3-5 夜戦
魔物化した死体について、白雪にも訊いてみた。
まあ、当てにしたのは白雪の知識じゃなくて、森の木々から貰える情報の方だけど…。そもそも白雪との意思疎通自体がたどたどしいので、情報を聞くにも一苦労だ。しかし、苦労の末にどうやら、「森の木々が何かに怯えている」と言う事は分かった。
情報がボンヤリし過ぎで何のこっちゃだが。まあ、森の中に何か異変が起こっているらしい事は理解した。
とは言え、そんな話をしているうちに森が終わり、俺達は見事遭難から脱出した。
「おっしゃああぁあああ!! 森終わったぞコンチキショオオオ!!」
「おめでとうございますマスター」
他人事のように無表情のままパチパチと手を叩くパンドラ。
俺が嬉しいのが伝わって、なんか良く分からないけど黄色く光っている白雪。
「いやー、改めてゴメンな、俺のせいで」
「マスターが謝罪する事は何もありません」
こんなに尽くしてくれる相手がいるのは嬉しいけど、それ以上に仕えているのが俺みたいので何だか凄く申し訳ない気持ちでいっぱいだ…。
「さて、それじゃ次の町目指して歩くか」
「はい」
白雪が返事の代わりに俺の肩にピトッと止まる。
妖精を肩に乗せて、メイドを連れて歩く俺は、多分傍から見たら相当意味不明な人間だろう。まあ、今さら人からどう見えてるのかなんて気にしないけど…それで変に噂になったりすると面倒だなぁ…。
現在の俺達の目的地は、不老不死の人間が居ると言うラーナエイトの道中にあるカスラナと言う町だ。森を抜けたらすぐだって話だけど、コッチの世界で言う“すぐ”は余裕で1日かかるからなあ…結構当てにならない。
でも、まあこうして多少なりとも道の形になっている所を歩いていると、やっぱり安心する。これならまあ、後1日くらい歩いても良いかと思う。
そして結局、そのまま日が落ちても町は見えてこず、仕方なくもう一晩の野宿をする。
「そう言えば、妖精って食事しなくても良いんか? 白雪、昨日の晩飯も今日の朝飯も食べてないだろ?」
すると、白雪はヒラヒラと道端の小さな花に飛んで行った。
「花食べてんの?」
あ、赤く光った。どうやら違うらしい。抗議するように勢い良く思考が俺の中に入って来る「花。命。小さい。貰う」。えーと、翻訳すると…。
「花から生命力? をちょっと貰ってる。で良いのか?」
肯定の思念と同時に黄色く光る。おお、正解か。
「妖精は普通の食事もいらんのか。なんか、つくづく人間離れしてんな…いや、まあ実際人間じゃねえけど」
「マスター、私も消費エネルギーを最小限に抑えれば5日は飲食を必要としません」
「ああ、うん…その対抗心はなんなの…」
そんな感じで今日も夜が更けて行く。
それから飯を食べたら、さっさと寝てパンドラと交代で見張りをする事2回…多分時刻は0時を回ったくらい。
1番夜の闇が深い時間にそれは起きた。
無意識に体が危険を感じて眠りの海から俺を引きずり起こす。
「マスター」
同時に、起きていたパンドラが俺の体を揺すって起こしに来る。その手には、すでに魔弾を撃てるように銃が握られていた。
「起きてる」
起きがけだと言うのに意識がハッキリとしている。夜の冷たい空気がビリビリとしているのが分かる。枕元に置いていたヴァーミリオンを手に取ってベルトを巻く。
1人だけ余裕で寝ている白雪をパーカーのフードに突っ込み、焚き火の熱をヴァーミリオンで吸収して即座に消す。
辺りを【熱感知】で探ると、俺達の歩いて来た道の先―――森の辺りに夥しい数の熱源が並んでいた。100や200じゃ利かない。下手すりゃ4桁行ってるんじゃないか?
何だあの数…!? 冗談じゃねえぞ…。姿が重なって判別しにくいけど、多分熱量で判断すれば全部魔物か…。
パンドラの手を引いて、身を隠す為に移動する。
「パンドラ、あの魔物の大群に気付いてるよな?」
「はい。各種センサーが反応を捕らえています」
「あの数が揃う前に、何か予兆とか無かったか?」
「いえ。各種センサーでの周辺情報は収集していましたが、そのような事はありませんでした」
「唐突に出て来たって事か?」
「センサーで取得した情報に間違いがなければそうなります」
だよなあ…。そうでなきゃ、俺ももっと早く目を覚ましただろうし…。
転移…隠蔽能力…色々可能性は考えられるけど、それを考えるのは後にしょう。今は、この場をどうするかの方が重要だ。
魔物の大群は、ユックリとした速度でこっちに向かって来ている。
逃げる。まあ、普通に考えれば当たり前だ。あんな数と戦えば、数の暴力過ぎてそもそも戦いになんてならない。
けど、俺は普通じゃない―――!
「パンドラ、魔物達が開けた所に来たら仕掛けるから、お前は白雪連れて逃げて―――」
「マスターの御供をします」
「いや、危ないから逃げ―――」
「なおの事、御供をします。マスターを御護りするのは私の使命です」
ダメだコレ…逃げる様に説得できる気がしねえ…。
そもそも、この場で戦おうってのは俺の我儘でしかない。能力的に不可能ではない、とは思っているが、本来なら逃げを選択すべき場面だ。
……でも、連中は森から俺達の方に向かっているって事は、目指す場所が同じ可能性が高い、つまりカスラナだ。町の情報が少ないから何とも言えないが、カスラナがこの規模の魔物の群れに襲われてどうにか出来るのかと言うと…多分無理だろう。隣町でそこそこ規模のあるソグラスでもあの数の魔物に襲われたら半壊どころでは済まないのは確かだ。
ここからカスラナにどれだけ距離があるかは分からないが、町に近付く前に潰しておきたい。……もう、廃虚の町なんて見るのは嫌だからな。助けられるなら、助けるし。護れる物は極力護る。
「マスター」
「分かった、一緒に行こう。けど、極力敵から離れて、戦闘続行が無理だと判断したら俺を置いてでも逃げろ。良いな?」
「承服しかねます」
「…分かった。じゃあ、俺が逃げろって命令したら絶対に逃げろ」
「………かしこまりました」
微かに躊躇った後に頷く。
パンドラの自己判断では俺の安全が最優先だから先に逃げる選択が出来ないが、俺の命令で逃げる、という形を取れば従わざるを得ない。ちょっとズルイ方法だけど、コレもパンドラの安全の為だから、と納得する。
徐々に近付いて来る魔物の群れ。
【熱感知】で見ると、1つの大きな熱の塊が迫って来るような威圧感があるが、そんなものにビビってる訳にはいかない。
この魔物達をここで仕留め切れなければ、この先にある町に滅亡レベルの被害を出す。
迷うな。自分の力を信じろ。
ヨシ!
1度胸に手を当てて、この体の本当の持ち主に、「この無茶な戦いが無事に終わるように祈っといてくれ」と声をかける。答えはない。でも、それで良い。
程なくして、暗がりの中でも見える距離に魔物の大群が現れる。
多い。
分かってたけど、笑えるくらいに多いな!? 地面を埋め尽くす…とは良く言うけど、黒いモヤが辺りを埋め尽くすその様は、軽い吐き気を感じる程の不気味さだ。
「パンドラ、行くぞ!」
「はい」
ヴァーミリオンを抜いて、俺は飛び出した―――…。




