3-19 2vs20000
カスラナの住人達は、夜の闇に紛れるように存在する魔物の海へと走って行く2人の背中を見送った。見送る事しか出来なかった。
住人達には戦う力はない。衛兵達にはあの魔物の大群に向かう勇気がない。冒険者達にはこの町を護る為に命を捨てる覚悟がない。
ただ立ち尽くす皆の前で、魔物の群れが波のようにうねり、2人の冒険者に襲いかかる。
「門を閉めろっ!!」
誰かが叫んだ。
このまま門を開けておけば、2人を踏み潰した魔物達が町に雪崩れ込んで来る。その恐怖心が、住人達の手と足を動かした。
急いで門を閉めようと、足を縺れさせながら皆が行動する。
閉じる最後の瞬間、扉の隙間から見えたのは、襲い来る黒い津波に向かって剣を抜き放つ、焔色の衣装を纏った小さな背中だった。
その瞬間、住人の皆が心の中で、あの小さな冒険者に謝る。
彼が町に投げかけていた警告は間違いではなかったのだ。誰か1人でもあの警告に耳を傾け、この町の防衛の為の準備を整えて居たら、こんな絶望的な状況にはならなかったかもしれない。
だが、自分達がした事はなんだ? この町に迫る危険を訴えていた少年を嘲笑し、罵倒し、町から追い出そうとしていた。
そんな扱いをされても彼は町に残り、今も町を、皆を護る為にあんな絶望的な戦力差のある魔物の群れへと向かって行った。
それに比べて自分達のこの惨めな姿はなんだ。本来ならば、あんな子供を護るべき大人達が、衛兵達が、冒険者達が、手助けをする事もなく、自分達が危ないからと扉を閉める事しか出来ない。
「アークっ!!」
領主様の所に仕えていた召使のリアナ。今にも閉まろうとした扉の隙間に飛び込もうと突然走り出す。
「リアナ!? ダメッ!!」
それを後ろに縋り着いていた領主の娘が必死に止める。
「ルリ様、離して下さい!! アークが…ロイド、ロイドが!! 私のたった1人の弟なんです、離して下さい!!」
涙を流しながら、扉の向こうへ今すぐにでも駆けて行こうとするその姿に、あの彼の姉なのだと皆が理解する。
誰も、その行動を止めようとする者はいない。自分達には止める権利はない。何しろ、自分達は今その弟を生贄に捧げるように、扉を閉めてしまったのだから―――。
扉の閉まる、腹の奥に響く音が辺りに響く。
「あ、ああ…ロイド…ロイド…!! いやああああああああっっ!!!!!!」
泣き崩れ落ちるリアナの姿を直視出来ず、住民達は自分達の無能さと無力さを呪いつつただ黙ってその鳴き声が止むのを待った。
見張り台の上に立つ衛兵の1人ヘンリー。
新米ではあるが、元々山村の出で有る為彼は夜目には自信があった。
そして泣き崩れる召使の姿を見て思う。
(せめて、弟君の勇敢な最後を見届けなければ!)
だから、彼は視線を魔物の大群に向かう小さな背中に固定する。
その最後を彼女に語る為に。
魔物が少年とメイドの目の前に迫る。
(凄惨な最後になるだろう。だが、絶対に目を逸らしちゃダメだ!)
2人が魔物に蹂躙されるであろう未来を予感し、腹の底に力を入れてグッを気持ちを強く持つ。
赤い衣装の少年が魔物に向かって剣を振る。だが、まだ距離が遠い。きっと、目の前に迫る魔物の群れの威圧感に押されて、恐怖心から剣を振り回したのだろう。
冒険者として情けない…とは思わない。あんな数を目の前にして、ああして向かって行っただけでも勲章物の勇気だ。
心の中で彼と、その後ろに付き従う彼女の勇気を称えながら視線は動かさない。
だが、ヘンリーの思い描いた未来は訪れなかった。
いや、それどころか…
――― 敵が消し飛んだ。
「……え?」
少年の剣の振った先に居た魔物が、見えない何かによって魔素に帰された。それも、10や20ではない、何百…いや、下手をすれば1000以上の魔物が今の見えない攻撃で死んだ。
次の瞬間、天を焼くかの如き炎が噴き上がる。
「……はぃ?」
自分の声かと思ったら違った。横で一緒に見張りをしていた同僚の声だった。
お互いの顔を見合わせ、視線で会話する。
――― これ、夢か?
――― いや、現実…だと思う。
――― でも、あの炎はなんだ? いくつ工程組んだらあんな魔法使えるんだ?
――― それを言ったら、1000の魔物を屠ったあの攻撃はなんだ?
まるで現実味のない光景にもう一度目をやると、炎の壁の間を2人の冒険者が駆けていた。
(なんだよアレ!? あんなのまるで、寝物語で聞かされた―――)
「竜の息吹きじゃないか……!?」
ドラゴンの吐き出すブレスは、一息で1000の命を殺す。それは、世界中で子供が無茶な真似をしないように戒めとして聞かされる寝物語の1つ。
そんな話の中でしか語られる事のないドラゴンの如き強さを見せるあの小さな冒険者は一体何者だ―――…!?
* * *
見渡す限り魔物だらけでウンザリする。
恐怖心よりも先に、相手にする事の面倒臭さが来る辺り、俺も大分精神的におかしいかもしれない。
まあ、ビビって足動かなくなるよりは、余裕がある分コッチの方が良いか。
「パンドラ、大丈夫か?」
「はい。問題ありません」
「白雪、お前は危ないから顔出すなよ」
返事をするようにフードの中でモゾモゾと動いたのが分かった。
大丈夫か…? 変な所で飛びだされたら本当に危ないからな? と一応思念で念を押して置く。
カスラナから出て初撃でヒートブラストを1発撃った。今回はヴァーミリオンに威力の縛りをする必要も無いので全力全開だった。
気持ちの良いくらい目の前の敵が消し飛んだ。そして後には魔石も死体も残ってない。コイツ等は全部“魔石無し”か。
そして、敵の居なくなったスペースの両側に炎で壁を張って道にする。目的は敵の殲滅ではなく進む為の道作りなのでコッチは有る程度手を抜く。敵の突破出来ない程度の熱量で広範囲に壁を張る。
「雑魚は無視だ。目的はコイツ等を統率してる親玉一匹!」
「はい」
コイツ等の統率者がシャドウ・コンダクターだとすれば、兵隊は倒しても意味がない。だから、進むのに邪魔な奴だけ潰して他はガン無視。
「で、本当に親玉は大森林の方に居るのか?」
「はい。周囲の地形情報を合わせて考えても、指揮をしている存在が町の周辺に居る可能性は低いと考えられます」
こんな時の為に地形情報取らせて置いて良かった…。
でも、大森林の中での戦闘になったらちょっとマズイな。森の中だと、コッチは炎を存分に振るえない。
どう戦うかは、接敵してから考えるしかねえな。
「せー…のっ!」
2発目のヒートブラストを放って、大森林への道を塞いでいる魔物を熱で溶かし殺す。炎の壁を張って通り道にして、はい準備完了。
炎に囲まれた道を2人でひた走る。
炎熱耐性を保有している魔物がたまに壁を越えて来るけど、横と後ろに来るのはパンドラに任せて、前方に来た奴は俺が適当に斬るなり蹴るなりして殺す。
着実に前に進む。
だが、大森林まではまだ距離があるな……。
まだ俺もパンドラも全然疲れてないけど、この先の距離を戦いながら行く事を考えたら、消耗は避けられない。敵の親玉と出会った時にコッチがバテバテでは話にならないので、出来る限り体力は温存しておきたいが、あまりそれを気にし過ぎると進みが遅くなる。時間を掛ければ夜が深くなって敵が強くなって、俺等もカスラナの町の防衛も辛くなる。
体力を出来るだけ温存しつつ急ぐ…中々難しい事してんなあ俺等。
炎を突っ切って来た大きなカブトムシのような魔物の角を蹴りで上に弾いて、地面と体の間に出来たスペースにヴァーミリオンを滑り込ませて、下から一気に体を斬り上げる。
その瞬間を狙って反対側の炎の壁を越えて、両腕が鎌っぽくなっている人型……カマキリ怪人? のような奴をパンドラが氷結の魔弾で撃ち抜く。
「やってもやっても切りがねえな…」
やる前から分かってたけど、実際に突っ込んでみると2万という数字を実感してしまう。
町から出て来た事は後悔していないが、飯を食わずに来た事はちょっと後悔している。
あー、腹減った…。