3-30 因縁のあいつと
明けて翌日。
昨日は飯屋に無理を言って開けて貰い、眠気を遮る空腹を満たしてから、さっさと宿屋に戻って寝た。
防壁の後片付けやら、修復が終わるまでの周辺の警備やら、色々やる事はあったらしいが、魔物を倒した時点で俺達の仕事は終了。後の事は、町の人達にお任せして来た。
パンドラはともかく、俺は体力的に余裕があったので何か手伝おうとしたら、「これ以上英雄を働かせる訳にはいかない!」と皆に追い立てられるように宿屋に放り込まれた。
ああ、そうそう、俺が呼び出した魔獣3兄弟は、俺が宿に戻る時に「この場に留まると邪魔になるので」と炎となって消えて行った。とは言っても、俺が【眷族召喚】で呼べばいつでも来てくれるので、それまではユックリ休んでいて欲しい。……まあ、どこで休んでるのかは良く分かんないけど……。
さて、昨日の回想はともかく、現在の話。
今日も、いつも通りにパンドラの肉布団目覚ましで起こされ―――本当にいつも通りだな…。まあ、強いて違うところを上げるなら、寝巻姿だと言う事か。
「パンドラ、お前体は?」
「はい。セルフメンテナンスでは異常は検知されませんでした。ただ、内蔵火器の一部が外装ダメージにより使用不能になりましたが、元々マスターに使用を禁じられていたのでそちらは問題はありません」
「なんともない、って事で良いのか?」
「はい。戦闘行動に支障はありません」
安心して、ベッドに再び倒れる。
良かったー…。パンドラに何かあったら、もうどうしようもねえからな。
一息吐いて、自分の手の中にある物を思い出す。
「ほら、お前のメイド服」
「ありがとうございます」
はい、ちょっと待って。今、なんで俺がパンドラのメイド服をベッドの中で持ってたのか、凄い疑問に思ったでしょ!? 別に変な意味じゃねえから、昨日の戦いでメイド服がボロボロにされたから、買い直すかと思ったんだが、良く良く考えたらメイド服ってオーダーメイドじゃん? 高いじゃん? その上、採寸されるじゃん? これはダメだと思って、頭を捻って考えました。
その答えが俺の【回帰】だ。このスキルは、俺が意識を無くしている時に勝手に発動して、肉体や服、装飾品を有るべき状態に戻す能力だ。
これを利用して、俺が破けたメイド服を持って寝れば直して貰えるんじゃないかと考えた訳だ。そして結果は大成功! マジでスキルパワー偉大すぎます。……ただ、メイド服を持って寝ている変態チックな姿を人に見られたら、ちょっと死にたくなるかもしれない…。パンドラ? コイツは良いんだよ、メイド服ボロボロにした張本人だもの。白雪? ………後で綺麗な花でも渡して口止めしておこう…。
朝飯を軽くとってから外に出る。
まあ、ここまでは若干の差異はあれど、いつも通りのカスラナの朝だった。
しかし一歩外に出たらどうだ? 道行く人が、皆俺にお辞儀をしたりお礼を言ったり、しまいには赤ん坊を抱き上げて下さいって、もう………どんな扱いだよ…。
こっちも、一応姉がこの町に世話になってるから、あんまり無下にする訳にもいかず、愛想笑いで適当に流しつつ、赤ん坊は従妹を抱き上げた経験のお陰でちゃんと抱っこ出来た。
パンドラも似たような扱いを受けており、無表情ではあるが、俺よりもよっぽどちゃんと対応している。
そしてそれ以上に町の人間からの注目されているのが、俺の肩に止まっている白雪だ。
昨日完全に見られたから、と開き直って隠すのを止めたらこの有様である。
亜人が人前に姿を見せる事が珍しいので、初めて亜人を見たって人も数多く居るらしく、白雪の事を興味心身に見たり聞いたりしてくる。ついでに、触らせてなんて言ってくる住民も居たが、白雪が怖がってフードに隠れてしまうので丁寧にお断りした。
けど、子供が近付いて来るとパタパタと飛んで行って、自分から挨拶しに行ってたっけ? そういや、妖精は悪意に敏感とかなんとかってパンドラが言ってたな。子供は無邪気だから近付いても怖くないって事かな?
まあ、そんな感じで、普段は5分で着く冒険者ギルドまでの道のりを、15分かけて歩き、若干精神的に疲労しつつ到着。
「あー…やっと着いた…」
「マスター、顔色が優れません。今すぐに宿に戻り休息を提案します」
「結局戻る時に同じ疲労味わうじゃん……」
軽口でやり取りしながら受付に向かう。
「魔石の換金お願いしまーす」
机の上に黒いナイトのクラスシンボルを置く。
受付のおばちゃんか、全力で表情を硬くする。ついでに、ギルドの中で待機している冒険者達も一斉に俺から目を逸らす。その反応の良さ足るや「目を合わせたら殺される!」とでも言うように…。
「白雪、魔石出してくれ」
俺の肩に止まっていた白雪が、蝶のような羽をパタパタと羽ばたかせて机の上に来ると、その下の空間が揺らいで、机の上にゴトンッと2つの魔晶石が落ちる。
「は、はは、はいぃっ!! 申し訳ございませんでしたッ!!!!!」
「…え? 何が…?」
魔石の換金を始めてくれるのかと思ったら、突然立ち上がって受付のおばちゃんが全力で頭を下げ出した。唐突に謝られても意味が分からないんだが?
俺が知らないうちに何かやらかした、とかそんな話か?
「すいません! すいません! すいませーんっ!!」
「いや、だから何が? 何を謝ってるのか分からねえよ」
「は、は、はい! そうですよね、すいませ―――」
「それはもう良い。で、何?」
俺が先を促したから、と言うより、俺の後ろでパンドラが「さっさと話しなさい。マスターの時間を無駄にするな」とでも言いたげな目で睨んでいるから、受付は慌てて先を続ける。
「は、はい。今回の一件は、冒険者ギルドに持ち込まれたアーク様の情報の有用性を、コチラがまったく理解していなかった事に責任の一端があります。貴重な情報を捨てるような真似をしたばかりか、アーク様を嘲笑うような失礼な真似をした事、冒険者ギルドを代表して謝らせて頂きます」
ああ、そう言う話ね。
そう言うのは、もっと偉い人がやるもんじゃないの? とかツッコミを入れたら、このおばさん多分泣きだすよなぁ…。いい歳したこの人を人前で泣かす訳にもいかねえし、軽く流しておこう。
「いいよ別に。怒ってねえから」
ちょっと嘘だ。内心は、ここに居る連中を一発づつ殴りたいけど、そこは大人になってグッと我慢する。
「そう言って頂けて安心しました。ありがとうございます」
受付が安心した声を出すと、俺達の会話を耳を澄ませて聞いていた冒険者達も安堵の息を漏らす。何? 俺が怒って全員火達磨にするとでも思われてたのか? そんなに危ない人間に見られてるのかな? ちょっとショックだよ…。
その同じタイミングで両開きの扉が開いて誰かが入って来る。
「おやー? 誰かと思ったら渡り鳥君じゃないかー?」
出たよ…。ルーク級のパンダ。マジでうっぜぇな。
「うんうん、分かるよぉ。君もなかなかのやるみたいだけど、所詮はナイト級だからねえ? ん~、分かってるかな~? ボクの下なの? 分かる? 理解してるかな? どんなに強くっても、等級はこのボクの方が上なの、お分かり?」
いちいち鬱陶しいな。昨日鼻へし折ってやったのに懲りてねえな。
「ん? ああ、この鼻の怪我かい? ボクも良く覚えてないんだけど、どうやら見えない魔物が町の中に侵入していたらしくってね、さしものボクも気付かず攻撃を受けてしまったようなんだよ。ああ、でもっ! ボクがこうして身を挺して皆を護ったから、皆が無事だったのさ! 魔物を倒すだけが人を護るって事じゃないんだよ? 分かるかな~、ああ、分かんないよね~? ボクくらい上の等級にならないと! あーはっはっはははははは!!」
……昨日強めに殴った(俺的には弱パンチ)せいで、見事に前後の記憶が消えているらしい。チッ、後で騒がれても鬱陶しいと思ったから手加減したのに、こんな事ならもうちょっと顔凹ましておけば良かった。
パンドラがいつも以上の無表情で手の中に魔法陣を展開させていた。
ヤベエって!? 銃を抜くと俺が途中で止めるから、気付かれないように通常詠唱してやがった!?
完成しかかっていた魔法陣ごとパンドラの手を握る。
「アホ、建物の中で何ぶっ放す気だ」
「単体魔法ですので、被害はあの男1人です。問題ありません」
大有りだ馬鹿野郎。
俺達のやり取りを気にする事も無く、演説するように声量を上げて行くパンダ。この野郎、テメエ今俺が止めなかったら多分片腕ぐらい吹っ飛んでたからな!
「そもそもさぁ! 昨夜の魔物はボクの獲物だったのに、横取りするなんて礼儀がなってないんじゃないかなあ君?」
そんな礼儀しるか。倒す気があったなら、領主様が向き合ってる時に倒しとけよ。と内心ツッコミを入れていると、周りから。
「アイツ、昨日逃げ回ってたぞ?」「いや、あの巨大な魔物の一撃を見てションベン漏らしてへたり込んでるのを見たが?」「え? 私は『ま、ママーーン』って叫びながら宿に逃げ込むのを見たわよ?」「その後は?」「見てない」「見てないわ」「……アイツ、もしかしてアークさんが戦ってる時、宿に引き籠ってたんじゃね?」「「「それだ!!」」」
………何か、物凄く情けない情報がポロポロ出て来てるんだが…。大丈夫なんだろうか?
あっ、パンダの顔が真っ赤になった!? 超睨んでる! 周りの奴等を超睨んでるよ!? さっきの恥ずかしエピソード全部本当かよ!?
「と、とにかく! この渡り鳥がボクより下だって事は変わらないからな!!」
俺をズビシッと指さして宣言するパンダを余所に、魔晶石の換金をしていた受付が思いもよらない事を口にする。
「おめでとうございます。換金ポイントが溜まりましたので、今回の換金でアーク様のランクがルークの白に昇級となります」
そして机の上に置かれる白い城壁の駒。
パンダの等級はルークの白。俺の新しい等級はルークの白。
ふむ…。
「下じゃなくなったよ?」
俺の一言聞くと、涙目になって外へ駆けだすパンダ。
「うああああああああんンッ!! ボクの方が絶対に強いんだからなああああ!!」
気まずい沈黙がギルド内に満ちる。
「マスター、どうしましょう?」
「知るか」