3-28 死と夜を切り裂いて
炎熱耐性。
炎のダメージを軽減する能力。能力と一口に言っても、耐性強度はピンキリで、100度の熱湯でも熱さを感じてしまうようなレベルから、溶岩に手を突っ込んでも火傷で済むような物まで色々居るらしい。
まあ、自慢じゃないが完全上位能力の【炎熱無効】を持ってる俺には、熱湯だろうと地獄の炎だろうと全部無傷だ。
この手の能力は、自分や仲間が持っていれば心強いが、相手が持っていると途端に鬱陶しくなる。特に、自分の得意な属性に耐性を持っていたら、もうテンションと戦闘力がだだ下がりである。
とかく、俺の得意とする炎や熱は、耐性を持たれやすい。
これは人間や動物には、元々炎を恐れる性質が備わっているかららしい。恐ろしいから身を護ろうと、それに対しての耐性を得る。
……はい、とても理に適ってますね…炎使いとしては、泣きたくなりますけど。
魔物にもそれが適応されているのかは疑問だが、今までも結構な数の炎熱耐性持った敵とエンカウントしてるんだよなぁ…。
今現在も、目の前に耐性を張った魔物をバンバン量産し続ける、自身も耐性で身を包んだ巨大なチンパンジーが居るし。
だが、もう相手の耐性を気にするのは止めにしよう。
どうぞどうぞ、好きなだけ耐性を張って、俺の炎熱攻撃のダメージを軽減して下さいよ。
まあ、引き換えに
「存在を消し飛ばすけどな!!」
影の中から底無しに湧き出てくる魔物を、這い出した途端に燃やす。今までの発火法とはちょっと違う。空気中の魔素ではなく魔物を構成する魔素に火を点ける。
たったそれだけの違い。
与えるダメージに変動はない。耐性を貫通した少しだけの熱ダメージが魔物の体を焼く。あの程度のダメージでは行動不能にはならず、魔物達は散開しようと足を一歩踏み出す。
その瞬間、魔物の体が魔素となって弾け飛んだ。
「悪ぃな。こっからが、炎使いとしての本領発揮なんだわ!」
魔物の体を焼いて殺す必要はない。と言うか、ダメージを与える必要さえない。魔物の体を構成している魔素を燃焼させて、体を維持できないところまで消費してやれば良いだけだ。
耐性ってのは、あくまで体へのダメージを軽減する為の能力だから、燃やされる魔素の消費を抑えるなんて便利な事は出来ない。
つまり、魔物は【魔炎】で発火させられたら、その時点で死へのカウントダウンが始まるわけだ。どのタイミングで体が弾けるかは、それぞれの保有する魔素量次第だが、湧き出る連中を見る限り、そこらの雑魚じゃ1秒持たないっぽいな。
さて、それじゃあ、デカブツにもこの戦法が通じるのか試してみますか。
「おい、チンパン覚悟は良いか?」
ずっと上の方にある頭の部分が、俺の声に反応して首を傾げる。
言葉が理解出来なかったか、それとも耳が上に有り過ぎて声が届かなかったか。
……いや、違うか。自分の作り出した…もしくは呼び出した、対俺用の耐性持ちの魔物達が、対策した筈の炎でやられて怒っている。
その怒りを拳に乗せて、普通の人間なら間違いなく回避不能な速度のパンチが繰り出される。
「お前も燃えて来い」
巨大な拳に火花が散る。
さっきまでの雑魚とは違う、明らかな“燃やされまい”とする抵抗力。
この鬩ぎ合いの状況で物を言うのは、魔素の支配力と強制力だ。魔素で体を作っている魔物は、当然魔素の扱いに長けている。
だが―――拳は燃え出した!
当たり前だ。魔素の支配力が高いのは確かだろうけど、図体がでか過ぎて隅々まで意識が行き渡ってないのが丸分かりだし。しかも、コイツは常時、影の中から魔物を引っ張り出すのに魔素の支配力を割いているみたいだからな。
炎に呑まれた拳は速度を緩めず突っ込んでくる。
【レッドペイン】発動。斬撃の射程、威力増加!
ヴァーミリオンを片手で軽く振ると、抵抗らしい硬さも感じずに振り抜く事が出来た。
拳を形作っていた色んな動物の死体が、どす黒い血と肉を撒き散らしながら、辺りに飛び散る。
さっきはまともに斬れなかったが、【魔炎】で魔物化を削ぎ落した状態なら、相手の防御力は動物の死体そのままだ。威力の上がったヴァーミリオンの斬撃を耐えられる訳がない。
チンパンが、死体の肉と血がこびり付き、中途半端な形になった拳を慌てて引く。
「おい、その腕早く切り離した方が良いぞ?」
言うや否や腕が燃え出す。
いや、燃えているのは腕ではなく、腕にかかった動物の血。
【バーニングブラッド】、血を燃焼させる異能。魔物相手じゃ使いどころがないかと思ったけど、死体が血を流してくれるなら活躍の場があったな。しかも、このスキルは燃焼させる炎は俺の能力依存…つまり【魔炎】だ。
血の付いていた部分から炎が広がり、腕全体の死体から魔素が剥がれる。ボトボトと地面に体を構成していた肉のパズルピースが零れ落ち、みるみるうちに腕が細くなる。
ここでようやく俺の炎に焼かれる事のヤバさに気付いたらしく、炎に食われた片腕を肩から切り離す。
良い判断。むしろ切り離させない為に、あえて忠告を口にしたのに。あのまま、腕繋げたままで居てくれれば、全身に火を回せたんだが…。そう上手くいかないか。
ドズンッと重い音を立てて片腕が落下し、即座に魔素が飛び散って腐臭を漂わせる死体の山に変わる。
チンパンジーの足が俺から遠ざかる様に一歩引く。
完全に及び腰になってる…。
思えば、このチンパンは魔物に珍しく冷静な判断力を持っていると思う。戦う相手である俺の対策を用意し、パワーアップした後もその場の戦力評価で勝ちが薄いと見るや、さっさと戦場を移して戦力の分散を謀るし。
だから、この場で逃げようとする判断は正しい。だが、逃げる判断をするなら、俺とエンカウントした瞬間にそれを選ぶべきだったな。
残念ながら、もうお前は逃げられねえし、逃がすつもりも無い!
「さあ、そろそろ決着と行こうか?」
チンパンの膝から下を燃やす。
ただし、この炎は魔物の魔素ではなく、空気中の魔素を燃焼させる。これの目的は敵の足を落とす事じゃなく、相手の足元を照らす事だからだ。
「これで、さっきの影潜りは出来ねえな?」
ついでに影の中から魔物を出す事も出来ない。
奴に残ったのは片腕で攻めてくるか、力いっぱい走って逃げるか。後者を選んだら、即座に全身に火を点けて魔素を消し飛ばす。
だが、チンパンは逃げる事なく残った片腕で向かって来た。
おっ、根性あるじゃねえの?
今回の騒ぎで、どっからどこまでがお前の策なのかは知らないが、その努力に免じて俺も真正面から―――
「捻じ伏せてやんよッ!!」
巨腕が振るわれる。
【レッドペイン】を発動してそれを受ける。炎で魔素を剥いでないから、刃が通らねえか。
チンパンが、ここが俺を倒す最後のチャンスとがむしゃらに拳を押し込んで来る。
倒し方は色々思い付くが…さて、どう料理するか? ……なんてな。コイツのトドメはもう決めてある。
チンパンが1番警戒していた攻撃でトドメをくれてやるのが、俺がコイツに向ける最初で最後の慈悲って奴だ。
【火炎装衣】を切って、纏っていた炎を全てヴァーミリオンに食わせる。減っていた熱量がチャージされ、準備が整った。
「さあ、覚悟は良いか?」
熱量を全て解放。
目の前には、【レッドペイン】によって空間に刻まれた赤い線と鬩ぎ合う、死体で出来た歪な拳。
チンパンの巨大な顔がニヤッと歪む。コイツは知っているのだ。俺のヒートブラストは剣を振らなければ発動出来ない。そして、射程が拡張された剣で拳を受けている状態からでは、剣を振れない事を。
だが、読みが甘いぜ! 俺はお前の一歩上を行く!!
「焼き切れ!!」
【レッドペイン】にヒートブラストの熱量放射をそのまま乗っける。
ぶつかっていた死体の拳が灰も残さず消し飛び、そのまま横薙ぎに剣を振り切る。
チンパンの股下から胸の辺りまでが、耐性が意味をなさない熱に焼かれてこの世から消滅する。
「じゃあな! お前のお陰で大分強くなれた、礼を言うぜ!!」
振り切った刃を流れるような動作で上段に持って行き、空中を泳いでいる上半身と倒れかかっている下半身を両断する。
剣に纏った膨大な熱量で景色がねじ曲がり、その一刀はまるで空間を切り裂いたように見えた―――。