3-15 一波越えて
カスラナに近付いた所で、発動していた刻印を解く。
町は無事そうだな。
煙も上がってないし、パッと見は町の周りに魔物の姿もない。けど、防壁の中が少し騒がしい。
もしかして、防壁を越えられたか!?
左手の痛みを堪えて急ぐ。
門の手前で衛兵に止められた。初めて町に来た時には素通りだったのに、やっぱり警戒が強くなってるって事は魔物が襲って来たのか。
冒険者のクラスシンボルを見せて中に入り、状況を確認する。防壁の上に頭を出している見張り台では油断無く2人の見張りが立ち、門の前では臨戦態勢のこの町の衛兵と冒険者達の姿がある。多分他の門もこんな感じになっているだろう。
俺の姿を見つけた途端に、小走りに駆けて来るメイドを発見。
「マスター」「パンドラ!」
近付いて来るなり俺の左手の傷を凝視する。
「マスター、御怪我を…」
「ん? ああ、ちょっと油断した。それより町の方はどうだった? この様子だと魔物が来たんだろ?」
「はい。ご説明は傷の手当てをしながらにしましょう」
パンドラにしては珍しく慌てた様子で俺の手を引っ張って、人通りの少ないベンチに俺を座らせると、今までに見せた事がない早さで治療道具一式を借りて戻って来る。
「別に治療しなくてもどうせ一晩寝れば治るぜ?」
「いけません。例え回復するのだとしても、マスターのお怪我をそのままにして置いて良い訳がありません!」
「………はい」
いつになく強い口調で説教された。
まあ、確かに寝れば治るって言っても、この痛みでちゃんと寝付けるかはまた別問題だしな。
傷口をアルコールか何かの消毒液? を塗られて痺れるような痛みを感じながら話を再開する。
「で、町の方はどうだった?」
「はい。私達が町に戻り5分程経った頃に魔物が攻撃を開始しました。衛兵にはすぐに防衛準備を整えるように言ったのですが、冗談として聞き流され、結果として無防備な状態で魔物の襲撃を受けました」
……最悪の展開だな。俺等がこの町の人間だったら衛兵達も耳を貸してくれたかもしれないが、ここでは俺達は来てから日の浅い部外者だ。もしかしたら、冒険者から俺達がホラ吹きだなんて話が伝わっていたかもしれないし…。
「魔物の数は約200。衛兵達が慌てて門を閉めましたが、13体の魔物が町の中に侵入。受けて10体は私が、残り3体を衛兵と冒険者達が処理。人的被害は重傷2軽傷8、死亡者はいません」
「無防備な状態から死亡者無しなら上等か…イテッ、もうちょい沁みない奴ないのかよ…」
「我慢して下さい。そもそもマスターは単独行動が多すぎます。お傍で仕えなければ護る事ができません」
なんかチクチクと口撃されている…。パンドラとしては、ずっと俺と離れているのが不満だったらしい。
いや、でも仕方ないじゃん? 俺1人の方が絶対機動力高いし、それに二手に分かれた方が効率良いし。
それに…俺が1人で動く時は大抵危ない事する時だし、巻き込む訳にはいかねえよ。俺が怪我を負っても、死なない限りは【回帰】で治せるけど、パンドラの体は色んな意味で特殊過ぎる。
生身3割、機械7割。生身の部分が傷付いても自然治癒は可能らしいが、機械部分はどうだろう? この世界にパンドラを治せる技師が居るか? いや、居ない。そもそもオーバーテクノロジー過ぎて訳が分からないだろう。億分の1の可能性として、俺等の世界から来た機械に強い人間が治せるって事もあるかもしれないが、そんな宝くじを引くような確率に頼るのは無謀すぎる。だから、パンドラには出来る限り危ない場所に行って欲しくないし、危ない事もして欲しくない。
この件は改めて折りを見て説得する事にしよう。
「それで? 防壁の外に居た魔物は?」
「それが、10分程前に突然引き上げました」
「10分前って言ったら、俺の方が片し終わった頃だな……」
「では、マスターによって町は救われた、と言う事ですね?」
「うーん……どうだろうな」
たまたまって可能性もあるし。何とも言えないな。
おっと、1番肝心な所聞いてなかった。
「パンドラ、町に来てた魔物って“死体入り”じゃなかったか?」
「はい。魔物の処理後、残った動物の死体は町の外で焼かれました」
「そうか。んで、半端な殺し方だと蘇ってきたりしなかったか?」
「はい。私が処理した魔物達にはそのような事はありませんでしたが、衛兵と冒険者の処理した3体はそれで随分苦労したようです」
やっぱり、死体入りはある程度体をバラさないと殺せないのか。この生存能力の高さはちょっと驚異だな。
でもパンドラの方では普通に倒せてたのか…。いつも通りの戦い方をしたのだったら、間違いなくヘッドショットで頭をトマトケチャップにしただろう。けど、死体入りは頭を飛ばされても魔素で頭を作って蘇るし……ん~、どう言う事だ?
「パンドラ、倒す時敵のどこ狙った?」
「頭ですが?」
だよな。って事は、復活するかしないかは倒し方の問題なのか?
俺が首を刎ねた時は火も熱も使わない単純な物理だった。この町の衛兵や冒険者も町中で魔法で乱戦するのは考え辛いから、恐らくは武器で戦った筈だ。って事は、物理的な倒し方だとダメで、魔法だと普通に倒せるって事かな?
パンドラが緑色のドロッとした液体を俺の左腕に塗るのを見ながら―――くっさ…薬草か何か知らんけどこの匂いは勘弁願いてえな。即効性のポーションとかかけるだけで済ませて欲しいんだけど。……アレは高いからなあ…。普段から節約しろって言ってる手前、高い物使えとは言い辛いな。
「なあ、パン―――」
「アーク!」
横からやたらと柔らかい何かが俺の顔を直撃する。
今朝、まったく同じ事をした覚えがあるんだが俺の気のせいだろうか?
下手に動いてもまずそうだし、かと言って声を出せる状態でもないので、黙って治療されている最中の左手でメイド服の端っこを掴んで引っ張る。
――― 助けて下さい!
別に助けを求める事を情けないとは思わない。なぜなら今俺の視界を覆っているこの柔らかい物は、男には絶対勝てない物だからだっ!
俺の考えを即座に理解したウチの出来るメイドは、
「マスター、治療に支障をきたしますので静かにして下さい」
華麗にスルーした。
チキショウめ!! 俺の周りは敵ばっかりだよ!!
と思ったら、救いの手が差し伸べられた。
「オホン、リアナ…」
渋い男の声。
聞いた事はない。知り合いじゃない。そもそもオッサンの知り合いなんて数える程しかいない。
「は、はい! し、失礼しました旦那様」
リアナさんが俺から離れて飛び退く。
あー助かった…。
で、そこに居たのはリアナさんとルリと……口髭が偉そうな中年が1人。ん? でもさっき旦那様って言ってたよな? もしかして…。
「君がリアナの弟か?」
パンドラに治療を中断させて立ち上がる。
「はい。今はアークと名乗っていますが…」
「そうか。娘の我儘にも付き合わせたようですまなかった」
娘の言葉の時に視線がルリを見ていた。やっぱり、この人がここの領主、ヴィルード家の当主か。
「いえ。冒険者として依頼された事をこなしただけですので」
「ふむ、それで何やら急ぎの話があるとか?」
ああ、この急な登場はルリが約束を果たしてくれたって事か。でも、其方さんから出向いてくれるとは予想外。目上が来てくれるのは有り難いが、それ以上に失礼だったのではないだろうかと恐縮してしまう。
「はい」
「それはもしや、今回の魔物の襲撃に関係しているのかな?」
「ご推察の通りです。今回の魔物の襲撃は、恐らくまだ続きます。それももっと大規模な物が」
「その話が本当であれば、我が領地の危機と言える。詳しい話を聞かせて貰えるか?」
「お父様、話を聞くのであれば場所を変えた方が良いのではないでしょうか?」
「そうだな。ではアーク、我が屋敷で聞くとしよう」
よし、これでようやく目的達成。
あとは、ちゃんと防衛に力を入れて貰えるように話すだけだ。とか俺が安堵している間に、パンドラは俺の左手に包帯代わり綺麗な布を巻いていた。