3-17 嵐の前の静けさ
後日、俺とパンドラを入れた腕の立つ人間を中心に組まれた大森林の調査依頼が冒険者ギルドに出された。……町を護ったパンドラはともかく、俺は「腕の立つ」方には数えられてないだろう事は間違いないが、その件はスルー。
森の中で3日程過ごして、大森林のかなりの範囲を調べた。
その調査の話は端折らせて貰う。何故なら―――…
――― 何もなかったからだ。
そう、森の中は至って平穏だった。
朝も夜も、陽が昇っている間も、陽の落ちた後の闇の中でも、森はまったく平穏だった。
森の中で見られる魔物も、他の冒険者達がいつも森の中で討伐している物ばかりで、“魔石無し”も“死体入り”も1体も発見出来なかった。
町へ戻り、ギルドと領主への報告を済ませる。
領主様は、異常が無かった事に安堵した様子を見せていたが、やはりどこか今の状態に疑問を感じているようにも見えた。
ギルドの方では、結局森の異変は無かった事から、先日町を襲撃した魔物達はどこかへ離散してしまったのだろうと言う結論に落ち着いた。ただ、まだ襲撃の可能性が残っている事から、一応別の町から冒険者の増援は呼んだみたいだが。
余談だが、どこからか俺達が「大規模な魔物襲撃がある」と言う話を領主にして、調査依頼を出させて町を騒がせたと言う話が広まり、ホラ吹きとして一部の者達…特に冒険者連中からは嗤われ者になっている。
いや、別に俺が嗤われる事は別に構わないんだ。腹は立つけど、そんなもんは俺が我慢すれば良いだけの話で。問題なのは、俺の危惧している大規模襲撃が本当に起こった時の準備を、この町が全然整えていないと言う事だ。
領主様の言っていたクイーン級の魔物…影の指揮者が今回の元凶だとすれば、その群の規模はどれ程になるのか想像もつかない。
パンドラの予測では魔物が2500体居たら、俺達を戦力として数えたとしてもこの町は壊滅するらしい。俺達2人で1000体倒しているし、その1.5倍増しだろ? と思ったが、そもそもアレは開けた場所で護る物が何もなかったから出来た戦いだ。もし町の中での戦闘になったら、俺はヒートブラストは使えないし、炎もかなり出力を抑えて使わなければならない。そうなったら、俺の戦闘力は7割以下だ。
「マスター?」
この町の中で1番殲滅力が高いのは恐らく俺だ。俺の広範囲、高威力攻撃が封じられたらその時点で詰みだと言える。
「マスター」
もしダメそうなら、最悪リアナさんを連れて逃げる算段もしといた方が良いか。
「マスター」
「ん? ああ、どうした?」
「8度呼びましたが返事がありませんでした」
考えごとに夢中で全然気付かなかった……。
現在、夜の酒場で食事中。
森の中で獲れる見た目が完全に熊の肉をフォークで弄びながら、さっきから思考がグルグルしている。お陰で1日の楽しみであるディナーにも集中出来やしない。
カスラナが襲撃されてから5日経った。
良くも悪くも魔物の襲われる事に慣れている町の人達は、すでに通常運転の生活に戻りつつあった。
「何かお悩みですか?」
「いや、なんつうかさ―――」
と、俺の言葉を遮るように俺達のテーブルを誰かが大きな音を立てて手を置く。
「やあやあ、誰かと思えば町を騒がせる“渡り鳥”君じゃないか?」
ニヤニヤと俺の顔を覗き込むように笑う若い男。
2日前にどっかの町から援軍として、転移魔法で飛ばされて来た冒険者のうちの1人。確か名前はパンダ。
「ボクの名前は覚えてるよね? このルーク級のバンダ様の名前をっ!!」
ああ、うん、微妙に間違えた。まあ、ともかくそれだ。
一々仕草1つ1つで首から下げられたクラスシンボルを周りにアピールしている。その駒は白い城壁、つまり騎士級の上位者。この国は女王級以上が居ないので、自動的にルーク級が最上位となる。
コレがこの国の冒険者の天辺かぁ……。
「何か御用ですか? ルーク級のパ…バンダさん」
「いやぁ、別に? 用事って程じゃないんだけどさあ、君、良く平気な顔してこの町に居られるよねえ? いやいや、責めてるんじゃないよ? 君のように弱い冒険者が自分を強く見せようと話や事件を大きくするなんて良くある事だし。でも、町の人を恐れさせるような事をしちゃいけないよねぇ?」
周りを煽るようにドンドン声量を上げていく。
ここが酔った人間の多い酒場と言う事もあり、パンダを責めるような声は1つも上がらない。それどころか、その言葉に扇動されて俺達を睨む人間の多い事多い事…。この町じゃ俺達、完全に悪役だな。いや、悪役なのは俺だけか…パンドラは町の襲撃で住民を護って魔物を倒したから、どこか英雄視されてるように思える。一方俺は、その英雄を従えてる口だけのチビだ。
「そのナイト級のシンボルも、本物なのかどうか怪しいし。早く町から出て行った方が良いんじゃないかなあ? 渡り鳥なら渡り鳥らしくしろよガキッ」
吐き捨てるように言うと、俺の事を鼻で笑って去って行く。
「騒がしいやっちゃ」
周りからの視線が痛い…。
さっさと飯食って宿に戻ろう。
「マスター…」
「うん、良く我慢したな」
ここであのパンダを殴り倒す事は容易い。と言うか、正直俺も手が出そうになってしまった。けど、それをやったところでどうなる? 俺達の怒りが鎮静するってだけで、良い事なんて何にもない。それどころか、俺等…と言うか俺の悪評が大きくなるだけだ。
「さっさと食って出よう」
「はい」
周囲から舌打ちされたり睨まれたり、散々な扱いを受けながら、まともに味わう事もなく作業としてテーブルの上の料理を片付ける。
代金を机に置いて逃げる様に酒場を後にする。
通りに出るや否やパンドラが、
「この町はマスターに留まるに値しないと判断します。長居する理由もありませんし、目的地に向けて進むべきではないでしょうか?」
いつも通りの無表情に、いつも通りの淡々とした口調だが、多分俺の事を気遣ってくれたんだろう。パンドラ自身が、町の住人の俺への態度に不満を持ってるし。
「まあ、居心地は良くねえよなあ…」
正直な事を言ってしまえば、この町に長居したくない。出来るなら、今すぐにだってこの町を出てラーナエイトを目指したい。けど……。
「でしたら」
「でも、まだ出て行けねえよ。この町にはリアナさんが居るからな」
他の住人を見捨てる事になっても、あの人を見捨てる訳にはいかない。
“ロイド君の日常を形作る存在は護る”。
これは、この体を借りている俺が、自分に課す絶対のルールだ。イリスの時もそうだったし、リアナさんにだってそうする。
「少しくらいの白い目や、悪評くらいどうって事ねえよ!」
……ちょっと嘘だ。皆からあんな目を向けられれば嫌な気分になるし、悪意ある言葉をぶつけられたら悲しくなる。けど、ロイド君はそう言う事を感じる事も出来ない状態なんだから、俺が泣き事言う訳にはいかないだろ。
強がっていると、その俺の表層が伝わったのか、フードからヒラヒラと白雪が飛び出して淡い青色になりながら、俺を慰めるように頬擦りして来た。
「なんだ、慰めてくれてんのか?」
俺を励ますような思念が伝わって来る。
「ありがとな」
指先で頭の辺り(球だから良く分かんないけど…)を撫でてやると、色が薄黄色になる。現金な奴だ、とちょっと苦笑する。今日の晩飯はちょっと多めに花買って行こう。
「マスター」
「ん?」
パンドラが立ち止まって、お辞儀をするように頭を差し出す。
なんだ? 何をしてるんだコイツ?
「………何だ?」
「…いえ。なんでもありません」
いつも通りに見えるが、若干ションボリしているな。でも、なんで?
ピンっとひらめく。白雪の頭(?)を撫でてたら頭を差し出したって事は、まさか…?
パンドラの頭をワシワシっと髪が乱れない程度に撫でる。
「えーと……」
こう言う事で良いんだろうか? あんまりこのアンサーに自信がない…。
「ありがとうございます」
「あ、ああ、うん…」
どうやら俺の行動は正解だったようで、パンドラの足取りがいつもより少しだけ軽い。いや、体重はいつも通り重いけど…。
白雪の姿を見られないようにフードの中に隠れさせ、ふと空を見上げる。
空に輝く月…正確には月に見える別の何かをボンヤリ眺めながら、ソグラスで月を見上げた事を思い出す。あの日に比べて欠けた部分が大きくなってるな。
首にクラスシンボルと一緒に提げた指輪を摘まんでみる。≪月の涙≫、俺の指輪の神器。指輪に施された月の形の装飾と、丁度今の月が同じくらいの欠け方だ。まあ、だから何だって話だけど。
グッと指輪を握る。
もう、ソグラスのような事にはさせない!
魔物の襲撃から5日。町も森も平和その物だ。
だが、その不自然なまでの静けさが、俺には恐ろしくて堪らなかった。
この平和は長く続かない、すぐにデカイ嵐にブチ当たる。そんな漠然とした予感が、俺の心を満していた。