3-3 妖精
腐臭を漂わせる犬の死体を放置する訳にもいかず、火葬するつもりで焼く。
この森は何か変だ。
いや、変なのは森じゃなくて魔物だな。魔石を持たない魔物、魔物になった死体。異常であり、正体不明過ぎて不気味だ。
辺りを再度警戒しながらパンドラの元に戻る。
「マスター、ご無事ですか?」
「ああ、パンドラのフォローのお陰で助かったよ、ありがとう」
「いえ、マスターにお怪我がないのであれば問題ありません。それと背中に入っている生物ですが」
言われて思い出す。そう言えば、フードの中に光るピンポン玉が隠れてるんだった。後ろ手に背中を探り、フードの上からトントンっとノックしてみるが出てくる気配はない。
「悪い、ちょっと摘まみ出してくれ」
「かしこまりました」
パンドラに背中を向けて、俺のフードに引き籠っている謎の生物を捕獲して貰う。俺の背中でモゾモゾと10秒程ロボと光る球の格闘が続き、そして。
「確保しました」
振り向くと、パンドラが光る球の背中(?)の蝶のような羽を摘まんで捕まえていた。
「サンキュー。で、この光る球はなんだ…?」
羽を摘ままれているのが嫌なのか、体を揺らしてパンドラの手から逃れようとしている。だが、そんな事を気にするウチのメイドではないので、その手が緩む気配は一切ない。
「記憶に該当する生物を確認。この生物は妖精です」
「フェアリー…って、妖精!? でも、妖精も人型してるって話だろ? コイツ、光る球じゃん…」
「マスターの情報を訂正します。人型の妖精は知識や経験を蓄えて大人になった証であり、生まれたばかりの妖精はこのような姿をしています」
「って事は、この光る球は妖精の子供って事か」
「はい」
こんな場所で妖精を見る機会があるとはなあ。
でも、何でこんな所に…?
亜人戦争が終結してから人と亜人の生活圏は完全に別たれて、人の居る場所に亜人が現れる事なんて滅多にないって聞いたんだけどな。ああ、でも、一部のドワーフは人と商売してるらしいし、それに………長命なエルフなんかは今も人の奴隷となっているのが数多く居るって…。
まあ、その話は置いといて…だ。
今は、なんで人の生活圏に妖精の子供が居るのかって事なんだが…。
「で、妖精のお前さん。なんで、こんな所で魔物に追われてたんだ?」
何も答える事なく、パンドラに羽を摘ままれたまま項垂れた…ような気がする。
「マスター、幼体の妖精は言葉を発する事が出来ません」
「え!? 意思疎通出来ねえって事か?」
「いえ、コチラの言葉は理解出来る筈なので問題はないかと」
「いや、問題ありまくりだろ…。相手の意思が分からないのはコミュニケーションとして致命的じゃん?」
「いえ、それも問題ありません。明確な意思表示は出来ませんが、幼体の妖精は体の色で感情表現します」
ほう、それはまた―――微妙な感情表現だなぁ…。
「パンドラとりあえず羽摘ままれてるの嫌そうだから放してやってくれ」
「はい」
パンドラが片手を妖精の下に入れて、羽を手放す。パンドラの手に落ちそうになったところでパタパタと羽ばたいて俺の肩に飛んで来た。
「懐かれてる…のか?」
「はい。妖精は悪意に敏感なので、逆に優しく清らかな心の持ち主を好くようです」
優しく清らかな心……? 俺が? 多分、この妖精はその辺りの探知能力がぶっ壊れてるんだろうな……可哀想に…。
「で、その体の色を変えて云々をまったくやる気配がないんだが…無感情な奴なのか…?」
「それは“名付け”がされていないせいでしょう。妖精は、名前を貰って初めてこの世界に生を受ける、と記憶に記載されています」
「名前ねえ……」
「はい」
「………」「………」
「…え? もしかして俺が名前付ける流れか?」
「はい」
「いや、マズくないか? だって妖精に勝手に人間が名前付けるって…人と亜人の関係考えたら俺達的にも、この妖精的にも色々アウトだろ?」
「ですが、この妖精との意思疎通にはそれ以外の方法はありません」
つうてもなぁ……。そんな「じゃあ、付けるか」とは行けないだろ…。
「お前はどうよ? 人間に名前貰っても大丈夫なのか?」
肩に留まっている光る球をツンツンと突いて聞いてみる。すると、ヒラヒラと舞い上がって俺の周りをクルクルと回る。
この反応は……肯定してる、と受け取って良いのか…?
導くように左手を前に差し出すと、手の甲にピトッと止まる。
うーん、良いって事らしい…多分。
「それなら、何か良い名前考えるか……うーん…」
妖精ねえ…可愛らしくて、何か儚げな? まあ、そんな感じの名前が良いかなあ。
羽ばたいているとヒラヒラと光の粒が舞っていて…それはまるで―――…。
「よし、決めた。お前さんの名前は“白雪”だ」
俺の手の上で、羽をパタパタさせながら体が黄色に光る。
「お、本当に体の色が変わった」
「黄色は喜びの表現のようです」
って事は、俺の付けた名前気にいってくれたって事か。
「他には、赤で怒りを、青で悲しみを表現するようです」
「なるほど」
感情表現してくれるってだけでも意思疎通のし甲斐が有るな。まあ、詳しく情報聞くってのは、口が利けないんじゃどうしようもないけど―――って、あれ? なんだコレ? 体の外から、あやふやな感情のような物が流れてくる感じ? それを言葉にするなら「嬉しい。一緒に居たい」かな?
「マスター、どうかなさいましたか?」
「いや、何だろうな、外側から何か流れ込んでくるってか。…変な電波でも受信してんのかな…?」
「それは、白雪と“親子”として感覚が一部リンクしたせいだと推測します」
「……え? 親子……ですか? 名前、付けたせいですよね?」
「はい。名付けを行った側と行われた妖精は、感覚の一部が接続され、距離の概念を無視して表層の思考がやりとりされます」
「……知ってたの?」
「はい」
なるほど……。
「先に言っとけよ!? なんか、事ある毎にこんなんばっかじゃねえかよ!? どいつもこいつも重要な話は先に言っておいてよ!?」
「申し訳ありません」
ペコリと頭を下げる。
「ともかく…これどうするべ…。ただ名前付けただけでお別れって訳にはいかなくなったぞ…」
どうしようも無くなって頭を掻く。すると、白雪からまた感情が流れてくる、翻訳すると「困らせたくない」だな。
こんな小っこい白雪にまで気を使わせてしまった…。
とにかく1度落ち着いて考えよう。名前を返却とかは……流石に無理か。だとすれば、どうする…? 人に名前を貰ったなんて、絶対怒られる案件だろうし、妖精の集落? みたいな場所に帰ったらどんな扱いされるかわかんねえぞ。そもそも何でこんな所を迂路つてるんだ? この近くに妖精の村でもあるのか? いや…それはねえな。この森は完全に人間の生活圏の内側だ、亜人とは住み分けが完全にされちまってるからこの近くに住処が有る可能性は限りなくゼロだと言って良い。
とすると、白雪は住処か群れからはぐれて来たって事かな? ん? 白雪が肯定してるっぽい感情を流して来てる…。ああ、そっか、俺の思考の一部も白雪に渡されてるのから、反応返してくれたのか。
うーん…。コレ、連れてくしかねえかなあ。妖精の集落だか群れだかの場所まで連れてって、俺も一緒に謝るってのが1番良い形かなあ…。まあ、相手が人間の俺に会ってくれるかどうは別として。
「なあ白雪、お前さえ良ければ俺達と一緒に来ないか?」
「連れて行くのですか?」
「ああ。ダメか?」
「いえ、マスターがそう判断されたのであれば問題ありません」
白雪の体が黄色になり、思考の波に乗って「嬉しい。一緒に居る」、そんな感じの感情が流れてくる。
「そう言う事で、まあヨロシクな。お前さんの仲間の居る所までは、責任もって送り届けるからさ」
俺が握手代わりに体をツンツンすると、嬉しそうに黄色く光りながら俺の周りを、名前の由来になった光の粒を撒きながら飛ぶ。
「綺麗だなぁ、本当に雪みてぇだ」
「マスター、それは鱗粉です」
幻想的な雰囲気が、情緒の無いロボの一言で一瞬にして消失した。
「それと、重要なお知らせが」
「どうした?」
「後10秒程で鍋の中身が致命的に焦げます」
「ヤベェっ!?」
パンドラの報告を受けて慌てて飯の準備をする。
そして結局焦げた飯を食べる事になったのは言うまでもない。