3-22 月の祝福
『神器≪むーんてぃあ≫ノ進化ヲ確認』
相変わらずどんな声なのか分からないのに、ちゃんと声として頭が認識する意味不明な≪赤≫の声。
いや、待って、進化って!?
『神器≪むーんてぃあ≫ニ新タナすきるヲ付与スル』
キターーーーーッ!!!!
待ってましたよ逆転の一手!?
このタイミングで、都合良く来てくれるとは、神の奇跡か、それとも悪魔が弄んでいるのか? まあ、この状況を解決してくれるんならこの際何でも良い。コッチはもうギリギリだ、藁だろうが蟻だろうが縋らせて貰う!
『【スキル:月の祝福 1/1】ヲ付与』
このスキルがコッチの悪足掻きの一手…俺達の未来はこのスキルの効果で決まる。
で、その問題のスキルの力は―――…え?
――― 発動者に有用な効果をランダムで発動
このタイミングで、よりにもよってパ●プンテですかッ!?
なんでこんな博打要素の高いスキルが来るんだよ!? 絶対コレ名付け親のせいだよね!?
猫のような細い目の黒髪の女がキシシッと悪そうな顔で笑っているのを幻視した。
くっそ…何が腹立つって、その博打に賭ける以外に、状況を好転させる方法がないって事だ。
当たるも八卦当たらぬも八卦。ただし、当たりを引き損ねれば、その瞬間に俺達の運命は終わる。
…それと、もう1つこのスキルで気になっている事がある。
スキル名の横に付いてる“1/1”ってなんだ?
いや、待て。この表示、ゲームで良くあるアレじゃね? 回数制限じゃねえか?
でも、だとするとマズくないか? コレが1日に仕える回数だってんならまだ良いが、もしコレがこの神器で使える限界数の意味だったら、本当にチャンスは1回しかない。
……わざわざスキル名の後ろに付けてるって事は、どう考えても後者だよな…。
くっそ、チャンスは1度、失敗したら死が待つ。それは俺だけの話じゃない、パンドラも白雪もカスラナの住人もルリもリアナさんも、全員が、だ。
俺のくじ運は……まあ、良くも悪くもない、普通だ。神頼みでもして運気を上げたいけど、コッチの神様は俺のこと大嫌いだから、当てになんねえ。
結局、自分を信じるしかねえか。
ヨシ!
『すきる使用ニヨリ【月の祝福 0/1】ガ消失』
予想通りに1回だけのギャンブルだったか。でも、それは良い、問題なのはその1回で何を引いたかだ。
『すきるノ解放・取得条件ガ大幅ニ緩和』
…………え?
変化はなかった。
頭が真っ白になって、周りで魔物同士がぶつかる小さな音がやけに耳に付く。
何今の?
まさか、今ので終わりか?
ヤバい!! どうやら、俺はこの状況でトンデモないハズレを引い――――
『神器≪ゔぁーみりおん≫ニ付与サレタ、すきる【レッドペイン】【火炎装衣】ヲ解放』
――― …た訳でもないのか?
スキルの効果によって齎された恩恵は更に続く。
『【スキル:眷族召喚】ヲ取得』
俺自身にも新しいスキルが付与された!? 何!? 前は能力不足とかなんとか言ってくれなかったくせに!?
その分俺が成長したって事かな。それとも、単に【月の祝福】のお陰なのか…いや、まあこの際どっちでも良いか。
『【スキル:バーニングブラッド】ヲ取得』
お、おう…なんか急に椀飯振舞だな…。
でも、これだけ力が有ればこの状況からの逆転行けるか!? いや、やれるかどうかはこっから先は俺次第か!!
とにかく頭数が必要だ。
攻めるにしても退くにしても、パンドラを護らなければならない。だとすれば、俺1人では手が足りない。
だがご安心! すでに俺のその意思を汲み取ったスキルが今さっき生み出された。
ヴァーミリオンを地面に突き刺す。
「来いっ! わが眷族達よ!!」
俺達を護っている炎のサークルの外側で3本の炎が噴き上がる。
炎の柱が群がっていた魔物達を問答無用で焼き散らし、収縮しながら形を変える。
1つは金色の瞳の赤黒い毛並みの狼に。
1つは蝙蝠のような翼を持った、赤い表皮の巨大なトカゲに。
1つは空中に浮かぶ、奇妙な赤い仮面に。
3匹は、俺の張ったサークルの炎を物ともせず突っ切って、俺とパンドラの元へと歩いて来た。……いや、仮面の奴は浮いてるから歩いてないけど…。
「主様、我等を御産み下さりありがとうございます」
野太い男の声で仮面の奴が喋った。
そして、3匹が頭を垂れるように目を閉じて頭を低くする。
近くで見ると、狼の奴とトカゲの奴は結構デカイな。2匹とも軽く2m以上あるだろ。でも…なんだろう、全然怖いって感じがしない。それどころか、初めて会ったのに妙な親近感さえ湧いて来る。
「お前等、喋れんのか?」
「いえ、人の言葉を扱えるのは我のみです」
赤い仮面の目の部分の奥で、緑色の光が輝いている。……意思疎通が出来るのは有り難いが、この仮面の奴はどんな存在なのか意味が分からんな…。
一方、俺と話す事が出来ないのが悲しいのか、他の2匹が小さく鳴く。
「そうか。でも、言葉は理解できるんだろ?」
「はい。この者達も主様の内より生み出された者、その御言葉を理解する事は問題ありません」
「だったら良い。んじゃ、時間ねえから、ちゃっちゃと説明する。お前達に頼みたいのは、ここにいるパンドラと―――」
フードに手を突っ込んで、怯えているのか小さくなっている妖精を引っ張り出す。
「この白雪を護って欲しいのと、周りの雑魚を足止めして欲しいって事だ。出来るか?」
「ご命令とあらば。ただ、1つ宜しいですか?」
「なんだ?」
「足止めと仰いましたが、それは主様に牙剥く愚か者共を殺してはいけない、と言う事でしょうか?」
「いや、むしろ率先して殺してくれて構わない」
「でしたら容易い事かと」
容易いのか? この状況で迷わずそう言ってくれるのは頼もしくもあるけど、コイツ等の能力がどの程度なのか知らないから、同じくらいに不安でもある。
「マスター、この魔獣達は?」
ああ、そっか。パンドラにしてみれば、唐突にコイツ等が湧いて出て来て俺に従ってる訳で…そりゃ、訳分かんねえよな。
「心配要らねえよ。俺のスキルで呼び出した連中だから仲間と信用してくれて良い」
「そうでしたか」
あれ? そんな簡単に納得するのか? しかも何か「やはりマスターこそ世界の道標に相応しい人なのですね」とか言ってるし。そうだよ、その世界の道標ってなんだよ!? 戦いが終わったら忘れずに問いただすと、心の中にメモっておく。
「では、私も―――」
「良いから休んどけ……って、素直に休まれてもこの状況じゃ困るか……。無理しない程度にコイツ等の支援してやってくれ」
「かしこまりました」
ヨロヨロと立ち上がり両手に銃を構え直す。
無理しそうで怖いな…。白雪に「無理しないように見張っといて」と思念を送ると、「了解」と短く返って来た。
「主様の共周りの御2人は私が御守り致しますので、ご安心ください」
言いつつ、ペコリと頭を下げる赤い仮面。
1番得体が知れない奴なのに、コイツが1番礼儀正しいな……。まあ、若干礼儀正し過ぎて堅苦しいけど。
「分かった、任せるぞ」
「御名に懸けて」
お座りの姿勢で俺が声をかけるのを待っている赤毛の狼。
俺が手を差し出すと、甘える様に頭を擦りつけて来た。
ヤベー! モフモフして凄ぇ可愛い…!?
そのまま頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めて大人しくなる。狼ってより、大型犬だなコイツは。まあ、ちょっとサイズがデカイけど…。
反対側から、蝙蝠のような羽を畳んだトカゲが近付いて来て、「ねえ、私は? 私には?」と言いたげに俺を見て来る。
爬虫類系ってあんまり好きじゃないけど、この大きさだと規格外過ぎて好き嫌いの対象に入らないのかな? 全然気持ち悪さを感じない。それどころか、つぶらな瞳で可愛いな。
コイツも同じように反対の手で軽く撫でてやると、嬉しそうに「クァー」と甲高い声で鳴いた。
左手で撫でると、傷がちょっと痛いな…。
俺が痛がったのが伝わったのか、心配そうに身を寄せて来る。心配要らない、とやせ我慢して強く撫でながら、平気な声を作って出す
「お前達は遊撃。派手に暴れて敵をシバいて来い!」
ワンコとトカゲが元気よく返事をした事に満足して撫でていた手を離す。すると、2匹が今度は寂しそうに鳴いた。
どんな甘えん坊だお前等! ああ、チキショウ可愛い奴等だ!!!
「ちゃんと活躍したら、後で撫でてやるよ」
目をキラキラさせてワンコが尻尾が千切れんばかりに振り、トカゲは背中の翼をパタパタと忙しく動かしている。
そして2匹は周りの魔物達に向き直る。
その瞬間、噴き出す圧力。
さっきまで俺に撫でられて喜んでいた可愛いペットだったのに、敵に―――俺に害為す存在を前にした途端に、その気配が凶悪な魔獣へと変じた。
「んじゃ、ヨロシクな」
3匹に後ろを任せて、俺も前に出る。
視界一杯の魔物の群れ。
「諸君、非常に君たちにとって残念なお知らせだ」
ユックリ歩きながら、炎のサークルを解除してヴァーミリオンを軽く振る。
「こっから先は、今までの俺の比じゃねえぞ!」




