3-16 領主会談
この町1番の大きな屋敷。
土足で歩く事を躊躇ってしまうくらい磨かれた床を歩き、応接室らしき部屋に通される。このまま話始めるのかと思ったら、髭のオッサンことこの家の当主様は執務室の方に行ってしまった。
「………お父様は暫く来ないわよ。事後処理と被害確認と今後の防衛計画とか、すぐにやらなきゃいけない事が山積みだもの。そもそも、町に出たのだって、自分の目で町の様子を見る為だし……貴方の事はついでよついで」
ああ、そう。
コイツは本当に俺に対してのヘイトが高いな…。魔物1匹倒しただけでワンワン泣いてたくせに。
けど、娘のどうしようもなさはともかく
「……今、失礼な事考えなかった?」
「気のせいだ。……です」
娘のしょーもなさはともかく、親父さんの方はちゃんとした人っぽいな。
人の口や文字での報告だけでは見えない部分もあるだろうし、直接自分の目で見に行くってのは良い事だと思う。まあ、それはこの規模の町だから言える事かもしれんけど…。
それに、領主の顔を見れば、町の連中も少しは落ち付くし安心するだろう。
「それでアーク、貴方その怪我どうしたの? まさか、さっきの騒ぎで魔物に!?」
「んー、まあ、そんなところ。そんな深い傷じゃないから大丈夫」
ちょっと嘘だ。そこそこヤバいレベルの傷だが、どうせ寝れば治るし、変に心配させるような事言う必要はないだろう。
「あっはっはは、だらしないの! 私のように優雅に魔物を倒せないの? どうせ、その後ろの従者に護って貰って逃げ回ってたんでしょう?」
「………パンドラ、ステイ…」
「はい」
俺の後ろに立っているメイドが銃に手を伸ばす前に静止する事に成功。慣れたもんです。別に威張れるような事じゃないけど…。
「あんまり無茶しちゃダメよ?」
「ご心配なく。この体の持ち主に許可なく死ぬような真似はしないんで」
「………何言ってるの貴方? 頭がおかしいの?」
お前に言ったんじゃねえよ、ボケ!
そんな感じで、世間知らずのお嬢様の言葉にストレスを溜めながら、2時間程拷問のような時間を耐え抜いた。途中、リアナさんがちょっと凄い高そうな紅茶を入れてくれたのだが、それにパンドラが対抗心を燃やしたりして大変だったが…、まあそれ以外は至って平和な時間だった。
外ではまだ襲撃後の騒ぎが収まってないのに、こんな感じで居て良いんだろうか…? とは言っても、俺に出来る事は戦う事だけだからなぁ…。
値段相応の味なのか良く分からない紅茶を飲んでいると、扉が開いて待ち侘びた人が入って来る。
「呼んでおきながら待たせてスマナイな」
デスクワークをバリバリこなして来たからか、2時間前よりも顔が若干やつれているように思える。それでも、ナイスミドルっぽさは崩れていない。歳食ってもイケメンは得だなあ…。
「いえ、コチラが無理に会っていただいているので」
「ははは、小さいのに礼儀正しいな。ここは流石リアナの弟と褒めるところかな?」
言われて、嬉しいのか若干顔が崩れそうになりながらも、お礼のお辞儀をするリアナさん。
「ふむ。それでは、あまり時間もかけられないのでね。早速話を聞かせて貰えるかな?」
「はい。俺…じゃない、私達は先日ソグラスの方から旅して来たのですが」
「ソグラスからか。先日強大な魔物の襲撃で壊滅寸前になったと報告が来ているが、本当なのか?」
「………はい、かなり酷い状態です。住民の9割が死んで、町も復興に何年かかるか…」
「報告は聞いていたが、そこまで酷いのか…。ルディエやダロスでも魔物が現れたと言うし、何かが起こったのか?」
あの騒ぎの裏では、≪赤≫の俺と≪黒≫の仮面の女、そして魔神を狙う連中でのイザコザがあったのだが、それを関係無い人間が知る事はないだろう…。
「話の腰を折ったな。続けてくれ」
促されて仕切り直す。
「はい。それで大森林の中で魔物と遭遇したのですが―――」
森の中での出来事を要点だけ纏めて話す。
“魔石無し”の魔物。“死体入り”の魔物。その魔物が連携して人を襲う姿。そして、夜の闇の中で蠢いていた1000の魔物。
次の日には200の魔物が居たが、消えてしまった事。
「……ふむ。魔石を持たない魔物と、動物の死体の入った魔物、か」
思考を回す時の癖なのか、口髭に触れながら視線が部屋の中を彷徨う。
「何か心当たりが?」
「心当たり…と言えるほどの物ではないが、昔学生だった時分に噂で聞いた事がある。東方の大陸で影の軍団を操るクイーン級の魔物が現れた、と。確か名前は―――」
目を閉じて記憶をほじくり返す数秒の間。その時間がやけに長く感じる。
「そう、確か、影の指揮者だ。夜の闇から魔物を無限に作り出し、圧倒的な物量で町や村を蹂躙した魔物だと聞いた」
夜の闇から魔物を作る。確かに、それなら夜が深くなるほど強くなる奴等の特性とも合致する。
いや、それよりも今“無限に”って言ったよな? って事は、俺等が倒した1000匹なんて、氷山の一角だったって事じゃねえか!?
「その魔物が、森の中に居る可能性がある…と?」
「分からんな。君達の話でその存在を思い出したと言うだけで、まだ確証も無い。だが、しかし本当に居るのだとしたら、すぐにでも対策を取らねばならんな」
領主の顔が険しくなる。
まあ、そりゃそうか。魔物の襲撃を退けたと思ったら、今度はどんな規模を引き連れているかも分からないクイーン級が、町の近くに潜んでいる可能性が出て来てしまったんだから。
「領兵は防衛で動かせんか…。ふむ、冒険者ギルドの方に森の調査依頼を出すとしよう」
「でしたら、その依頼に俺達を同行させるように付け加えて貰えませんか? それなりに腕は立つつもりですし、森の中で魔物と出会った場所にも案内できます」
「ふむ、確かに…。先の襲撃で、衛兵達が手こずった魔物を、その侍女が見慣れぬ魔導器で殲滅したと聞いている。だが、君自身は大丈夫か?」
俺の左手にその場の視線が集まる。
ああ、うん。そりゃ、この傷見たら俺の実力は疑われますよねー。
「あー、この傷はー…」
「ご心配には及びません。マスターは私の10倍は強いですから」
パンドラがフォローをしてくれた。でも、10倍は言い過ぎじゃねえか? 俺自身としては、倍の強さも怪しいと思うぞ?
「ははは、主人を立てる良い従者じゃないか」
冗談だと思われてる…。この見かけで、こんな傷負ってたら、そりゃ実際に実力証明してるパンドラの方が評価高いのは当たり前だよなぁ。
「恐れ入ります」
無表情にぺこりと頭を下げる。
朗らかに笑っていた領主の顔がフッと何かに気付いたのか暗い表情になる。
「お父様?」
「どうかなさいましたか?」
「ふむ。魔石の無い魔物についてはシャドウ・コンダクターの作り出した先兵だったと考えられるが…今回の襲撃の死体の入った魔物の事が分からぬ。話では、夜の闇の中でしか活動出来ないと聞いた覚えがあるのだが」
「領主様の知らない能力で生み出されたか、それともまったく別の要因で生まれた亜種と言ったところでしょうか?」
「そうだな。森を調査する際は、その魔物についても調べてみてくれ」
「分かりました」
話が一段落したところで時間切れ。領主様は数人の男達に呼び出されてデスクワークに戻って行った。
俺達も用事が済んだのでお暇する。
今日はもう疲れたので宿に直行。その道すがら…。
「パンドラ、領主様はどの程度俺等の話を信じてくれたと思う?」
「予測値は30%です」
「微妙な数字だなぁ…」
3割かぁ…。話半分とは言うが、話3割ってどんなだ…。
まあ、森周辺に危険な何かが居るって事は伝わったっぽいし、後は調査依頼が出されるのを待って行動開始ってとこか。
そこで、パンドラが俺の左手の傷を見ている事に気付く。
「どうした?」
「マスターの防具を揃える事を提案します」
「ああ、それは俺も考えてた」
今まで、雑魚相手ならまともなダメージは受けないと思ってたし、俺が攻撃を食らうレベルの強敵には防具なんて大して意味無い。だったら、動き制限されるし重いし、防具は要らないや。と思ってました。
はい、思い上がりですね。
つっても、この町の今の状況で防具揃えるのはチッと厳しいな。魔物の襲撃で住人の危機感に火が付いたのか、武器や防具を買い求める人間が少なくない。実際に戦うか否かではなく、危機が目の前に来た時に備えをしていないと言うのが不安で仕方ないのだろう。
「けど、その件は暫く保留で」
「はい」
それに、防具云々を抜きにしても、俺はスキルを過信し過ぎだな。特に探知能力の【熱感知】は便利すぎるからついつい頼りがちになってしまう。
それが、この左手の傷を代償に学んだ事と思えば、安い買い物だった。下手すりゃ、首落とされてたかもしれないんだ、この程度の傷でそれを理解出来たなら、良かったと思うべきだろう。
少しずつでも自分の五感鍛えていこう。