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3-25 死と影を纏う物

 目の前で、チンパンジーのような魔物が、組敷いた棒人間のような影の指揮者(シャドウ・コンダクター)の体を躊躇う事なく食べている。

 枯木のような腕を引き千切り口に運び、頭を饅頭を割る様に毟っては食べる。

 怖い。

 恐怖したのは、あのチンパンジーの強さにではない。

 仲間の魔物を迷い無く口に入れて咀嚼するその姿に俺は恐怖した。小学生の頃、テレビで初めて“食人族”と言う存在を知った時の恐怖心が蘇って来た。魔物同士がお互いをどう言う風に認識しているのかは知らないが、少なくとも魔物同士が争うような話は聞いた事がない。って事は、多少は同族意識があるのではないかと思う。

 ………でも、このチンパンジーはその同族を食っている。

 今、剣を振れば倒せるかもしれないのに、嫌悪感と恐怖心が、あのチンパンジーに手を出す事を躊躇わせる。

 しかし、俺が手を止めている間にもその“食事”は進み、影の指揮者の体は悲鳴を上げる事もなく、ただジタバタと手と足の在った部位を動かす事しか出来ない。

 そして……食事の終わる瞬間は訪れる。

 影の指揮者の頭の3分の2が毟り取られたところで、体の維持が利かなくなって残っていた部位が魔素になって飛び散る。同時に、周囲で“死体入り”と睨みあっていた“魔石無し”の魔物達も連鎖してその体を消滅させる。

 チンパンジーは自分の足元に転がった影の指揮者の核であった魔晶石を拾う。


「終わった…のか?」


 ここら一帯に広がっていた“魔石無し”の軍勢が消えたって事は、カスラナを取り囲んでいた方も消えた筈だ。って事は、これで一応危機は脱した…って、事だよな?

 後は、目の前の何をしたいのか良く分からないチンパンジーをどうにかすれば、この一件は終わり。


「おい、チンパ……つっても分からねえか…。“死体入り”の方の統率者」


 言葉が分かるかどうかは怪しいところだが、俺が呼んだ事には気付いたようで、チンパンジーの顔が俺に向く。

 ギラギラした殺気に満ちた眼。憎悪さえ感じさせる赤い双眸。


「お前は何がしたいんだ?」


 無駄とは思うが会話を試みる。

 別に本当に話がしたい訳じゃない。俺の中のコイツに対する恐怖心を誤魔化す為に声を出したかっただけだ。

 それに対して、チンパンジーはニィッと笑った。俺の見間違いじゃない、確かに今コイツは俺を嘲笑ったのだ。


――― 全ての命に終わりを


 そんな言葉が幻聴のように耳に響いた。

 そして、目の前の魔物は手に持った魔晶石を口に持って行き、一息に呑み込んだ。


「あっ!!」


 と、俺が慌ててももう遅い。

 魔晶石はチンパンジーの喉を通り、腹の中へと落ちて行った。


 静寂。


 周りの残った“死体入り”もチンパンジー自身も、一時停止を押したようにまったく動かなくなる。


「マスター」


 “魔石無し”が居なくなって手が空いたパンドラが、赤毛の狼ことワンコに背負われて俺の後を追いかけて来た。

 おっと、【火炎装衣】解かないとな。


「統率者を討伐したのですか?」

「いや。統率者は2体居て、“死体入り”の方はあのチンパンで、“魔石無し”の方はアイツに食われた」


 トコトコと近付いて来て頭を擦り寄せて来るワンコの頭を撫でていると、少し遅れて頭に白雪を乗せたトカゲと、赤い仮面がフヨフヨと飛んで来た。


「それは、共食いした、と言う意味でしょうか?」

「そうだな、共食いだな」


 少し考えるような素振りをしてから、答えが出なかったようで。


「何故そのような事を?」

「知らん。チンパンに訊いてくれ」


 その時―――空気が震える。


「ッ!?」

「マスター!」「主様、お下がりを!」


 ワンコの背からヒラリと降りたパンドラと、仮面の奴が素早く俺とチンパンの間に割って入り、ワンコとトカゲが俺を護るように傍に寄って来る。

 そうこうしている間に、周りの“死体入り”の魔物から魔素が溶け落ちる。

 途端に辺り一帯を腐臭が包み込み、鼻の曲がるような臭いに顔を顰める。ワンコなんて、鼻が良過ぎるせいで苦しいのか、地に伏せて鼻を隠して臭いを遠ざけようと頑張っている程だ。


「なんだ…?」


 動物の死体だけが辺りに大量に転がり、その元締めであったチンパンジーはと言えば……体が溶けていた。

 いや、冗談じゃなくて。マジで。

 体の表面が、ドロリとオイルのような粘度の高い液体となって土の上に滑り落ち、黒い水溜まりとなって広がって行く。


「おい、パンドラ? ……ありゃどんな状態だ?」

「解析不能。警戒レベルを上方修正します」


 警戒するのは良いけど、あの水溜まりをどう警戒すりゃ良いんだ?

 今のうちに火を撒いて焼いておくか。いや、でも可燃性の液体とかだったら……まあ、良いかヴァーミリオンあるし。


「お前等、ちょっと焼いてみるから下が―――」


 その瞬間、突然白雪から「危険!」と言う思考が飛んでくる。

 別に異変はない。強いて言うなら、やけに森がザワめいている…いや、待て! 白雪は森の木々の声が聞こえるんだった。って事は、この「危険」は白雪じゃなくて森の方からの警告か!?

 俺達じゃ気付かない変化を木々が感じたって事か。

 次の瞬間、黒い水溜まりが泡立ち波紋が広がる。


――― 来る!!


 予め警告されていたお陰で、体が速やかに反応する。


「避けろ!!」


 速やかに俺の指示に従って、3匹の魔獣達はその場から飛び退いて、この先に来るであろう攻撃から回避する。が、パンドラの反応が遅い。ダメージのせいじゃなくて、攻撃が来るなら俺の盾になろうとしているのは直ぐに分かった。

 このアホがッ!?

 泡立っていた水溜まりから、レーザーのように液状の触手が四方八方に放たれる。


「―――パンドラッ!!」


 腕を伸ばしてメイド服の後ろ首を掴んで後ろに引き倒し、その上に覆い被さるようにその体を抱く。


「マスター!?」

「頭上げんな!!」


 途端に、頭上を触手が数本通りぬけて行く。

 あっぶね!? ギリギリ過ぎる。

 【火炎装衣】を使えば大抵の攻撃は防御できるが、この強力極まりないスキルにも、根本的なところに弱点がある。それは、敵と味方を識別出来ないと言う事。誰であろうと近付いて来たら焼き殺すと言う無茶な仕様です……。ヴァーミリオンの【炎熱吸収】を上手い事使って解決出来ねえかな? 出来るかもしれないが、ぶっつけ一発勝負でやるのは、ちょっと怖い。失敗してパンドラを燃やしたらそれこそ笑えないしな。

 うちの魔獣3兄弟も無事に触手を避けたみたい―――あれ? この触手、本当に俺達を狙っていたのか? それにしては触手の撃ち出されてる方向がかなり的外れだな。かなりの数をばら撒いてるし、数撃ちゃ当たる程度の攻撃だったのか?

 いや、違う!? この触手まさか―――!?

 バッと跳ね起きて触手の先を視線で追う。その先にあったのは、動物の死体。

 液状の触手が、辺りに散らばっていた死体を絡め取るように巻き付き、あるいは液体で包み込み―――触手が引き戻される。


「くっそ、しくった!?」


 この先に起こる展開を予想して、触手は避けずに先手打って潰すべきだったと後悔する。しかしすでにその予想は現実世界で形になり始めていた。

 黒い水溜まりに動物の死体が集まり、ブロックのように積み重なる。

 グシャリと牛のような死体が拉げて、その上に熊の死体が折り重なる。更にその上に鹿の死体が乗り、それを押し潰して犬の死体が乗っかる。

 その姿はまるで死体を積み上げる積み木遊び。―――いや、違う、これは…くそっ、最悪の予想が当たった!?

 死体の山が1つの形になる。それは、


――― 巨大な腕


 間を置かず、腕から繋がる肩が作られ、胴が、足が、そして…頭が組み上がる。


「やっぱり、こう言う死体の使い方かよ……!?」


 俺の吐き捨てるような言葉を無視して、死体で形作られたそれは立ち上がる。

 10m以上ある巨大な体。体のサイズに合わない両腕の長さ、コレは間違いなくチンパンジーだよな……。

 全身から魔物の証である黒いモヤを噴き出し、死体の継ぎ目には接着剤のように黒い液体がヌラヌラと不気味に月の光を受けて輝いている。


「マスター、この魔物は」

「ヤベエ…もしかしたら、最悪の展開を招いたかもしれない……」


 まあ、でも、俺達のやる事は変わらない。

 カスラナを脅かす魔物が居るなら、


「倒すぞ!!」

「はい」

「お任せを」


 ワンコとトカゲが元気よく鳴き、何故か白雪もやる気を出して元気に飛んでいる。お前は何もせんだろうが…って言うのは野暮なので止めておこう。

 が、目の前の巨大チンパンジーは、俺達の予想外の行動に出た。

 巨体が、突然影の中に沈んだのである。


「何その能力!? ズルくないっ!?」


 戦いの場でズルイもなにもねえだろうとは自分でも思ったが、思った事が口を突いて出てしまったのだから仕方ない。

 慌てて炎を放つが、その巨体に似合わない機敏な反応で右手を動かしてその火を受ける。

 ヨシ! と思ったが甘かった。相手の方が一枚上手だ。

 右手を焼く炎は軽く手を振っただけで散らされてダメージが通っていない。

 耐性!? いや、そうか、そういう構造かよ!? あの死体は全部元々魔物化していた、そしてその時には色々な能力が付与されていた。例えば炎に対する耐性、例えば探知能力を擦り抜ける能力。

 耐性持ちの死体を巨体の表面部分に持って来ていれば、内側の死体まで熱を届かせる事が出来ない。

 でも、その為には死体への仕込みも必要だった筈だ。だとすれば、アイツは俺との戦いを始めから想定していた事になる。

 チッ、もしも俺対策がされてるとしたら、こりゃシンドイ戦いになるぞ……。

 これから始まる激闘を予想して俺が気を引き締めていると、その間に巨体は影の中にその身を全て沈めてしまった。

 どこだ!?

 奇襲をかけられないように地面を中心に、辺りを警戒する。

 …………あれ? 出てこないな…。


「逃げたのか?」


 警戒を緩めようとすると、パタパタと空を飛んでいた火蜥蜴(サラマンダー)が「クァー」と高い声で鳴き、俺の袖を咥えて一方向に引っ張って行こうとする。


「何? 何だ、どうした?」

「主様、先程の魔物がそちらに向かったと言っています」

「マジか」


 俺は全然探知で追えてないのに、この火蜥蜴は探知能力がえらい高いんだな。

 と呑気に思ったのはここまで、袖を引っ張っている方向は、


――― カスラナだ!?


 やられた!! 俺達はガン無視で町を狙うのかよ!?


「追うぞ!!」



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