3-14 魔物の主
魔物の反応に向かって真っ直ぐ進む。
町が遠巻きではあるが囲まれている状況を考えれば、俺が向かっている先にいる連中は後詰だ。パンドラの読み通りにコイツ等を指揮している統率者が居るのなら、後詰を叩かれれば無理な攻めはしないだろう。
と言うのがあの場での俺の読みだったが、それはあくまで人間同士での話じゃないのか? と言う自分の考えへの迷いもある。人間同士であれば、兵士の損亡を恐れて引かせる選択肢もあるが、魔物の場合…とかく、今回の相手は兵士である魔物を使い捨てにするタイプのように思える。だとすれば、下手に後詰を突くのは愚策にも思える。
まあ、どうせ倒さなきゃならないんだ!
もし、コレで町の方が襲撃されるようなら……そっちはパンドラを信じるしかねえな。ここから町までそれ程離れてないから、刻印使ってダッシュすれば、致命的なダメージを町が受ける前には戻れるだろうし。
考えている間に街道を塞ぐように群れている黒いモヤの集団を発見。
相手も気付く。だが、先手は取らせない! 昨日のように逃げられると思うなよ!!
手前の3匹を【魔炎】で燃やす。
ただ単に出のスピードで言うなら、この攻撃が1番早い。ヒートブラストは、ヴァーミリオンの熱量を解放するのに若干だが溜めが必要だし、その熱量を飛ばすのに剣を振らなければならないからな。それに対して【魔炎】は、発火、燃焼も指先の動き1つすら必要としない。
ヴァーミリオンを抜く。
さあ、一気に片付―――横の草むらから狼型の魔物が飛び出して来た―――!?
「っく!?」
いきなりで反応が遅れる。
そうだよ、コイツ等の中には俺の探知能力を擦り抜ける能力を持ったのが混じってるんだった!!
ヴァーミリオンでの反応が間に合わない。
咄嗟に左手を差し出す形で体を護る。その細い腕に容赦なく噛み付き、牙を肉と骨に捻じ込んで来る。
「いってぇええええ!!!」
【フィジカルブースト】で肉体の耐久力は高くなっているが、それでもダメージを無効に出来る訳じゃない、せいぜい普通の人に比べたら体が硬くて痛みに強いって程度だ。
【レッドエレメント】で体から熱を放射、魔物の頭を焼いて、ヴァーミリオンで即座に首を飛ばす。そして、魔素が空中に四散―――しなかった。
地面に転がった首は、異臭を放つ腐った狼の首。
だが、首の無くなった体の方は、魔素が寄り集まって首の形を作って再び動き出す。
コイツ等、“魔石無し”の方じゃなくて“死体入り”の方だったのかよ…!?
ああ、クソ! 左手が痛ぇ! すぐに死ぬような怪我じゃないから無視するけど、下手に振り回さない方が良いな。
正直に言う。油断した! 刻印出してる状態ならともかく、生身のままじゃこの程度の格下からでもダメージを貰っちまう。そんな当たり前の事が頭から抜けてた。いや、違う、分かっていたけど、ダメージなんて食らう訳ないって勝手に思い込んでた。
にしても、コイツ何で死んでないんだ? 森の中ではパンドラの魔弾一発で沈んだのに。
考えるのは後だ! ともかく、敵の排除優先!!
首なし状態から復帰して来た狼型の体にヴァーミリオンを突き刺す。左手を振らないようにすると力が上手く入らないな…剣の刺さりが思ったより浅い。
「左手分のお返しだ、受け取れ」
魔物の体の内側にある狼の死体ごと、ヴァーミリオンの熱量解放で吹き飛ばす。焼ききれなかった肉片と黒い血液が辺りに飛び散る。
流石にこれだけ木端微塵にすれば再生しないか。ああ、そう言えば首の方も再生しなかったっけ。って事は、首以下のサイズにすれば少なくても再生は出来ないって事かな?
「ま、全部灰にすれば関係ねえか!!」
俺が怪我を負った事で、ここが攻め時だと判断したのだろう。全ての魔物が一斉に俺に向かって来る。
馬鹿が、わざわざ射程に入りに来てくれるなんて手間が省ける!
足の速い奴から順番に列のように一直線になっているこの状況は、まさにコッチとしては「待ってました!」な状況だ。
大きく振りかぶって剣を振る。
ヴァーミリオンから迸る圧倒的な熱量。触れた物を容赦なく焼き尽くす無慈悲な熱の壁。
前半分が消し飛んだところで、後ろ半分が自分達の目の前に迫る絶対的な驚異に気付き横に飛び退く。だが甘い! ヴァーミリオンで余波を回収する事を止める。途端に熱量の波が周囲に広がり、横に逃げた魔物の体を呑み込む。直撃ではないお陰で瞬時に灰になったりはしないが、全身をジリジリと削り落とすような熱量には耐えられない。
必死になんとか魔物の体を維持しようともがいているみたいだが、今のお前等は荒波に呑まれた小舟以下だ。どんな抵抗も無意味。中に炎熱耐性を持ってる奴がいたら、俺にもう一噛み出来たかもしれないが、残念ながらそんな奴は居ないらしい。
「熱に溺れて死ね」
真っ赤な炎の中に、黒い魔素が飛び散って中身の死体が露わになる。そして、次の瞬間には暴力的な熱量に曝されて死している体が真っ黒な炭となった。
復活する魔物は居ない。
八つ裂きにするか、炭にすれば一先ず再生は出来ないらしい。
――― 視線
バッと辺りを見回す。
しかし、周囲に熱源はない。いや、でも俺の【熱感知】が万能ではない事は、左手の痛みが教えてくれている。
視覚と聴覚を研ぎ澄ますが、何かが動く気配はない。
……気のせい、かな?
俺が何となく誰かに見られた気がする…ってだけのあやふやな感覚だしな。
早いところ町に戻ろう。最悪、もう町が魔物に襲われてるかもしれない。
* * *
焔色の装束を着た敵対者が立ち去ると、黒焦げになった死体のうち1体がムクリと起き上がる。
犬の死体。
いや、耐えられない熱量を浴びて歪になったかつて死体だった肉塊。
表皮は焼けただれ、ところどころから黒ずんだ肉が見え、片目は溶け落ちて頭の肉は焼け落ちて骨が半分見えてしまっている。
明らかに死んでいる。
だがその身は動いている。
――― 動く死体
その死体に静かに近付く影。
黒いモヤを纏った魔物。人のように二足歩行をし、二本の腕、だがそのシルエットは人とは言い難い。もし、この魔物をこことは違う異世界の人間が見たら、この魔物をチンパンジーと呼んだだろう。
魔物は犬の死体を無造作に引き裂く。比喩ではなく、体の前後を掴んで力任せに引き裂いたのだ。
腸が地面に汁気のない音を立てて零れ落ち、その中から1つの石を見つけ出す。
魔石。魔物の核であり、魔素の塊。
その石を迷い無く口に運ぶと、ゴクンッと腹の中に収める。
魔石の中に残る“敗北の経験”が魔物の中に流れてくる。
己を殺した焔色の装束を纏う炎使いの情報をそこから読み取る。肉体的な速度、筋力、持っているスキル、魔法の有無、使用武器、武器に付与された力。
どんな些細な情報も漏らさぬように魔物は敗北の経験を何度も自分の中でリピートする。
そして魔物は結論を出す。
――― 自分の力では勝てない
と。
やはり見張りを仕込んで置いたのは正解だった。敵の持つ圧倒的な力への焦燥と同時に、自分の行動に間違いはないと満足感が体を満たす。
森の中へ引き上げながら次の一手を考える。
力が足りない。それも圧倒的に。
全ての命を潰さねばならないのに、コレではダメだ。戦力を集める時間は無い。今すぐにでも力が必要なのだ。あの炎使いを排除しなければならない。
魔物は決意する。
――― 力を得る方法は1つだ
魔物は光の通らぬ深い森の闇の中へと消えて行った。