2-21 第二幕
インフェルノデーモンを形作っていた魔素が弾けて周囲に飛び散る。
ヴァーミリオンが解き放った熱量の余波が、周囲に被害を出す前に【炎熱吸収】で全て剣の中に回収する。
やっべ、このスキル超便利!? これがあれば森の中でもバンバン炎振り回せるんじゃね!? ヴァーミリオン、お前、超出来る子じゃね!?
武器の優秀さに感心しながら、魔物のドロップした魔晶石を拾う。皇帝に続き2つ目か…。魔晶石持ちとの戦闘は本当にシンドイな。
まあ、これで金がガッツリ入るから、パンドラの旅支度も整えられるし、悪い事ばっかりじゃないか。
「マスター、御怪我は?」
「体中が痛い。刻印解くのが怖ぇなぁ…」
絶対ルディエの地下と同じに意識が飛ぶよ…。心の中でウンザリしながら、溜息を吐くと、パンドラがススッと寄って来て俺の腕を掴む。
「何…?」
「マスターが倒れられた時には私が介抱しますので心配なさらないで下さい」
安心と言えば安心だが、どことなく不安が残るのはなんでなんだろうな……。やっぱ、パンドラのデータベースが一部変だからか。介抱と言いつつ目を覚ましたらケツにネギ突っ込まれてたとかだったら洒落にならん。実際にやられたら、ロイド君には土下座でゴメンなさいだし、俺自身も男として何かが終わる気がする。
「あ、ああ。その時にはヨロシクな…。でも、くれぐれも変な事はするなよ? 常識的な範囲で頼む…」
「言葉の意味は理解できませんが了解しました」
いや、それダメな返事だろ。
いつも通りの無表情の中に、若干やる気が感じられるのがまた不安だ…。
そんなやりとりをしていると、広場の周囲に居た住人たちが騒ぎながら集まって来た。
「すげえな坊主!? あんな化物倒しちまうなんて!?」「何、何なの君は!? どうしてオーバーエンドが抜けたの!?」「メイドさん、今夜空いてますか?」「炎使ってたのは、あれはどんな魔法だ!?」「クイーン級の魔物を倒すなんて、君は化物かっ!?」「何で体光ってるの?」「もしや、神様の使いか!?」「あ、それなら納得」
口々にワイワイ言うから全然聞き取れない。
と、更に1人駆けよって来るが、様子がおかしい。慌ててるっていうか、悲壮感が顔いっぱいに浮かんでるって言うか……。
「おいおい、皆! ソグラスの方でデカイ煙が上がってるぞっ!?」
は?
何を言ったのか分からなかった。
だが、3秒ほど思考が止まってようやくその可能性に思い至った。もしかして、魔物に襲われたのは、この町だけじゃないのか!?
背中に嫌な汗が流れた。
ソグラスには、月岡さんが、アルトさんとレイアさんが居る。あの町には、俺が秒殺出来るアーマージャイアント3体でも大騒ぎになる戦力しかない。ダロスだって似たり寄ったりだが、幸いにもここには俺とパンドラが居た。
もし、インフェルノデーモンが現れたら…もし同レベルのクイーン級が襲って来たら…ソグラスは確実に終わる。
「くそっ!!」
全速力で走り出す。
「坊主どこ行くんだ!?」
「ソグラスに決まってんだろ!? パンドラ、お前はここで待ってろ!!」
「はい」
背中にパンドラの返事を聞きながら走る。
ダロスからソグラスまでは2日かかる。けど、それは崖を避けて通るからだ。直線距離なら半日つってたから、全速力で走ればもっと早く着く。足が痛むけど、死なない限りは【回帰】のスキルで寝てれば治ると割り切る。
あっ、そういや町の人間に断りなくヴァーミリオン持って来ちまった。まあ、良いか。事が片付いたらパンドラを迎えに行くついでに事後報告すれば。
山道を逸れて、まともに道のない岩山を走る。
ダロスを出て15分程走ったところで件の崖に突き当たる。
高いな……。推定70mってところかな…。斜度はほぼ垂直なので、降りるなら問答無用で飛び降りるしかない。
着地はどうする? もっと安全な降り方を探すか? 遠回りでも山道で行った方が…。
頭の中で色んな考えが浮かぶが、視界の先に見えている黒い煙が気持ちを焦らせる。
ええいっ、くそっ! 下手すりゃ今もソグラスは襲われてるかもしれないんだぞ!? 覚悟決めて行くぞ!!
ノーロープバンジーを実行に移す。
同時に手の中で火炎を生み出す。ようは火の使い方だ、炎の中に空気をギュッと押し込めるイメージ。
地面が迫る。
上手く行ってくれよ!!
手の中の炎を地面に投げる。地面スレスレの所でチカッと燃焼力が跳ね上がり爆発が起きる。爆風に煽られる形でスピードを殺して着地…と言うのが理想だったけど、こんな無茶な力技でスマートに着地出来る訳も無く…実際は爆風で思いっきり体を痛めつけられて、受け身も取れずに地面を転がった。
「――――ッってぇ………!」
暫く地面で身動き出来ない程全身が痛んだ。死ななかったからセーフ…とは言い難いなこのダメージは…。刻印出してなかったら今のでアウトだったかもしれん……。あんまり無茶ばっかりやると、ロイド君からクレーム来るかもしれないから、気を付けないとな…。
ヴァーミリオンを支えにして立ち上がる。
ああ、立つのもシンドイなチキショウ…。せめて、インフェルノデーモンとの戦闘が無ければなあ。
って、愚痴ってる場合じゃねえ。ソグラスは現在進行形でピンチかもしれないんだ。
明弘さんの死に顔が一瞬頭を過ぎる。
知り合いが死ぬのを見るのなんて1度きりで十分だ。あんなに心が痛いのも、苦しいのも、もう味わいたくない。
歯を食いしばって再び走り出す。
――― どうか、どうか間に合ってくれ!
* * *
崖を飛び降りた甲斐あって、半日どころか1時間も掛からずにソグラスに着いた。
商人達で賑わっていたソグラスの町は―――瓦礫に沈んでいた。
「はぁ…はぁ……間に合わなかった……?」
崩れ落ちそうになる体を気持ちで抑える。
まだだ! まだ皆、生きてるかもしれないだろ!?
町の中に足を踏み入れると、そこはもう町とは呼べる場所ではなかった。家屋が片端から潰され、木々は薙ぎ倒され、そこら中に人の体の一部や肉片が転がっている。
地獄絵図…とはこの事を言うのか…?
そこら中に空いている大きな穴はなんだ? それに、町をこんなにした奴の姿も見えない。
異様なまでの静けさの中を更に歩き、月岡さんの店のあった場所に辿り着く。
店は上か巨大な何かがのしかかった様な不自然な潰れ方をしていた。気が焦っているせいか、【熱感知】でも上手く瓦礫の中が見えない。
「月岡さんっ!!」
呼びかけるが返事が無い。
「月岡さん、居たら返事して下さい!!」
返事を待つ間の静寂が、ジリジリと俺の精神を擦り減らせる。
「……………ぅ……」
今、声が聞こえた!?
慌てて店の屋根だった残骸に手を掛けて声のした辺りを探る。
――― 居た!
頭から血を流し、意識が有るのか無いのかハッキリしない虚ろな目が俺を見る。
「月岡さん、大丈夫ですか!?」
邪魔な屋根は仕方なく【魔炎】で燃やす。炎熱が月岡さんに届かないようにヴァーミリオンで全部吸収。よし、これで引っ張り出せるか?
奇跡的に、落ちて来た天井の梁の隙間に入ったお陰で助かったようだ。
強運っつうか、悪運つうか。まあ、この人はそう簡単には死ななそうだな。死神が首を取りに来ても、賄賂でも渡して追い返しそうだし。
月岡さんの体に出来るだけ負担を掛けないように隙間から引っ張り出して、地面に寝かせる。引っ張り出す時まで気付かなかったが、右足の腿に深々と折れた木材が刺さっていた。
俺のアホ! こう言う時の為に即効性のポーションの1つでも持って置けば良かった。
悔いても仕方ない。とにかく、他に生きてる人が居ないか探して―――。
「……ぼ…う?」
虚ろだった目に微かだが生気が戻っていた。
「月岡さん!?」
「……なん、や、坊……? 体、光ぅて…るで?」
「気のせいです」
あとで意識がハッキリした時には夢だったと言おう。刻印に関しての説明は色々と面倒な事情が絡むからな。
「あかん……坊…早く…逃げ……」
弱々しく俺の服を掴み、必死に俺を逃がそうとするが、何から逃げるんだ? ここにはもう何も居な―――
――― 振動
地震!? じゃない、なんだ、地面の下に微かに熱量を持った何かが動いてる!?
それでようやく理解する。
町中に空いていた大きな穴と、引っ繰り返されたような家屋、全部地面の下のコイツがやったのか!?
そして、俺の目の前の地面を食い破ってそいつが姿を現した。
全長100mはあろうかと言う、圧倒的なサイズ。飛行機の胴体みたいな太さの体。蛇かと思ったら違う。地中を移動して、頭の先がパックリと割れて巨大な口になっている…つまりコイツはミミズか。
消化液のような涎を滴らせながら、凄まじい大きさのミミズ型の魔物が俺に向かって口を開く。
どうやら、俺と月岡さんを食おうとしているらしい。
なるほど……。
「ミミズ如きが図に乗んなっ!!」
ヴァーミリオンを構えて、俺は巨大過ぎる敵と対峙した。