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最強の生き倒れ 前編

 東の大国、東天王国。そこから更に東―――世界地図で言う極東の地。

 小さな小さな国の片隅にある、片田舎の村での話。

 鬱蒼と生い茂る密林の中、木々に守られるように村は存在した。

 その村に住まう少女は、日課である森の恵みの採取の途中、思いがけない拾い物をしていた。


「……生き倒れ?」


 自然のままに伸びる草に埋もれるように、誰かが倒れている。


「…もしかして、死んでますか?」


 滅多に人の近付かないド田舎ではあるが、森に迷い込んだり、何かの事情で訪れた旅人が死体で見つかる事が(たま)にあるので、少女にそこまでの驚きはない。


「………生きてます………辛うじて……」


 まともに体は動かせないが、まだ息が有るらしい。

 見つけてしまった以上助けるのが当然―――当然なのだが、少女は迷う。村の現状を考えれば、生き倒れを助けているような余裕はない。それどころか、下手に外部の人間を村に連れ帰ったら、奴等が何をするか……。

 10秒程、生き倒れを前に少女は迷い続けた。

 そして少女は溜息を1つ吐いてから答えを決める。


「立てますか? ほら、肩をこっちに」


 生き倒れが弱々しく反応し、少女に縋るように手を伸ばすと、少女はその手を引いて自分の首に回させる。

 結局助ける事にしたのだ。

 いや、少女としても、もし倒れていたのが大人だったら見捨てていた。だが、倒れていたのが、小さな少年であった為にどうしても見捨てる事が出来なかったのだ。


「………ありがとう…」


 少女に体重を預けながら、呟くように言って頭を下げる少年。


「御礼は良いです。それより、どうしてこんな場所で? 食べ物が無くて動けなかったんですか?」

「いや……この辺りに用事があって…仲間達と来たんだけどさ…皆とはぐれて…ちょっと川の水を飲んだら……生水が腹に直撃したみたいで……」

「何してるんですか君は…。この辺りの水は、浄化の魔法をかけてからじゃなきゃ飲めませんよ」

「みたいっスね……」


 お陰でこの様だよ…と少年は自嘲した。

 少年がこの近くに住んでいる人間ではない事が確定した。この辺りの人間ならば、森の中に土や草花、水までも汚染してしまう“呪いの木”が生えている事は当然のように知っている筈だ。

 そもそも、そんな事を知らなくてもそれなりに旅慣れた者ならば不用意に生水に口をつける事はしない。恐らく、この少年はまともに旅した事もないのだろう…と少女は結論付けた。


「村に着けば薬も、治癒魔法の使い手も居ますから、もう少し頑張って下さい」

「……………はい…」


 弱々しく返事をする。

 少女に体を預ける少年はあまりにも小さく、そして細い。とてもではないが戦えるような人間には見えない。極小の可能性として凄腕の魔法使い…と言う事も有り得無くはないが、最低ランクの浄水の魔法を使わないような人間だと言う事を考えれば、やはりその可能性はないだろう。

 ……だが、それにしては腰に下げている剣が異常に立派だ。

 鞘から抜かなくても判る。

 武器の知識も、その良し悪しも判らない少女ではあるが、少年の腰にある剣が一般人ではどう頑張っても手にする事が出来ないレベルの代物だと言う事は判る。


(反り返った剣…? 異国の剣……なのかな?)


 少女はそんな事を独りで考えながら、弱った少年に無理をさせない程度に村へと急いだ。



*  *  *



「いやー、本当に助かりました。ありがとうございます」


 腹痛と麻痺毒から復活した少年は、改めて対面に座る恩人の少女とその母親に頭を下げた。


「まったく…気をつけなよ坊や」


 呆れたような、それでいて安心したような口調で言いながら、胃に負担の少なそうな根菜のスープを差し出す。


「どうも。…あー、ウマー」


 ペロッと一杯食べ終わる。

 30分前まで死にかけていたとは思えない食いっぷりだった。


「それで? 坊やはなんでこんな所に?」

「確か、仲間とはぐれたって言ってましたよね?」

「ええ、実はこの辺りに“神の座に至る塔”とやらが在ると聞きまして、それを探しに来たんですけど…何か知りませんか?」


 少年の問いに親子は顔を見合わせる。

 そして2人同時に窓の外を指さす。

 そこには、大きな山があった。天辺に雪の笠を被った猛々しく、それでいて美しい山だった。


「あの山がそうだよ(ですよ)」

「え…? いや、あの…塔の話ですよね?」

「だから、あの山がその“神の座に至る塔”なのよ。なんでも、昔は高名な僧達が何人もあの山で修行していたらしくってね。山の頂上で…なんて言うの? 悟りを開く? そんな感じの事があったらしくって、『あの山は神様の所まで通じている』なんて言われて、そんな名前がついたのよ」


 塔の正体を聞いて、少年はガガンッと雷に打たれたような衝撃的な顔をして、次の瞬間机に倒れてゴンッと痛そうな音をたてて頭をぶつける。


「……マジか。ここもハズレだったか…」

「塔に登りたかったの?」


 少女の問いに、精神的ダメージで若干フラフラしながら頭を横に振る。


「いや、塔云々はどうでも良かったんだけど、神様に会えるんじゃないかと期待して来たからさぁ……」

「神様に会いたいの!?」


 予想外に壮大な願いで、思わず少女の声も大きくなる。


「いや…まあ、会いたいのは神様っつうか、似て非なるもっと禍々しい奴なんだけどね……」


 何かを……誰かを思い出しているのか、少年の顔が怒りで強張る。

 禍々しい神と聞いて邪神を想像した親子は、「いったいこの少年は何をする気なのだろう」と若干戦慄する。

 そんな反応を知ってか知らずか、少年は続ける。


「そう簡単に会えるとは思ってなかったけど…“もどき”の所に行くだけでも大仕事だな…本当に」


 ウンザリしたように少年が項垂れる。

 その姿から察するに、似たような場所を巡って居るのかもしれない。そして、その全部で肩透かしを食らっている…らしい。

 ふと、お互いに名乗って居ない事に気付いた。


「あ、そう言えば君の名前…」

「ああ、そう言えば…。アークです、渡り鳥のアーク」

「アーク君ね」


 どこかで聞いた事があるような、ないような名前だった。


「私はルル。コッチはお母さんのルーディ」

「ご丁寧にどうも。でも、御2人だけですか? お父さんは…」

「えっと…今は遠くに行ってて」


 何か(たず)ねられたくない事情でもあるのか、あからさまに声が小さくなる。だが、少年―――アークも人様の事情に踏み込む気は更々ないようで「ふーん」と軽く流した。

 父親に関する話を嫌がったのか、思い付いたようにルルが話題を逸らす。


「あっ、渡り鳥って事はアーク君は冒険者なの?」


 渡り鳥―――色んな町や国を渡り歩いて仕事をする根無し草の冒険者を指す蔑称。そんな事はルルも知っている。だが、その蔑称を敢えて自分から名乗る人間なんて会った事も聞いた事もない。


「うん。まあ、一応」

「そっかぁ」


 剣を持って居た時点で「もしかしたら…」とは思っていたが、本人の口からそうだと聞くとまた違った思いが込み上げてくる。

 片田舎とは言え、この村にだって冒険者が来る事はある。だが、常駐している者は1人も居ないし、何より今の村の状況で少しでも戦える人間が来てくれた事を喜ばずには居られなかった。


「あのねアーク君、お願いが」

「ルル!」


 娘の言葉を、母親が声を荒げて遮った。


「こんな子を巻き込んじゃいけないよ!」

「で、でも……アーク君も冒険者だし…」

「冒険者って言ったってこんな小さな子じゃないか。それになりたての新人だろう?」


 言ってルーディの視線がチラッとアークの腰の剣を見る。

 剣と鞘にまったく汚れや傷が無い事で、武器を持ったばかりの新人と判断したのだ。

 それをアークの方も感じ取り、苦笑しながら剣を鞘ごとベルトから抜いて机の上に置く。


「別に新人じゃないですよ? まあ、刀が新品なのはそうですけど」


 机に置かれた剣は、吸い込まれそうな程美しさだった。

 刃が抜かれた訳でもないのに、自然に視線が向く。まるで魅了の魔法でもかかっているかのように見惚れてしまう。


「カタナ? 剣じゃないの?」

「いや、剣の一種の刀って言う分類なだけで、ちゃんと剣だよ」


 武器に対してそこまで知識は広くない親子には、聞いた事もない武器だった。そもそも日本刀を腰に下げている人間事態が凄まじい希少さなのだ。


「本当はヴァーミリオン……えっと、普通の見た目の剣を持ってたんだけど、大きな戦いがあった時に敵と一緒に燃やしちゃってさ。俺としては別に武器無くても構わなかったんだけど……亜じ―――村の皆が何か凄い素材やら道具やら集めて作ってくれたって言うから断るに断れなくって」


 その刀を受け取った時の事を思い出したのか、嬉しそうな、それでいて少し恥ずかしそうに笑う。


「まあ、ってな訳で、この剣は持ったばかりな訳ですが、別に冒険者になったのは昨日今日じゃないですよ?」


 と本人は言っているが、とてもではないが幾多の修羅場を潜りぬけて来たような戦士には見えない。冒険者とは言っても、採取依頼や討伐隊の荷物持ち等、比較的危険度の低い依頼専門なのだろう、と勝手に解釈された。


「冒険者の手が欲しいんなら、助けて貰ったお礼に手伝いますよ。勿論ロハで」


 少し困った顔の親子が、言葉の意味が分からず「ロハ?」と聞き返すと、意味が通じなかった事にアークも少し困った顔をする。

 それはともかく…アークの申し出をルーディは若干疲れたように首を横に振って断った。


「気持ちは嬉しいけど、アンタのような子供を巻き込めないよ」

「でも、なんか困ってる事があるんでしょ?」

「良いんだよ気にしなくて……。それに、もうすぐちゃんとした助けが来てくれるからね」


 暗い表情はそのままだが、確かな希望を持っているハッキリとした口調。どうやら、アークに気を使って嘘を言っている訳ではないらしい。

 母親の言葉に、ルルも1度だけ強く頷く。


「うん! お父さん、きっともうすぐ帰って来るよね」

「ええ勿論よ。あの人がこの村を救ってくれる人を連れて戻って来るわ」

「……そッスか」


 アークも無理に首を突っ込もうとはしない。

 この村にはこの村のやり方があるだろうし、自分達の力で解決するつもりで動いていると言うのなら、よそ者が下手に関わるのは失礼だろうと考えたからだ。

 それに、先程父親の話題を敢えて避けた事から、ただ外部に助けを求めに行っただけの単純な話ではなさそうなのも、話に踏み込む事をアークに躊躇わせた。


「まあ、それでも手が足りなそうなら言って下さい。…っと、それはともかく、俺の仲間がそのうちこの村に来ると思うんで、それまで待たせて貰って良いですか?」


 と、アークが提案した瞬間―――


 轟音。


 続いて、巨人が足踏みしたような振動。

 家が叩かれたように揺れ、柱がミシミシと悲鳴をあげて天井から埃が落ちて来る。


「キャぁ!」「もう来たのかい!?」


 ルル親子の顔から血の気が引いて、何かに怯えてお互いの体を抱きしめ会う。


「…なんの音だ? お祭り?」


 一方アークは焦る事もなく、落ち着いた様子で机の上の刀をベルトに差し直していた。

 そんなアークの落ち着きっぷりに若干苛立ちながら、ルルはその手を引いて窓に向かう。


「え? 何々?」


 状況の呑み込めないアークを余所に、ルルは窓を開けて周りを確認する。


「うん、大丈夫。アークさん、早く行って!」

「は? どう言う事?」

「いいから! 早くここから逃げて!」

「いや、意味が分かんないんですけど…」

「ゴメンなさい、説明してる時間ない! とにかく、出来るだけこの村から離れて! アイツ等に見つかる前に!」

「……アイツ等?」


 訊き返そうとしたアークを、焦れたルルが抱きかかえて無理矢理窓の外に放り出す。

 受け身も取れず地面に転がる。


「ぃっで!」

「ゴメンなさい。でも、どうか無事に逃げてね」


 アークの返事を待たずに母と一緒に慌てて扉から外に出る。

 外には、ルル達と同じような怯えた顔の村人達が、同じように慌てた様子で家から出て来ていた。

 村人は皆、何が起きているのかを理解していた。

 だから、何かに呼び寄せられるように村の入り口に向かう。

 そこには―――


 魔物が居た。


 巨大なライオンを思わせる、全長5mを超す化物。

 その頭の上―――黒い(もや)の立ち上るたてがみに体を半分埋めて、男が玉座に座する王の如き態度で座っていた。


「やあ、家畜の諸君? 今日も元気そうで何よりだ」


 見下した視線。

 蔑むような喋り。

 明らかに、村人を人を思っていない。目の前に居るのが、自身の言葉通りに豚や牛だと思っている。

 男の言葉を受けて、村人達は震えながら魔物の前に跪く。震えは、怯え…そして虐げられている怒り。しかし、それ以上の事は何もしない……いや、出来ない。

 男と魔物を護るように、何十人もの男達と、それに従うように魔物達がそこら中から現れる。

 村人達を囲むように立つと、村人達が不審な動きをしないかとニヤニヤしながら見張る。基本的には村人に手出ししないが、理由があれば暴力に訴える事を許されている。相手が女ならばなお楽しい。故に、周りの男達は村人が何かしてくれる事を望んでいるふしすらある。


「カルゼ様…」


 村人の1番前に居た老人、村長が口を開く。


「何かな村長?」


 面倒臭そうに男―――カルゼは返す。


「これ以上、この村には貴方達に差しあげられる物はありません…」


 村長の言葉に、(あからさま)にカルゼの機嫌が悪くなる。そして、つられるように周りの男達も…。


 彼等は―――端的に言ってしまえば野盗であった。

 突然村に現れ、圧倒的な力で蹂躙し、食料を、物資を、女を、何もかもを奪った。村人達にとって幸いだったのは、野盗の頭であるカルゼが短絡的に人殺しをする者では無かった事。実際、痛めつけられた者はほぼ全員だが、無意味に殺された者は1人も居ない。

 ……とは言っても、決してそれが良い事ではなかった。

 野盗達は村に居座り村を支配し始めたのだ。

 最初は食料を。次に全員の服と寝床を。更には数少ない村の娘は夜に連れて行かれ、日に日に村人達はやつれていった。

 野盗達は村人の苦労なんてお構いなしに飲み食いし、その上領主に自分達の存在がバレないようにと税の支払いも通常通りにさせている。

 そもそも、税の徴収ですら村はギリギリの生活だったと言うのに、それに加えて野盗の世話までしていては悲鳴をあげるのは当然の流れだった。

 倒れる者多数。村から逃げだす者も数名。

 しかし、野盗達はそれを許さない。

 倒れた者の家に行き、ベッドから引き摺り下ろして仕事をさせ、逃げた者は次の日には捕まえて、村人達の前で魔物の餌として処分して見せた。

 彼等にとって、村人は自分達を生かす為だけに存在する家畜その物だった。

 死ぬまで使い潰し、死んだら捨てる。村が維持出来ないところまで人が減ったら別の牧場を探しに行く。野盗達にとって、この村も、村人も、その程度の価値だった。

 だから―――その程度の……豚以下の価値しかない存在に「無理です」と言われた事が野盗達の怒りに触れた。


「村長さぁ、自分の立場理解してんの?」


 いつも通りの口調だが、その裏側にある憤怒を隠し切れていない。

 カルゼの怒りに呼応するように、巨大なライオンの魔物が「グルル」と小さく喉を鳴らして威嚇し、野盗達と一緒に周囲を囲んで居た中型、小型の魔物もどこか殺気立つ。


「俺達はこの村の人達と有効的な付き合いをしたいんだよ。それは判るよねぇ?」

「は、はい…勿論です。私達が生きていられるのは、カルゼ様の慈悲によるものですから…」

「だったらさぁ、なんでそんな事言うの?」


 言いながら、カルゼは手に持っていた笛を軽く振って見せる。

 宝石のような紫色の輝きで形作られた笛。全体に金色の掘り込みで装飾されたそれは―――神器であった。

 カルゼが野盗の頭であり、村の支配者であり続けられる理由。

 それが、その手に有る笛型の神器だった。

 神器が要するスキルは【魔物使役】。文字通り、笛の音を聞いた魔物をカルゼの支配下に置く事が出来る異能。

 この力によってカルゼに出会った魔物は片っ端から手下にされ、例外無く野盗達の手足代わりの兵隊となった。今やその数を大小合わせて40以上。下手な町ならば容易く滅ぼせる規模にまでなっている。

 魔物が兵隊である事の利点は、食事や休息が必要無い事。そして、死んだとしてもそこら辺に変えがいくらでも転がっている事。

 しかし、細かい指示が届かないと言う弱点もある。故にカルゼは人の手下も集め、それぞれに魔物への命令権を与えている。

 カルゼの用意は万全だった。その気になればいつだって村人を全員殺せるし、次の牧場も当たりはつけてある。


「あんまり俺達を怒らせないでくれよ。俺達だって村の皆を殺すような事はしたくないんだからさぁ」


 跪く村人達が揃って心の中で「嘘だ」と叫んだ。

 カルゼがこの村に飽きて来ているのは誰もが気付いている。だから、今か今かと殺すタイミングを計っている事も…。

 そう言う意味では、先程の村長の言葉は自殺行為であったとも言える。しかし、言わなければ過労で結局村人全員死ぬ。だから、見逃されると言う余りにも細い可能性に賭けて言うしかなかったのだ。

 しかし、それに対してのカルゼの答えは「口答えするな」だった。


「は…はい…申し訳ありません……」


 それ以上は村長は何も言えず、平伏して頭を地面につけるしかなかった。

 これ以上を言えば、間違いなく全員殺される。

 どんなに辛くても、死んだらそこまでだ。それに、村長を始めとした村の者達にはまだ希望が残っている。だから、まだ耐え忍ぶ事が出来る。


「村長さんも理解してくれたみたいで良かった良かった」


 嬉しそうに笑いながら、笛でトントンっと手の平を叩く。

 機嫌が直ったと村人達が油断を見せた次の瞬間―――


「ところで……どうして俺がここに来たと思う?」


 隠す気の無い明らかな怒気を含んだ声。

 絶対強者の怒りに当てられて村人全員の肩がビクンと跳ねる。ここまで村人が反応したしたのは怯えたからだけではない。


「村人が1人足りない事について―――って言えば伝わるかなぁ?」


 (つと)めて無反応を貫こうとするが、上から押さえつけるような圧力に反応して体が勝手に冷たい汗を流す。

 村人達はカルゼに秘密にしている事がある。

 それは、村の外に助けを呼びに行かせている事。

 入念な下準備をして、カルゼ一味の警戒が薄れるタイミングを入念に調べ、そして昨日の夜になけなしの村の財産を掻き集め、その全てを持ったルルの父親が助けを呼ぶ為に村を出た。

 本来ならこの集会は3日に1度程度しかやらない。昨日の朝に1度やったばかりだから、こうして集められた時からいやな予感はしていたのだ。


「おい」


 カルゼが腕を振って合図を送ると、木々の間から全身傷だらけで手足を縛られた男が連れて来られた。


「お父さん!!?」「あなた!!」


 ルルとルーディが同時に叫ぶ。

 顔は腫れあがり、歯も何本か無くなって、鼻も折れ曲がっているが見間違えようもなく昨日の夜に1人で村を発ったルルの父親だった。

 村人達の前に意識の無い男が転がされると、慌てて皆が縋りつくように集まる。


「ぉぉ、何と言う事じゃ……」「ガムル…こんなにやられて」「お父さんっ、お父さん!」


 村人達の反応を無視してカルゼは続ける。


「君達には失望したよ。俺達がこんなに友好的な関係を築こうと頑張っているのに、こんな裏切りをするなんてさ」


 その言葉に、怒りが頂点に達した人間が居た。


「冗談じゃないわよ!!」


 ルルだった。

 父を死ぬ寸前まで痛めつけられ、外から助けが来ると言う希望も断たれ、心を支えていた物が無くなって、怒りの制御が効かなくなったのだ。

 外に助けを呼びに行った事に気付かれている以上、ここで皆殺しにされるだろう…と言う自棄な気持ちも相まって喋り出した口は止まらない。


「アンタ達が来てから村は滅茶苦茶よ!! なんでこの村に来たのよっ、さっさとどっか行きなさいよっ!! 誰もアンタ達が居る事なんて望んでないッ!!!!」


 村人は誰も止めない。

 何故なら、ルルの言葉は村人全員の総意に他ならないから。

 カルゼの怒りに触れて、「これが最後だと言うのなら全てぶちまけてやる!」と他の皆も叫ぶ。


「そうだ!!」「村から出て行け!」「お前達のせいで家のおっかぁは倒れたんだぞッ!!」「娘を傷物にしやがって、ぶっ殺してやる!!」「魔物なんて、こ、こ、怖くねえぞ!」


 叫ぶ。

 叫ぶ。

 どれだけ叫んでも足りない。

 今まで溜めこまれた怒りを全て叫ぶ。

 それに対してのカルゼの対応は単純明快だった。


「うるっせぇ家畜共ッ!!!」


 カルゼに命じられて巨大なライオンが足を踏み下ろし、轟音と共に地面を揺らす。


「っ!?」「ヒッ!?」「……!!」


 五月蠅い奴は力で黙らせる。

 実に分かりやすく、それでいて効果的な対応。


「ああ、いいぜ? お前等の意見は分かった! 全員魔物の餌になるのが希望って事で良いんだな? なあ!」


 手下の男達が魔物を連れて囲みを徐々に小さくする。

 命を蹂躙できる事の征服感、破壊衝動、様々な気持ちが混ざり合い、歪んだ笑みとして顔に出力される。

 その笑顔を向けられた村人達は怯えしかない。

 最後だと覚悟を決めても、命を奪われる瞬間が来るのはやはり怖い。


(かしら)、やっちまって良いんですよね?」「もう全員ぶっ殺していいだろ」「おい、あの女はやるなよ。俺のペットにするんだから」「知るか、だったら先に確保しとけや」


 野盗達が武器を抜き、剥きだしの殺意を村人にぶつける。


「それじゃあ家畜の諸君、さよーならー」


 カルゼが手を振って攻撃の合図を出そうとした瞬間―――



「お祭りのゲストが魔物ってのは、どうなのかと…」



 訊き慣れない声だ辺りに響いた。

 カルゼも、手下の野盗達も、魔物達も動きを止めて声の出所を追う。

 しかし、どこにも居ない。

 人間達がキョロキョロと辺りを見回す中、魔物達がいち早く声の主の居場所を見つけて吠える。

 野盗達が吠えた先を視線で追う。すると、観念したのか家の陰から小さな人影が現れた。

 銀色の髪の小さな少年―――アークだった。

 腰には見慣れない形状の剣。しかし、それ以上に目を引くのが、その身を包む燃え盛る炎のような鮮やかな赤い異装。

 野盗達も村人も見た事のない人間だった。つまり―――この村の人間ではない。

 だから、カルゼは訊いた。


「小僧、何者だ?」


 カルゼの下でライオンが威嚇するように喉を鳴らす……が、当のアークは気にした様子もなく平然と答える。


「あ、お気になさらず。ただの通りすがりの冒険者です」



新しい話を書く前のリハビリに書いた、少しだけその後の話です。

文字数が予想の倍くらいになりそうなので、前中後編にわけさせて頂きます。

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