2-26 救出と出戻り
夜道を歩いて、まだ生きている人を探して歩く。
俺の顔を見た人達が、口々に礼を言ったり、手を取って頭を下げたり。俺が寝ている間に、月岡さんが散々俺の事を話して回ったらしく、俺が巨大ミミズを倒した事を皆が知っていた。嘘ではないが、あんまり吹聴されても困るんだが……。
とか思いながら歩いていると、人だかりが出来ているのに気付いて近付く。
「何かありました?」
「おお、英雄の少年! 目を覚ましたのかね」
「………その鬱陶しい呼び方止めて…。で、どうかしたんですか?」
「ああ、それが剣がな…」
剣? 言われた方向に目を向けると少し先に深紅の刀身の剣が突き刺さっていた。
ヴァーミリオンじゃねえか!? 何、お前!? どんだけ地面に刺さるの好きなの!? …って、刺したの俺か…。そう言えば意識を失う前に地面に刺したような記憶が有るような…無いような…。
まあ良いや。忘れないうちに回収しておこう。
トコトコ近付いて引き抜く。
はい、御帰り相棒。俺の手に収まっているのが嬉しいのか、ボンヤリと赤い光を放っている。よしよし可愛い奴。
まあ、お前も何百年も持ち主が来るのをジッと待つ忠犬…じゃない忠剣だからな。
「ええ!? そんなアッサリ!? その剣、神器ですよねえ? 坊ちゃんの神器なんですか?」
「ああ。ダロスで刺さってたから抜いて来た」
「ダロスで!?」「え? って事は、もしかしてあの赤い剣って…」「アレだよな? 広場に刺さってたあの黒い…」「オーバーエンド!?」
やべ…いらん事言った…。ダロスのオーバーエンドは有名だろうから、迂闊に話すべきじゃなかった。
「今の話は忘れて」
言うや否や、さっさとその場を後にする。
さてと、早いとこ瓦礫の下に居るまだ息のある人達を助け出さないと。【熱感知】のお陰で、こういう作業は自慢じゃないが凄い得意だ。俺の他にも、魔導器で辺りを照らしながら生きている人間を探している人達が大勢いるし、協力して今夜中に全員助け出す。
さあ、行動開始! 町が瓦礫の山になってから結構時間が経ってるし、1秒でも無駄にできねえぞ。
* * *
朝。
瓦礫を片付けたスペースに、大勢の人達が横たわっていた。全員、俺達が夜通し瓦礫の山を引っ繰り返して助け出した人達だ。
陽が昇り始めた頃に、他の町の冒険者ギルドから救援が長距離転移魔法で来てくれて作業効率が上がり、治療の手が増えて、ようやく今さっき休憩出来る余裕が出来た。
ああ、そう言えば、いつの間にかミミズの開けて行った大穴が影も形もなくなっていた。思い当たるのは≪黒≫の仮面しかいないな…。アイツが穴と、ミミズの通ったトンネルを地形を操作して消して行ってくれたんだろう。
「坊、お疲れさん。徹夜で働くとは勤労意欲満点やね」
「その徹夜のお陰で、もう生き残りは全員助け出せましたけどね」
休憩する前に町をグルッと回りながら【熱感知】で見て来たが、瓦礫の下に人らしい熱源はもう残っていなかった。……多分、残りの人達はもう…。
この後は、遺体を掘り起こすらしいけど、それには役に立て無さそうだ。治療の方にも俺は役立たずなので、ここで1度仕事を切り上げてダロスに行って来ようと思う。パンドラを早いところ迎えに行ってやらないとだし、ヴァーミリオンを勝手に持ち出した件もある。
「ほんまに坊は、ソグラスの救いの神やねぇ」
救いの神…ね。元を辿れば、この町が襲われた原因が俺にあると思うと、素直にその言葉を受け取る事ができない。むしろ褒められると罪悪感が湧く。
「少し休んだら、ダロスに行ってきます」
「なんや、忙しないなあ」
「ダロスにパンドラ置いて来ちゃったんで。それに、アッチもソグラス程じゃないけど、結構酷い事になってますし」
幸いと言うべきか、ダロスの人死で俺が確認したのはインフェルノデーモンに突っ込んで行って焼かれた鉱夫が数人だけ。焼かれた家の中に人が残っていたかどうかまでは、流石に気を回している余裕がなかったので分からないが…。
「すぐに帰って来るんやろ?」
「ええ。でも、戻って来たらそのまま旅に出るつもりですけど」
もう少し留まって復興の手助けをしたいという気持ちは有るが、俺が居ると余計に面倒な事になりかねない…。あのピンク髪が、仲間連れてまた来る事だって有り得るし、俺は1か所に長居しない方が良い…。
「旅に出るて、どこに行くつもりなん?」
「………」
……それは考えてなかった…。そうだよな、そりゃ次の目的地決めないとですよね…。
いや、ちょっと待った!? 肝心な事忘れてません? 俺、この人から情報貰えるんじゃん!? 目的地はそれ聞いてから決めれば良いんじゃん?
「月岡さん、情報くれるんですよね?」
「そやね、約束やし。で、何が聞きたいん?」
「…欲しい情報が2つあります。1つは、人を生き返らせる蘇生の方法。もう1つは、人の精神を引き離す方法」
「どっちも心当たりないなあ」
………散々仕事させて勿体付けた結果がコレかよ…。
口には出さないが、心の中で全力で「役立たずがっ!!!」と叫んでおく。ちょっと恨みが籠っていたかもしれない……。ゴメン、ちょっとじゃなくて、かなりだわ…。
「あ、でも1つ目の方は、関係してるかもしれん情報があるわ」
「本当ですか!?」
蘇生の方法は、正直見つからない可能性が高いと思っていたから、その取っ掛かりになる情報だけでも貰えるならコレ以上の事はない。
「ああ、ちゅうても確実やないで? あくまで関係してる“かも”って程度の話やと思て聞くんやで?」
念を押されて頷く。
「この国のずっと東の方に、ラーナエイトっちゅう大きな街があるらしいんやけど、なんでもその街の住人は―――不老不死やって噂なんや」
「不老不死? ゾンビとかバンパイアじゃなくて?」
「あくまで人や。人のままで、歳を取らんと若いまま生きとるらしい。蘇生の方法とは方向が違うけど、どっちも人の命に関わる話やし、なんか関係あるかもしれんやろ? それに、不老不死の人間が本当に居るなら、普通の人間が持っとらんような貴重な情報も有るかもしらんし」
確かに。もう1つの、俺の精神をこの体から引き剥がす方法を探すって意味でも、行ってみる価値は十分にあるか…。
「ありがとうございます。それなら、当面はそのラーナエイトって街を目指す事にします」
良し、目的地は決まった。さっさと行動開始しよう。
「それじゃ、俺もう行きますね」
「そうなん? ダロスから戻たら“絶対に”ウチの所に顔出しや?」
「…? まあ、挨拶くらいは行きますよ」
なんでそんな強く念押しを…?
まあ、良いか。さっさとダロスに向かおう。
………と言う感じでソグラスを出発したのが1時間程前。
現在、俺の前には崖がそびえ立っていた。俺がノーロープバンジーで危機一髪したあの崖である。
そもそも意気揚々と出て来たは良いけど、普通に歩いて行ったら2日かかるじゃねえか!? と気付いたのがついさっき。旅支度は全部ダロスの宿屋に預けてあるし、食料もまともに用意して来てない……。
かと言ってこの崖を登るのは無謀すぎる。フリークライミングの経験があれば、また違ったかもしれないが、素人で、しかもヴァーミリオンで片腕塞がってる状態で登るのは、無謀と言うよりバカのする事だろう。
では俺はどうするか?
全 力 疾 走 ですが何か?
体鍛えると思えば、丁度良い長距離走だ。……山道な上に、物凄く長いけど。
愚痴るよりも早く、さっさと走るか。今回はデカイ荷物も無いし、日が暮れる前に着ければ合格点だろ。
んじゃ、よーい…
「ドンっ!!」
* * *
陽が落ちて暫くたった頃に、ようやくダロスの焼け落ちた門に辿り着いた。
くっそ、全然間に合ってねえ……。
息が切れて、体中から汗が噴き出して、体の下半分が重くてしょうがない。
山道舐めてた訳じゃないけど、こんなに状態になるくらいなら、刻印使って走ればよかった。走りながら使おうかとも考えたんだが、この程度の事で刻印に頼ってて、あの≪黒≫に追い付けるのか? とか思ったら、意地でも使わずに走ってやる! と言う気持ちになってしまったのだ。
黒焦げになって横に除けられた門を通り過ぎ、ダロスの町に足を踏み入れる。
そこら中に魔導器の光。この町、夜はこんなに明るかったっけ? 泊まった時は全然そんな感じなかったけど…やっぱ魔物に襲われたから夜が怖いって事かな…。
近くで見張りに立っていた頼りなさそうな冒険者のお兄さんに挨拶して更に進む。と、通りの真ん中で誰かがポツンと立っていた。
逆光になっているが、あのシルエットには見覚えがあった。
「パンドラ?」
「はい。マスターお帰りなさいませ」
いつも通りの無表情でペコリと頭を下げる。
「おう、ただいま」
見慣れたメイド姿の見慣れた対応に、妙な安心感を覚えてしまう。
にしても、なんでこんな道のど真ん中で…。
「俺が帰って来るの分かったから待っててくれたのか?」
「いえ。マスターが『ここで待っていろ』と仰ったので待っていました」
「……え?」
待ってたって…もしかして、俺がこの町を飛び出してから、ずっとここで俺を待ってたって事?
確かに待ってろってパンドラに言ってったけど…それは、この町で待ってろって意味で言ったのであって……なんちゅう融通の利かなさだ…。
おいヴァーミリオン、お前に負けず劣らずな忠義心(?)を見せてる奴が居るぞ…。
いや、とりあえず…コレは俺が悪いな。パンドラならこういう奇行をする事を見越しておくべきだった。
「ゴメン、パンドラ長々と待たせた。ここで突っ立ってて大変だったろ?」
「いえ。この町を救ったマスターの従者として、町の方達が色々良くして下さったので、特に不便はありませんでした」
…ああ、そうなんだ? それならちょっと気が楽になった。
「それで、何か変わった事はあったか?」
「ギルドの方が来て、私のクラスシンボルを持って来ました」
エプロンドレスのポケットから白いポーンの駒を取りだして俺に見せる。触ってみたら、ちゃんと赤くなった。
しかし、ギルドの方からわざわざ持って来るって…本当に良くしてくれたんだな…。ちゃんとお礼言っておこう。
「他には?」
「町の方達にマスターの名前を聞かれたので教えましたが、宜しかったでしょうか?」
「………うーん…ギリギリセーフ」
何がギリギリなのかは俺にも良く分からないが、まあ、何かがギリギリなのだろう…。