何?」
「この子達の名前は何て言うの?」
「名前?」
ああ、そう言えば聞いてなかったな。
「お前達、名前はあるのか?」
「いえ」
ワンコとトカゲも首を横に振る。
ふむ…全員名無しか。
「それなら、俺が名前付けちまって良いか? 名前無いと呼び辛いし」
「おお、なんと! 主様より名を授けて頂けるとは、何よりの褒美でございます」
ハハーッと3匹が地に平伏す。
いや…そんな大袈裟な…。たかが名前だぜ? 言ってみれば、友達にニックネーム付けるくらいの軽い感じの奴だぜ?
まあ、良いか。期待に答えて格好良いの考えてやりたいけど、自慢じゃないけどボキャブラリー乏しいんだよなあ…。
うーん…3匹をジッと見つめてインスピレーションを貰う。けど、何も浮かんでこない。
……グチャグチャ悩むぐらいなら、シンプルに行こう。
3匹共、姿形が凄い特徴的だけど、俺個人としては1番印象に残るのはコイツ等の目だ。狼の黄金の目。火蜥蜴のクリスタルのような透き通る青い目。仮面の英知の結晶ような輝きの緑の目。
ヨシ、これで行こう!
まずは赤毛の狼。
「お前の名前は“ゴールド”だ」
名前を貰って嬉しいのか、轟くような遠吠えを上げるゴールド。
続いて火蜥蜴。
「お前の名前は“サファイア”だ」
俺の付けた名前を噛み締めるように、何度も何度も瞬きをして不意に空へと舞い上がるサファイア。
最後に仮面。
「お前の名前は“エメラルド”だ」
「賜りました。我が名はエメラルド、偉大なる≪赤≫の御方に仕える魔獣でございます」
名付けが終わると、お礼を言うように3匹が並んで頭を下げる。
「じゃあ、改めてヨロシク頼む」