3-21 月下
目的の大森林前まで辿り着いた。
着いたのは喜ばしいのだが、ここで1つ問題が発生。
「邪魔、くせえんだよッ!!!!」
刻印発動時の超人的な身体能力に物を言わせて目の前の魔物を蹴り飛ばす。砲弾のような速度で飛んで行った魔物がボーリングのようにその先に居た魔物を吹き飛ばす。
「チッ、分かってたけど数が多い!」
「マスター」
一言俺を呼ぶ声に込められた意味を即座に理解する。言いたい事は「背後に魔物が迫っていますが、私が処理します」だな。
俺の予想した通りにパンドラの右手の銃から放たれた雷光が俺の後ろに迫っていた人型の頭を貫く。パンドラが俺のフォローをした事で背後に隙が出来、それを狙って数匹が同時に別方向から炎を吐き出す。俺は目の前の敵を斬り倒しながら、その炎を全部横から掻っ攫ってヴァーミリオンの餌にする。
お互いをフォローし合って何とかギリギリの所で堪えてるけど、どっちかが崩れたらその瞬間にコッチの負けが確定する。
大森林の前には、今までより一段階レベルの高い魔物が並んでいた。
多分コイツ等は全部近衛的な立ち位置の魔物達だろう。とすれば、パンドラの予測は間違ってなかった。
……それに、ここに来てから肌がピリピリする感じがずっと続いている。多分だが、ここには他とは比べ物にならないくらい濃い魔素を纏った魔物が居る。皇帝やらインフェルノデーモンやら、事あるごとに強い魔物と戦ってるから、そう言う存在に体が敏感になってんのかな?
まあ、何にしてもこの近くに統率者と思われる魔物が居るのは間違いない。
で、問題が発生したのはここだ。
ボスが見つからねえっ!?
ウジャウジャと虫のように群れている魔物。
どいつもこいつも有象無象みてぇな量産型な見た目しやがって!!
ボスが近くに居るのは、俺の感覚が正しいなら疑いようはない。だが、どこにもそれらしい奴が見当たらない。
ただ隠れているだけか? それとも、視覚で捉えられないタイプの能力を持っているとかか? 透明化とかだったら、見つけ辛くはあるけど、多分発見は出来る。何も居ない所に熱だけが発生している不自然さを俺の【熱感知】なら発見出来る。ただし、それに加えて探知を無効にする能力を持って居たらどうしようもない。
けど、恐らくそれはないだろうと言うボンヤリとした確信があった。
この騒動の主犯の魔物は、領主様の予想通りなら影の指揮者、つまりクイーン級だ。俺の戦闘経験から言えば、クイーン級は基本的に一能特化だと思う。皇帝……は例外過ぎて何とも言えないが、インフェルノデーモンはあの炎の装甲による防御力特化だったし、ソグラスを襲ったデカミミズはあの大きさによる攻撃力…と言うか破壊性能特化。影の指揮者の能力が魔物を生み出す事とその統率だとすれば、他の能力は多分持ってないと思う。
俺の予想が当たっていると仮定すれば、視覚でも【熱感知】でも相手を見つける事は出来る筈……。だが、どこにもそれらしい影はない。
森の奥から更に増援が出てくるし、ここへの道中に無視して来た魔物の何割かは俺達を追ってここに集合してるし、辺り一面魔物過ぎて気持ち悪さで酔いそうだった。
しかも、その黒い海の如き数が全部俺等2人…っと、たまに白雪を狙ったかのような絶妙な攻撃が飛んでくるし、コイツ等としては白雪も勘定に入ってるのか……じゃあ、俺達3人を殺す為に全力でかかってくるのだから堪ったもんじゃねえ。
しかも時間経過がいよいよ敵に味方をし始め、敵の強さが上昇して刻印を出している俺はともかく、パンドラの殲滅速度が急激に落ちた。今までギリギリで釣り合っていた天秤が徐々に相手に傾き始め、さっきからずっとダメージを食らっては3倍返しで倒して、次の敵にまたダメージを食らう…そんな展開を繰り返している。
お陰でコッチは傷だらけだっつーの…。刻印出してこのダメージって事は、敵の攻撃力は少なく見積もってもナイト級以上はあるだろ。多分ルーク級…まあ、ルーク級の敵は遭った事ないからどの程度のレベルなのか知らんけど。
問題なのはパンドラだ。さっきから大きなダメージを何度か食らってメイド服がボロボロになって、露出した肌からオイルだか血だが分からない物を滴らせている。
ヤバいな…パンドラは平気な面して戦闘を続行してるけど、普段に比べて反応が鈍くなってるし、さっきから必中の魔弾を何度か外している。
多分もう限界だ、これ以上の続行はマジで取り返しがつかなくなる!
1度退くか? でも、どうやって? そもそもパンドラを護りながら1人でこの戦力差を抜けられるか? ここで退いたら、カスラナはどうなる? このチャンスを逃して統率者に逃げられたら? 戦闘を続行するか? パンドラはどうなる?
頭の中で色んな考えが泡のように浮かんでは弾けて消える。
その時―――
「――ッ!!」
「パンドラ!?」
魔物の波状攻撃を捌き切れず、パンドラの体をゴリラのような巨体の剛腕が捕らえた。
87kgのボディが軽々と空中に吹き飛ばされ、地面を転がる。立ち上がろうとしたその体にゴリラが腕を振り上げて追撃を―――
「させねえよっ!!」
俺の放った業火がゴリラの体を燃やす。
「マスター!」
慌てて声出さなくても、後ろの敵には気付いてる、
「っつーの!!」
姿勢を低くして迫っていた棍棒の一撃を避け、体を半回転させながら斬り裂いて体を上下に両断する。
が、一手敵の方が上を行く―――!
探知能力を擦り抜ける魔物。
ずっとその存在を注意していた、けど、パンドラのフォローに慌てて咄嗟に【熱感知】で見える周囲の状況だけで判断を下してしまった。
【熱感知】では視えなかったカマキリ怪人の一撃。
「―――クッ!?」
横薙ぎに振るわれた鎌の腕。咄嗟に横にステップを踏んで回避を試みるが、動作に入るのが圧倒的に遅すぎた。
回避は無理だ!
ヴァーミリオンを手元に引いて受けに回る。しかし、鎌の方が振りが早い。
左腕に焼けるような痛みが走り、真っ赤な俺の血が噴き出して辺りに飛び散る。
「痛ぇえッ!?」
くっそ、また左腕…! 利き腕や体バッサリやられるよりはマシだけどさ。こういうダメージで体傷つけてばっかだとロイド君に申し訳ねえな!
カマキリ怪人の腹を蹴って距離を取り、ヴァーミリオンの熱量を解放。剣を振ってその熱をばら撒きカマキリ怪人と周囲の魔物を一気に焼き払う。が、その後ろから椀子そばの如く絶え間なく追加がやってくる。
「一旦小休止!」
俺とパンドラを囲むように炎のサークルを作る。
これで耐性持ちの魔物以外は入って来れない。けど、小さく区切り過ぎたな…。
「パンドラ!」
上体を起こすの事にも難儀しているパンドラの元に走る。
「マスター、お怪我を…」
「お前は自分の心配しろ!」
こんなヤバそうな状態で、人の心配してる場合かっつーの。
「マスター、撤退を提案します」
「そうだな。けど、逃げるのもこの状況からじゃ…ちょっと無理くせえな…」
元々、敵の数が2500以上だったら俺達は負けるとパンドラは予測をしていた。にもかかわらず、その8倍に突っ込んで来たのはそれ以外に勝ち筋が見えなかったからだ。あのまま町に留まったところでいつまで耐えられるか分からないし、冒険者ギルドに設置されている通信用の魔導器を使って援軍を呼んだところで、町には直接転移出来ないから敵の囲いの外側から向かって来る事になる。
だったら、一か八かで一点突破をかけて敵の頭を落としに行くのがあの場で選べる唯一の勝ち目の在る行動だと思った。……思ったけど、結果はこの様じゃねえか!
くっそ! またかよっ、また弱いせいで俺は護らなきゃならない物を護れないのかよ!!
強くなるってロイド君と約束したのに!!
ダメだ、これじゃダメなんだよっ!!
俺は―――俺“達”は、弱いままじゃダメなんだよっ!!
――― 力を願う者に祝福を
「!?」
「マスター?」
何だ今の声? いや、声じゃない、もっとあやふやな意思の欠片。
不思議そうな顔をしているパンドラに「大丈夫」と一言だけ伝え、その“声”のような何かの出所を探る。
何故か、自然と視線がそれに向かった。
ヴァーミリオン。
深紅の刀身の俺にしか―――≪赤≫の継承者にしか使う事の出来ないオーバーエンド。確かに、コイツには意思のような何かが有ると思う。敵を斬れば機嫌が良くなり、炎熱を食わせれば喜ぶ。けど、それは俺がそんな感じがする…って程度の物で、明確な意思を持っているって事ではない。
それなのに、今俺は、そのただの剣が俺に力を貸そうとしてくれているように感じた。
そしてもう1つ、俺の首から下がっているもう1つの神器≪月の涙≫。淡く降り注ぐ月の光を浴びて、微かに光っている……いや、これ神器自体が光ってねえか?
その時、久々に頭の中に奴の声が聞こえた。
『神器≪むーんてぃあ≫ノ進化ヲ確認』