3-13 果たされた依頼?
改めて名乗り終えたところで前の2人に目を向けると……。
「………だ、だ、大丈夫、怖くない、怖くない。………私は強い、強いのよ、よし、行ける!」
「………」
まだやっていた。
必死に自分の気持ちを鼓舞して魔法を放とうとしているルリと、無表情に魔物に拘束魔法を再度かけているパンドラ。
これいつまで続くんだろう……。もしかして、日が暮れてもこの状態から動かないんじゃなかろうか?
「早よ撃って終わりにしてくれー」
「…うるさいっ、もうちょっとで行けそうだったのに!! バカバカバカッ!!」
お前のもうちょっとは、子供の勉強しろって言われて「今からやろうとしてた!」に通じる嘘臭さだな。
「スマねえパンドラ、長丁場になりそうだ」
「…はい」
無表情ではあるが、パンドラが呆れているのが分かる。この頃、言葉の少しの間や声の変化で感情が少しだけ読めるようになって来たな。
とりあえず、やる気だけは有るらしいその背中を見ながら、コイツの将来がちょっと心配になった。……いや、ちょっとじゃなくて、かなりだな。
そんな事を考えて居たら、前2人に聞こえないように、耳に口を寄せてリアナさんが小さな声で俺を呼んだ。
「ねえ、アーク?」
「何ですか?」
アークの名前で呼び捨てにされるのがちょっと新鮮だった。そういや、この名前名乗るようになってから初めてだな。
「私がヴィルード家に仕えている理由は聞いた?」
「いえ、まったく。イリス達も遠くに出稼ぎに行ってるとしか言ってなかったし」
「ルリ様にはお姉さんが居たの」
居た…過去形?
「死んだの?」
「ええ、魔物に殺されたって聞いてるわ」
……まあ、コッチの世界じゃ良くある話だ。俺の世界で言う交通事故みたいなもんだろうし。
もしかして、この依頼もその辺りの事情が絡んでたりするのか? いや、邪推は止めておこう、趣味が悪い。
「何でも、そのお姉さんが私にそっくりらしくて。執事さんがルディエでたまたま私の事を目にして、それで後日領主様が直々にいらしてお仕えする事になったの」
「その死んだ姉の代理も兼ねてるって事?」
「うーん…どうかしら? でも、旦那様と奥様はともかく、ルリ様はそうかもしれないわね」
死んだ姉の代わりね。
ルリがやたら俺に敵意剥き出しなのは、もしかして俺…ロイド君が本当の弟だからか? 自分の姉の代わりの他人。その本当の弟がヒョッコリ現れたから……姉を取られると思って―――って感じか?
アホか。俺、関係ねーじゃねえか。そっちの家庭事情とか俺の知った事じゃねえし。
「だからね―――」
「ああ、はいはい。別に敵意向けられたって怒らないよ」
「そうじゃなくて」
え?
「仲良くしてあげて」
「どんな判断っ!?」
あんな親の敵の如く敵意バリバリの人間とどう仲良くしろっつうの!?
「……後ろうるさいって言ってるでしょ!? 人間の言葉が分からないのクズっ!!」
ほら、もうこの調子だよ。これ無理だってーー!? この女、絶対俺に対する好感度が変動しないタイプのキャラだよ。攻略対象じゃない奴だって! フラグ立たないんじゃどうしようもねえべや。
「大丈夫よ、生きとし生ける者は全て愛おしい隣人だもの」
ロイド君、大変残念なお知らせですが、貴方のお姉さんは頭の中にお花畑が咲いているようです。
「どうかしたの?」
「いや………別に……」
「じゃあ、ヨロシクね?」
じゃあって何だ。俺、一言もヨロシクするなんて言ってねえけど。
そんなやり取りをしている間に、いよいよヘタレが覚悟を決めたらしく、両手を広げて魔物に向ける。
「……行くわ!」
ええから早よやれや! と心の中で思っていても、それを正直に表情と声に出すと、また俺に言い返して来て話が進まないので黙ってそれを見守る。
やがて、両掌の前に赤い魔法陣がユックリと描かれていく。
どーでも良いけど詠唱遅いな。こんな速度で魔法撃ってたら確実に魔物に喰い殺されるぞ。
「【フレイムボルト】!!」
魔法陣から放たれる4つの火球。
この魔法は見た事あるな。確か、ルディエで俺が≪赤≫を初めて使った時に食らった魔法だ。まあ、食らったって言っても【炎熱無効】でまともなダメージは通って無かったけど。
俺の懐かしさはともかく。
2つの火球は魔物の30cm横に着弾、1つは空中で弾けて、最後の1つだけがヒット。命中精度も酷いもんだ。相手は完全に止まってるのに…。
4つ全部当てて初めてちゃんとしたダメージになる魔法なのに、当てたのは1つだけ。つまりダメージは本来の4分の1。魔物は火球の衝撃に呑まれながらもがいていた。
ダメだこりゃ。
しょうがねえ、気付かれないように…っと。
魔物を焼いていた炎が突然膨れ上がり、あっと言う間に魔石を残して四散する。
「……………や、やった…?」
「はい、おめでとー」
心のこもってない拍手を送る。
俺1人で拍手させるのが気の毒だったのか、パンドラも無表情に手を叩く。
「ルリ様…」
「リアナ………リアナーーー!」
ガバッとリアナさんに飛び付いてわんわん泣き始めた。
「マスター…!」
「分かってる、ちょっと待て」
パンドラが銃に手を掛けながら辺りに視線を走らせるのを見ながら、軽い調子で2人に話す。
「リアナさん、いつまでも外に居ると危ないし、そろそろ町に戻りましょうか。家の人とか心配してるかもだし」
「ええ、そうね。さ、ルリ様戻りましょう」
「…………うん…もう、帰る……」
涙の止まらないルリを宥めながらユックリ町に引き返して行く。
ヤバいな…この速度じゃ間に合わない!
仕方ない、コッチから行くか。
「あーあー! もう1つ依頼受けてたの忘れてたー! やっべ、怒られるー」
出来るだけ演技臭くならないように頑張ってみたが、あんまり自信はない。
と、内心冷や汗をかいている俺に、相棒がナイスなフォローを入れてくれる。
「それはいけませんマスター。アチラの依頼は緊急性の高いものだった筈です。急ぎ依頼に取りかかる事を進言します」
「そーだな。と言う訳で俺はここで失礼」
何か言いたそうなリアナさんと、俺達の事なんてガン無視なルリを先に行かせて、パンドラを近くに寄せる。
「2人を無事に町まで送ったら、すぐに町の衛兵達に防衛の準備するように言っといてくれ」
「かしこまりました」
「白雪、お前も仕事だ」
フードから羽の生えた光る球を引っ張り出す。
俺の渡した花を、呑気に抱えてちょっとウツラウツラしてやがる。
「俺が危険だって思念を送ったら、すぐにパンドラに伝えてくれ」
了解の意を示す思念が飛んで来た。とりあえず、休んでいた分仕事をする気はあるらしいようで何より。
「じゃあ、頼むな」
手の平に乗っていた白雪が、パンドラのエプロンドレスのポケットに滑り込む。
「パンドラ、2人の事くれぐれもヨロシクな」
「はい」
ユックリ歩いているリアナさんとルリを追って行くパンドラを見送り、俺は反対側―――森の在る方に走り出す。
俺の視界…いや、【熱感知】に映るのは無数の魔物の影。
昨日の夜に比べれば大分少ないけど、50くらいか?
でも、問題なのは数じゃない。森から大分離れて、町の近くまで魔物の群体が来ていると言う事だ。
それに、てっきり魔物が群れて現れるのは夜が深くなった頃だと決めつけていた。まさか、こんな真昼間に出てくるとは完全に予想外。
もう1つ言うと、魔物の反応は俺の向かう先だけじゃない。
遠くて詳細は確認できないが、カスラナを取り囲むように浅く広く魔物が配置されている。
くっそ、ノンビリしてる場合じゃなかった!!
こんなに早く事態が動くとは―――…。
自分の脳無しっぷりに怒りを覚えながら、俺は先を急いだ