3-6 2vs1000
相手の数は約1000。見渡す限りに魔物だらけ、今からその数の暴力が俺に向くのかと思うと……正直ちょっと怖い…。いい加減魔物と戦うのも馴れて、ビビらなくなったと思ったけど、やっぱり格下とは言えこの数を相手取るのは精神的にかなりキツイ。
まあ、でもやるしかないんだけど。
飛び出す前から初撃は決めてある。
とにかく、相手の数減らしが重要だ。下手に敵が散ると広範囲攻撃の効果が薄れる。敵が固まってる一撃目で出来る限り潰したい。
ヴァーミリオンに溜めた熱量を解き放つ。普段から【レッドエレメント】で熱量を垂れ流しにして、それを全て喰わせているのでコイツの腹はほぼ満タンだ。
刀身の周囲の景色が歪む。今の温度は正確に測る事は出来ないが、多分マグマ以上の熱量がある。その熱量を、剣を振るって魔物の群れに…
――― 叩き込むっ!!
この熱量解放……ヒートブラストとか名付けようか。うむ、中二臭くて大変良いと思います! やってる事は、ヴァーミリオンの中の熱量を吐きだしてるだけだけど…。まあ、ただ吐き出すのではなく、無駄な熱量は【炎熱吸収】で回収してレーザーを照射するように絞ってはいるけど。
直線上に居た魔物を消し飛ばし、魔物の群れのど真ん中に焼け焦げた道が出来る。
あれ? 魔石が落ちてない? って事は、この場にいる魔物は全部魔石無しの連中か!?
初撃で魔物の約4分の1…250くらいは潰せた。上手く狙えば半分くらいやれないかと思ったけど、熱の放射を絞り過ぎて攻撃範囲が狭かったか。
攻撃されて、素早く動き出した魔物が数匹。
反応が速い!? けど、残念。コッチの手札はもっと早いっ!!
「燃えろ」
左手を振り上げると、それに呼応するように俺達と魔物の間に炎の壁が立ちふさがる。突っ込んで来ていた足の速い数匹が壁に飲まれて黒い魔素を撒き散らす。
あの数だ。下手に近付かせたら数に物を言わして何をしてくるか分からない。しかも、魔石無しの魔物は連携を取るからより一層注意が必要だ。だから、出来るだけ近付かせないように立ち回るって俺の考えは間違ってない…筈だ。
熱に耐性を持った魔物が壁を抜けて近付いて来る。
熱耐性を持ってるのは50くらいか。でも、このくらいの数なら―――…
「パンドラ、壁抜けて来た耐性持ちを先に潰せ!」
「かしこまりました」
俺の近くまで迫っていたゴリラっぽい魔物の頭を雷が撃ち貫き、更にそこから雷の橋がかかるようにすぐ後ろに居た狼型の魔物の体を貫く。
俺も近付いて来ていた牛っぽい魔物の頭を斬り飛ばしながら、未だに炎の壁の前で足踏みしている耐性を持たない魔物達の背後にも同じように炎の壁を生み出す。魔物達が前と後ろの炎から逃れようと左右に分かれる。よしよし、狙い通り! 程良く数が散ったところで、群れを二つに分ける様に炎の壁を張る。
一気に数を相手にするからシンドイんだ。だったら、こうやって群れを分断して置けばOKでしょ。
片方の群れは逃がさないように炎で囲み、もう片方の群れには2発目のヒートブラストをブチ込んで数をゴッソリと削る。
途中鳥型や大きな虫っぽいのが壁を飛んで越えようとして、パンドラに羽を凍らされたり炎で吹っ飛ばされたり、地面から伸びて来た鎖で地面に引きずり戻されたりしていた。そう言うフォローを入れながらもパンドラは確実に、炎を越えて来た耐性持ちの魔物の数を減らしていく。本当にコイツは頼りになるな…。
――― 残り500
始めの真っ黒な絨毯のような状態から数が半分くらいになり、俺は炎を撒きつつ時々パンドラの方に向かおうとする魔物をヴァーミリオンで搔っ捌き、パンドラは着実に魔弾でヘッドショットを決めて数を減らしながら、俺の方にチョイチョイフォローを入れている。
っていうか、ヤベエ! 【魔炎】で発火させた火を維持し続けるのってこんなにキツかったのか…。いつもはパッと点けてパッと殺してパッと消す。みたいな使用法ばかりだったので、敵を分断する為に炎を点けっぱなしにして始めてこんな欠点に気付いた。しかも、その辛さに加えてヴァーミリオンの【炎熱吸収】の制御の方もシンドイぞ! 放って置くと、周囲の熱量全部食べてしまおうとするから、腹に入れて良い熱量にだけスキルを向けさせるってのが予想以上に面倒臭くて辛い。
対多数の戦闘法は間違ってない。間違ってないけど、俺が自分で思っている以上に自分の能力を理解していなかったのが計算外。
ジリジリと鑢で精神を削られて行くような不快な疲労感。
頬を流れる汗を拭ったその時、炎熱に耐性を持っていない魔物達が壁を抜けて来た。
「はぁ!?」
何で!? 耐性を後付けで付与した!? いや、違うっ、俺の炎の制御が甘くなって、壁の所々に熱量のムラが出てたんだ!!
くっそ、アホが!! 大事な所でしくじったッ!! こりゃ、出し惜しんでる場合じゃねえ!
「“我に力を”!」
即座に全身に赤い紋様が浮かび上がり、知覚が強化されて今まで見えなかった物まで見える。今まで聞こえなかった音も聞こえる。さっきまで制御に手間取っていた炎が、従順な犬のように俺の言う事を聴いて大人しくなる。
炎を抜けて来た魔物を片っ端から炎の中に蹴り戻す。
「ハウス!!」
すでに炎の壁は元通りに触れれば黒焦げ危機一髪な状態に戻っているので、犬が犬小屋に戻るように元居た場所に戻る事はなく魔物達は真っ赤な炎に食われて散って行く。
ついでに炎を撒いて周囲の魔物を燃やしつつ、炎の壁同士の隙間を徐々に狭めて内側に居た魔物を一気に燃やす。えげつない戦い方だが、圧倒的に数で劣るんだからこれくらいの戦い方は許して欲しい。あと、焼かれながらも何とか脱出した魔物を容赦なく撃ち抜いて行くパンドラは頼もしさを通り越して若干怖い…。
これで後は数十匹の塊が3つくらいか。
「パンドラ、一気に叩くぞ!」
「はい」
残りの魔物を、互いに競うような速度で殲滅しつつ、危ないところはフォローし合う。少しは仲間らしい戦い方ってのが出来る様になって来たかな?
――― そして……
「…疲れた……」
地面に座り込みながら、辺りを見回す。
魔物の姿は1つもない。
1000匹近い魔物を、2人で全滅させてやったわ!! ざまーみろ、チキショウめ!!
……まあ、でも今回は良い経験になったな…。自分の能力の理解力の浅さがこれ程重症だったとわ……。改めて能力の使い方、全部見直した方が良いな。どんな見落としてる弱点が有るか分かったもんじゃない。
その点、パンドラは余裕って感じだったな。戦い方もフォローの仕方も、俺の失敗で予想外の事態になっても慌てた様子も無く淡々と対処してて…。ああ言うのが、冷静沈着ってもんなのかね?
おっと、そう言えば今はもう1人居るんだった…。やべえやべえ、戦ってる時、白雪の事完全に頭から抜けてたわ…。
フードから光る球を引っ張り出してみると、寝ているらしく普段より光が弱く、寝息を立てるようにユックリと明滅を繰り返している。
………白雪…あの騒ぎの中、俺の服の中に居て良く寝てられるなお前…もういっその事尊敬に値するわ
「マスター、御休みになられて下さい」
へたり込んでいる俺とは別に、働き者のメイドは改めて焚き火の準備をしながらそう言う。こんだけ気使い出来るなら、さぞや良い嫁さんになるだろう…。と心の中でちょっと優しさが目に染みて泣いてしまう。
「いや、パンドラが先に寝てくれ」
パンドラが枯木を積み終わったところで【魔炎】を使って火を点ける。……こうやって、焚き火に発火させて放置する分には別に何ともないんだけどなあ……。まあ、やってるのはあくまで“発火”だけで、後は木を勝手に炎が燃やしているから俺の力と意識は関係ないか…。魔素だけを燃焼させ続けると途端に持続力が無くなるんだよなあ…。
「近頃のマスターは無理が目立ちます。強制実行します」
言うと、トコトコと俺の後ろに歩いて来て座る。
何してんだ? と振り返ろうとした途端に、後ろからガッと両肩を掴まれて後ろに倒される。
「ぉわっ…!」
地面に頭がぶつかる前に、パンドラの足が俺の頭を受け止める。
あれ? これって…膝枕…?
「えーと…何故に膝枕…?」
「はい。質の良い睡眠には枕が欠かせません。野宿では用意が出来ませんので、私の膝で代用いたしました」
上から見上げれば、マリンブルーの宝石のような瞳が俺の顔をジッと見降ろしていて、その向こうには輝く星の海が広がっていた。
パンドラの美しさと夜空の美しさがまるで1枚の絵画のようで、一瞬本当に見惚れてしまった。
「マスター、どうかしましたか?」
「え…あ、ああ…いや、なんでもない…」
後頭部に当たるパンドラの足は、中身が機械とは思えないくらいの肉感を再現されていて、「やっぱコイツ、本当は人間じゃね?」と頭の中で首を傾げていたら、フッと睡眠の波が襲って来て俺の意識を浚って行こうとする。
「悪い………ちょっと……眠い……」
「はい。そのまま御休みになって下さい」
「……邪魔…だった…ら………どかして…………」
「マスター、御休みなさいませ」
意識が閉じて行く少しの時間、夢と現実を意識が彷徨うような一瞬の時間。
頭を優しく撫でる心地良い感触。安心感に包まれたまま、俺は夢の世界に旅立った…。