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最強の生き倒れ 後編

 疲れた…。

 大盤振る舞いで【神殺し(すべてにオワリを)】なんて振り回さなきゃ良かった。

 ルルがナイフで刺されても大丈夫なように【我は世界を否定する(ジエンドオブワールド)】で護って居たのも疲れた原因か…。

 【終炎】【神殺し】【我は世界を否定する】の3つは、俺の…阿久津良太の体で発芽している創世の種から生み出された本来なら世界に存在してはならない異能(スキル)だ。そのせいか、使用すると体力をゴッソリ持って行かれる。

 まあ、とは言え、別にそこまで気にする程の事じゃないんだけどね?

 実を言うと、俺の精神と俺の体は今も繋がっている。だから、体の方から創世の種のエネルギーを引っ張ってき放題なのですよ。

 そのお陰で、魔神の力が無くてもエメラルド達を“神獣モード”にする事が出来る。ぶっちゃけ創世の種のエネルギーはさっさと消費してしまいたい……けども、エネルギー量の桁がヤバいからなぁ…。今回の戦いで消費したエネルギーを10とすると、創世の種のエネルギー総量は100京くらいある。…って言うか、下手すりゃもっとある…。

 多分一生かかっても消費しきれないよ…。

 まあ、落ち込む事を考えるのは止めよう…。

 マイナス思考に落ちかけた思考を切って、意識を現実に戻す。

 俺の「死ぬ程苦しめ」発言で心が折れたのか、黙って自分の吐き出したゲロと血に塗れている野盗のボス。

 一応殺さずに終わらせたけど……まあ、近いうちに死ぬだろう。

 右半身無い上に内臓潰したから人の介護無しじゃ生きていけない。でも、誰がコイツの世話をするのって話し。大体、これから牢屋にぶち込まれるんだから世話してくれる奴が居ようが居まいが関係ないんだけど。


「はーい、それじゃあ野盗の諸君。君等のボスの周りに集まってー。5秒以内に集まらない奴は逃亡の意思有りと見なしてぶっ殺しまーす。はい、5ぉ」


 言ってはみたが、別に本当に殺す気は微塵も無い。作業を円滑にする為の脅し文句…と言う奴だ。

 エメラルドとゴールドがガチの殺気をバンバン放出してくれたお陰で、ビビった野盗達は足をもつれさせながら慌てて集まって来る。意識の無い仲間を何とか引き摺って来る涙ぐましい努力を優しい目で見守る。

 っつうか、その仲間に向ける情をこの村の人達にも向けてたら、少しは違う結果になったかもしれないし、俺ももう少し慈悲の心が浮かんで来たかもなぁ…。

 ギリギリカウント1で全員がゲロ吐きボスの周りに集まった。


「逃げないように見張り宜しく」


 エメラルドとゴールドに後を頼む。


「はっ、お任せ下さい」


 執事姿のエメラルドが丁寧にお辞儀をし、ゴールドが大きな声で了解の意を示す鳴き声を出す。


「奴等が逃げようとした場合の対処は如何(いかが)いたしましょう?」

「これ以上抵抗するなら面倒見きれん。適当に処理して」

「畏まりました」


 俺とエメラルドの会話を聞いて、野盗の皆さんが怯えた顔をする。あの様子なら逃げる心配はなさそうだな? まあ、クイーン級の魔物を瞬殺したエメラルドに見張られてる状態で逃げる馬鹿が居るだなんて、始めから思ってねえけど。

 野盗の方はこれで大丈夫だな。

 さて、次は…。

 振り向いて、へたり込んで居るルルに手を差し出す。


「ルル、大丈夫だった?」


 少し派手に戦ったから、怖がって手を取って貰えないかと不安に思った……けど、杞憂だったようで、おずおずと少しだけ顔を赤くしながら俺の手を握ってくれた。


「あ、ありがとう…」


 グイッと体を引っ張って立たせる。


「アーク君…君は―――」

「あっ、ちょっと待って」

「え?」


 女性の体に無遠慮に触るのは失礼かと思ったが、さっさとやらないとマズイ事なので了承を得ないまま、ルルの首に…正確にはルルの首の傷に触れる。

 

「……ぁ」


 ルルが傷を触られて痛かったのか、小鳥のような小さな声を出して眉に皺を作る。

 心の中で謝罪して、黙ってスキルを起動。


 【我は世界を否定する】


 対象の肉体で行われたダメージ処理を(ルール)の外に締め出す。

 ヨシ。

 俺が手を離すと、流れていた血も、傷も、最初から無かったかのように消えた。

 このスキルは本当にインチキだ。肉体が受けたダメージを時間を遡って無効にする事が出来る。死人だって生き返らせる事が出来ると言えば、そのヤバさが伝わるだろう。…まあ、ダメージを無効に出来るのは精々10分前くらいまでだけど…。

 ルルの親父さん…(?)らしい人は時間が立ち過ぎて俺じゃ措置不可能だ。治癒魔法を使える人が必死に治癒してるけども、使っている魔法のランクが低過ぎて回復が遅いな……大丈夫かあれ?


「はい、傷消えた」

「え!? あ…本当だ。ありがとう! アーク君、治癒魔法まで使えるんだ」


 全然まったく違うけど、説明が面倒臭いのでそう言う事にしておこう。


「まあ、うん、そんな感じ…」


 今更ながら、生水のせいで死にかけた時に、【我は世界を否定する】で自力で復活できたんじゃね? と思ったが、あの時はマジで考える事が出来ない程ヤバかったし…まあ今更なので、次からはそうする事にしよう……っつか、もういっその事、常にスキル展開しっ放しでも良い気がして来た…。どうせエネルギーの支払いは創世の種がするし…。


「で? 何?」

「え? ああ、うん…。アーク君ってさ、もしかして…凄い人?」

「いや、全然。ただの通りすがりの冒険者。ただ、まあ―――」


 服の中にしまっていた冒険者の証であるチェスの駒を出す。

 魔晶石をなんやかんや加工した結果生まれる“王石”とか言う特別な物で作られたキングを示す王冠を戴く駒。

 現在この世に2つしか存在しない物の片方。

 光の当たり方によって様々な色に輝き、小さな駒の中に虹を宿すような美しさと神々しさがある。


「キング級の冒険者が“ただの冒険者”かどうかは人によるかもしらんけど」


 それを見て村人、野盗問わず皆の動きが固まる。

 

「キング…?」「キング級…?」「あの小さい子が?」「あれが、世界最強の片割れ…?」「マジで?」「ほ、ほらぁ! やっぱり、アイツがアステリアの全てを焼き尽くす者(インフィニティブレイズ)だったんだ!!?」「くそぉ…キング級の化物と戦って勝てるわけねーじゃねえか!」「お、俺達…キング級の化物に喧嘩売って、よく生きてられたな…?」「どおりでクソ強ぇ筈だ…」「俺はむしろ安心したぞ。あんな怪物が並みの冒険者だったら、その方がショックだ…」「「「確かに」」」


 キング級の冒険者は世界最強の存在で、どんな困難な依頼でも、どんな凶悪な魔物の討伐でも鼻歌交じりにこなしてしまう英雄……と言うのが世間的な認識らしいが、当の本人の俺やガゼルにしてみれば、今までとやって居る事はさして変わらないので、“普通の冒険者”と言う意識がどうしても消えない。

 一応特別であると言う認識は持っているし、周りに誇れるものだと言うのも理解しているが……まあ、偉い奴が偉ぶらなきゃならん理由も無いし、ええやろ別に。


「ほ、本当にキング級…の人なの? ……あっ、違くて! えっ、えっと、キング級の人なんですか?」

「いや、別に敬語は要らんけども……。キング級なのは本当だよ」


 別に信じて貰えないならそれでもよかったが、一応「確かめてみる?」と首から提げたままのシンボルを前に出す。冒険者のクラスシンボルは所有者の個人認証がかけられているから、本人以外が触れると赤く光るようになっている。

 しかし、ルルは王石が希少な物だと知っていたのか、それともただ単にキング級のシンボルに触れる事を畏れ多いとか思ったのか、結局「い、いえ。…いいです」と断られた。

 と、そこで周りの反応を窺っていたエメラルドが…、


「主様」

「ん? 何さ?」

「御言葉ですが、あの愚か者共の反応を見るに、クラスシンボルを始めに見せていれば、奴等も主様に逆らおうなどと愚かな事は考えなかったのではないでしょうか?」


 確かに。と、同意したいところだが。


「ばっか、お(めぇ)キング級のシンボルはアレだぞ? 水戸黄●の印籠と同じで無暗に見せるもんじゃねえんだって」

「はぁ…そうなのですか? 水戸●門なる者が何かは知りませんが…」


 最後に見せたら、周りの敵も味方も「ははー」ってなる奴だ。……いや、実際に見せてもならないけどさ…そう言うノリで使う物って話よ。

 そんな事を軽口で話している間も、ルルがチラチラと治療を受けている親父さん(?)を気にしている。俺に「自分と同じようにお父さんも治して」とか言って来ないかと若干焦り始めた頃―――空から大きな影が降りて来た。

 何が起きたのか―――何が来たのかは一々確認する必要も無い。


「サファイアー!」


 ゆっくりと降下して来た赤い神龍(しんりゅう)に手を振ると、嬉しそうに一鳴きして俺に向かって急降下して来た。背中に乗って居る方達が降り落とされるんじゃないかと若干不安になったが……まあ、振り落とされたら振り落とされたで勝手に何とかする連中だから別にいいか。

 突風を撒き散らしながら下りて来たサファイアは、着地するや否や「キューキュー」鳴きながら俺に鼻先を擦り付けて甘えて来る。


「はいはい、お仕事ご苦労さん」


 鼻先を擦り付ける…と可愛く言ってみたが、サイズが違い過ぎて鼻の中に吸い込まれそうになっている俺だ…。まあ、サファイアがそうならないように細心の注意を払ってくれているが。

 手を伸ばして鼻の横辺り―――鞭のように動く髭の生え際を撫でてやる。

 後ろの方で村人さん達がサファイアにむっさ怯えてるのに気付く。

 まあ、エメラルドはクソ強いって言っても見た目は仮面着けてるだけの普通の人間だ。それに対してサファイアは最強の生物たる竜種…その中でも最強クラスの力を持つ存在だ。そら、普通の人間ならサファイアの方にビビるか…。


「マスター」「アーク様!」「リョータ!!」「父様っ!」


 サファイアの大きな背中からウチの女性陣が降りて来る。


「おう、皆無事そうじゃん」


 まあ、定期的に白雪とは連絡とってたから無事なのは知ってたけど。って言うか、無事じゃなかったのは俺の方か。


「父様ぁ!!」


 完全に油断して居たら、突撃して来た白雪の抱きつき(タックル)を顔面にぶち食らった。


「ヘブッ!!!?」


 軽くのけ反りながらも、なんとか踏ん張って耐える。

 頬っぺたと歯が痛ぇ…。

 しかし、コッチのダメージなんてお構いなしに瑞々しい葉を思わせる緑色の髪の妖精―――ってか、白雪はいつも通りにギューっと抱きついて来る。


「タックル禁止つったろうが…」

「抱きつきは禁止されてませんわ」


 流石に「じゃあ抱きつくのも禁止」とは言えない。言ったら絶対白雪がビービー泣くのが目に見えてるし……。それに、もし仮に本当にそれで白雪が引っ付いて来なくなったら、俺の方が寂しくて泣くかもしれん。

 幸せそうに俺の頬にスリスリと甘えて来る白雪を指先で撫でつつ、前とはやはり感触が少し違う事が感慨深い。


「白雪、またちょっと大きくなったな…」

「ですの」


 あの戦いが終わってから、まるで成長期が来たように白雪は日に日に大きくなっている。とは言え、元々大人になっても小さい種族の妖精だから、大きくなったっつってもそこまで極端な成長ではないが…。

 それでも、近頃は俺のフードの中に入るのに、体を丸めなければ収まらないくらいには大きくなっている。


「HG規格だった白雪もMG規格になったか…」

「どう言う意味ですの?」

「1/144が1/100になったって話だよ」

「ますます訳が分からんですの」


 ガンプ●の規格なんて理解されても困るので分からんままで良いです。

 頬から離れた白雪が定位置のように俺の右肩に座ると、それを待って居たようにフィリスが走って来た。


「アーク様!」

「おう」


 付き合いもいい加減そこそこの長さになると言うのに、未だに俺の前に立つと耳まで赤くしている……。普段の凛々しく勇ましい戦士の姿を知っているだけに、こう言う反応を素直に可愛らしいと思う。

 フィリスはあの戦い以来、人前でエルフの証である耳を隠すのを止めた。まあ、その背景には、アステリア王国が正式に亜人との不干渉条約を破棄し、難民になっていた亜人を受け入れた事を発表した事があったりなかったりするのだが…。

 まあ、ともかく、フィリスが人に歩み寄ろうとしている現れだろうから、俺としては素直にその姿に喜んでいる。


「白雪から聞きました、命の危機に(ひん)していたとか! ご無事なのですか!?」

「1時間前くらいまで死にかけてたよ。この村の人に助けられて今は絶好調だけど」

「そ、そうですか、良かった…!」


 心底ホッとした顔。

 ウチの女性陣は、俺に対してやたら過保護だからなぁ…。無駄に心配かけちまったな…。特にフィリスは俺に対して真っ直ぐ好意を向けてくれてるから、心配も大きかっただろうし。


「心配かけて悪かったな? でも、本当にもう大丈夫だ」

「はい、安心しました!」


 っと、それはともかく…。


「早速で悪いんだけど、あそこに倒れてる人達に回復魔法頼めるか?」

「任せて下さい!」


 ルル父(?)や、ルルを人質にされる時にぶっ飛ばされたルル母達も、フィリスが治療係に回ってくれれば安心だ。

 村人達に一瞬ギョッとされ―――エルフである事と、その美貌に―――気にした様子もなく1番ダメージの大きいルル父(?)に、治癒魔法をかけ始めた。


「マスター」


 パンドラだった。

 毎度おなじみロボメイドのパンドラでございます、はい。

 作り物じみた美しさ―――ちゅうか作り物だけど…。

 近頃はポニーテールがマイブームなのか、ここ数日は連続でこの髪型だ。いや、似合ってるんですけどね? 藍色の織物を綺麗にリボン結びにしてるのも可愛らしくていいんですけどね?


「マスターのメディカルチェックを申請します」

「いや、もう大丈夫だよ?」

「素人診断は病の元です」


 ビックリする程の正論パンチ。

 まあ、確かに腹痛って波があるもんだし……今は一時的に治まっているだけで、そのうちぶり返してぶっ倒れるって事も十分にあり得る…。


「そらそーな…。で、どうすりゃ良い?」

「裸になって下さい」

「……………え?」

「裸になって下さい」

「………ここで?」

「はい」

「却下」

「下半身だけに妥協する事も可能ですが?」

「むしろ下半身がダメだろ」

「私は構いません」

「お前は俺を露出狂として警察に突き出したいのか…」

「いえ、そのような考えはありませんが」


 クソ真面目に答えられても困る…。

 そして肩に居る白雪が顔を赤くしてるのが凄い気まずい。


「では、(のち)ほど部屋でメディカルチェックを実施すると言う事で宜しいでしょうか?」

「一言も「やる」なんて言ってねえんだけど…」

「男性器は体調不良の影響を強く受けますので、ただちに確認させて頂きたいのですが?」

「絶対に嫌です」


 何が楽しくて他人様の下半身をロボメイドに晒さなきゃならんのだ…。

 ってか、メディカルチェックの一歩目にチン●を持って来るコイツの頭は大丈夫なんだろうか? 多分大丈夫じゃないと思う。


「何故でしょうか? 恥ずかしいと言うのならばそれは間違いです。メディカルチェックは医療行為です。ドクターを相手に体の露出を恥ずかしがるのはおかしい、と判断します」

「言ってる事は正しい……んだけど、何か素直に頷けねえんだよなぁ…」

「それはマスターが(あま)邪鬼(じゃく)だからではないでしょうか?」


 絶対ちゃうと思うの…。

 そもそもお前ドクターちゃうやんけ! メイドやん! ……あ、思わずエセ関西弁のツッコミをしてしまった…。

 とりあえずパンドラ式メディカルチェックは華麗にスルーするとして…。

 ≪赤≫を体に入れてた時には【回帰】のスキルがくっ付いてたお陰で体の不調なんて考える必要無かったけど、今後はそう言う事も気を使わんとなぁ…。生水如きで死にかけたのも、そう言う油断からとも言えるし…。

 1人で反省していると、野盗達がコソコソと喋っているのが聞こえた。


「おいっ、あのメイド!?」「まさか…!?」「いや、間違いねえだろ…全てを焼き尽くす者(インフィニティブレイズ)と一緒に居るメイドつったら…」「ああ、アレが<絶氷の乙女(アイスメイデン)>か…」「なんてこった……! 俺達は結局捕まる運命だったんじゃねえか…!!」「くっそぉ、まさか…アステリアのキング級とクイーン級(・・・・・)が両方居るなんて運が悪過ぎるだろ!?」


 はい、あの戦いから色々あってパンドラはクイーン級になりました。

 元々俺と一緒に居たことでその評判はかなり高かったけど、それがクイーン級になって一気に広まった。まあ、ぶっちゃけ強さより容姿の美しさが…だけど。

 まぁ、つってもパンドラのやる事は変わらんけども…。

 クイーン級指定依頼も、俺が受けてパンドラがそれに着いて来るって感じだし。そもそも魔物の討伐依頼はあの戦いから減ってますしね。たまに「食事を一緒に」とか「夜のお相手を」とかパンドラを指名する依頼を出そうとするお馬鹿さんが居るらしいが、そんな物は問答無用でギルドの方で蹴られているそうな……まあ、当たり前か。

 それはともかく―――。


「あー…その…、パンドラ? いつものアレ、やって良いか?」

「はい。どうぞ」


 いや、別にアレですよ? 断じていやらしい事とか、やましい事とかじゃないですよ? ええ、本当に。

 よく分からない言い訳を自分にしつつ、手を伸ばしてパンドラの頬に触れる。

 高級な織物のような滑らかな肌触りを指先で感じながら、プニッと押したり撫でたりする。


「んー、やっぱ触り心地むっさ良いんだよなぁ」


 俺を癒しは、白雪、ゴールドのモフモフ、と流行(ブーム)が来て、現在はパンドラの頬っぺたに落ち付いた。

 なんか、妙に触り心地良いんだよなぁ。柔らか過ぎず、硬過ぎず。はぁ~癒されるわぁ。

 パンドラが嫌がるんなら止めようと思っているのだが、嫌がるどころか、むしろ俺が触ると嬉しそう? てか、幸せそう? な雰囲気を出すんだよなぁ…。

 実際今も、首を撫でられる猫みたいに目を瞑って気持ちよさそうにしてるし。まあ、パンドラは猫と言うよりは犬っぽいけども。

 もしパンドラに尻尾があったら、無表情の無感情な鉄面皮でも、もう少し感情が読みやすくて、周りもとっつきやすいかもなぁ…。

 野盗や村の人達からの視線を気にせず癒されていると、空気を読まない大声で邪魔が入った。


「あー!! リョータまたやってる!?」


 カグだった。

 相変わらず無駄に騒がしい幼馴染である。人の癒しの時間を邪魔するなんて無粋じゃなかろうか?

 サファイアの背から降りた途端、待っていたかのように……実際待って居たらしいゴールドに甘えられてその場から動けなくなっていたようだ。

 ゴールドの奴、なんか妙にカグに懐いてるんだよなぁ? その甘えっぷりは、俺に対してするのと同じくらいの物だ。

 そんな疑問をこの前エメラルドにしてみたところ、エメラルド達は俺の純粋な部分から生まれた…と答えられた。俺の純粋な部分……まあ、つまり俺の子供の頃の思い出や、そこから発生した感情…と言う事らしい。で、ゴールドはカグとの思い出から生まれた存在のようで、その影響で俺と同じくらいカグにも甘える―――らしい。

 カグの奴もゴールドの事を「ウチのコロになんか似てるかも…」と言ってたし。ああ、コロってのはカグの家で飼われてる犬だ。俺とカグが出会うキッカケになった子犬。散歩してる時にたまに会うけど、そこそこな歳なのに無茶苦茶元気でビビる。

 おっと話が逸れた、閑話休題っと。

 ゴールドにじゃれつかれながらノシノシと歩いて来たカグが、怒った顔でパンドラの頬を触って居た俺の手を掴んで離させる。


「アンタ、それ禁止って言ったでしょ!」

「いや、だってさ? アレよ? パソコンの横とかに置かれてる正体不明のプニッとした奴有るじゃん? 疲れた時に握ってギュッとすると気持ち良いアレ。まあ、そんな感じよ?」

「…………パンドラさん良いんですか? めっちゃ微妙な物に例えられてますけど?」

「マスターがお気に召したのでしたら構いません」


 嫌がるどころか、むしろ例えられた事をドヤッと胸を張るウチのメイドは、本当に出来たメイドだと思うの。ただ、女性としては少しくらい怒った方が良いんじゃない? とも思わなくもないが、それを言うと俺の立場が微妙になるので言わないが…。


「だ、だったら、私の頬っぺでも良いじゃない!」

「いや、カグは嫌がるじゃん」


 俺だって嫌がる女子に触るような失礼な真似はしない。それがたとえ幼馴染のゴリラであっても。


「父様っ、私のでも良いんですの!」

「白雪はもうちょっと大きくなったらな…」


 流石に白雪の小さ過ぎる頬では触り心地もへったくれもない。

 ルル父(?)を回復しているフィリスが「私の頬はどうでしょうか!?」と言っていたが、答えに困るので聞こえなかった事にした。


「やはり、マスターに触られる権利は私にだけあるようです」


 パンドラがむっさドヤってる…。

 そしてカグ達がむっさグヌヌってしてる…。

 この話を続けると血の雨が降りそうなので(多分降るのは俺の血)、さり気無く話題を変える。


「そう言えば、<建御雷(たけみかづち)>使ってみたよ」


 腰に差した刀を軽く揺らして見せる。


「あっ、そう? どうだったの使い心地? 亜人さん達が、何か色々な凄い物集めて作ってくれた刀なんでしょ?」


 背中に甘えていたゴールドをワシャワシャとしつつカグが続けた。


「色々能力検証してるくせに、全然実戦で使わないんだもん。使う気ないんじゃないかと思ってたわ」

「うん、凄ぇ良い刀だよ。まあ、流石に120%の性能出せるように勝手にチューニングされるヴァーミリオンとは比べられないけど」


 あの戦いで魔神の力を失い、≪赤≫から(もたら)されていた異能(スキル)のほとんどを失った。残った異能も魔神の強化(ブースト)がないのでそこまで大層な効果は発揮されない。

 しかも、唯一の武器であったヴァーミリオンも戦いの最中に消失している。

 まあ、ぶっちゃけて言ってしまえば俺は無茶苦茶弱くなった。

 それを亜人達が心配し、大慌てで色んな場所から素材や道具が集められ―――そして、<建御雷>は作られた。

 とは言え、俺としては別に弱くなったとは思ってないし、武器もそこまで欲してなかったんだけどね?

 元々持ってたスキルが無くなったり、使い物にならなくなったりだけど、その代わり【終炎】【我は世界を否定する】【神殺し】の3つが手元に入ったから、“相手を殺して良い”って条件ならぶっちゃけ前より強いし。

 武器に関しても、俺が武器を振り回さなきゃならんような相手はもう居ないだろうし、仮にいたとしても力技で捻じ伏せる事が出来るし、無いなら無いで全然構わなかったんだが。

 まあ、それにほら…神器以外の武器って、手入れ必要じゃん? そう言うの面倒臭いしなぁ。


「付与されてるスキルは? ちゃんと使えた?」

「ああ、問題無く」


 <建御雷>に付与されているスキルは1つ。

 【雷転】

 その効果は、瞬間的に持ち主を雷に変換する。

 説明だけ聞くと微妙な力に思えるが、実際に使うとクソ強いなんてレベルじゃない、ヤバいレベルの強さだ。

 体が雷になるって事は、光速で動けるって事だ。一瞬だけとは言え、光速の領域に踏み込めるのならば軽く100キロは移動できる。空間転移なんて目じゃない。

 雷になってる状態で敵に触れれば、それだけで相手を感電死させられるし、その気になれば肉体を蒸発させる事だって出来てしまう。

 まあ、雷である以上避雷針やら絶縁体やらの影響を諸に受けてしまうのが難点と言えば難点だが、その程度気をつければ良いだけなので弱点とも呼べるものじゃない。


「もっとじゃんじゃん使えば良いのに…。亜人さん達も喜ぶでしょうよ?」


 軽く言ってくれるなぁ…。


「これがそこらで買える量産品だったら使ってたかもな」


 亜人の皆が俺の為にと頑張ってバカバカしくなるくらいのレアリティの武器を作ってくれたのだが、そのせいで貧乏性の俺としては欠けたり折れたりするのが怖くて本気で振り回す事が出来ないのだ。

 ヴァーミリオンだったら多少無茶な使い方をして欠けたりしても、ある程度なら勝手に修復してくれたから良いけど、建御雷は違う。もし刀身が欠けるような事があれば、その瞬間に武器として終わる。もしそうなったら、亜人の皆にどんな顔して報告すりゃいいんだよ…。


「あっ! それよりリョータ体大丈夫なの!? 倒れたって白雪ちゃんが言ってたけど!」

「今更だな…。まあ、大丈夫だよ」

「マスター、やはりメディカルチェックを」

「それはもう良い…」


 俺の下半身に手を伸ばそうとするな!

 パンドラからさり気無く離れつつ、「父様、私は目を瞑ってますの!」と両手で顔を覆う白雪(隙間から目が見えてる)を指先で突いてツッコミを入れる。

 そんな事をやってる間にフィリスの方が終わったようで、駆け足で寄って来た。


「アーク様、終わりました」

「おう、お疲れ。ありがとよ」


 見ると、元気になったルル父(?)にルルとルーディさんが泣きながら抱き付いていた。

 村人の方はこれで問題無しだけども…。


「とりあえず、野盗共を引き取って貰わにゃならんな」

「こう言うのってどうするの? 騎士団とかが私等の世界で言う警察になるのかしら?」

「いや、ギルドで引き取って貰おう」


 国に引き取って貰う方が色々角が立たんかもしれないが、俺達この国の人間じゃねえしな? キング級とクイーン級って言っても、他国の冒険者が好き勝手やるのは当然歓迎されない。

 だが、冒険者ギルドに突き出しておけば、そこから上の方で何やかんやして国に罪人としてプレゼントフォーユーしてくれる筈だ……多分。まあ、受け渡しの際に金銭のやり取りがあるかもしれないが、それは勝手にやってくれって話なので興味無い。


「って訳で、フィリスとパンドラ。ちっとギルドまでお使い宜しく」


 転移魔法を使えるフィリスならギルドに知らせに行くのに一瞬だ。しかし、他国のギルドに行くとなるとフィリス1人だと具合が悪い。冒険者は基本的に自国内でしか活動しないものだからだ。

 そこでパンドラだ。クイーン級のパンドラなら他国だろうが関係無く動けるからな。まあ、そう言う意味ならキング級の俺が一緒に行っても構わないんだが、エメラルド達を残して行く事になるので、呼び出した俺が近くに居ないと皆が不安になるだろう。


「はい。畏まりました」


 俺の言う事に対して「NO」の返事を始めから用意していないパンドラだ。即応の気持ちの良い返事をしてくれる。

 対して、フィリスが少しだけ―――本当に少しだけ不満そうな顔をしていた。


「あれ? フィリス…嫌か?」

「いえ……その…出来ればアーク様と一緒が良いなぁ、と」

「あー…はい。ええっと、まあ、あれだ。今日のディナーはちょっと豪勢にするから、それで勘弁してくれ」

「………(ジュルリ)」


 じゅるり?


「分かりました。万事私達にお任せ下さい!」

「ジュルリって言った?」

「いえ、言っていませんが?」

「…………そう」


 …深くツッコまず、今日の晩飯の金額の心配だけしておこう…。


「では、行って来ます」

「ぁーい、いってらっしゃい」

「…っと、その前に。白雪、その女がアーク様に何かしないように目を放さないように!」

「そうですね。アキミネカグヤはマスターにとっての危険人物ですから、十分に注意して下さい」

「任せてですの!」

「……何もしませんよ…」

「「「信用出来ない(ません)(ですの)!」」」


 その後、カグに向かって光線が出そうなくらいヤバい視線を送って居たフィリスとパンドラが転移したのを見送り、後に残ったのは俺とカグと白雪、ついでにカグにじゃれついているゴールド。

 野盗の見張りはエメラルドとサファイアなら余裕として…。


「ところでさぁ、リョータって目を離すといつもこんな感じなの?」

「こんな感じって?」


 助けられた事を抱きしめ合って喜んでいる村人と、半身が無くなったボスを囲むようにして座るお通夜状態の野盗達。

 それを微妙な顔をして眺めるカグ。


「あんな感じ」

「いや、意味が分からんが…」

「騒ぎに巻き込まれてるのかって話しよ」

「そんな事はねえと思うけど…」「父様はいつもこうですわ」


 白雪の言葉を聞いて、カグが物凄い呆れた顔になった。

 いや、別に俺だって好きで巻き込まれてる訳ちゃうし。なんか行く先々で勝手に騒ぎが起きてるってだけの話ですし。


「毎回こんな感じの事に巻き込まれてたなんて…白雪ちゃん達大変だったでしょう?」

「とってもですの…」


 はいはい、すいませんね。別に俺のせいじゃねーけど……いや、半分くらいは俺のせいか。

 白雪がカグの肩に移って、なんだか通じ合っているし…。カグがちゃんと皆と仲良くなってるのは嬉しいけども。

 まあ、それはともかく。


「この村も、これからが大変だなぁ」

「え? でももう野盗はリョータがやっつけたじゃない?」

「そん代わし、家屋全損だし、でかミミズが地下で暴れたせいで地盤もボロボロだしな」

「ぁ…そっか…。災害も、去った後の方が大変だもんね…」

「そーゆーこっちゃ」


 町がボロボロの状態から今現在も復興を頑張っているソグラスを思い浮かべる。

 あの町の復興が早いのは、ルディエの手前で海や山からの物流の受け皿になって居たって下地があった事と、あの町の人達が生きる気力に満ちていたからだ。

 けど、ここはなぁ…。

 人や物の流れから離れてる島だから、元通りになるまでどれだけの時間が必要になるのかは俺にも分からない。ここを管理している人間がまともであれば良いのだが、そうでなかった場合は色んな意味で悲惨な事になる。

 ………とは言え、俺に出来る事ってこれ以上はなぁ…。

 ふと、思い付く。


――― じゃあ、出来る人間に頼めばよくね?


 壊れた家屋。

 ドワーフ達に頼んだら、この規模の村の簡易住居くらいだったら半日もかからず用意出来るのではないだろうか?

 資材の運搬には収納空間(ポケット)を持つ妖精達が居るし、外部から運び込むならエルフ達の転移魔法がある。

 魔物が開けてった穴……あれも塞げるんじゃないかな? 流石に1人の力じゃ無理だけど、亜人の中には小さな自然操作…地形に関する能力を持っているのが何人かいるし、あとは地属性の魔法で上手い事地下を埋めてやれば大丈夫じゃないか?


「父様が何か思い付いた顔をしてるんですの」


 白雪に声をかけられて思考を一旦切る。

 多分俺が頭の中で考えていた事を聞いていたから「相談してみれば?」と言う事だろう。

 カグも俺が何を思い付いたのか興味があるのか、「話してみろ」と言わんばかりに聞く姿勢になってるし…。


「ええっと、さ。ただの思い付きなんだけど、亜人の皆の力を借りて災害支援的な事とか出来ないかと思って」

「……んー、良いんじゃない?」

「今の微妙な間は…」

「だって、色々問題あるでしょ? 『亜人さん達がやりたがるか』とか、『亜人さん達をアステリアの外に連れ出しても大丈夫なのか』とか、『活動資金どうすんの』とか、問題上げ出したらきりが無くない?」

「まあ、そらそーだけど…」


 別にボランティア活動としてやろうってんじゃなくて、亜人の能力を活かして商売が出来れば良いなって話なんだよなぁ。

 亜人の移住が終わって、ユグリ村の方も落ち着いて来た―――とは言っても、そこから別の問題に向き合わなければならない。

 ユグリ村の住人が増えたから、その分の国に納める金額が大きくなる。しかし、そもそもユグリ村には特産品も無いし、大きな稼ぎのある仕事もない。今までは村の規模が小さかったから細々とした村の稼ぎでも釣り合いが取れていたのだが、これから先はそうもいかない。

 今んところは、俺が冒険者として稼いだ金で支払っているが、そう遠くない未来に冒険者が廃業になる事を考えればこのままでいいわけが無い。

 ……まあ、魔法も、亜人もいずれ失われて行く事が確定しているので、魔法や亜人の能力に頼らない方法もそのうち考えなければならないが……まあ、“まずは”だ。

 それに、亜人の皆には、もっと外の世界に―――人の世界に関わって欲しいとも思っている。

 亜人戦争から600年経っても、亜人と人の溝は深い。

 ユグリ村では上手く共同生活が送られているが、それはあくまでユグリ村が、俺…っつかロイド君の出身村であり、亜人の皆がそこまで敵意を向けないからだ。

 それ以外の人間への亜人達の憎悪は今も結構深い。

 でも―――だからこそ、皆には無理矢理でも人と関わって欲しいと近頃は思う。それで余計関係がこじれるかもしれないが、そもそも関わって、話してみなければ何も変わらない。停滞は何も生まない。プラスになるかマイナスになるか、どちらの結果になったとしても、触れあった事は決して無駄にはならない筈だ。

 “時間が解決する”。と大人は言うのかもしれないが、いずれ世界の形は変わらざるを得なくなる。だからこそ、今のうちに亜人と人の間に在る壁を少しでも壊しておきたい。

 ……と言う感じの話をカグと白雪に聞かせた。

 その反応は。


「リョータ、色々考えてるんだ?」

「まあ、そら少しは」

「父様が、(わたくし)達亜人の事をいっぱい考えてくれてて嬉しいですの!」


 白雪の抱き付き(タックル)を顔に食らってよろけつつ、話を続ける。


「まあ、それにほら。亜人の皆は、奴隷になってる仲間達を助けたがってるだろ? 色んな場所に行く機会があれば、そう言うの探しやすいだろうし、それに合法的に奴隷を助けようと思ったらやっぱり金がかかるから、それも稼げて一石二鳥だろ?」


 カグの表情が少しだけ曇る。

 あれ? ダメだった? それなりに考えた上での発言だったんだが…。


「やっぱ、ダメっぽいか?」

「え!? あっ…ううん、良いんじゃない? キング級のリョータなら、色んな国の偉い人に話しつける事出来るだろうし」

「あ、そう? ってか、じゃあ何でそんな微妙な顔してんの」

「……なんかさ…また一段と良ちゃ…じゃない、リョータが大人っぽくなってるから…置いてかれた気分になってただけ」

「いや、別に大人っぽくはないだろう?」

「色んな事考えてるしさ…」

「自分が関わった人達には、出来るだけ幸せになって欲しいって考えたり行動したりするのは別に大人だからじゃねーだろ? 普通の事じゃね? 極端に言えば、子供が親喜ばそうと親の顔の絵を描くのと同レベルの話だぜ?」

「そう言う事を“当然”として考えてるところがだっての」


 そーかー?

 相変わらずカグの言う“大人”の基準がよく分からんわ。

 誰だって、自分の周りの人が幸せなら嬉しいし、自分も幸せだろう。……つっても、まあ、俺のそう言う事を考える根っ子にあるのは、ラーナエイトで背負った罪の事かもしれない。

 世界に償い続ける事を自分に課している俺にとって、世界を―――人々を少しでも幸せにするのは使命であり義務だ。

 だから、別に俺は“大人”なんじゃない。ただ単に馬鹿をやった過去の自分の支払いをしているだけなのだ。


「カグだって大人っぽくなったんじゃん?」

「そう……かな?」

「カグは元≪白≫だから亜人の皆に良く思われてないけど、それでもお前はそう言うの愚痴る事も無いし、文句言う事もない。ただ、黙って受け入れて亜人達と仲良くしようと頑張ってるだろ? そう言うところとか、凄い大人だなって思うよ」


 俺だったら、絶対に我慢出来ずに「昔の魔神の事を俺に当たるな!」ってどっかでブチキレてたと思う。けど、カグはそう言う痛いのを全部呑み込んでる。


「本当に?」

「本当に」

「本当に本当?」

「本当に本当」

「嘘じゃない?」

「しつけーな…」「しつこいですの…」


 白雪と一緒に溜息混じりに呆れる。

 一方カグは安心したような誇らしいような…まあ、とりあえず嬉しそうな顔をしていた。

 俺達の話が一段落するのを待って居たのか、ルルとルーディさんが、どことなく威厳がありそうな…多分村長…を連れて来た。


「あ、あのアーク君!」

「はいはい、何?」


 頬に張り付いている白雪を肩に座らせる。一応肩書上は最強だからな、娘と人前でイチャイチャ(?)してる訳にはいかんわ。

 妖精が珍しいのか、チラチラと肩の白雪を気にしつつルル達が話を切り出す。


「遅くなったけど、助けてくれてありがとう!」


 ルルが頭を下げると、一緒に居たルーディさんと村長、それに離れた場所に居た村人皆が頭を下げる。


「いえいえ、助けられたのはコッチが先だし」

「あと、お父さんの怪我を治してくれた事も!」

「それは俺じゃなくて、フィリス―――エルフの子が帰って来たら言ってやって」

「う、うん。そ、それで…ね? あの……村長から話があって…」


 言うと、威厳のある初老の人―――やっぱり村長だった―――が、恭しく頭を下げてから、少しだけ困ったような顔で話し始める。


「村長のラウリィと申します。初めまして、キング級の冒険者様」

「ああ、はい。どうも、初めまして。キング級冒険者のアークです」

「白雪ですわ」「かぐやです」

「ご丁寧にありがとうございます。ええ……あの…それで情けない話なのですが、キング級の方に支払える程のお金はこの村にはありませんで…その…」


 ああ、そう言う話ですか。

 そら、皆して顔曇らせますよね? 散々野盗に搾取されてたのに、そんな金が有る訳ねえもんな。

 キング級の指名でもしない限り、そこまで法外な値段は請求されないけども、それにしたって普通の冒険者以上の支払いを求められるのは…まあ、あれだ、有名人を使うギャランティ的な奴だから仕方ない。


「ああ、ええっスよ金は。俺はルル達に助けられたお礼に無償で助けるって約束して、それを果たしただけなんで」

「そ、そうですか!」


 村長が心からホッとする。

 金の問題は気合いや感情でどうにかなる事じゃない。どう頑張っても無い物は無いし、払う意思があっても払えん物は払えん…と言う事だ。

 野盗をとっ捕まえた報奨金は、村を管理する領主だか国だか…まあ、とりあえずもっと上のところに請求が行くだろう。だから、この村に対して直接的な俺やギルドからの請求は0だ。

 

「そいで、家屋とか、魔物のあけてった穴とかの話しなんですけども、もしかしたら力になれるかもしれないです」

「ほ、本当ですか!?」「本当に!?」

「…いや、だから“もしかしたら”って程度なんて、過度に期待はしないで欲しいんですけども」


 俺の言葉が右から左に流れているのか、ルルが興奮のあまり俺の手を握ってブンブンと振る。そして、それを見て白雪とカグがムッとする……俺はどうすりゃ良いのさ…。

 なんとかルル達を落ち着かせると、ステップするような軽い足取りで村人達の所へ戻って行った。

 ……あかんな。完全に家とか地盤とか森とか、全部俺に任せれば大丈夫的な感じになっとる…。こりゃ、意地でも亜人の皆を説得しないとな? 商売にするんだったら、国の方にも話し通さなきゃだし、いっそギルドも巻き込んだら良いんじゃなかろうか?

 色々考えるが、白雪とカグの視線が痛くて集中が切れる…。


「リョータ…コッチの世界じゃ英雄だからって、女の子に手を出すんじゃないわよ?」

「出さねーよ。出した事もねーよ」

「父様、鼻の下が伸びてるんですの」

「伸びてねーから」


 ダメだコレ、話題変えないと俺が無駄に責められるパターンだ。


「そう言えばここに在るって言う“神の座に至る塔”だけどさ?」

「あ、誤魔化した」「話題を変えて逃げようとしてるんですの」


 逃げる。

 しかし、回り込まれた逃げられない…って、馬鹿か! 

 2人の言葉を無視して話を進める。


「あの山が、なんか昔の修行場だったらしくって、そこでなんか悟りを開いたとかでそう呼ばれてただけらしい」

「え? じゃあ、また無駄足!?」

「そうなるな」

「もう! これで何度目よ!?」

「……6回目ですの」


 深い…それはもう深い溜息を2人が吐く。

 女子2人の精神的ダメージと引き換えに話題逸らしに成功。グッジョブ俺。


「まあ、神様的な物の所に行くんだから、そら簡単じゃねーよ。諦めずに色々回ってみるしかねーべ」

「そーだけどさぁ…。いつになったらリョータの体を取り戻せんのって話よ」

「いつになるんでしょーねー?」

「他人事みたいに…! 自分の事でしょうが!!」

「そらそーだけど、焦ってもどうにもならんしなぁ…」



 ゆっくりと吐きながら空を見上げる。

 始めて旅立ったあの日の様に、空は雲1つ無く晴れ渡り、まるで世界を祝福する様に太陽の光が降り注ぐ。

 平和な世の中なら、ピクニックにでも繰り出せそうな陽気。

 穏やかで、暖かい風に吹かれながら心の奥に静かに語りかける。


 ゴメン、ロイド君。体を返すの、まだ時間がかかりそうだわ…。


 俺も出来るだけ早く返したいんだが、その為の条件が泣きたくなる程厳しくてなぁ。

 心の中でいっぱいゴメンなさいしていると、意識の奥底から穏やかで優しい少年の声が帰って来る。


『気長に行きましょう』


 相変わらずの相棒のお人好しっぷりに、思わず笑みがこぼれる。

 この旅の終わりは、まだまだ見えてこない。先は長そうだなぁ…。


 借り物の小さな体で、俺は遠い場所に居る全ての元凶に呟く。


「絶対にぶん殴りに行くから、覚悟しとけよ」



最強の生き倒れ おわり

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