3-18 嵐
翌日。
午前中は町を出て、目に付いた魔物を倒しつつ周囲を見回る。言っておくが、別に町に居辛かったから外に出た訳ではない。何が起こっても良いように、時間を見つけては地形とか敵が潜みそうな場所とか、そんな感じの事を確認して回っているだけだ。
まあ、詳しい分析はパンドラに任せて居るので、俺としては見回りながら魔物と戦うならどこがやりやすいかを考えるぐらいだが。
それが終わったらカスラナに戻り昼食をとる。コッチの世界的には朝夕2食でも構わないのだが、アッチの生活が染み付いているいる俺としては3食欲しい。節約しようとは思うが、食事で金をケチり出すと途端に貧しさが増すので、出来ればしたくない。
飯を食ったら、ギルドで魔石を換金して今日の業務は一応終了。後は自由時間とパンドラに言ってある。俺は噴水広場でベンチに座り、【熱感知】を切って目を閉じ、歩く人の足音だけを聞いて聴覚で気配感知の訓練をする。
パンドラは、いつ出発しても良いようにラーナエイトまでの地図をどこからか入手して来て、この先の道中の情報を集めてルートを検討している。
白雪は、いつでもパンドラと連絡が取れるように張り付いて貰っているが、俺と離れるのが不満らしく、さっきからチョクチョクそんな思考が飛ばされて来ている…。なので、今日も夕飯の花増量で許して貰おう。
そんな事をしている間に日が暮れて、気付いたら空がオレンジ色になっていた。
今日はここらで終了だな。人通りも少なくなってきたし。
何時間もベンチに座っていたせいでケツが痛い。こうして訓練しても、形になるのは何時になる事やら…。まあ、一朝一夕でどうにかなる程軽い問題じゃねえし、それは仕方ない。けど、こうして自力で能力を鍛えようとして改めて思う。スキルは1つ持ってるだけでもチートだ。何の苦労もなく、歴戦の戦士を凌駕する能力が手に入ってしまう。
俺に……俺“達”に与えられてしまった大き過ぎる力に、今さらながら溜息が出てしまう。
陽が落ちて町が夜の闇に閉ざされた頃にパンドラ、白雪と合流。
相変わらず飯の相談し甲斐のないパンドラと、花以外の物には興味ありませんな白雪。ウチの連中はどうしてこう……もう、良いや面倒クセエ…。
昨日は肉食ったし、今日は何食うかな? そう言えば確か、どっかの店でシチューみたいなのを出してる所があったな? ちょっと探してみるか。
と歩き出すと同時に、
――― 俺が恐れていた物が町に襲いかかった
夜に鳴り響く危険を知らせる鐘。一カ所からではない、3つの門の上の見張り台に設置されている鐘が、同時に全部鳴り響いている。
それが意味する事は、3方向全てで何かしらの危険が迫っている、と言う事。
鐘の音を聞き付けた人々が家から出て外の様子を窺う。
事態のヤバさを少しでも感じ取った人間は、逃げる準備までしている。
冒険者と衛兵は、焦った様子で武器を携帯してそれぞれの門へ駆けて行った。
「マスター」
「ああ……来て欲しくなかったけど、来ちまったみたいだな」
こんな事なら、飯先に食っとけば良かった。言ってもしょうがないので、俺達も事態の確認に近場の門へと急ぐ。
門に近付くにつれて、今の町の状況を理解した人達がその場でへたり込んだり、泣き喚いたり、衛兵達に文句を言ったり、ある種のお祭り騒ぎのような状態になっていた。まあ、楽しそうにしている人間は1人もいないけど…。
門を閉めようと衛兵と冒険者が怒鳴りながら作業をしているのを横目で見ながら、門の外を呆然と眺めている人達の隙間から、暗闇の向こう側に目を向ける。
さて、町の外はどうなって―――…
――― 魔物が居た
1匹2匹ではない。数え切れない…いや、もう数えるのが馬鹿らしくなる数の敵。同時に他の門も警鐘を鳴らしていたって事は、この数が他の門の前にも居るって事か。
「門を閉めるぞッ!! 全員下がれ!!」
押される形で俺達も後ろに下がる。
重苦しい音を立てて大きな門が閉じ、視界に広がっていた敵の群れが見えなくなる。
途端に、
「おい! どうすんだよ!?」「どうするって、どうしようもねえよ!?」「なんだよ、あの数!? あんなの初めて見たぞ!?」「ヤバい、ヤバいッて!! 早く逃げなきゃ!!」「逃げるってどこにだよ!? 他の門も魔物が居たぞ!!」「え!? じゃあ、私達逃げられないの!?」「どうすんだよ!? おい、誰かっ!? どうすりゃいいんだよ!?」
阿鼻叫喚の大騒ぎだった。
衛兵達が何とか住民を宥めようとしているが、まったく鎮まる気配がない。
一方冒険者達は、冷静さを取り繕っては居るが、全員目が泳いで汗が凄い。
他の門でも同じような事が起こったらしく、町の中に怒鳴る様な声がそこら中に木霊している。
周りが五月蠅くて話せないな。
パンドラの腕を引いて、騒ぎから離れた所で話を切り出す。
「敵の数、おおよそで良いから算出出来るか?」
「はい。およそ2万、誤差はプラスマイナス1500です」
最低でも1万8500か。
パンドラが出した、町が壊滅する予測値が2500だから……。
「終わったなこりゃ…」
「はい」
町の皆様、残念なお知らせですが詰み確定です。まあ、そんなもん俺が発表するまでもなく、門の外を見た人間なら分かるだろうけど。
遠くから「転移魔法使えない!? なんで!?」と言う声が聞こえた。どうやら、他の町から来ていた冒険者達が魔法かスクロールを使って転移しようとしたみたいだが失敗に終わったらしい。
恐らく、敵の群れの中にアンチポータルのような能力を持ってる魔物が混じっているんじゃないだろうか。1体1体はそれほど力はないから、街全体を覆っているとなると複数体。
それを見つけてピンポイントで仕留めるなんて無理だ。つまり、この町からは転移で逃げられないし、転移で援軍が来る事もない。
孤立無援。
当てに出来るのは、今この町の中に居る戦力だけ。
衛兵が100人くらい、冒険者が50人。
取り囲んでいる魔物が全部“魔石無し”か“死体入り”なのだとすれば、その戦闘能力は最低でもビショップの黒、そしてナイト級が混じっている。この町の今の戦力で、俺とパンドラを抜いて、このランクと戦えるのはせいぜい30人だ。他は、せいぜい1体に対して数人でかかれば何とか勝てるってレベル。
…………考えれば考える程、絶望が積って行くな…。
「マスター、速やかな脱出を提案します」
今まで突っぱねて来たけど、今は物凄い魅力的な提案に思える……。いっそ、本当にリアナさんだけ連れて逃げようかな?
返事の代わりに溜息を吐く。
町はほとんど無防備な状態で囲まれ、転移で逃げる事もできない。完全な詰み手。
この状況を敵の頭が作り出したと言うなら、これはもう素直に負けを認めるべきだろう。
人間に一切悟らせる事無く2万の兵士を用意し、対応させる間もなく町を包囲。その中に転移無効の能力を持った魔物を潜ませ逃げ道を完全に塞ぐ。
今まで姿を見せなかったのは、この準備期間だったって事か? それとも、町の人間が油断して警戒を解くのを待っていた? いや、何にしても完全にコッチが何しても無駄な状態にまで追い込まれてるんだ。そこは考えるだけ無駄だろ。
悪足掻きでも猿足掻き(?)でも良いから、何か打開する事が出来ないかと考えを巡らす。そんな都合のいい方法があるのなら、とっくにパンドラが言ってるだろうけどさ…。
と、領主様達が慌てた様子で、混乱する皆の元へ走って来た。
何とか皆を落ち着かせようと優しく声を掛けているが、全くちっとも落ち付く様子がない。
「アーク…?」
領主様に着いて来たリアナさん……とその後ろにコバンザメの如く張り付いているルリ。
「大丈夫なの?」
「俺自身が大丈夫ってんなら、まだ戦っても居ないから大丈夫。この町が大丈夫って聞いたんなら……まあ、かなりヤバい…かな」
リアナさんの顔が青褪める。
後ろに張り付いているルリが震えているのが分かった。その手は、赤くなる程強くリアナさんの服を掴み、もしかして顔を見せないのは泣いてるからか?
……はぁ…結局、俺が取るべき道は1つか。
「ルリ、泣いてんのか?」
ビクッと肩が揺れる。コイツの性格上、俺に弱みを知られた事が恐怖があったのかも。この状況でもそんな事を気にする余裕があったのなら、コイツは大物だな。
「うるさい、泣いてないわよ!! コレは……ちょっと、あれよ、リアナの服が良い香りだから嗅いでるだけよ!!」
すげえ変態チックな理由をブッ込んできやがった。
この状況でその言い訳を言える図太さに苦笑しつつ、リアナさんの服に顔を押し付けているルリの頭にポンっと手を置く。
「そうかい。そんじゃ、お前が嗅ぎ飽きる頃には全部終わらせて来るわ」
「え…?」
「心配すんな。この町も“姉さん”もお前も、魔物にやらせやしねえよ。全部護る。俺はその為にここに居るんだ!」
手を離して門の前で騒いでいる民衆と領主様の所に足を向ける。
「パンドラ、お前は待ってろ」
「いえ。御供します」
「いや、危ないから待って―――」
「御供します」
ダメだコレ…。絶対折れない気満々だ。
「……分かった。んじゃ、いっちょ2人でレッツパーリィと洒落込むか?」
「サタデーナイトフィーバーですね。了解しました」
それは違う。とツッコミたかったが、何だかやる気になっているようなので水を差すのは止めておいた。
「アーク、貴方どうする気なの!?」
「んー、別に何も?」
知らんふりをして領主様の所に歩いて行く。
「領主様」
「ん? おお、リアナの。どうしたのだ、こんな所で? 早く君も家の中に隠れていなさい」
「俺等、ちょっと外に出て魔物の親玉シバきに行って来るんで」
「はぁ!? な、何を言ってるんだ君は!?」
領主様と、周りからの信じられない馬鹿を見る目を無視して話を続ける。
「夜が深くなる程敵が強化されるんで、30分くらいで仕留めるつもりですけど、それまでは籠城してなんとか魔物の襲撃を耐えて下さい」
俺の計画…とも言えない無茶な特攻のような作戦を口にすると、周りに居た人間の1人、俺に散々絡んで来たルーク級のパンダさんが口を挟んで来た。……あれ? パンダだっけ? ランダバ? ハンダ? まあ、良いか。
「おいガキ! こんな時にお前のホラに付き合って―――」
――― ゴキャ
パンダの顔が俺の拳を受けて変な形に歪み、折れた鼻から赤い物を噴き出しながら吹っ飛んで行った。
「悪いね。アンタの嫌味に付き合ってる暇ないんだ」
地面でピクピクと虫のようになっているパンダを無視して話を続ける。
ルーク級の冒険者を一撃で沈めた俺を、町の人達が…今まで俺を笑い嫌って来た人間達が、信じられない物を見るような目を向けて来た。
「ただ、俺等が失敗する可能性も大いに有り得るので、それだけは覚悟して置いて下さい」
「……いや、そんな無茶を許可出来ん! 門は開けさせる訳には―――」
「ああ、門は俺等が出たら、すぐに閉めて下さい」
言うや否や、巨大な両開きの鉄の扉の片方を全力で蹴り開ける。
「邪魔だオルァッ!!」
大人が10人近く集まって閉じた扉を、アッサリと蹴り開けて外に出る。
「さーて、んじゃ行きますか!!」
「はい」
2万の魔物の群れに向かって、俺達は走り出した―――。