3-31 その想いを後にして
パンダのせいで気まずくなった冒険者ギルドを後にして、町をぶらつきながら旅の支度を道具屋やら、食材市を回って整える。
その道すがら、そう言えばパンドラに聞く事が有ったのを思い出したので聞いてみる。
戦ってる最中は聞こう聞こうと思ってたんだが、終わってみれば飯食って宿屋直行だったから、すっかり忘れてた。
「そういや、パンドラ? お前、たまに俺の事を“世界の道標”って呼ぶけど、アレはどう言う意味だ?」
パンドラだけじゃなく、≪赤≫もロイド君まで言ってたよな、確か?
「どう言う意味、ですか? ………Do you it's me?」
「なんで無理矢理空耳英訳したし?」
「いえ、質問の意図が分からなかったので。もしかしたら別の言語での質問だったのかと」
「いや、なんでだよ!? 意図も何も普通の質問だよ!?」
「ですが、マスターが“世界の道標”の意味を理解していない筈がありませんので、全く別の意味があったのかと」
「何? なんで、俺の知識への信用度がそんなに高いの!?」
「それは当たり前の事かと。原色の魔神の継承者様には、代々培われた知恵と知識も渡される、と記憶にありましたが、違うのですか?」
「………そういった物を受け取った覚えはございませんが…」
パンドラの持ってるデータが間違っている、または、≪赤≫の方の手違いでないのなら、この件の答えは1つだろう。
「多分、それを受け取ったのは俺じゃねえ。もう1人の方だ」
「もう1人。マスターであってマスターでない、ですがやはりマスターの事ですね?」
言い方がまどろっこしくて、更に紛らわしい。
「そう。この体の本当の持ち主の方な」
「ロイド様、ですね?」
「うん。紛らわしいから、今度からは名前で呼び分けてくれ…」
「はい」
「んで、結局世界の道標って何だ?」
パンドラが言葉を整理しているのか一瞬黙る。
その小さな溜めで興味をそそられたのか、白雪が俺の肩からパンドラの肩に移動する。
「意味は言葉の通りです。世界の未来を指し示す存在、と言う意味です」
「いや、意味分からん…」
「魔神の力は、世界の形さえ一遍させる力を持ちます。ですので、誰がその力を持つかが世界の未来を決めると言っても過言ではありません」
なるほど、戦乱を求めたり、あるいは世界の終わりを望んだり……普通の人間がそんな事を望んでも何も世界に変化はないが、その人間が魔神の力を持ったらどうだろう? そう言う事が、本当に出来てしまう。
魔神の力を持ったら、無条件で未来の決定権を貰える訳じゃない。けど、もし、≪黒≫のように魔神の力を自在に使いこなせたら―――。
「その未来を変える“権利”を持った者の中で、世界を正しい形で導く存在を指して“世界の道標”と呼びます」
「平たく言えば、魔神憑きの中で善寄りの人間をそう呼ぶって事か?」
「いえ。必ずしも善である必要はありません。あくまで、世界を“正しい形”で導く存在であれば道標たる存在と言う事になります。例えば、人が世界を滅ぼす存在であると判断し、人間の殲滅を始めても、それは自然的にみれば正しい存在と言う事になります」
「それって、どこに主観置いてるかで変わるじゃん……。随分あやふやな言葉なんだな…」
「最終的に何の為に力を使うのかは、本人次第ですから」
そーゆーもんかねー…。
でも…世界の道標…か。
俺は、この力を使って、この世界をどうしたいんだ?
……考えた事もねえや。俺は、自分の事でいっぱいいっぱいだし、人や周りの事なんて考える余裕もねえし、そもそも異世界人の俺がこの世界をどうしようなんて、バカバカしい。
この話は横に置いておこう。
「まあ、何となく分かったよ。ありがとさん」
「いえ。お役に立てたのなら幸いです」
話に飽きたらしい白雪がフードの中に引っ込む。
「質問ついでに、もう1つ。今回の騒ぎ、“連中”が関わってると思うか?」
「答えかねます。マスターのエンカウントしたと言うピンク頭のエネミーも、マスターの予測値の戦闘力だとすれば、敵の戦力は継承者クラスの力を持った人間が居る事になります。だとすれば、単純な戦力として魔神の力を狙っているとは考えづらい」
「でも、戦力以外に魔神の力を求める理由って何よ?」
「わかりません」
ですよね。
俺もさっぱりだ。
「ですが、マスターとエネミーとの話を聞く限り、ソグラスでのマスターとのエンカウントもアチラにとっては予想外の事態だったのではないでしょうか? だとすれば、敵は今すぐマスターをどうこうするつもりはなく、場合によっては泳がせている状態なのでは、と推測します」
「泳がせている…ねえ?」
泳がせている間にどうするつもりだ?
ほっとくと、コッチは右肩上がりで強くなっていくぞ。今回の騒ぎでもババーンッと強くなったし。
「今回の件も、策と言うには穴だらけですし、仮にマスターを狙う連中が関わっていたとしても、本格的にマスターをどうこうするつもりはなかったと推測します」
「結局、分からんって事か…」
「はい。この町を狙う理由が連中にあったと言うなら話は別ですが」
「うーん…それは、分からん」
「はい。私にも分かりません。ですので、お答えしかねる、と言いました」
俺の見立てじゃ、多分今回は連中は関係ない……とは…思うけど。所詮は、俺の勝手な予想だからなあ…。
まあ良いさ。連中が関わってようがなかろうが、俺は前に進むだけだ。
もしカスラナを狙っていたって可能性も一応考慮して、領主様に暫く警戒強めるように言っておくか。あの騒ぎの後なら、言わんでも警戒強くなるだろうけど。
とりあえず、挨拶も兼ねて領主様のとこに行くか。
忙しいだろうから領主様には会えないかもしれないけど、リアナさんとルリには会えるだろうし。
――― 20分後
道中で、アイドルみたいな扱いをされ、色々騒がれながら何とか領主宅到着。
以前は全力で追い返された門番達がやけに友好的で、何でも領主様から「俺達が来たら客人として扱うように」と言われているとか。
まあ、領主様からの言葉抜きにしても、この門番達も俺の戦いを見ていたらしく、何かヒーローを見る子供みたいな目で見られて若干居心地が悪かった。
で、いつぞやの応接間に通され、入って来たリアナさんの抱き付きを回避したら、「姉離れ!!」とマジ泣きされ、仕方なく次の抱き付きを甘んじて受け入れた。
それを後ろで見ていたルリの目が軽く突き刺さって痛い。俺へのヘイト、まだ減ってねえなあ……あれ? でも、前とはちょっと違う視線のような……まあ、いいか。
「待たせてすまないなアーク君」
領主様が来たので、1度立ち上がって礼をする。
「いえ。突然押し掛けたのは俺達なので」
「まあ座りたまえ」
リアナさんの入れてくれた紅茶を飲んで一息吐く。
「お忙しいのにスイマセン」
「いや、丁度一息つこうかと思っていたところだった。それで、今日は何かあったかな?」
「いえ、町を発つ前に挨拶をしておこうかと」
「昨日の今日で、もう旅に出るのか!?」
リアナさんが驚いて泣きそうになって、ルリも驚いて泣きそうに―――って、お前は何でだよ!? むしろ、お前的には邪魔なのが居なくなって万々歳だろうが…。
「元々騒ぎが起きそうだったから町に残ってただけで、終わったら長居する理由もないので」
「だからと言って、そんな急がなくても…。町の人間にはまだ不安な者も多い、君達が居てくれれば安心するだろう」
「そうは言っても、俺達は所詮余所者ですから、いつまでも居る訳には行きませんし。住民の不安は、領主様の手腕でどうにか…」
俺達を留めるのを無理と分かったのか、領主様が1度溜息を吐く。
そっちの事情もあるだろうが、コッチもあんまり長居したくない事情というものがある。
「ああ、それと余計な事かもしれませんが、暫くは危険があるかもしれないので、警戒強めた方が宜しいかと……」
「うん? 元々警戒は最大限にしているが…ふむ、君がそう言うのなら十分に注意しておこう」
真面目な顔でうんうん、と頷く領主様。どうやら、今回は大丈夫そうだ。
と思ったら、その隣に座っていたルリが口を開いた。
「……ね、ねえ! ア、アンタ…本当にもう行っちゃうの?」
「ああ。ここに来る途中で、もう旅支度整えて来たし」
まあ、旅支度って言っても、全部白雪のポケットの中に入れてるから、俺等2人は完全に手ぶらだけど。
「……も、もう少し…ユックリしていけば良いじゃない!」
「そうユックリもしてらんねえんだよ俺等」
俺等…って言うか俺が。
人の体借りてる以上、あんましノンビリしてらんねえからな。
「い、いつ行くの…?」
「この後すぐ」
屋敷出たら、その足で行くつもりだし。
って、またダメージ受けてる…。なんでコイツ、俺等が居なくなる事にダメージ受けてんだ? ヘイト高い相手はさっさと消えて欲しいもんだろうに……意味が分からんな。
「アーク君が居なくなると寂しくなるな」
「いや、俺、そこまで歓迎されてなかったでしょ…」
「はっはっは」
笑って誤魔化したよ。
「それじゃ、そろそろお暇しますね」
立ち上がると、ルリが泣きそうな顔で「あっ…」と何かを言い掛ける。何かあるのかと立ち止まったが、その先を言おうとする気配がないので、領主様にお礼を言ってそのまま部屋を後にする。
外に出ると、去り際に門番2人に握手を求められた。もうちょっとした芸能人気分だよ。大して嬉しくないけど。
「さて、んじゃ行くかー」
「はい」
返事の代わりに白雪がフードから飛び出して肩に止まる。
「アーク!」
歩き出しかけたところで後ろから呼び止められる。
この町に来てから何度も呼ばれた声。
「リアナさん、どうかしました?」
「このまま、旅に出るんでしょ?」
「? ええ、そうですけど」
走って来たからか、上がっていた息を深呼吸で整えて、俺を真っ直ぐに見る。
「ちゃんと言っておかないとって思ったの」
「……?」
「アーク、ロイドをちゃんと返してくれるって覚悟と決意は、姉として本当に嬉しいわ。でもね? それは、貴方の命や人格を蔑にして良いと言う意味じゃないのよ?」
「……え?」
俺自身を心配する言葉。
「貴方は優しい子だわ。その優しさを自分にも向けて上げて」
いつものように優しく微笑むその“姉”の顔に、痛いくらいに胸が熱くなった。泣きそうになりながら「ありがとうございます」と一言絞り出すのがやっとだった。
「マスター」
空気を察して、パンドラが声をかけてくれる。
「おう。それじゃ、リアナさん」
「ええ、気を付けてね」
「行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
いつも通りにニッコリと微笑んで、まるで散歩に行くのを見送るように、リアナさんは手を振っていた。




