3-10 炎使いとロボメイドの事件考察
ベッドの上に置いた花に埋もれている、赤く光る球こと白雪。
「ゴメンな白雪。別にお前の事忘れてた訳じゃねえんだよ?」
俺の言葉に、プイッとそっぽを向いて花の生命力をモリモリ貰う妖精。どうやら、お腹の減りっぷりが尋常ではなかったらしい。その体の赤さたるや、ヴァーミリオンの刀身並みである。
こりゃ、「怒ってる」どころじゃねえな。激オコだよ激オコ。
「はぁ…」
飯食ってる最中は話聞いてくれる気配がまったくない。食べ終わって落ち付いたら改めて謝る事にしよう。
「で、パンドラ。大事な話がある」
「はい」
向かいのベッドに腰掛けたパンドラは、すでに髪を解いて寝る準備を始めていた。
「先に謝っとく。話すのが遅れてスマン」
「何のことでしょうか?」
「俺自身の事。ずっと話さずに来ちまったからさ、ちゃんと話しておこうと思って」
「はい」
俺の事を話す。
俺が本当は異世界の人間で、あっちの世界で死んで精神だけがこっちの世界に召喚されてしまった事。その召喚も、おそらく俺自身をこっちの世界に呼ぶための物ではなく、俺を轢いたトラックの運転手を召喚する為に発動された物に巻き込まれただけで、俺自身は本当に単なる一般人だって事。
そして、こっちの世界で目を覚ましたら、ユグリ村のロイドと言う魔法の使えない少年の体に入っていた事。
この旅は、俺自身が生き返る方法を探す為であり、この体を元の持ち主のロイド君に返す為のものだって事。
パンドラは、何も言わずに俺の話をいつも通りの無表情で聞く。
「俺が≪赤≫を持った事は偶然で―――」
頭の片隅で、チラッと「本当に偶然か?」という疑問が過ぎるがとりあえず無視する。
「この力を何に使えば良いのかも正直自分で分かってないし……」
今は、自分の目的を果たす為に都合良く振り回しているが、常に引っかかる物は感じている。こんな大きな力を「いち個人の私的な理由で使って良いのか?」と。
……まあ、頼らないとまともに戦えないから頼っちゃうんだけどさ。
だから改めて思う。そんな有様の俺にパンドラを連れている資格があるのか?
「落胆したか?」
「いえ、それはありません。マスターがどこの誰であっても、私がお仕えするのはマスター御1人ですから」
「……そっか」
「ですが、だからこそ困惑しています。マスターと呼ぶべき人が2人いる場合、私はどちらをマスターとして承認すればいいのでしょうか?」
ああ、そっか。俺とロイド君、パンドラにとってはどっちもマスターと呼べる存在なのか。
もし、俺がこの体から出た場合、マスターが2人になる…と言うのはコイツにとっては大問題らしい。俺個人としては、どっちでも良いと思うんだが…。
「まあ、お前の好きな方を選んでくれ」
「そのような選択権は私にはありません」
「マスターを選ぶとか堅苦しく考える必要はねえよ。仕えたい方に仕えろ」
「よく分かりません…」
「別に今すぐ分からんでも良いよ。その時が来るまでユックリ決めてくれ」
その時がちゃんと来るのかも俺には分からんけど。
「俺の話はこれで終わりだ。悪いな、寝る前にこんな話して」
「問題ありません。マスターの御話の優先度を考えれば当然の事かと」
「そうか。そう言って貰えるとありがてぇ」
そろそろ白雪の食事が終わったかと見てみると、花の中に埋もれたまま寝ていた。コイツはコイツで本能の赴くまま生きてんなぁ…。
まあ、良いか。
「んじゃ、着替えたらそのまま寝ててくれ。ちょっと出てくる」
サイドテーブルの上に置いていたヴァーミリオンを手に取ってベルトを巻く。
「どこに行かれるのですか?」
「森の方の様子見て来る。もしかしたら今日も魔物が群れてるかもしれないし」
「でしたら私も行きます」
「必要ねえよ。ちょっと確認してくるだけだし、何かあったら白雪に助け呼ぶように思念飛ばすから、そん時は助けに来てくれ」
「かしこまりました」
パンドラのお辞儀に見送られて宿を後にする。
こう言う時に妖精の力は便利だなー。表層の意識のやり取りは距離を無視するから、情報のやり取りが楽だ。携帯電話がないコッチの世界では、この手の遠隔の情報伝達する力はそれだけでも大きな意味を持つ。
あ…でも、寝てる白雪に思念って届くのか? それに、助けを呼んでくれって思考を飛ばしたところで、白雪の考えが分かるのって俺だけじゃん。パンドラが上手い事読み取ってくれると良いんだが。
駆け足でショートカットを駆使して30分程。遠目にボンヤリと森が見える所まで来たけど……。
――― 居る
昨日よりもずっと数が少ないけど、それでも200くらい居るな。
パンドラを呼ぶか…? いや、この数なら1人で行けるか!
ヴァーミリオンを鞘から抜き、熱量を解放して剣に纏わせる。ヒートブラスト一撃で全滅させるのがベスト。
今日はパンドラの支援ねーし、下手に囲まれてヤバい展開になっても助けはない。だったら、相手の動きだしより早く攻め潰す。
先手必勝あるのみ!
「―――っし!」
物陰から飛び出し、魔物を群を射程に捕らえる。が、魔物も俺の存在に気付く。
「遅ぇよ!!」
剣を振る―――前に、魔物の姿が幻だったかのように掻き消えた。
「!?」
放射しようとした熱量を慌ててヴァーミリオンの中に押し戻す。
消えた!? どこだ!?
【熱感知】を最大望遠にして辺りを見回すが、森の中に小型の魔物が数体居るくらいで他に魔物の姿はない。
あの数が消えた? 始めから居なかった―――はないか。ちゃんと熱量があったし。あの数全部が隠蔽能力を持っていた……?
「“我に力を”」
刻印で知覚を強化してみても、やはりあの群体の姿はどこにもない。
どうやったのかは分からないが、どこかに逃げた、って事で良いのか? でもどうやって消えたんだ? 転移能力……もないか。転移の時の光がなかったし。
いや、待て。方法はともかく、ここで消えてどこに行ったかも問題だろ!? まさか、町の方に行ったとかじゃねえよな!?
敵を斬れなくて若干機嫌の悪いヴァーミリオンを鞘に戻して、刻印の力で強化された人外の脚力で急いでカスラナに戻る。
敵は、居なかった。
夜の静けさと、冷えた空気が防壁の内側を満たしている。一応町の中をグルッと回ったが魔物の反応はどこにもない。
どう言う事だ? 町を襲う為の陽動でもないって事は、あの魔物達はただ俺から逃げた、って事になる。
そりゃ、勝てない相手から逃げるのは当たり前の行動と言えばそーなんだけど…うーん…。
とりあえず、今日はもうコレ以上何も起きないかな? 防壁の上には見張りも立ってるし、多分大丈夫か。騒ぎが起きたら、そん時に対応を考えよう。
モヤモヤした物を感じつつ、俺は宿に戻った。
「マスター、お帰りなさいませ」
「おう、ただいま。寝てて良かったのに」
「マスターが働いている時に先に休む事は出来ません」
頭固ぇなぁ…。野宿の時は火の番で交代で寝てるし、その延長で考えてくれれば良いのに。
しかも、1度解いた髪型もキッチリ結んでるし。「いつでも出撃できます!」ってぐらい完璧な状態だ。
「まあ、良いか…。待っててくれてありがとうよ」
「いえ。当然の事です」
お前のその礼儀正しさと律義さを、花に埋もれて寝こけてる妖精に分けてやって欲しい。
ヴァーミリオンをベルトごと外しながら、さっきの魔物の話をする。
「それで、今日も魔物が群れてたよ」
「では、戦闘に?」
「いや。戦う前に逃げられた…? っぽいな、多分」
「どう言う事でしょうか?」
「それが、コッチが戦闘仕掛けようとしたら、こう…何て言うの? 闇に溶ける様に? そんな感じで消えちまってさ」
「転移ですか?」
「いや、多分違う。隠蔽されたと思って辺りを探ったけど、特にそれらしい反応もなかったんだよなぁ…」
隠れるって言ったって、五感全部を騙すのは至難の業だ。それに加え、俺相手の場合は【熱感知】があるから体温も隠さなくてはならない。でも、刻印出して知覚強化しても、どの感覚にも引っ掛かる様子がなかった……って事は、だ。
「俺の探知能力を上回る隠蔽能力を持ってるか―――」
「本当にその場から消えたか、ですね?」
「そう言う事。これだけ聞いて、何か心当たりはあるか?」
「幻を生み出す能力や魔法の可能性を提示します」
「ああ、それは俺も考えた。でも、仕掛ける前には確かに【熱感知】で見えてたんだよなぁ。その能力や魔法って熱量も騙せるもんなの?」
「正確な回答は出来ません。そもそも熱を正確に知覚出来る人間は居ませんので」
ああ、そっか。俺のように特別な感覚を持ってる人間が居ないんじゃ、そもそもその能力や魔法で騙せているのか、いないのかも分からねえのか。
俺が幻を見せられていた可能性もまだある、か。いや、でもちょっと待て。
「でも、その幻を見せていたとして、そのメリットってなんだ? 俺の隙を作るって言うなら成功しただろうけど、その間に何かしてくるって事も無かったし」
「………」
あ、パンドラが黙った。
森の近くに幻を配置するメリットはやっぱり無いだろ。って事は、この線は薄いか。
「じゃあ、やっぱりあの場から消えたって事かなぁ…」
「はい。やはりそちらの可能性が高いと判断します」
やはりって…パンドラは始めからコッチ押しだったのかよ。一応幻術の可能性もあるから、言っておいたってその程度の事か。
「普通の魔物であれば、突然消失する事は考えられません。ですが、それは魔石の存在があるからです。あの森の魔石を持たない特異な性質を持つ魔物であれば、肉体を構成している魔素を散らすだけでその場には何も残りません」
「ああ、なるほど…。でもそれって意味あるか? 結局魔物としては死んじまうから自壊って事だよな?」
「はい。それとマスターの言葉に付け加えて、全ての魔物が自壊したという点も気になります。これは推測ですが、この魔物達には指示を出している統率者が居るのではないでしょうか?」
統率者か。なるほど、それは考えなかったな。魔物は全部個別の物だと思ってたから。
「仮にこの統率者が居ると仮定した場合、森の中での戦闘で見せた連携した動きにも説明がつきます。これも推測ですが、魔石を持たない魔物の核はこの統率者の元で管理されているのではないでしょうか?」
「え? それはマズくね!?」
魔石を持たない連中の核がその親玉の元にあるのなら、俺達が倒した魔石無しの魔物は全部ガワだけで倒せていないって事になる。そして、時間を置いたらまた復活するって事だ。
「はい。ですがあくまでコレは私の推測です」
「………いや、その推測…当たりかどうかともかく、かなり良いとこ突いてる気がするぜ?」
この統率者が本当に居た場合、良い事と悪い事がある。
悪い方は、俺達が倒した1000匹の魔物と、今日自壊して逃げた200の魔物がそのうち復活するって事。
良い方は、その統率者1匹潰せば全部終わるって事。
はぁ…また面倒な事になる気がする……。